アリーナリポーター真壁
俺の肩の上で短い言葉を投げてくるだけだったシオが、いつの間にか、支援チームと文字で意思疎通し、俺のスマホへ妙に偉そうな文章を送ってくるようになっていた。
成長が早い。
いや、早すぎる。
それも周囲に思いっきり影響されている。
特に名取…あいつめ……。
支援チームの担当者は、なぜか微笑ましそうに見ていた。
「シオちゃん、最近スタンプも覚えましたよ」
「覚えなくていい方向に進んでいる気がする」
シオはストローから一度だけ口を離し、触手でスマホを操作した。
数秒後、俺のスマホにまた通知が届く。
「今度は何だよ」
画面を開くと、どこかの通販会社が出している無料スタンプが表示されていた。
やたら笑顔のキャラクターが、両手をひらひらさせている。
『かまへん かまへん』
「かまへん、じゃないんだよ」
シオはまたストローをくわえ、紫色の魔石ジュースをゆっくり吸った。
その姿だけは、妙に堂々としていた。
◇
閉会式会場は、開会式の日とはまた違う熱気に包まれていた。
選手入場が始まると、アリーナ全体から大きな歓声が上がり、国旗を掲げる選手が入場して、その中にはメダルを首から下げた選手もいて手を振っている。
肩を組んで歩くチームもいたり、何かしらのパフォーマンスを行い会場を盛り上げている選手もいた。
観客席のライトが波のように揺れ、カメラがその表情を次々に拾っていく。
大会が終わる。
そういう空気が、会場全体にあった。
一方の俺とシオは、アリーナ脇の関係者席に座らされていた。
前方にはフィールド全体が見える。
選手の列も、演出用のステージも、中央の大型ビジョンもよく見えた。
普通に考えれば、これまでにない特等席だ。
だが、少し様子が違う。
シオは俺の隣に用意された小さな台座の上で、スマホを構えていた。
触手で器用に角度を変え、周囲の様子を撮影している。
そして俺の胸元には、小型のマイクが付いていた。
「……これ、観覧用の席ですよね?」
俺は隣に立つ支援チームへ小声で聞いた。
「関係者席です」
「まぁ確かに俺らは関係者でしょうけど…」
「関係者席から、閉会式の空気をお伝えするリポート中継です」
「だまされた感半端ない」
『りょう これも おしごと』
シオはスマホを構えたまま、冷静に諭してくる。
そして目の前にはADが立っている。
その少し後ろには、相馬もいた。
相馬はイヤホンを押さえながら、こちらへ視線を向ける。
「真壁さん、今回は閉会式の雰囲気、選手の入場、会場の盛り上がりを中心にお願いします。鑑定はNGで、ただ単純に『すごいですねー』で結構です。しゃべる言葉に困ったら『見てください、この大歓声』とか言ってればいいんです」
「…………」
「本当にお願いします。最後にやらかしはダメですよ?」
ADも真剣な顔で頷いた。
「今回は各国中継局にもそのまま乗ります。会場演出、選手、観客の反応を拾ってください。それ以外は一切触れないでください」
「……分かりました」
「あと、仮に何か見えても『おっ』は無しで」
「それ、閉会式まで引っ張るんですか」
「引っ張ります。真壁さんが引っ張らせているんです」
な、何も言えねぇ…
全くもって反論できなかった。
歓声がさらに大きくなる。
次の選手団が、フィールドへ入ってきたらしい。
シオはスマホを構えたまま、触手を一本だけ俺の方へ伸ばす。
『りょう さいごまで きをぬくな』
「…はい」
俺は胸元のマイクを確認し、前を向いた。
どうやら、今日も今日とてお仕事らしい。
◇
中継開始の時間が近づくにつれ、関係者席の周囲が一気に慌ただしくなった。
ADがカンペの位置を確認する。
カメラ担当が立ち位置を調整する。
支援チームは俺のイヤホンとマイクを確認し、相馬は別回線で配信ブースとやり取りしていた。
「真壁さん、こちらのイヤホンとマイクの音声確認です。何かしゃべってください」
「あー、聞こえますか」
相馬が手で大きく丸を作る。
『聞こえています。今のところ事故はありません』
今度は相馬の声は俺のイヤホンに届く。
「今のところって何ですか」
『ははは。とりあえず今日は無事故でお願いします』
相馬は笑っているが、言っていることは釘刺しに近い。
5分前になったところで、会場の歓声がひときわ大きくなる。
「アメリカチームの入場ですね」
ADは大型ビジョンの方を見ていた。
さっきまでの歓声も十分すごかったが、これはまた別物だった。
観客席の一角からではなく、アリーナ全体から音が押し寄せてくる。
「ローガン!」
「ブレイク!」
「Logan!」
あちこちからローガン・ブレイクの名前が飛ぶ。
大型ビジョンにも、星条旗カラーのユニフォームを着たアメリカチームが映し出された。
先頭近くを歩くローガンは、笑顔で手を上げている。
そのたびに客席が揺れるように湧いた。
「すごい人気ですね」
俺が言うと、支援チームの担当者が頷いた。
「世界的探索者スターですから。今回の大会でも、アメリカチームは屈指の人気です」
「探索者って、ここまで歓声を浴びるものなんですね」
「真壁さんも、もうかなり近い側にいますよ」
「……それはないです」
即答した。
特に最近は、歓声よりも違う何かを浴び続けていたような気がする。
『りょう にんきもの』
「シオ、それは違うぞ…ほんとに…」
シオはスマホを構えたまま、なぜか得意げに殻を光らせた。
そのタイミングで、相馬の声がイヤホンに入る。
『本番、まもなくです。準備はいいですか?』
俺は頷き、シオも殻を振る。
ADが大きく手を上げ、そして指を折る。
5から順に指が折られ、最後の1でこちらへ合図が飛んだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




