合流(前編)
ラスベガスを出てしばらく走ったところで、車列が道路脇の広い駐車スペースへ入った。
休憩かと思ったが、支援チームの女性はシートベルトを外さない。
前後を走っていた警備車両だけが停まり、代わりに待機していた黒い車がこちらへ寄ってきた。
その車の後部座席から、見覚えのある女性が降りる。
名取芽衣だった。
俺たちがロサンゼルスの総領事館で一泊している間に、名取は別便で先にラスベガスへ入り、この先の移動経路を確認していたらしい。
名取は現地の警備担当と車列の配置を確認してから、俺たちの車へ近づいてきた。
「お久しぶりです、真壁さん。今回の国外警護を担当します」
開いたドアの向こうで、いつもの明るい笑顔を見せる。
「名取さんも来るとは聞いてましたけど、途中で合流するんですね」
「ここから先は日本側の警護配置も変わります。私は真壁さんの車に乗ります」
「なるほど」
言われてみれば、その通りだった。
そしてシオが少しだけ身を乗り出し、ドアの外に立つ名取と向き合った。
すると二人は、おもむろにそれぞれのスマホを同時に取り出した。
シオが殻から引っ張り出したのは、ラインストーンと小さなシールで飾られたあの専用スマホだ。
そして名取のスマホもシオと似たようなデザインで装飾されており、よく見るとシオと共通のデザインで、色味やデコレーションをそれぞれ変えているようだった。
シオと名取はお互い息の合ったように頷くと、すぐにスマホのメッセージ画面を開いた。
名取のスマホに通知が届いた。
『めい ひさしぶり』
名取は嬉しそうに画面を見て、両手で素早く返事を打った。
今度はシオの画面に、新しいメッセージが表示される。
『お久しぶりです、シオちゃん。ケース、大事に使ってくれてますね!』
シオは得意げに殻を揺らすと、触手で器用に画面を高速で叩いた。
『しお たいせつにしてる』
その返事を読んだ名取の顔が、明らかに緩んだ。
そんな2人を俺は感情の抜けた顔で見ていた。
「……目の前にいるんだから、俺を通して普通に話せばよくないですか?」
「いいんです。これが私とシオちゃんのいつもの挨拶なので」
「いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?」
名取は最後に笑顔のスタンプを返し、名残惜しそうにスマホをしまった。
「今回も全力でお守りします」
名取が助手席へ乗り込み、入れ替わった警備車両を加えて車列が再び動き出した。
◇
それから、もう何時間も経っていた。
窓の外にあるのは、赤茶色の地面と低い草、それから遠くに重なる岩山ばかりだ。
たまに小さな町を通るが、次の町までの間隔が長い。
日本なら、どんな田舎にだってこれだけ走ればコンビニか自動販売機が1つくらいはありそうなのだが、本当に何も出てこなかった。
「まだ着かないんですか?」
「あと40分ほどです」
支援チームの女性は、膝の上のタブレットで現在位置を確認していた。
その横では、内閣府特命チームの担当者が現地側と連絡を続けている。
俺が車中でうたた寝している間にも、車列の前後は何度か入れ替わったらしい。
こちらの車は変わっていないのに、前を走る車のナンバーがいつの間にか変わっていた。
「ラスベガスから4時間くらいって聞いてたんですけど」
「州境を越えた際に、時計が1時間進んでいます」
「移動しただけで、今日が1時間減ったんですか」
「安心してください。帰りは増えますよ」
俺は座席にもたれ直した。
飛行機でロサンゼルスへ来て、翌日にまた飛行機でラスベガスへ飛び、そのまま車で4時間以上。
初めての海外旅行は、いまのところ座っている時間が大半だった。
一方で助手席の名取は、長い移動にも飽きた様子を見せない。
ときどきサイドミラーを確認し、通信機へ短い返事を入れている。
いつもとは違って、ちゃんと仕事している姿に違和感すら覚えていた。
「名取さん、ずっと起きてますよね」
「仕事中ですから」
「俺は途中で寝てましたけど」
「真壁さんは寝てください。現地に着いてから倒れられる方が困ります」
俺の隣では、シオが窓に専用スマホを向けていた。
しばらく前から撮影しているが、画面のほとんどは道路と荒野である。
『しお あめりか とってる』
「そうか。あとで見せてくれ」
『しおしじょう さいこうけっさくの よかん』
「何分撮ってる?」
シオは画面をこちらに向けた。
>動画撮影時間 1時間18分
編集する人が大変そうだ。
誰が編集するのかは知らないが、少なくとも俺ではない。
◇
車は広い道路から細い道へ入り、長く続く坂道は少しずつ標高を上げていき、いつの間にか標高2400メートルを超えていた。
荒野の中に背の低い木が増え、遠くの岩肌も鮮明な赤色の岩壁が目立ち始めてくる。
日が傾くにつれて、窓際から冷気が伝わってきた。
ラスベガスを出た時は上着が邪魔なくらいだったのに、同じ日のうちとは思えない。
「この辺りはかなり標高が高いので、夜はかなり冷えます。明日の朝は氷点近くまで下がる可能性があります」
「恐るべしアメリカ大陸…」
「真壁さんの防寒着は荷物に入っています」
「俺の知らない服が、また増えてる……」
渡航前に渡された荷物の半分は、自分で用意した記憶がない。
最近は服まで国に選ばれている気がする。
『りょう さむい?』
「まだ車内だし大丈夫だ」
シオは俺の腕を伝って肩へ上がると、首元に体を寄せてきた。
殻から伝わる温度は、使い捨てカイロより少し低いくらいでちょうどいい。
「シオは暖かいな」
『しお おねだんいじょう』
「お値段以上? そこは高性能じゃないのか」
『おねだんいじょう』
何を見て覚えたんだ。
名取が助手席で口元を手で隠した。
たぶん笑っている。
◇
到着予定時刻を少し過ぎたころ、車は赤い岩壁に挟まれた私道へ入った。
道の先に低い建物があり、その奥には白い半球がいくつも並んでいる。
夕日に照らされた半透明のドームは、荒野に巨大な泡を置いたように見えた。
「こちらが本日の宿泊先、スカイ・クリア・リゾーツです」
「………これ、ホテル…ですよね?」
「宿泊施設です」
支援チームの女性が、微妙に言い方を変えた。
車が受付棟の前で止まる。
先に降りた名取と特務隊員が周囲を確認し、現地の警備担当と短く話した。
そして俺がドアへ手をかける前に、外から勢いよくノックされる。
「な、なに?」
俺は車内から窓越しに視線を向けると桐野がいた。
「真壁さん、遅い!」
【新作のお知らせ】
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※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




