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家系ラーメンが好きすぎて、擬人化してしまった!?  作者: 源三郎


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第27話 辛音ちゃん、目を覚ます赤い湯気

名古屋の店に入ると、そこは赤い湯気の中だった。


唐辛子、にんにく、ひき肉、ニラ。


台湾ラーメンの一口目は、主人公を思いっきりむせさせる。


今回は、赤い湯気の子、辛音ちゃんとの出会い。


辛さとにんにくをめぐって、メンちゃんの家系理論も試される。

扉を開けた瞬間、赤い湯気が顔にぶつかった。


店内は、赤かった。


壁が赤いわけではない。


照明が赤いわけでもない。


湯気が赤い。


そう感じるくらい、唐辛子とにんにくの香りが空気を染めていた。


そして、その赤の真ん中で、言い合いはもう始まっていた。


「ニンニクは、告白みたいなものだから、タイミングが大事なの」


カウンターの手前に、メンちゃん。


ひざに巾着。


手には一枚のカード。


「家系式・にんにく告白マナー、第一条」


「一口目のスープを飲んで、心をあたためて、それから。にんにくは、そこで初めて入れるべきなの」


カウンターの向こうに、小柄な少女がいた。


赤と黒でまとめた服。


ニラの緑を思わせる細いリボン。


唐辛子みたいな瞳。


背は低い。


なのに、店いっぱいの赤い空気を、ひとりで背負っているみたいな圧がある。


もう、そこに立っている。


最初から舞台の上にいる顔だ。


少女はきょとんとした。


それから、にやりと笑った。


「私は最初から告白するけど?」


メンちゃんが固まる。


「最初から」


「うん」


「覚悟の前に?」


「覚悟させるために」


「強い」


「辛いからね」


俺は入口で立ち尽くしていた。


言いたいことは、山ほどあった。


単独で先に行くな。


心配した。


でも、言葉より先に、目が見てしまった。


カウンターの上、メンちゃんの席の横に、水のペットボトルが六本、整列している。


タオルも、胃薬も、白米のお櫃まである。


消えた装備、全部ここだ。


そして、彼女の隣にひとつ、席が空けてある。


その席の前にだけ、まだ丼がない。


——先に、矢面に立ってたのか。


俺のために、赤い湯気の一番濃いところで。


怒るのは、その後でいい。


そう思ったら、最初の一言はこうなった。


「来たぞ」


メンちゃんが振り向く。


「ご主人様」


少し気まずそうで、でも、ほっとした顔だった。


「置き手紙、読んだ?」


「読んだ」


「あとで怒って」


「あとでな」


小柄な少女が、こっちを見た。


笑うとかわいい。


なのに、目は逃がさない。


「来たね、本命」


「本命?」


「挑戦状、出したでしょ」


あの、赤く染まった食券だ。


「辛音」


少女は胸を張った。


「名古屋台湾ラーメンの辛音ちゃん。辛い音って書いて、からね」


「からねちゃん」


「そう。呼ばれたら、もっと辛くなるよ」


「怖い仕様」


「座って」


辛音ちゃんは、空いた席を指した。


メンちゃんの隣。


つまり、二人のちょうど間。


「そこが特等席。両側から見えるから」


俺は座らされた。


右にメンちゃん。


カウンター越しの正面に、辛音ちゃん。


はさまれている。


メンちゃんが、巾着を俺のひざに置いた。


「予備の心、確認」


「今するのか」


「辛味会談なので」


「名古屋台湾は、家系法度・第二十七条の適用対象」


「そんな条項あったか」


「今できた。『赤いスープの前では、予備の心を携行すべし』」


ちなみに台湾ラーメンは、名古屋生まれらしい。


名前と出身地が一致していない。


「辛さ、普通でいいか」


「普通」


メンちゃんがくり返す。


「家系でいう普通とは、違う普通」


「たぶん違う」


「普通の顔をした辛さ」


「怖い言い方をするな」


注文を終えると、厨房から中華鍋の音がした。


火。


油。


ひき肉。


にんにく。


ニラ。


赤い匂い。


それらが重なって、俺の中の何かを起こし始める。


無茶ぶりの夜、券売機の前でやっと自分を取り戻した、あの遠い日の何かをだ。


辛さには、記憶のふたを開ける匂いがある。


やがて、丼が置かれた。


赤い。


まず、それだった。


スープの表面に、唐辛子の赤が浮いている。


ひき肉が沈み、ニラが緑の線を引く。


にんにくの香りが、逃げ場をふさぐ。


家系の茶色い安心感とも違う。


焼津の澄んだ朝とも、岐阜の野菜の湯気とも違う。


これは、目を覚ませと言っている。


優しくない。


だけど、嘘がない。


「いただきます」


俺はレンゲを取った。


一口目の顔が、両側から採点される距離だ。


俺はスープを少しすくう。


赤い。


熱い。


香りだけで、喉が身構える。


口に入れた。


次の瞬間、むせた。


「っ、げほ」


その瞬間だった。


丼から立ちのぼった赤い湯気が、まっすぐ天井へ伸びて、渦を巻いた。


赤い竜巻が、店の真ん中で回りだす。


「な、なんだこれ」


「理不尽な湯気」


メンちゃんが、うちわで自分をあおぎながら冷静に言った。


換気扇が「ごおお」と悲鳴を上げる。


床も、天井も、俺のシャツも、うっすら赤い。


辛音ちゃんは竜巻の真ん中で、髪ひと筋、乱れていない。


「むせたね」


楽しそうに言った。


「むせた」


「でも、逃げなかった」


