七鏡座の決定(後編)
新作『人間嫌いのハイエルフ…』が公開されてすっかり忘れてましたが、しれっとカクヨムのほうでサポーター専用SS『シオはスマホをデコりたい!~シオと芽衣の渋谷デート~(前編)(後編)』が公開されています!
カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
それから、およそ一年後。
真壁遼宛に招待状が届く、数日前。
同じ七鏡座の会議室で、議題は招待者の選定へ移った。
会議室の扉が開く。
奥から運び込まれたのは、黒い布を掛けられた大きな立鏡だった。
成人男性の背丈ほどある。
重厚な外枠には、七つの小鏡が埋め込まれていた。
【万象招鏡】
これもまた、創始者エリアス・ヴェインが遺した魔道具の一つである。
現在では、世界鑑定学会の招待者選定に用いられている。
だが本来は、学会の招待状を出すための道具ではなかった。
世界のどこかで、鑑定士として見過ごせないものを見た者。
危険なものを見てしまった者。
体系の外側にある現象へ届いてしまった者。
そういう鑑定士を孤立させないために作られた索引装置魔道具である。
だが現在の連盟では、それを招待者選定の権威として使っている。
黒い布が外される。
鏡面は、薄い黒水晶のように暗かった。
そこに、誰の姿も映っていない。
「例年通り、各国推薦者および万象招鏡の指定対象を確認する」
議長の言葉と同時に、鏡面に文字が浮かぶ。
最初に現れたのは、各国の常連たちだった。
欧州の名門鑑定士家系、ロンドン迷宮監査院、北欧封印監査局、フランス遺物分類機構、ドイツ魔道具鑑識庁、アメリカダンジョン省関連機関。
そして日本の欄には、御厨玄斎、御厨宗一郎、御厨澪の三名の名が並んだ。
その名前が表示された時、会議室の一部が微妙な空気になった。
「また御厨家か」
誰か嫌悪感を滲ませつつ、呟いた。
声は小さかったが、聞こえないほどではない。
「東方の一族が三名も鑑定位を持つ。珍しい時代になったものだ」
「玄斎はまだ分かる。83位だ。だが、宗一郎と澪まで毎年顔を出す必要があるのか」
「必要があるから表示されているのでしょう」
ヘルガが淡々と返す。
「鑑定位を持つ者を、家の所在地で軽んじるなら、順位式そのものの意味がなくなります」
嫌味を言った人物は、一様に口を閉じた。
完全に納得したわけではない。
ただ、これ以上続けると自分の品位が疑われる。
そう判断しただけだった。
その時、鏡面がもう一度揺らいだ。
文字が変わる。
会議室の空気が、先ほどとは違う種類の緊張を帯びた。
対象:真壁遼
所属:日本国/民間鑑定士
分類:未測定鑑定士
招待種別:本人指定
代理出席:不可
理由:
・未分類高位生命体の継続観測
・ダンジョンコア干渉事例
・光聖祝福現象の観測記録
・既存鑑定体系外の鑑定ログ多数
判定:千殻真球儀による測定推奨
数秒間、誰も言葉を発しなかった。
やがて、議場の奥から困惑した声が上がる。
「……民間鑑定士?」
「所属機関なし。監査院所属でも、封印局所属でも、大学所属でもない」
「御厨家の推薦者か」
女性職員が、手元の資料を確認した。
だが真壁遼という名前はどこにもない。
「いえ。御厨家とは別枠です。万象招鏡だと招待種別は本人指定。代理出席不可となっています」
「代理出席不可?」
「本人指定の理由も異常です。未分類高位生命体の継続観測、ダンジョンコア干渉、光聖祝福現象……これは何だ」
ざわめきが大きくなる。
真壁遼という名を知っている者は、若干だがいた。
ダン博、WEG東京、公式配信、光聖祝福、競技用ダンジョンの異常調整。
そうした断片的な情報は、すでに各国へ流れている。
特に開会式のアレを、その真壁遼という男が飼っているペットが成したということは諸外国に衝撃をもたらしていた。
だが、それ以外の多くは安全保障上の事情により、完全な形では共有されていなかった。
