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家系ラーメンが好きすぎて、擬人化してしまった!?  作者: 源三郎


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第29話 家系ではない好き、メンちゃんだけの好き

焼津の魚介。


岐阜のタンメン。


名古屋の台湾ラーメン。


家系ではない三つの味が、主人公の中に残りました。


今回は、それでもメンちゃんがどういう存在なのかを確かめる回です。


家系だから好きなのか。


メンちゃんだから隣にいてほしいのか。

名古屋の夕方は、赤い湯気のなごりを少しだけ街に残していた。


店を出てしばらく歩いても、舌の奥がまだ熱い。


メンちゃんは隣で、俺の顔をちらちら見ている。


「ご主人様」


「何だ」


「まだ辛い?」


「まだ辛い」


「でも、歩ける?」


「歩ける」


「帰れる?」


「帰れる」


「じゃあ、よし」


彼女はそう言って、何か書きたそうに指をそわそわさせた。


歩きながら書こうとするので、俺は止めた。


「危ない」


「忘れる前に」


「座ってからにしろ」


「辛さから帰ってきた顔は、鮮度が大事」


「魚みたいに言うな」


駅近くのベンチに座る。


メンちゃんは巡礼ノートを開いた。


焼津。


朝を起こす魚介。


岐阜。


体を整えるタンメン。


名古屋。


本音をたたき起こす台湾ラーメン。


三つの印が並んでいる。


家系ではない。


だが、どれも消せない。


不思議なもので、こうして並んでいると、三つの味が俺の中で一本の線になる。


しおなちゃんの魚介が、眠っていた朝を起こした。


たんめちゃんのタンメンが、無理をしていた体を整えた。


辛音ちゃんの台湾ラーメンが、言えずにいた本音をたたき起こした。


気づけば俺は、旅の前より少しだけ素直になっていた。


「ご主人様」


「何だ」


「どれも、うまかった?」


「うまかった」


「しおなちゃんの魚介」


「うまかった」


「たんめちゃんのタンメン」


「うまかった」


「辛音ちゃんの台湾ラーメン」


「うまかった。辛かったけど」


「家系じゃないのに」


メンちゃんの声は、責めているわけではなかった。


確かめている。


自分の足元が消えていないか、そっと踏んでみるような声だった。


「家系じゃないから、うまかった」


俺は言った。


メンちゃんが顔を上げる。


「違うから?」


「ああ」


「同じじゃないから?」


「同じじゃないから」


しおなちゃんの魚介は、朝を起こした。


たんめちゃんのタンメンは、体を整えた。


辛音ちゃんの台湾ラーメンは、昔の俺をたたき起こした。


どれも、家系ラーメンではない。


どれも、家系ラーメンの代わりでもない。


だから、ちゃんとうまかった。


メンちゃんは三つの印を、じっと見ている。


「じゃあ」


メンちゃんは少しだけ指を握る。


「私は?」


来ると思っていた質問だった。


それでも、すぐには答えられなかった。


家系ラーメンとしてのメンちゃん。


濃厚豚骨醤油系ヒロイン。


朝からラーメンを作り、海苔の沈め方に厳しく、にんにくを告白にたとえる少女。


それは全部、メンちゃんだ。


だが、それだけでは足りない。


焼津で魚介をうまいと言った。


岐阜でタンメンをうまいと言った。


名古屋で台湾ラーメンをうまいと言った。


それでも、帰り道に隣にいてほしいのはメンちゃんだ。


なぜか。


家系だから。


それもある。


でも、それだけではもう足りない。


「お前は、味だけじゃない」


俺は言った。


メンちゃんは黙る。


「家系ラーメンの味も、お前の大事なところだ」


「うん」


「でも、それだけなら、俺は店に行けばいい」


彼女の肩が少し揺れた。


俺は続けた。


「店の味は、店にある。麺ノ家の記憶は、のれんの端にある。行った店の湯気は、まだ舌の奥にある」


メンちゃんは俺を見ている。


「でも、お前はここにいる」


俺は、彼女の袖を見た。


いつも俺の袖をつまむ指。


今日は、その指が自分のスカートの端を握っている。


「食べない日にも、隣にいる。水じゃなくて予備の心を渡してくる。知らない味を怖がって、それでも一口飲む。俺が昔の方へ行きそうになったら、呼ばれるのを待ってる」


言葉が少し多い。


でも、ここは薄くしたくなかった。


「そういうのは、味だけじゃない」


メンちゃんは長く黙った。


駅前の人の声が流れる。


名古屋の夕方の風が、辛さで熱いほっぺたを少し冷やす。


「ご主人様」


「何だ」


彼女の声は、いつもより小さかった。


「私、ずっと怖かった」


「何が」


「もし私が、家系じゃなくなったら」


指がスカートの端をきゅっとつまむ。


「私は、何になるんだろうって」


指は、スカートの端を離さない。


「それに、ご主人様」


「ああ」


「いつか、“最後の一杯”が来たら」


声が、湯気みたいに細くなる。


「その時、私は、どこにいるんだろうって」


「それに、麺妖精の噂で聞いた。西から、白い湯気が来てるって」


「あの白いのが、ご主人様の『おいしい』をまた広げたら——それでも私は、私のままでいられるのかなって」


いちど琥珀から戻ってきた、あの日から。


この子はきっと、二つの恐れを同じ場所に抱えてきた。


味が変われば、自分じゃなくなるかもしれない。


いつか終わりが来て、自分がいなくなるかもしれない。


