ロサンゼルス到着
飛行機が高度を下げ始めたころ、窓の外に広い街が見えてきた。
日本の街並みとは、色が違う。
街は区画によってきっちりと整理されており、ここから手前に住宅街、奥には高層建築物が見え、東京とは違ったスケールの大きさを感じる。
俺は隣にいるシオへ声をかけた。
「シオ、見てみろ。あれがロサンゼルスの街だぞ」
『はりうっど』
「そうだシオ! よく知っ……ているよな。毎日動画三昧だし……」
『しお ものしり』
シオは、かなり得意そうだった。
飛行機の窓からロサンゼルスを見下ろしながら、まず出てくる単語がハリウッド。
いやはや動画の影響はすごい。
いや、シオの場合は我々人間の生活を動画視聴を通じて学んでいるのだから、成果と言うべきか。
「でも、ここからハリウッドに行くわけじゃないからな」
『しお しってる』
「本当か?」
『きょう ごはん こいあじ』
「……そこは分かってるんだな」
移動続きでも、食事の予定は外さない。
シオはもう、かなり人間の生活に染まっている気がする。
飛行機はそのままロサンゼルス国際空港へ降りた。
降りてからは、予想通り俺が一人で勝手に歩ける感じではなかった。
支援チームと内閣府特命チームに、現地の受け入れ担当と特務隊の精鋭護衛がつく。
空港の一般導線とは別のルートで移動し、勝手に入国の手続きが進んでいく。
外交旅券に政府派遣扱い、そこに随伴個体シオまで加わっている。
「真壁さん、本日はこのまま在ロサンゼルス日本国総領事館へ移動します」
支援チームの女性が説明する。
「ホテルじゃないんですか」
「初日は移動後の確認と安全管理を優先します。今日は総領事館で宿泊です」
「わかりました。しかし総領事館って、泊まれるんですね」
「通常の宿泊施設ではありませんが、今回は既に領事館と調整済みです」
最近やたらと聞く機会の多い『調整済み』。
この言葉を聞くたびに、自分の知らないところで何かが勝手に決まっている気がする。
車で移動し、俺たちは在ロサンゼルス日本国総領事館へ入った。
建物へ着くと、総領事が出迎えてくれた。
周囲には職員も並んでいる。
「ようこそ、在ロサンゼルス日本国総領事館へ。我が国の英雄をこちらでお迎えでき、大変光栄です」
「あはは……本日はお世話になります」
英雄呼びは久しぶりだ。
そろそろ世間は忘れているころだと思っていたが、こうして異国の地で急に言われるとちょっと驚いてしまう。
総領事は、俺の近くにいるシオへ言葉を向けた。
「その子がシオですね。随分とまあ、かわいらしい姿で」
『しお』
シオは返事をすると、最近覚えたサービス精神を発揮する。
ふわりと、光の屑が周囲へ広がる。
領事館の職員たちが、一斉に反応した。
「これ……WEG東京の時にみた光の屑に似てる」
「ほんとだ。あれにそっくり」
「動画でシオが光をまき散らしたことは見たことあるが、本当に出るんだ……」
俺の背中に、嫌な汗が滲み出た。
「あ、あの、これはサービスみたいなものでして」
『しお さーびす』
「そう。サービス。危険はありません」
総領事は驚きながらも、すぐに職員へ合図を出した。
対応が早い。
さすが海外拠点で真壁案件を受け入れるだけはある。
その後、俺たちは館内の一室へ案内された。
荷物確認、同行者確認、明日の移動確認。
そこから軽い歓迎の夕食会が始まった。
レセプションと言われると身構えたが、実際には関係者だけの食事会に近かった。
それでも総領事館の職員、現地警備担当、外務省関係者、支援チーム、内閣府特命チームがいる。
普通の旅行の初日ではない。
食事が終わるころには、時差なのか緊張なのか、自分でもよく分からない疲れが出ていた。
部屋へ戻ると、支援チームの女性と内閣府特命チームの担当者が、明日以降の予定を説明しに来る。
「明日は空港へ向かい、飛行機でラスベガスまで移動します」
「また飛行機で移動なんですね」
「はい。ラスベガス到着後、車で内陸側へ移動します。二日目は途中の街で宿泊予定です」
「学会って、ロサンゼルスじゃないんですか」
「違います。開催地はモニュメントバレーです。そこで桐野さんと合流の予定です」
支援チームの女性が、支給タブレットに地図を表示した。
「モニュメントバレーは、ユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がる地域です。正確には、ナバホ族の自治区域であるナバホ・ネイション内にあります」
「ナバホ族……? アメリカの中に自治区域があるんですか?」
「はい。国という扱いではありませんが、先住民であるナバホ族が自治している土地です。今回の世界鑑定学会は、その中でも聖地として扱われるモニュメントバレー内で行われます」
「へぇ……」
俺は支給タブレットの地図を確認した。
赤い岩地に赤い大地。
街はどこにもなく、ただただ赤い荒野が広がっていた。
「でも、これで見る感じだと、赤い岩と土ばっかりですね。本当にここで学会を?」
「はい。確かに通常の会議施設はありません。ただし、そこには有名なダンジョンがあります」
「え?」
俺は担当者を見た。
「まさか、ダンジョン内で学会をするんですか?」
「はい。そのまさかです」
内閣府特命チームの担当者が答えた。
「そのダンジョンの名前は、ナバホダンジョン。現存し、国際会合に使えるほど安定しているオープンワールド型ダンジョンの一つです」
オープンワールド型ダンジョン。
その言葉には、嫌な記憶がある。
ダン博が最初に浮かび、次にアンデッドグランドドラゴン、そしてあの神父たち。
担当者は続ける。
「ただし、ナバホダンジョンは特殊です。世界で唯一、モンスターが出ないダンジョンとされています」
「モンスターが出ないダンジョン? それ普通の土地じゃ…」
「はい。何もない赤土と赤岩が広がるだけで、ダンジョン資源も確認されていません。地下階層も形成されない。異界領域だけを作った、死んでいるダンジョンとも呼ばれています」
「そんなダンジョンがあるんですか」
「あります。今回はそこが会場として通知されています」
すごい話だった。
ダンジョンなのに魔物がいない。
資源も地下階層もない。
ただ異界だけがある。
俺の知っているダンジョンの常識から、かなり外れている。
「もともとモニュメントバレーは有名な観光地です。古くは西部劇の舞台にもなった場所ですね。そこに魔物の出ないダンジョンが形成されたことで、当時はナバホの奇跡と呼ばれていたそうです」
「へぇ……でも、魔物がいないのか……」
俺は少し考えた。
魔物が出ることがなく、危険な戦闘がまず起きない。
そして世界鑑定学会の会場。
「魔物が出ないなら、そこで配信中継できないですかね?」
支援チームの女性と内閣府特命チームの担当者が、同時に黙って俺を見た。
それも鋭い視線で。
俺は、その反応で察した。
どうやら、また言ってはいけないことを言ったらしい。
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