ダンジョン調整入ります!①
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公式配信の画面は、競技映像から配信ブースへ戻っていた。
さっきまで各国代表チームが次々とコースへ入っていたはずなのに、今はスタートゲート前に誰も立っていない。
画面右下には、競技一時確認中、という白いテロップが出ていた。
実況者は、普段より少しだけ慎重な口調で続ける。
「なにやら、一旦競技が中断されたとの一報が入ってきました」
隣の奥村も、モニターを確認しながら頷いた。
「一時中断のようですね。先ほどから、各チームが同じ区画で大きくタイムを落としていました。運営側で確認に入っているのだと思います」
コメント欄は、競技映像が止まってからむしろ速度を増していた。
『中断?』
『やっぱり難易度おかしくなってた?』
『午前と午後で明らかに違ったよな』
『公式が止めたってことは何かあったな』
『真壁さんどこ行った』
『シオ映して』
実況者は、コメント欄を直接拾わず、競技映像へ話を戻した。
「画面には、競技運営のスタッフがコース入口へ向かう様子が映っています。どうやら、ダンジョン側の確認に入るようです」
奥村が映像を見ながら言う。
「そうですね。先ほどから難易度が上がっているように見受けられていましたから、競技条件の再確認か、コース側の調整に入るのではないでしょうか」
そのとき、カメラの端に見慣れた黒髪の男が映った。
競技運営の職員、支援チーム、護衛らしき人たちに囲まれ、端の方を歩いている。
ただ、コメント欄は一瞬で反応した。
『ま・ま・ま・まかべさんやん!』
『真壁さんいるw』
『事故配信出動か』
『これは熱い展開』
『公式配信で真壁さんが裏に行くと何か起こる』
『あぁこれもう確変突入ですわ』
『あれだろ。確定演出ってやつ』
『シオもいる?』
『競技よりも事故配信の方が面白い説』
実況者は、配信調整室の方へ一度顔を向けた。
そして実況者のイヤホンに何かが入ったらしく、表情がわずかに固まる。
言っていいのか、言わない方がいいのか。
その迷いが、ほんの数秒だけ画面に乗った。
「……いま、一報が入りました」
実況者は、言葉を選びながら続ける。
「真壁さんが、ダンジョン調整に入るとのこと……です」
奥村が、素の表情を見せて固まった。
「え? ダンジョン調整?」
その聞き返しは、視聴者の反応とほぼ同じだった。
『ダンジョン調整???』
『何その言葉』
『真壁さん、ついにダンジョン側いじるの?』
『解説員とは』
『競技解説者とは』
『事故配信者、競技用ダンジョンへ派遣される件』
『なんかラノベのタイトルっぽいじゃん』
『これもう公式が事故配信を公式してるだろ』
『意味不明なコメントだけど、なんかわかる』
『ここで真打登場とはWEG東京も真壁さんの扱いわかってるね』
実況者は、配信調整室からの指示を待つように間を置き、それから画面へ向き直った。
「現時点で詳細は確認中です。競技そのものは一時中断となっていますが、公式配信はこのまま状況をお伝えします」
奥村も、ようやく言葉を選び直した。
「競技用ダンジョンの条件確認だとしても、かなり珍しい対応ですね」
その言い方はかなり抑えめで、そして控えめだった。
◇
「……は?」
名取の言葉を聞いて、俺は反射的にそう返していた。
ダンジョンを直接操る。
言葉としてはまぁ理解はできる。
だが、それを俺がやる、となると話が急におかしくなる。
名取は、悪びれた様子もなくこちらを見ていた。
「真壁さん、できるでしょ?」
「え? いや、普通はできないと思いますけど…」
「普通の話はしてないです」
それを言われると、返す言葉が少しだけ鈍る。
競技責任者、安全監査、連盟担当、技術管理、支援チームなど。
室内のほぼ全員が、さすがに無理だろう、という表情を見せる。
「ダンジョンの設定変更など、通常は管理側でもできません。いや、そういう概念自体が我々の認識とは大きく異なっています」
「競技用コースは調整済みとはいえ、外から強引に条件を整えているだけです。中核機能に触れる手段はありません」
「真壁さんがダンジョンコアを扱った経験があるとしても、ここにダンジョンコア本体はありません」
口々に否定の材料が出てくる。
それは全部もっともだった。
ただ、俺の中では、さっきの画面越し鑑定の感覚がまだ残っている。
映像に映ったコースを見た瞬間、文字が重なった。
ただ見えたのではない。
向こうから、こちらの鑑定に引っかかってきたような感覚があった。
ダン博の時、ダンジョンコアに触れた時の感覚とは違う。
だが、完全に別物とも言い切れない。
俺が黙っていると、相馬が嫌そうな顔をした。
「まさかと思いますが……真壁さん」
「……はい」
「できる可能性、あります?」
「……やってみないと分かりません」
室内の何人かが、同時にこちらを見た。
「できない、と言い切らないんですか?」
「…………言い切れないです」
技術管理の女性が、資料を持ったまま天井を仰いだ。
「真壁さん、そこは言い切ってほしかったです」
「そうですよね。そうなんですよね」
競技責任者が、真剣に数秒だけ考えた。
そしてある決断を降した。
「時間はかけられません。やってみましょう。そこで無理なら、本日の午後セッションは中止とします」
安全監査の人が頷く。
「扱いについては後ほど正式に協議します。今は安全確認を優先してください」
連盟担当も、少し遅れて同意した。
「そうですね。競技スケジュールの調整も視野に入れて、準備だけはしておきます」
相馬が俺を見る。
「真壁さん、どうすればいいのか、最初の手順だけお教えてください」
「……まず、ダンジョン本体に接触できる位置まで近づきたいです」
名取はその言葉に反応して、支援チームと護衛へ顔を向ける。
「フォーメーションCで」
その一言で、護衛の動きが変わった。
それぞれが、ほとんど打ち合わせなしで数人を残して室内から出て行った。
俺が名取を見ると、シオが殻を小さく揺らした。
『かっこいい』
「確かに…なんか浪漫を感じる」
名取が得意げに笑う。
「真壁さんを移動させる時用です。対象が勝手に変なものを見つけて、ブロックが崩れる可能性がある場合の配置ですね」
「ん? それ……俺専用じゃないですか」
「はい」
返事がやけに早かった。
支援チームの担当者が、持っていたタブレット端末を操作する。
「配信調整室へ連絡しました。表側には、真壁さんがダンジョン調整に入る、とだけ伝えています」
「それ、伝えていいんですか?」
「このあとどうせ映像に出ますし…」
「………そうですか」




