七鏡座の決定(前編)
前年の世界鑑定学会が閉幕して、まだ数日も経たないころ。
世界鑑定士連盟のウィーン本部では、すでに小さくない騒動が起きていた。
白い石造りの回廊。
磨き上げられた黒い床。
壁に並ぶ歴代鑑定士の肖像画。
そこは、鑑定士の国際秩序を支えてきた場所だった。
《世界鑑定士連盟》
各国の鑑定機関、封印監査局、迷宮監査院、名門鑑定士家系。
それらを束ねる上位団体であり、世界鑑定学会を主催する組織でもある。
そして、その最高意思決定機関が七鏡座だった。
円形の会議室には、七つの高い席がある。
それぞれの背後には、古い鏡が一枚ずつ据えられていた。
鏡は飾りではない。
世界鑑定士連盟が、自らをどう見ているかを示す象徴だった。
我らは世界を映す。
我らは真実を見抜く。
我らは鑑定士の秩序を守る。
そういう建前で、連盟は長い年月を過ごしてきた。
もっとも、建前が立派であればあるほど、その裏側には別のものも溜まっていく。
権威や格式、家名や序列、そして国と地域による見えない線引き。
世界を映す鏡は、いつの間にか、自分たちの顔ばかりを映すようになっていた。
「では、次回の世界鑑定学会について、星脈会標儀の提示結果を確認する」
議長席の男が、低い声で告げた。
会議室の中央には、銀色の台座が置かれている。
その上にあるのは、天球儀にも、羅針儀にも見える奇妙な魔道具だった。
【星脈会標儀】
創始者エリアス・ヴェインが遺した魔道具の一つ。
現在では、世界鑑定学会の開催地を選ぶために使われている。
だが本来は、便利な会場案内などではない。
鑑定士たちが集まるべき場所。
世界の鑑定士が知るべきものがある場所。
未解明の鑑定対象が眠る場所。
世界規模の変化の兆候が出ている場所。
星脈会標儀は、そうした場所を示すために作られていた。
台座の上で、幾重もの輪が静かに回転する。
星図のような光が浮かび上がり、やがて一つの文字列が空中に刻まれた。
《星脈会標儀・提示結果》
対象:次回世界鑑定学会 開催地
指定領域:アメリカ合衆国/ナバホ・ネイション
指定方位:モニュメントバレー
指定地点:ナバホダンジョン
開催形式:現地集会
判定:鑑定士集結推奨地点
会議室の空気が、一気に張り詰めていく。
「……冗談ではない」
七つの席の一つから、押し殺した声が漏れた。
「アメリカ開催はまだ理解できる。だが、なぜ主要都市ではない。なぜモニュメントバレーだ」
「しかもダンジョン内開催か」
「世界鑑定学会だぞ。各国の特級鑑定士、監査機関、封印局、政府関係者が集まる。宿泊、警備、通訳、資料管理、鑑定位の認定式。すべてを現地で用意するつもりか」
「前回はローマだった。あれでさえ移動と警備は相当に煩雑だったのだぞ」
次々と不満が出る。
当然だった。
世界鑑定士連盟は格式を重んじる。
それも、かなり強く。
ウィーン、ロンドン、パリ、ジュネーブ、ローマ。
そうした格式ある都市であれば、連盟の者たちは納得しやすい。
古い会館があり、迎賓施設があり、警備網があり、各国大使館との調整もしやすい。
だが、今回示されたのはモニュメントバレーに存在するナバホダンジョンだった。
それは、連盟の多くの者にとって、あまりにも扱いにくい開催地だった。
「聖地と自治政府を含む土地だ。調整には相手方への敬意が必要になる」
穏やかながらも、たしかな力が込められた声が周囲を満たした。
ヘルガ・ノルドだった。
北欧封印監査局に所属する、世界級の鑑定士。
鑑定位67位。
七鏡座の席そのものを持つわけではない。
だが、今回の世界鑑定学会では危険物鑑定と順位式の実務顧問として、会議への同席を許されていた。
ヘルガは、議場の一部に向けて冷たい視線を向ける。
「不便であることと、相応しくないことは同じではありません」
「ノルド女史。あなたは簡単に言うが、星門館を現地展開する必要があるのだぞ」
異界迎賓館【星門館】
世界鑑定士連盟が保有する、移動式の異界迎賓施設魔道具である。
現地に大規模な建物を建てるのではない。
入口となる門を設置し、その先に迎賓館、会議棟、宿泊区画、鑑定位測定用の隔離棟を備えた異次元空間を展開する。
国際会合を施設ごと持ち運ぶための、連盟の切り札だった。
「それが必要なら展開すべきでしょう」
「……費用は」
「世界鑑定士連盟の年次予算は、こういう時に使うためにあるのでは?」
会議室の一部が黙った。
言い方は丁寧だった。
だが、発言した内容はかなり容赦がなかった。
議長席の男は、眉間に皺を寄せたまま星脈会標儀を見た。
「変更可能性は」
事務局員が、台座脇の表示を確認する。
若い女性職員だった。
緊張を隠せていないが、はっきりとした言葉で返答する。
「表示は、変更不可です」
「再確認を」
「すでに三回行っています。いずれも同じ結果です」
「条件変更は」
「会期短縮、分散開催、欧州本部併用、遠隔参加のいずれも拒否表示です」
また会議室がざわめいた。
遠隔参加すら拒否。
つまり、星脈会標儀は「そこに集まれ」と言っている。
「創始者の魔道具が示した以上、覆すことはできん」
別の席から、重々しい声が出た。
不満を抱えている者たちも、その言葉には反論しづらかった。
世界鑑定士連盟は、創始者エリアス・ヴェインの遺産を権威の根拠にしている。
ならば、その魔道具の指定を都合が悪いからと無視することはできない。
都合のよい時だけ創始者を担ぎ、都合の悪い時だけ創始者を黙らせる。
それをやれば、連盟たる根幹が揺らぐ。
「現地準備を開始する」
議長が言った。
「アメリカ側、ナバホ側、関係政府機関との調整を始めろ。異界迎賓館《星門館》の使用申請を出す。現地には門と外部警備区画を置き、迎賓施設、会議棟、宿泊区画、鑑定位測定用の隔離棟、各国代表用の警備導線は星門館内部に展開する」
女性職員が、素早くメモを取った。
「承知しました」
「ただし、学会の格式は絶対に落とすな」
その言葉に、ヘルガの眉がわずかに動いた。
だが、彼女は何も言わなかった。
【新作のお知らせ】
本日から、新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!
※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