その二つが、細い指の先で、一つに握られている。


西から来る白い湯気も、きっと同じ手の中にある。


名古屋で、この子は一人で先に行った。


先回りしてでも、俺を守りたかったからだ。


あれも、きっと同じ根から出た枝だった。


失うのが怖い子は、失う前に動いてしまう。


その一言は、辛さよりも胸に効いた。


魚介も、野菜も、辛いのも、少しずつ知った。


知るたびに、この子は自分の芯が薄まっていく気がしていたのかもしれない。


「私は、家系じゃなくなってない?」


「なってない」


「でも、いろんな味を、少し知った」


「知ったな」


「それでも?」


「それでも、ちゃんと家系だ」


「味を知ったくらいで消える芯なら、最初から芯じゃない。お前は、まだお前だ」


メンちゃんは、まだスカートの端を握っている。


「最後の一杯が、来ても?」


「来ても」


「西から、白いのが来ても?」


「来ても」


俺は言った。


「さっき言っただろう。お前は、味だけじゃない」


「うん」


「だったら、味が変わっても、お前はお前だ。いつか最後の一杯が来ても、うまかったことは消えない。お前がここにいたことも、消えない」


言いながら、俺は自分の言葉に少し驚いていた。


味が終わっても、この子は終わらない。


そういう理屈が、今なら、ちゃんと胸に通る。


メンちゃんはきゅっと唇を結ぶ。


それから、小さく笑った。


「ご主人様」


「何だ」


「それ、二回目」


「必要なら何回でも言う」


「濃い」


「そうか」


「でも、今は濃い方がいい」


彼女はそう言って、そっと俺の袖をつまんだ。


さっきまでスカートの端を握っていた指が、いつもの場所に戻っている。


俺は笑った。


その笑いが、どこか懐かしかった。


家に帰ってから、夜、メンちゃんが明かりを消す時の音。


食後にコップを置く音。


朝、台所でお湯を沸かす音。


そういう小さな音が、名古屋の駅前で一瞬だけ聞こえた気がした。


味の思い出じゃない。暮らしの音だった。


「ご主人様」


「何だ」


「今日、辛音ちゃんのこと、好き?」


「好きだな」


「あの一杯も?」


「好きだ」


「しおなちゃんも?」


「好きだ」


「たんめちゃんも?」


「好きだ」


「私の前で堂々と言う」


「言う」


メンちゃんはほっぺたを膨らませた。


古暖屋の帰り道と同じ。


でも、少し違う。


今度の彼女は、膨らませたほっぺたの奥で笑っている。


「じゃあ」


「じゃあ?」


「私は?」


俺はメンちゃんを見る。


金色のツインテール。


赤いリボン。


スープの上で光る鶏油みたいな、金色の瞳。


今日、そこには魚介の朝と野菜の甘みと赤い辛さが少しずつ映っている。


それでも、俺が初めて見た朝のメンちゃんとつながっている。


味は増えた。でも、この子は薄まっていない。


「好きだ」


俺は言った。


メンちゃんが固まる。


「家系だから?」


「家系なのも好きだ」


「なのも」


「でも、メンちゃんだから好きだ」


言ってから、さすがに顔が熱くなった。


辛さのせいにしたかった。


だが、もう店は出ている。


逃げ道はない。


辛音ちゃんの言う通り、辛さは逃げ道をふさぐ。


だが、帰り道まではふさがない。


メンちゃんは下を向いた。


耳まで赤い。


「ご主人様」


「何だ」


「それ、書いて」


「自分で書け」


「ご主人様の字で」


「下手だぞ」


「ていねいならいい」


俺はペンを受け取った。


巡礼ノートの名古屋のページ。


赤い印の下に、一行書く。


家系じゃない味も好きだ。


でも、メンちゃんだから隣にいてほしい。


書き終えると、メンちゃんはしばらくその文字を見ていた。


「保存する」


「するだろうな」


「永久保存」


「やめろ」


「無理」


彼女はそれを胸に抱えた。


その仕草が、初めてこのノートを二人でのぞき込んだ頃と重なる。


あの時は、家系の店しか見ていなかった。


今は、焼津、岐阜、名古屋が並んでいる。


でも、それを抱えるメンちゃんの顔は、どこか同じだった。


好きなものを大事に持っている顔。


「帰るか」


俺が言うと、メンちゃんはうなずいた。


「帰る」


「辛さ、大丈夫か」


「ご主人様こそ」


「大丈夫」


「じゃあ、帰ったら」


「水か」


メンちゃんは首を振った。


「今日は、あったかいお茶」


少し驚いた。


「ラーメンじゃないのか」


「辛い日の帰り道には、お茶もいい」


「成長したな」


「味だけじゃないって、言われたので」


「関係あるか」


「長く好きでいるために」


その言葉は、名古屋の夕方にもすっとなじんだ。


俺たちは駅へ向かって歩き出す。


赤い湯気はもう見えない。


だが、名古屋の赤い印の下に書いた一行が、まだ温かく残っていた。

主人公は、家系ではない味も好きだと認めました。


そのうえで、メンちゃんに言葉を渡しています。


家系じゃない味も好きだ。


でも、メンちゃんだから隣にいてほしい。


メンちゃんは家系のまま、でも味だけではない存在として、主人公の隣に残ります。


名古屋の赤い印は、巡礼ノートの中で温かく残りました。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
家系ラーメンを愛しすぎた男と、ラーメンの化身・メンちゃんの物語。
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