真壁、来襲(後編)
競技運営室に向かう真壁たちを各国は黙って見ていた。
そして、それを各国と同じように見ていた米国代表チームのヘッドコーチ、マーカス・リードが肩をすくめる。
『あれが真壁か。ぱっと見は普通の男だが…』
ローガンは何も言わず、真壁が部屋に入るまで目で追っていた。
真壁が部屋に入ると同時に視線を切り、マーカスの方を見る。
『……そうだな。しかし、あれが真壁か……なあ、マーカス』
『なんだ?』
『あいつ、俺らのチームに引き抜けないかな』
『……本気か?』
『本気も本気。アレやべぇよ。本当に鑑定士か?』
少し間が空く。
『……引き抜きは無理だ。あいつは国に囲われている』
『だよなぁ』
『馬鹿なことを考えるなよ。今は競技に集中だ』
『そうだな。あぁ、それと今装備変更しているだろ? あれをプラクティスと同じ設定に戻してくれ』
『なんでだ? 各国のアタック状況を見ただろう? 今の設定だと厳しいぞ』
『元に戻るさ』
『何がだ?』
『午前のセッションと同じようにさ』
◇
競技運営室は、会場の奥にある。
壁一面にモニターが並び、複数の競技映像、各チームの待機状況、コース内部の計測値が表示されている。
部屋に入った瞬間、視線が集まった。
そして、ひと目で役割の違う人間が集められていると分かる。
共通して言えることは、全員の顔色があまりよくない。
競技責任者と思われる男性が、一歩前に出た。
「真壁さん。急な呼び出しで申し訳ありません。何を見たのか、確認させてください」
「わかりました。さっきですけど、公式配信のモニター越しに、競技用コースの鑑定結果が出ました」
「通常、鑑定そのものがありえないんですが…でも真壁さんだしなぁ」
技術管理の女性がボヤくように呟く。
その隣で、連盟担当の男性が腕を組んだ。
「…見間違いの可能性は」
「もちろんあります、と言いたいところなんですが…」
俺は少しだけ言葉を探した。
でも鑑定結果に嘘をついても仕方がない。
「見えた文面は、はっきりしています」
競技責任者が頷く。
「読み上げてください」
俺は息を吐き、さっき視界に重なった文字を、そのまま思い出す。
――――――――――――――――――――
名称:東京ダンジョン・有明臨海ゲート
対象:WEG競技用コース
状態:競技設定変更中
現在設定:HARDモード
差分:罠作動条件、疑似魔物反応速度、魔力霧濃度、階層接続補正
備考:通常競技設定からの変更が現在進行中。
――――――――――――――――――――
読み上げた瞬間、全員が一斉に黙り込んだ。
そして少しだけ間が空き、最初に口を開いたのは安全監査の人だった。
「HARDモード? 初めて聞くが…」
「競技用コース側に、そういう難易度設定があるということですか」
「競技設定変更中とは何ですか。そもそもですが、誰が変更しているんです??」
「通常競技設定からの変更が現在進行中、という表示が正しいなら、今も変わっているということになります」
「待ってください。そんな操作権限は運営側にありません」
「そもそも、競技用コースは大会用に調整されていますが、調整と言っても力技です。強引にそういう環境を外部から作り上げているだけで、ゲームの難易度切り替えのような機能は誰もできないでしょう?」
懐疑的な声が重なる。
当然だと思う。
俺だって、同じことを言われたら困る。
ダンジョンにHARDモードと表示されました、と言われて納得できる人間は、たぶんこの世に少ない。
だが、移動中に少し考えていたことがある。
「たぶん、ですけど」
全員がこちらを見る。
「俺の鑑定が画面越しに通った理由は、ダンジョンコアを扱った経験と結びついているんじゃないかなと」
競技責任者が眉を寄せた。
「ダン博のときに、ダンジョンコアを操作しました。状態を確認して、必要な処理を行った訳ですが…」
支援チームの職員が補足する。
「そういえば、ダン博の事件後もダンジョンコアを操作していましたよね」
相馬も頷いた。
「真壁さんの鑑定は、単なる視認ではなく、対象との接続情報を拾う場合があります。今回、競技用コースが東京ダンジョンの内部機能に仮に接続しているなら、映像を通じて反応した可能性はあります」
「鑑定を通した後なんですけど、なんて言うんですかね。今まで以上にダンジョンに対して輪郭がはっきりとして来たというか…」
「それよりも、HARDモードという表示が問題です。もし競技条件が変わっているなら、競技の公平性が保てない。早く手を打たないと、競技続行そのものが……」
その言葉に、何人もが同意した。
「少なくとも一時停止が必要です」
「ただし、公式に停止すれば説明が必要になります」
「安全監査としては、現在のコースに次チームを入れる判断はできません」
「各国代表がすでに異常を疑っています。抗議が正式化する前に、運営側の見解を出さないといけません」
「真壁さんの鑑定結果だと、何かしら起こった結果の外部干渉ということになる。そうなってくると競技だけの問題ではありません」
議論が一気に広がる。
俺は鑑定結果を伝えた。
それ以上は、運営と連盟と安全監査の領域だ。
何よりもこれは競技運営の話であって、俺が差し込む余地は全く残っていなかった。
今回の俺の役目はこれで終わりそうだな、そう思っていた。
名取が、俺の横で小さく首を傾げるまでは。
「あのー真壁さん?」
「はい、なんでしょうか」
「さっきの話だと、ダンジョンコアを扱ったことがあって、今回もこのダンジョンと真壁さんの鑑定が接続できている可能性があるんですよね」
「可能性の話です。接続というよりも、鑑定を通じて今までわからなかったことが見えてきている、っていう感じでしょうか」
名取は、室内のモニターを見る。
そこには、待機中の競技用コースの入口が映っていた。
「ふぅん…そっか。真壁さんならあのダンジョン、直接操れるんじゃないですか? だってダン博の時にダンジョンコアを直接扱っていたじゃないですか。ダンジョンを鑑定して、ダンジョンコアとの繋がりを探せるんじゃないのかなぁ」
室内全員の動きが、いや時が止まった。
「「「「「……は?」」」」」
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