ダンジョン調整入ります!③
黒い接続端末が、壁の奥から姿を見せていた。
金属とも石ともつかない盤面に、細い光の線が走っている。
何もない壁だと思っていた場所が左右に開き、その中から黒い接続端末が出てきた。
競技責任者がこの事実をようやく認識したのか、眉間に皺を寄せながら声を絞り出した。
「……こ、これは……一体何なんだ」
護衛の一人が、俺の前へ出ようとした。
「真壁さん危険です。下がってください」
「待ってください。みんな落ち着いてください」
俺は両手を少しだけ上げ、そして落ち着くよう促す。
「これは何ら危害を加えるものじゃありません。ダンジョンコア側へ繋がるための接続端末です」
護衛はそれを聞いても視線を外さない。
「……本当に安全なんですね?」
「……今は」
名取が吹き出した。
「真壁さん、ちょーウケる」
「名取さん?」
威圧をこめたその言葉に、名取は頷き、そこで口を閉じた。
周囲は、壁から出てきた黒い接続端末と俺を交互に見ている。
何を説明すればいいのか、俺も少し迷った。
これまでの経験上、見えたことをそのまま言うと、だいたい余計に混乱する。
なのでなるべくマイルド表現を心がけて、俺は説明に踏み切った。
「簡単に言うと、これはダンジョンコア側へ繋がるために設置されている接続端末で、管理者コードの認証を突破できれば、恐らくハードモード解除に繋がるのではないかと思われます」
「理解が追い付かない……」
「俺はいま何を見ているんだ」
「これは、WEG東京で起こった出来事なんだよな?」
逆効果だった。
だが、みんなの気持ちはとても理解できる。
競技用コースの難易度確認をしていたら、壁の中からダンジョンコア接続端末が出てきた。
俺も逆の立場なら、誰かに説明してほしい。
ただ、今は説明している側に回ってしまっている。
なんにせよ、ここから早く進める必要があるため、周囲の状況を無視して接触を開始する。
「じゃあ、これからダンジョンに接触していきますね」
「待ってください!」
名取と護衛の声が重なった。
「さすがに飛ばし過ぎですよ。こっちの準備の時間もください」
「準備ですか?」
「はい。真壁さんが『今は安全』って言った時点で、警備側は安全じゃない可能性を織り込む必要があります」
「それは……確かにそうですね」
名取は護衛チームの方へ顔を向ける。
「ゲート付近の警備を厚くしてください。表の導線も含めて固めてです。追加人員、至急お願いします。他の運営スタッフたちの退避導線も確認で」
護衛たちが一斉に動き出す。
さっきまでの困惑が消え、動きが変わった。
支援チームの女性もスマホを取り出し連絡を始める。
結局俺は、ダンジョンコアとの接続端末の前で待つことになった。
シオが殻を少しだけ揺らしながら、言葉を投げかける。
『りょう まつ』
「あぁ。そうだな」
名取が顔だけをこちらを向けた。
「シオちゃん、もしかして喋りました??」
「名取さん?」
「はい! 仕事します!!」
さっきから、名取はほぼ同じやり取りをしている気がする。
◇
公式配信の画面は、競技用ゲート前を映していた。
競技が止まってから、すでに五分ほど経っている。
その間、実況者と奥村は、確認中という言葉を何度か繰り返していた。
ただ、映像の中で動きが増え始めていた。
ゲート前に、黒いスーツのスタッフが集まり始める。
さらに、フル装備の探索者らしき護衛も数名増えた。
競技運営の職員が走り、技術スタッフがケースを抱えて移動している。
実況者は、映像を見ながら声を整えた。
「ゲート前に、関係者が集まり始めています。何か進展があったようですね」
奥村も、画面の端を見ている。
「競技条件の調整が進んでいるのかもしれません。現時点で詳細は入っていませんが、運営側がかなり慌ただしく動いているように見えます」
コメント欄は、当然のように盛り上がりを加速していた。
『なんか黒服増えてない?』
『フル装備の探索者もいるんだが』
『これから戦争でも始めるんか』
『進展(戦争)』
『競技変わった?』
『迷宮踏破じゃなくて真壁プレゼンツの戦争だなこれは』
『真壁さんが中に入って五分でこれ』
『公式配信なのに事故配信の匂いがぷんぷんする』
『おい何言ってんだ?既に事故配信中なんだが』
『シオ映して』
『ゲート前の圧がすごい』
実況者は、配信調整室へ視線を送る。
そこにいたスタッフが、両手で大きくバツを作った。
何も言える情報がない、という合図だった。
実況者は、ほんの少しだけ笑う。
「いやあ、真壁さんがいると、色んな意味で盛り上がりますねえ」
奥村が、横で疲れたような顔を見せながらため息をついた。
コメント欄は、その一言でさらに盛り上がる。
『公式が言ったw』
『色んな意味w』
『この意味の深さはマリアナ海溝よりも深いでぇ!』
『奥村さんの顔w』
『これもう認めてるだろ』
『わずか1時間も満たないうちに奥村さん老けたな』
『事故の言い換えが上品』
『これがワイら大将の洗礼よっ!』
『洗礼がきつすぎでワラタwwww』
画面はまだゲート前を映している。
ただ、そこで何が起きているのか。
配信を見ている視聴者には、まだ分からない。
◇
「お待たせしました。準備オッケーです!」
名取がそう言うと嬉しそうにガッツポーズを取った。
「なんか名取さん、いちいち楽しそうですね」
「なんですか、そのいちいち楽しそうって!!」
周囲を見るとゲート側の警備は増えていた。
俺のすぐ傍にも、護衛と運営側のスタッフが集まっている。
少し離れて競技責任者と連盟担当もいる。
視線がとても多い。
正直、壁の接続端末よりそっちの方が気になる。
「真壁さん、始めてください」
「分かりました」
俺は壁に埋め込まれた黒い接続端末へ意識を向けた。
触れるというより、鑑定で接続端末の奥へ手を伸ばす感覚に近い。
「あ、これダンジョンコアの時と同じだ」
「同じ? なんですか??」
相馬がすぐに反応する。
「完全に同じではないです。ただ、権限の壁の感じが似ています」
ダン博の時は、たしかロックがかかっていた。
俺は必死になってそれを外した。
ただ、どう外したかを言葉にするのは難しい。
鍵穴を見つけたというより、鍵穴の周囲に残った残滓を読んだ。
今回も、それに近い。
俺は管理者コードの要求部分へ鑑定を通す。
感覚的に接続端末から伸びる術式ラインが、朧気ながら見えてくる。
これはあの何万本もあった内部術式から、3本を探したときの感じに近い。
「どれが当たりだ…?」
一つ一つ鑑定をかけるのではなく、全体に鑑定をかける。
あの時は無かった、俺の中では新しい、この技術があれば……。
「……おっ! これか!!」
目まぐるしく変わる鑑定結果が、ピタリと止まった。
「……あれ?」
「真壁さん?」
名取が反応する。
「管理者コードよりもっと上層に、Admin権限っていうのがありますね…」
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