鑑定学会と休暇交渉(後編)
「開催は10月27日から10日間です。開催地は国外になります。世界鑑定学会は、世界ダンジョン学会、世界魔法学会と並ぶ世界三大学会の一つです」
「三つもあるんですか」
「あります。そして世界鑑定学会は、招待状制です。参加者本人に鑑定士スキルが求められます」
「俺、研究者じゃないですよ」
「そこが誤解です。世界鑑定学会は、大学の先生だけが集まる場ではありません。鑑定士本人が審査と発表の対象になります」
「でも学会ですよね」
「名称はそうです。ただ、実態は鑑定士本人を国際的に扱う場です」
「じゃあ、確実に場違いです」
担当者の返事が一瞬だけ遅れた。
支援チームの女性が、横から補足する。
「真壁さん。今回の招待は、御厨家の招待とは別枠です。世界鑑定士連盟が、真壁さん個人を指定しています」
「俺を指定してなんの意味があるのか…」
「鑑定位の審査対象になった可能性があります」
「かんてい、い?」
「鑑定士の国際順位です。世界的な鑑定士ランキング、と考えてください」
「ああ、ランキングですか」
そこで少し分かりやすくなった。
配信サイトにもランキングはある。
探索者にもランキングはある。
たぶん、鑑定士にもそういうものがあるのだろう。
「国内では御厨玄斎氏が83位です。御厨宗一郎氏が782位。御厨澪氏が822位。日本の鑑定士で国際順位に入っているのは、この三名です」
「御厨さんたちでもそんな感じなんですか」
「はい。ですから、真壁さんが順位を得れば、日本国内の鑑定結果を国外へ出しやすくなります」
「俺、順位とかいらないんですけど」
「真壁さん個人としては、そうだと思います」
担当者は、そこを否定しなかった。
「ですが、国としては違います。鑑定結果は、誰が鑑定したかで国際的な信用度が変わります。低い順位の鑑定士による鑑定は、海外との取引や共同調査では認められないことがあります」
「つまり、俺に順位が付くと、日本の立場が良くなる、と?」
「そう捉えてもらってもいいかと」
「俺の仕事が増える案件では?」
担当者が黙った。
「今、否定しませんでしたよね」
「増えないとは言えません」
「…ですよね」
俺はソファーの背もたれに体を預けた。
この話、聞けば聞くほど危ない。
学会に出るため国外へ行き、世界の鑑定士に囲まれ、ランキングと日本の国益の話まで背負わされる。
どう考えるまでもなく、俺の望む普通の休暇から随分と遠い話だ。
「真壁さん」
特命チームの担当者が、改めて言った。
「もちろん、国外へ出ていただく以上、警備体制はこちらで最大限用意します。移動、滞在先、会場内外の安全確保、同行者の調整、すべて政府側で対応します」
「……それだけ必要な場所に行く時点で、すでに嫌なんですが」
「お気持ちは分かります」
「分かってくれるなら、このまま欠席で」
「ただ、真壁さんの鑑定能力が世界にどう扱われるかは、今後の安全にも関わります」
「厄介ごとを増やす可能性もありますよね」
担当者が答える前に、支援チームの女性が額に手を当ててため息をついた。
「……それは、たしかにそうです」
「ほら」
俺は思わず支援チームに指を指した。
「今、そっちが俺の意見に寄りましたよ」
「寄ってはいません。ただ、リスクがあることは事実です」
「リスクがあるなら行かない方が安全では?」
「短期的にはそう見えます。ですが、招待を無視した場合、世界鑑定士連盟が真壁さんをどう扱うか分かりません」
「それって、行っても行かなくても厄介じゃないですか」
「はい」
「はいじゃないんですよ」
シオが台座の上で、動画を一時停止した。
『おしごと』
「シオまで敵側に行かないで」
『ろうどうたいか』
そういうとシオの手元には、朝にはなかった明らかに高純度の魔石が握られていた。
「……お、お前はなんてチョロいんだ…」
支援チームの女性が、ここで切り札らしき話を出した。
「真壁さん。休暇についてですが」
「……そこだけは聞きます」
「正式に調整します。WEG東京関連の対応が一区切りついたことも踏まえ、まとまった休暇を取れるようにします」
「そこは本当に重要です」
いい響きだった。
長期休暇…学会よりずっといい。
「ただし」
「はい、ただし、出ました~」
「世界鑑定学会に参加する前提の相談とセットになります」
「……こんな見え透いた罠に俺がハマりに行くとでも?」
「…交渉材料です」
「言い方が違うだけですよね」
「その通りです」
また否定しなかった。
この人たち、最近だんだん正直になってきている。
正直と言うよりも、遠慮がかなりなくなってきているような…
「でも十日間も国外に行くんですよね…」
「学会は10月27日から10日間です。ただし、全日程に出るかどうかは調整可能です。学会初日、審査関連日、真壁さんに関係する日程だけに出る案もあります」
「それでも、行ったら絶対何か起きますよ」
「…起きないようにします」
「そう言って、何も起きなかったことあります?」
担当者二人が、同時に答えに詰まった。
俺は勝った気がした。
いや、これは勝っても何も解決していない。
むしろ勝利の数だけ別の何かが減っていく気がする。
話はそのまま平行線になった。
向こうは、国益と安全と国際的な信用を説明する。
俺は、休暇と平穏と面倒ごとの回避を主張する。
どちらも間違っていないせいで、決定打がない。
その時だった。
ローテーブルに置いていたスマホが鳴った。
支援チームの女性が反応し、特命チームの担当者も会話を止める。
こんなタイミングで鳴る私用電話は、だいたいろくなことにならない。
そう思いつつスマホを見ると画面には、桐野シエルの名前が表示されていた。
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