御厨家の警戒
一方、そのころ。
御厨家の三人も、アメリカへ到着していた。
御厨玄斎。
御厨宗一郎。
御厨澪。
三人には政府側の職員と護衛がつき、ロサンゼルス市内の高級ホテルへ案内された。
世界鑑定学会に招待される鑑定士は、各国にとって重要人物だ。
まして御厨家は、日本の鑑定士業界を代表する家でもある。
真壁ほど特殊な警備ではないが、身辺確認と移動管理は厳重だった。
その日の夜。
三人はホテル内のレストランで夕食を取っていた。
「おじい様。今回の学会開催地ですけど……」
澪が切り出すと、玄斎は静かに頷いた。
「うむ。また変わった場所じゃな。前回のローマとは真逆の場所だ」
宗一郎も同意した。
「気になりますね。昔、仕事でモニュメントバレーのダンジョン調査に行ったことがありますが、あそこは本当に何もありません」
「パパ、行ったことあるんだ。ふーん。私は今回が初めて」
「澪はあまり海外へ行かないだろう。基本的に断っていると聞いているぞ」
「海外に仕事で行ったら、今の研究が止まるのが嫌だし」
宗一郎は、小さく息を吐いた。
「お前も特級鑑定士で、去年ランキング入りを果たした。それはつまり、鑑定士としての義務がこれまで以上に生まれたということだ。そんなわがままで周囲を困らせるんじゃない」
「はーい。善処するわ」
「まったく……」
軽い親子のやり取りだった。
だが、玄斎は途中から別のことを考えているようだった。
「しかし、あの小僧も呼ばれたか」
その一言で、宗一郎と澪の会話が止まった。
「……真壁遼ですね」
「人づてで聞いた時は驚いちゃった。でも、向こうで会えるのはちょっと楽しみ」
澪の興味は、隠しようがなかった。
真壁遼。
既存の鑑定士の基準から外れた男。
御厨家にとっても、無視できない存在になっている。
宗一郎は、娘の反応に渋い声を出した。
「研究対象として見るな。今回は学会だ」
「でも、学会って研究する場所じゃない」
「そういう意味ではない」
「分かってるわよ」
澪はそう言ったが、あまり分かっていない返事だった。
玄斎が、そこで二人の会話を止めた。
「二人とも、今回の学会は注意せよ」
宗一郎が姿勢を正す。
「お父様。何かあると?」
「何か起こるぞ」
断定に近い言い方だった。
澪も、さすがに軽口を止めた。
「根拠は?」
「儂の記憶にある限り、ダンジョン内で世界鑑定学会が開催されたのは1回だけじゃ」
「1回だけ、ですか。随分と少ないですね。今回が2回目だというのが驚きです」
宗一郎が言うと、澪も続けた。
「確かに。世界鑑定士連盟のことを考えると、もっとやってそうな気もしますけど」
「まぁな。あそこの上層部は変人しかおらん」
玄斎は、当たり前のように言った。
「じゃが、さすがに学会となると準備が要る。各国の鑑定士、護衛、通訳、持ち込み品、発表資料、認定式。基本的には、参加しやすい場所で行うのが当然じゃ」
「前回はローマでしたものね」
宗一郎がそのまま続けた。
「前回も荒れましたが、鑑定学会は毎回どこかしら荒れます。むしろそれが当たり前であると思い、特段気にしていませんでしたが」
「私は認定式だけの参加だったけど、あんなに意地悪な決め方だとは思わなかったわ」
澪の声に、少しだけ不満が混じった。
昨年のランク認定式。
澪が世界ランキング入りを果たした場。
だが、それは単純に名誉だけの場ではなかった。
「入れ替わった人、かわいそうだったし。あれ、ほとんど晒し上げでしょ」
「あれは、世界的な鑑定士となるための洗礼みたいなものじゃ」
玄斎は淡々と返す。
「むしろ、あれほど分かりやすいことはあるまい」
「おじい様はそう言うけど、私は今でも納得してない」
「納得できるかどうかではない。世界鑑定士連盟は、順位という形で鑑定士の信用を可視化する。その椅子に座る者がいれば、押し出される者も出る。それを本人たちの前で示すのが、あの場じゃ」
「性格悪いわね」
「否定はせん」
玄斎はそこで言葉を切った。
「おそらく、あの小僧はランク入りの洗礼で呼び出されたのじゃろう」
真壁遼が、鑑定位に入る。
それ自体は、玄斎にとって意外ではなかった。
むしろ、遅いくらいだと思っている。
問題は、その先だった。
「だが……すんなりと、あの小僧の洗礼が進むのか。儂はそこが不安じゃ」
宗一郎と澪は、同時に黙った。
ダン博で世界に真壁有り、と喧伝されてから続くWEG東京での開会式の事件。
そして競技用ダンジョンの異常調整。
この短期間で真壁が巻き込まれ、そして結果的に動かしてきた出来事は、どれも普通ではない。
「あー……真壁遼、だもんね」
澪が、少し楽しそうに言った。
「なんかやりそう。とても気になるわ」
「澪」
宗一郎がすぐに注意する。
「日本の国益を損なう真似をされると非常に困る。我々は、国家を代表して学会に参加するのだから」
「真壁遼が?」
「お前もだ」
「私も?」
「当然だ」
澪は不満そうだったが、宗一郎は取り合わなかった。
玄斎は二人へ告げた。
「なんにせよ、今回は一筋縄ではいかぬ。そのことだけは、肝に銘じておくがよい」
ロサンゼルスの夜は、静かだった。
だが、世界鑑定学会の会場は、そこからさらに遠い。
赤土と赤岩だけが広がる、魔物の出ないダンジョン。
そしてそこには、真壁遼も向かっている。
真壁遼の世界鑑定学会への参加と言う事実が、これほどまでに不安を掻き立てるとは思いもよらなかった御厨玄斎であった。
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