真壁、来襲(前編)
競技責任者からの呼び出し、という言葉にはとても嫌な響きがある。
会社員時代の俺は、この呼び出しという言葉にあまりいい記憶がない。
いや、よく考えると今も現在進行形でないな…。
「真壁さん、こちらです」
ダンジョンTube専属のディレクター相馬が先導し、その横に支援チームの職員が二人つく。
俺の少し後ろを八咫烏から派遣された護衛の名取が歩き、さらにその外側を護衛班が固めていた。
シオは我関せず、触手を出しながらご機嫌の様子。
『よきに はからえ』
「最近は時代劇か…」
『くるしゅうない』
配信ブースを出て、通路を抜ける。
関係者用の導線は、思ったより広かった。
スタッフが走り、無線を持った運営職員が立ち止まり、競技資料を抱えた人たちが小走りに行き交っている。
そして、競技会場側へ出たところで、空気が変わった。
「だから、明らかに最初のアタックと条件が違いすぎるだろ!」
大きな声が飛んだ。
見ると、会場端の待機スペースで、探索者チームらしい一団と競技運営の職員が向かい合っていた。
探索者側は装備を外しきっていない。
額に汗を残したまま、ヘルメットを片手に持っている者もいる。
「難易度、上がってないか?」
「現状では、そういう変更は認められていません」
「認める認めないの話じゃない。中が変わってるって言ってるんだ」
競技運営の職員は、困り顔を見せつつも対応する。
「コース条件は、競技開始前に確認済みです。公式には変更記録はありません」
「なら、いまもう一度チェックしてくれよ!」
別のチームの選手が口を挟む。
「見ている限りだが午前のセッションとは違うように感じる。プラクティスの時よりも明らかに索敵にかかる負荷が重い。魔物の反応も速い。あれで同じ条件と言われても困る」
「競技中です。抗議は所定の手続きで」
「手続きしてる間に、次のチームが入るだろ」
周囲にいた他国の代表チームも、そのやり取りを見ていた。
誰も大声では笑わない。
どのチームも、自分たちの順番と装備をちらちら確認している。
その中に、やたら目立つ一団がいた。
白と紺を基調にしたジャケット。
胸元には星条旗のエンブレム。
周囲に侍るスタッフの数も、機材の数も他より一段多い。
その中心に、ひときわ体格のいい男が立っていた。
映像で見たことがある。
確か、アメリカ代表のスーパースター。
ローガン・ブレイク。
彼は腕を組み、険しい顔でコース入口側を見ていた。
そんな状況の中で俺たちの一団が近づき、そして通り抜けようとしていた。
最初に気づいたのは、近くにいた欧州チームのコーチらしい男性だった。
その人がこちらを見て、目を細める。
次に、別の国のスタッフが振り向いた。
それが合図になったみたいに、待機スペースの視線がこちらへ流れてくる。
「なんだ?」
誰かが小さく言った。
「運営の追加確認か?」
「いや、あれ……」
そこで、別の誰かが呟いた。
「真壁だ」
その一言で、明らかに周囲の空気感が変わっていく。
「……あれが真壁か」
今度は、はっきり聞こえた。
正直いってやり取りは全て英語で、何を話しているかは分からない。
だが、固有名詞、それも俺の名前なら話は別だ。
何人かの探索者が、俺を見る目を変えた。
好奇心ではない。
明らかな警戒。
それも、明らかに厄介者を見る目であった。
「……もう一度、装備系チェックしろ」
俺に気付いた各国のコーチたちが、スタッフに指示を出す。
「魔力循環計測も回せ。補助具のログを全部出せ」
「今からですか?」
「今だからだ。あいつが来た」
急に違った慌ただしさが生まれた様を見て、名取が嬉しそうに言い放つ。
「マズい物を積んでいるチームがあれば、今ごろ胃が痛いでしょうね」
「風評被害も甚だしい…」
「真壁さん、開会式から昨日の報告までで、各国チーム側にも名前が相当回っています。特に装備、偽装、魔導工学まわりの違反候補を見抜く鑑定士として」
「そんな専門家になった覚えはないんですが」
「ははは。真壁さんおもしろーい!」
そのとき、米国代表の中心にいた男が動いた。
ローガン・ブレイクが、こちらへ歩いてくる。
周囲のスタッフが一瞬止めようとしたが、彼は片手を軽く上げただけでそれを制した。
でかい。
映像で見るより、実物の方が遥かに圧がある。
ローガンは俺の前で足を止め、まっすぐこちらを見た。
「You are that Makabe?」
分からない。
分からないが、たぶん俺に話しかけている。
そして、名前だけは分かった。
「あ、ええと……」
支援チームの通訳担当らしい職員が一歩前に出た。
「『あんたが、あの真壁か』と言っています」
「あ、はい。たぶん、あの真壁です」
通訳の職員が英語で返す。
ローガンは俺の肩のシオを見る。
シオはじっとしていた。
最近の傾向を考えると随分と塩対応のような気がする。
シオだけに…。
ローガンがさらに何か言う。
通訳が少しだけ眉を上げた。
「『今日は俺たちを見に来たのか』と」
「違います。今はあなたたちに用はないです」
言ってから、もう少し言い方があったのでは、と思った。
通訳の職員が、一瞬だけ俺を見る。
それから、かなり丁寧な英語に変換して伝えた。
ローガンは口の端を上げた。
怒ったわけではなさそうだった。
むしろ、面白がっているように見える。
ただ、その目だけは笑っていない。
彼がまた何かを口にする。
「『なら、何かあったんだな』と」
それは、訳さなくても分かった。
あまりに視線が物語っている。
俺が返事を考える前に、競技運営の職員が早足で近づいてきた。
胸のアクレディテーションカードには、SPT《競技運営》とある。
「真壁さん、ご連絡ありがとうございます。いったんこちらに」
支援チームが頷いた。
「競技責任者と連盟競技担当責任者が待機しています。詳細は中で伺います」
名取と護衛班が周囲を確認しながら、俺を運営職員の後ろへ促す。
その時、ローガンがこちらへ何か投げかける。
通訳担当は耳だけをそちらへ向け、足を止めない。
いや、訳さないというより、今は訳す時間がないらしい。
俺たちはそのまま競技運営室へ連れていかれた。
背後で、米国チームのスタッフたちが話し始める。
『真壁が来たということは、確実に何かあったな』
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