「逃げる前に喉がやられた」


「それも入口」


辛音ちゃんは俺へ顔を近づける。


香りが強い。


唐辛子。


にんにく。


ひき肉の熱。


「むせてもいいよ。でも、逃げたら味は分からない」


その言葉は、たんめちゃんの「整える」とはまったく違う。


しおなちゃんの「朝を起こす」とも違う。


辛音ちゃんは、優しくない。


でも、突き放してもいない。


むせることを、許している。


それが少し、懐かしかった。


初めて家系ラーメンの濃さに救われた夜だって、俺は上品に受け止めたわけじゃない。


汗をかいて、胃袋を重くして、それでも帰り道で少しだけ生き返った。


「それで、さっきの続きだけど」


辛音ちゃんが、メンちゃんへ向き直る。


赤い竜巻がしゅうっと細くなって、二人の間で行儀よく揺れた。


にんにく論争、再開だ。


メンちゃんの主張はこうだ。


にんにくには、入れる側の覚悟と、受け止める側の礼儀がいる。


だから、タイミングを見て、そっと差し出す。


対する辛音ちゃんはこう。


にんにくは、最初から逃げ道をふさぐからこそ意味がある。


一口目で相手を捕まえて、あとは味で説得する。


「タイミング派」


「即・告白派」


小柄な辛音ちゃんと、頬をふくらませたメンちゃんがにらみ合う。


その真ん中で、俺と赤い湯気だけがのんびり揺れている。


「タイミングを計ってるうちに、味は冷めるよ」


「冷めない。あたためて渡すのが家系」


「あたためてる間に、相手はよそへ行くかも」


「行かせない」


メンちゃんの目が、すっと本気になる。


「じゃあ聞くけど、タイミングが来なかったら?」


辛音ちゃんが身を乗り出す。


「来ないなら、私は辛さで無理やり作るよ」


赤い湯気が、その言葉に合わせて一段濃くなった。


俺はその間に、もう一口スープを飲んだ。


辛い。


うまい。


痛い。


懐かしい。


この順番で来る。


そして、飲み終わると、また次の一口に手が伸びる。


止まらない。


止まらないと分かっているのに、レンゲが勝手に丼へ向かう。


むせても、もう一口。


汗が出ても、もう一口。


辛さが、次の辛さを呼んでくる。


「ご主人様」


メンちゃんがこちらを見る。


「大丈夫?」


「辛い」


「うまい?」


俺はうなずいた。


「うまい」


メンちゃんは少し頬を膨らませる。


でも、止めない。


巾着をひとつ、俺の方へ寄せた。


「予備の心」


「助かる」


「呼ぶ?」


俺は少し考えた。


辛さが喉に残っている。


額に汗が浮く。


でも、まだ飲まれてはいない。


「まだ大丈夫」


「分かった」


メンちゃんは座り直した。


止めるのではなく、見ている。


それが伝わったのか、辛音ちゃんは少しだけ目を細めた。


「いいね。甘やかさないけど、逃がさないわけでもない」


「ご主人様を試すのはやめて」


「試してないよ」


辛音ちゃんは赤い湯気の中で笑う。


「起こしてるだけ」


俺は麺をすする。


辛さが絡む。


ひき肉のうまみが追いかけてくる。


ニラの香りが鼻へ抜ける。


にんにくは、最初からずっとそこにいる。


たしかに、途中で告白してくる家系のにんにくとは違う。


これは、最初のページから名前を書いてくるタイプだ。


「ご主人様」


「何だ」


「最初から告白するにんにく、危険」


「分かる」


「でも、少し分かる」


「分かるのか」


メンちゃんは真剣な顔でうなずいた。


「私も、最初からご主人様の部屋にいた」


俺はむせた。


辛さのせいじゃない。


たぶん。


辛音ちゃんが声をあげて笑う。


「家系の子、けっこう強いね」


「即・告白派、こっちにもいたじゃない」


「ち、違う。私はタイミング派」


「今、最初からって言ったよ」


メンちゃんは顔を赤くしながら、胸を張った。


「濃厚豚骨醤油系ヒロインなので」


その肩書きも、最初は訳が分からなかった。


今では、聞くと少し安心する。


何度も聞いたからだ。


何度も困らされて、何度も救われたからだ。


置いていかれた昼の気持ちは、あとでちゃんと言う。


でも、先に覚えておく。


俺が扉を開けたとき、彼女はもう、逃げずにそこにいた。


俺は赤いスープを見る。


この辛さも、いつか懐かしくなるんだろうか。


たぶん、なる。


むせたことも。


メンちゃんが巾着を差し出したことも。


赤い湯気が竜巻になったことも。


扉を開けた先で、言い合う声がしていたことも。


全部、巡礼ノートのどこかで、少しだけ温かくなる。


俺はもう一口食べた。


今度は、むせなかった。


辛音ちゃんは満足そうに言った。


「ね。逃げないと、味が追いつくでしょ」


メンちゃんが小さくつぶやく。


「追いつかれすぎても困る」


「その時は?」


辛音ちゃんが聞く。


メンちゃんは俺を見る。


「呼ぶ」


その声は、赤い湯気の中でも、まっすぐだった。

辛音ちゃんが登場しました。


むせてもいい。


でも、逃げたら味は分からない。


その言葉は厳しいけれど、突き放してはいません。


メンちゃんは、主人公を止めるのではなく、呼べる距離で見守る。


赤い湯気の中で、「呼ぶ」という約束がまた一つ濃くなりました。

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家系ラーメンを愛しすぎた男と、ラーメンの化身・メンちゃんの物語。
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