鑑定学会と休暇交渉(前編)
支援チームから内閣府特命チームへ連絡が入ったのは、真壁が招待状を受け取ってから十分ほど後だった。
『真壁さん、辞退の意思を示しました』
内閣府特命チームの会議室に、支援チーム女性の声が流れる。
部屋にいたのは、今回の真壁対応を引き継いでいる担当者たちだった。
ダンジョン庁からの連絡担当、外務省との調整役、警備計画の担当。
「辞退、か。早かったですね」
「理由は?」
『真壁さんの発言をそのまま報告します。俺、三流大学しか出てないのでパスします、とのことです』
会議室の反応は、笑うに笑えないものだった。
「……そう来ましたか」
「真壁さんらしいと言えば、真壁さんらしいですが……」
「学会という言葉で、完全に大学の延長と受け取ったのでしょうね」
内閣府特命チームの一人が、額に手を当てた。
大学の研究者が論文を持ち寄り、知識の巨人たちが講演する場。
学会と聞いて、真壁がそういう場所を想像したのなら、たしかにあの返答になる。
しかも真壁は、たぶん自分を鑑定士業界の人間だと思っていない。
「真壁さんに、一般的な鑑定士としての自覚はあると思いますか?」
「ないでしょう」
即答だった。
「どちらかと言えば、ダンジョンTuberの自覚の方が強いのでは」
「回収業者出身で、配信者で、たまに政府案件に巻き込まれる人、くらいの認識かもしれません」
「その政府案件の規模が、もう国際安全保障級なのですが」
「本人の中では、たぶん迷惑な追加業務です」
誰も否定できなかった。
真壁遼は、鑑定士として世界に名を売りたい人間ではない。
むしろ、名前が売れたせいで仕事が増えていると感じている可能性が高い。
「すんなり受けないことは予想していました」
特命チームの責任者が言った。
「問題は、どの条件なら話を聞くかです」
「結局、ご機嫌取りですかね…」
「言い方は悪いですが、交渉材料は必要です。そもそも世界鑑定学会は、命令で出席させるものではありません」
その点は、全員が理解していた。
世界鑑定学会への参加は、個人の自由だ。
招待状が届いても、本人の予定が合わなければ欠席することはある。
体調不良や研究都合、家族事情、他国案件との重複があれば、通常なら十分な理由になる。
ただし、今回だけは通常では済まない。
「世界鑑定学会は、世界三大学会の一つです」
外務省との調整役が確認するように言った。
「世界ダンジョン学会、世界魔法学会、そして世界鑑定学会。この三つは、ダンジョン出現後の国際秩序を支えてきた学術組織として扱われています」
ただの研究発表会ではない。
各国の政策や企業の取引、クランの評価、ダンジョン由来品の等級認定に関わる判断が、この三大学会から広がることがある。
その中でも、世界鑑定学会は特殊だった。
参加方法は、招待状制。
一般的な自薦での参加、及び他薦での参加は一切ない。
全ては鑑定士の世界ランク上位1000人だけが一次参加資格を持ち、その中から招待状をもらうことによってようやく参加を許される、とても面倒な学会でもあった。
さらに、参加者本人が鑑定士スキルを持っていることを求められる。
研究者、官僚、企業人が補助として同行することはあるが、会場内は招待状をもらった本人のみしか入場を許されず、もちろん発表や審査の場に立つのは鑑定士本人だ。
「発起起源も、他の学会とは違います」
担当者の一人が言った。
「ダンジョンが世界に現れて、各国がまだ混乱していた時代。安定化に貢献した伝説的探索者の一人が、将来のために作った小さな学術集団が始まりです」
ダンジョン由来品をどう見分けるか。
危険物をどう分類するか。
国を越えて鑑定結果をどう信用するか。
その積み重ねが、現在の世界鑑定学会につながっている。
格式という言葉で片付けるには、関わってきた領域が広すぎるのだ。
「鑑定士スキルが必須という条件もあって、参加するだけでも難しい学会です。ましてや今回、真壁さんは御厨一族とは別枠で本人指定されています」
「招待状が出たということは、順位の審査対象になったと見るべきですね」
「はい」
鑑定士の国際順位。
通称、鑑定位。
各国の鑑定士は、その順位によって国際的な信用度が変わる。
低い順位の鑑定士が鑑定したものでも、国内で使う分には問題ない。
だが、国境を越える取引で使う時や、特級危険物の認定と国際裁定に関わる時は話が変わる。
誰が鑑定したのか、その鑑定士は世界で何位なのか。
鑑定結果そのものに、鑑定士の格が付いて回る。
「日本は、鑑定分野で諸外国に遅れています」
特命チームの責任者が言った。
「御厨玄斎氏が83位。御厨宗一郎氏が782位。御厨澪氏が822位。国内最高峰の御厨家でさえ、現在ランクインしているのは三名です」
「100位以内は玄斎氏のみ」
「真壁さんが100位以内に入れば、日本で二人目になります」
それは、単なる名誉ではない。
これまで海外の上位鑑定士に頼っていた案件を、日本国内で処理できる可能性が出てくる。
ダンジョン由来の新素材。
大型魔道具。
未分類の災害級アイテム。
他国との共同調査で、日本側の鑑定結果を強く主張できるようになる。
国益としては、見逃せない。
ただし、問題も同じくらい大きい。
「真壁遼を国外へ出すことになります」
警備計画の担当者が言った。
会議室の誰も、その言葉を軽く扱わなかった。
真壁遼は、すでに日本政府の厳重保護対象だ。
真壁には本人の鑑定能力だけでなく、シオという高位生命体と光聖祝福現象、さらにWBとの接触履歴がある。
どれか一つだけでも、国外移動には慎重な計画が必要になる。
それが全部まとめて真壁の周囲にある。
「送り出すなら、万全を期す必要があります」
「本人が行く気になれば、ですが」
「そこです」
特命チームの責任者は、先ほどの報告を思い出していた。
真壁は、支援チームに長期休暇が欲しいと言っていた。
WEG東京で酷使された。
だから一週間くらい休みたい。
その希望そのものは、かなり真っ当だった。
「休暇を正式に用意しましょう」
「学会参加と引き換えに、ですか」
「条件としては露骨ですが、真壁さんにはその方が通じる可能性があります。学会の格式をいくら説明しても、厄介ごとに聞こえるだけでしょう」
「実際、厄介ごとですからね」
また誰も否定できなかった。
◇
その日の午後。
俺は、またソファーに座っていた。
目の前には、内閣府特命チームの担当者が二人。
その横には、さっき招待状を持ってきた支援チームの女性。
さらに少し離れた台座では、シオが相変わらず動画を見ている。
休みとは何か。
俺は、いまその根本的な問いにぶつかっていた。
「真壁さん。まず、世界鑑定学会について説明させてください」
「その前に確認なんですが、参加は強制ですか」
「強制ではありません」
「では欠席で」
「説明を最後まで聞いていただいてからでお願いします」
担当者は、俺が逃げる前提で話を組み立てている。
失礼な話だ。
まあ、逃げるつもりだったけど。
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