せかいのにんきもの②
気が付いた時には、もう目の前にオリヴィア・グリーンがいた。
「……目で追えなかったぞ」
思わず呟く。
速い…いや、速いというか、そういう次元ではなく、いつの間にか傍にいた。
そして目の前にいるオリヴィアは、俺より頭一つ分くらい背が高い。
だから自然と見上げる形になる。
周囲も、あまりの出来事に一瞬固まっていた。
ADも、支援チームも、近くの護衛も、全員が同じ顔をしている気がする。
そんな中、俺は振り絞るように、口を開いた。
「は、はろー」
オリヴィアは、ぱっと笑顔になった。
『あなたがあの真壁さんね! はじめまして!! そしてとなりにいるのがシオちゃん!!!』
当たり前だが英語だった。
そしてテンションが高い。
とにかく異常に高い。
海外の人特有の陽キャな特性が思いっきり前面に出ていて、俺は溶けるかと思った。
そして当然の如く、コメント欄が一気に跳ね上がった。
『まさか真壁さんとオリヴィアが一緒の画面に入るとは…』
『なにこれ?? まさかのシオ推し?? あのオリヴィアが?』
『あー明日のトップニュースはシオ一面決まりだな。真壁さんざんねん』
『シオちゃんは世界で一番尊い。。。』
『凄い絵面だな…』
『真壁さんも人に迷惑かける競技があったらスーパースターや』
配信ブース側も、完全に盛り上がっていた。
『まさか、あのアメリカチームのスーパースター、オリヴィア・グリーンが我々の中継にやってきました!』
『うはぁ、なにこれ?? めっちゃ羨ましい!!』
特別ゲストの声が、素に戻っている。
仕事を忘れて、思いっきり驚いて、そして楽しんでいるかのような反応だった。
一方の俺は、何を言われているのかまったく分からない。
オリヴィアはさらに何か言う。
そしてジェスチャーに伴う身振り手振りが大きい。
手を振るたびに、アレ当たったら頭飛んでいきそうだな、マジで…、とか思っていた。
シオの方へ両手を向けて、目を輝かせている。
このよく分からない状況の中で、俺が言える言葉はこれだけだった。
「は、はろー……はろー」
『壊れたBOTやな』
『ハローしか言ってなくて草』
『とりあえずこの場を乗り切ろう感半端ない』
『なるほど。今日は自分の事故配信でやられる日か』
『この陰キャ感半端ないwww』
『我らが王は陽キャに弱いな』
『よく考えたら桐野シエルの時もそうだったな』
違う、違う、そうじゃない。
乗り切ろうとしているのではない。
そもそもコミュニケーションの入口が分からないだけだ。
そんな陰キャモードの俺を無視するかの如く、オリヴィアはかなり早口で続けた。
『ずっとシオに会いたかったの! 動画で見た時から、もう絶対に一度近くで見たいって思ってたの!』
「ははは」
俺は笑った。
何を言っているのか分からないまま笑った。
すると、英語が分かる支援チームの女性が、すぐ隣に入ってきた。
「シオに会えて嬉しい、と言っています」
「え? シオだけ?」
この瞬間だけ配信を忘れて、普通に聞いてしまった。
すると当然の如く、コメント欄がまた盛り上がっていった。
『さすが真壁さん』
『スーパースター真壁www』
『オリヴィアにそれ言えるのは真壁さんだけ』
『あの人ぜったいどういう人かわかってないだろ』
『世界的人気探索者を前にして第一声がそれなの草』
『しかしシオの人気も世界規模か』
『シオちゃんこそ、スーパースター!』
支援チームの女性は、少しだけ困った顔を見せた。
それでも仕事なので、オリヴィアへ通訳する。
オリヴィアは目を丸くした後、さらに笑った。
『もちろんあなたたち二人ともよ! ローガンもあなたのこと気にしてるし!』
支援チームの女性が、そのまま訳す。
「もちろん二人ともです。ローガンも真壁さんのことを気にしている、と」
配信ブース側がざわついた。
『え? ローガンは真壁さんのことを気にしている??』
『あのローガンが?』
『ローガンも?』
『真壁さん、米国チームからマークされてるじゃん』
『そういや初日のセッションで真壁さん会場内にいたもんな』
『本人だけが何も分かってない顔してる』
『もしかしてアメリカチームは真壁さんを引き抜こうとしてる?』
俺は支援チームの女性を見る。
「俺、なんかやらかしましたかね?」
支援チームの女性は、常にやらかしているのにいま気にする?、と言いたげな表情を見せる。
「少なくとも、今の言い方は悪い意味ではないです」
「じゃあ、いいか」
細かいことを考え始めると、閉会式の中継どころではなくなる。
俺は気持ちを切り替えて、さっさとこの配信を切り上げようとオリヴィアを見た。
すると、オリヴィアは俺とシオを交互に見た。
『もしよかったら、一緒に写真を撮りましょう!』
通訳が入るより早く、オリヴィアが俺の肩をがっしり掴んだ。
「え、ちょっ」
力が異常に強い。
逃げるとか、踏ん張るとか、そういうレベルではない。
痛みはないけど、身動き一つ取れないほどにがっちりとロックされていた。
『シオちゃんも、早く!』
オリヴィアが手を差し出す。
シオはその手を見て、俺を見た。
『せかいの にんきものは つらい』
「誰目線なんだよ」
シオはやれやれと言いたげに殻を揺らし、するりとオリヴィアの掌に乗った。
その瞬間、コメント欄が爆発した。
『うぉぉぉ!接触プレイ!!』
『まかべさん、そりゃないよ!!』
『オリヴィアに肩を抱かれるとかありえないっしょ!』
『シオちゃんが真壁さん以外の人の上に乗った!!』
『私のシオちゃんがっ!!』
『キーーーッ!!あの泥棒猫めっ!!』
『いやお前らのシオでもないだろ』
『シオ派が暴れて草』
オリヴィアは、俺の肩を掴んだままアメリカチームの方へ歩き出した。
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