それ故に連盟の者たちに見えているのは、輪郭だけだった。
そして、輪郭だけでも十分に異常だった。
「御厨家の推薦枠に組み込めないのか」
誰かが無責任に言い放つ。
「東方の民間鑑定士を、連盟が直接本人指定で招くのは体裁が悪い。御厨玄斎の随行者という扱いにすれば」
「代理出席不可、本人指定です」
女性職員がもう一度、確認の込めて発言する。
「万象招鏡の表示を、事務局判断で変更する権限はありません」
「ならば観察対象として呼べばよい。招待者ではなく、審査対象として」
その言葉に、今度は別の男が口を開いた。
エリオット・ヴェイン。
ロンドン迷宮監査院所属。
鑑定位56位。
現行の鑑定位保持者の中で、最高順位にいる鑑定士だった。
そして、創始者エリアス・ヴェインと同じ姓を持つ男でもある。
「万象招鏡は、家柄を測る道具ではありません」
声は穏やかだった。
だが、議場のざわめきは自然と小さくなった。
「所属機関を測る道具でも、推薦状を測る道具でもありません。あれは、今を鑑定し、未来を鑑定するための道具です」
エリオットは、黒い鏡面を見つめたまま続けた。
「この真壁遼という鑑定士が何者か。私も知りません。ですが、万象招鏡は彼が鑑定士であり、鑑定士の未来として呼ぶべきだと告げています」
「ヴェイン卿。あなたは、この民間鑑定士を招くべきだと?」
「招くべきかどうかを、私たちが決める段階は過ぎています」
エリオットは静かに言った。
「万象招鏡が選びました」
その一言はここにいる者すべてに重い言葉だった。
連盟がどれほど権威主義に染まっても、創始者の魔道具が示したものを簡単には否定できない。
自分たちの権威が、そこに由来しているからだ。
ヘルガも続けた。
「問題は、彼を呼ぶことではありません」
「では何が問題だと?」
「彼を呼んだ後、我々が彼を正しく扱えるかです」
その言葉で、会議室はまた静かになった。
嫌な沈黙だった。
なぜなら、何人かは自覚していたからだ。
もし真壁遼が、万象招鏡が示す通りの存在なら。
もし既存の鑑定体系外に届く鑑定士なら。
もし千殻真球儀で測定すべき鑑定士なら。
彼を軽んじることは、連盟自身の無能をさらすことになる。
だが同時に、彼を丁重に扱うことは、連盟の序列を乱すことにもなる。
民間鑑定士で、未測定で、所属機関なし。
しかも日本の鑑定士。
その男を、創始者の魔道具が本人指定で呼んだ。
それは、連盟にとってあまりにも都合が悪かった。
議長は長い沈黙の後、ようやく口を開いた。
「招待状を出す」
反対の声は、もう上がらなかった。
「御厨家三名には例年通り。真壁遼には別枠で本人指定の招待状を送付する。代理出席不可。千殻真球儀による測定を執り行う」
女性職員が確認する。
「宛先は日本国政府経由でよろしいでしょうか」
「そうしろ。民間鑑定士に直接送るよりは、その方がまだ形になる」
その言い方に、ヘルガが少しだけ目を細めた。
だが、今回は何も言わなかった。
形、格式、体裁。
連盟が好むものは、いつも同じだった。
黒い鏡面には、まだ真壁遼の名が浮かんでいる。
エリオットは、その文字を見つめていた。
「未測定鑑定士、真壁遼」
彼は誰にも聞こえないくらいに声を落として呟いた。
「あなたは、何を見たのですか」
その問いに答える者はいない。
ただ、万象招鏡の黒い鏡面だけが、静かに光を揺らしていた。
数日後。
その招待状は、日本の会議室へ届く。
一本の木とレンズを組み合わせた封蝋を押され、世界鑑定士連盟の名を背負って。
そして招待された本人は、その重みを何一つ理解しないまま、休暇の邪魔をされ不満顔でこう言うことになる。
「三流大学しか出てないのでパスします」
世界鑑定士連盟が厳粛に決定した招待状は、最初の一手から、本人に雑に拒まれる運命にあった。
読んでいただきありがとうございます。
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