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家系ラーメンが好きすぎて、擬人化してしまった!?  作者: 源三郎


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第26話 名古屋、辛いのに会いたくなる子

岐阜で、たんめちゃんは赤い湯気の子の話をした。


辛いのに、また会いたくなる。


優しく起こすのではなく、叩き起こす。


今回は、名古屋へ向かう準備と到着の回。


焼津、岐阜を経て、主人公とメンちゃんはさらに強い味へ向かう。

挑戦状は、台所の壁に貼ってあった。


赤く染まった、一枚の食券。


岐阜から帰った夜、テーブルの上に置かれていたものだ。


裏には、一言。


逃げたら、味は分からないよ。


差出人の名前はない。


代わりに、唐辛子とにんにくの香りが染みついている。


メンちゃんはそれを額に入れようとして、俺に止められ、結局、壁に貼った。


「敵情は、見える場所に」


「まだ敵と決まってないだろ」


あれから一週間。


メンちゃんは毎朝、その食券をにらんでいた。


にらみながら、装備を増やしていた。


机の横の一角が、いつのまにか装備置き場になっている。


巾着が七つ。


予備の心。


予備の米。


予備の海苔。


赤い気持ち用。


水のペットボトルが六本。


タオルが四枚。


胃薬が一箱。


そして、白米が入る小さなお櫃が、なぜか一つ。


「装備が重い」


「辛味は水で薄め、汗はタオルで拭き、胃は薬で守る」


「お櫃の説明がないぞ」


「お櫃は、別格なので」


説明になっていなかった。


メンちゃんはノートを開き、家系法度に何かを書き足していく。


「第十七条・辛味に挑む前に、白米を同席させるべし」


「条番号が飛んでるぞ」


「途中は非公開」


「第十八条・水は常に一口分、手前に置くべし」


理不尽な条項に、たまにやさしいのが混ざるのが、彼女の法度だった。


たんめちゃんの言葉を、俺は思い出す。


名古屋に、優しく起こさない子がいる。


あの子は、叩き起こすタイプ。


会いに行くなら、覚悟してね。


あれは勧めではなく、警告だった。


メンちゃんはその警告を、たぶん俺より重く受け取っていた。


メモを取る彼女のペンが、にんにくの所で止まる。


「向こうも、にんにく使うんだよね」


「たっぷりな」


「家系も入れる。じゃあ、負けられない」


彼女は巾着の一つを、にんにくの絵で塗りつぶした。


「立場は違う。でも、負けたくない」


その横顔は、真剣というより、少しだけ意地だった。


行くのは、次の土曜と決めてあった。


朝の新幹線。


財布には、半分の食券。


鞄には、麺ノ家の暖簾の端。


そして金曜の夜、スマホが鳴った。


会社の上司からだった。


前に焼津へ連れて行かれた時と、同じ着信音。


でも、出てみると、声の重さが違った。


『すまん。月曜朝イチの資料、先方の話がひっくり返った』


「ひっくり返った、というと」


『前提から全部だ。土日で組み直すしかない。お前しか頼めない。この通り』


朝ラーのお誘いではなく、正真正銘の仕事だった。


俺は目を閉じた。


まぶたの裏で、名古屋行きの新幹線が、ホームを出ていった。


「……分かりました。やります」


『恩に着る。今度、うまいもんおごるから』


「ラーメン以外でお願いします」


『なんでだよ』


説明すると長いので、やめておいた。


電話を切ると、メンちゃんがじっと俺を見ていた。


椅子の上に立って、目線を合わせて。


焼津の時と、同じ体勢だった。


「名古屋、行けない?」


「今週は無理だ。来週にしよう」


「来週」


「悪い」


メンちゃんは、少しの間、黙った。


法度の第何条を持ち出すかと思った。


でも、彼女は静かにうなずいた。


「分かった。お仕事、頑張って」


「……素直だな」


「私は礼儀正しいヒロインなので」


その素直さを、俺は疑うべきだった。


土曜の朝、俺は会社へ向かった。


玄関のメンちゃんは、いつも通りに「行ってらっしゃい」と言った。


いつも通りすぎる、と気づくべきだった。


会社に着くと、資料は聞いていたより壊れていた。


俺は麺をほぐすように、絡まった数字を一枚ずつほぐしていった。


昼、メンちゃんに送った「順調だ」への返事が、こなかった。


いつもなら、三秒で「えらい」と返ってくるのに。


引っかかりを胸に置いたまま、俺は手を動かし続けた。


夕方前、資料はどうにか形になった。


上司に送ると、『助かった。もう上がっていいぞ』と返ってきた。


俺は会社を飛び出した。


家に帰ると、部屋が静かだった。


「メンちゃん」


返事がない。


台所に、湯気がない。


机の横を見て、俺は止まった。


装備置き場が、空だった。


水六本が、ない。


タオル四枚が、ない。


胃薬が、ない。


お櫃が、ない。


巾着も、七つ全部、ない。


机の上には、水のペットボトルが一本だけ。


その下に、便箋が一枚。


丁寧な字だった。


俺にいつも「字、丁寧に」と言うだけのことはある字だった。


ご主人様へ。


先に視察してきます。


あの子は危険。


ご主人様の本音を、乱暴に叩き起こす子。


だから、私が先に確かめる。


家系法度・第二十条。


『ご主人様が動けない時、ヒロインは先に湯気を確かめてよし』


第十一条(ラーメンを食べる時、ヒロインは隣にいるべし)と少しぶつかるけど、新しい条が優先です。


夜には帰ります。


水は一本置いていくので、手前に置いて飲むこと。


読み終わって、俺はしばらく動けなかった。


自分で作った法度を、自分で破って、その言い訳まで法度で書いてある。


「無茶苦茶だろ」


声に出して、俺は残された水を一口飲んだ。


行き先は分かっている。


赤い看板の、あの店だ。


巡礼ノートを開くと、名古屋のページの端に、書き込みが増えていた。


ご主人様の本音、防衛。


「防衛される側の許可を取れ」


俺は財布と、暖簾の端と、ノートを鞄に突っ込んで、部屋を飛び出した。


新幹線に飛び乗って、席に着いて、俺はやっとスマホを握った。


呼び出し音、三回。


『……ご主人様?』


出た。


「今どこだ」


『名古屋』


「早いな!」


『新幹線は、速いので』


「そういう意味じゃない」


『お仕事は?』


「終わらせた。巻きで」


『えらい』


「話をそらすな。置き手紙一枚で先に行くやつがあるか」


『置き手紙は、丁寧に書いた』


「字の話でもない」


俺は怒鳴りそうになって、やめた。


不安な時は、怒鳴らず、水を渡す。


渡せない距離なら、せめて声を落とす。


「なんで一人で行った」


メンちゃんは、少し黙った。


『ご主人様の本音、まだ寝てるのがあるでしょ』


「……どうかな」


『ある。私、知ってる』


電話越しでも、まっすぐな声だった。


『乱暴に起こされたら、痛いかもしれない。だから、どのくらい乱暴か、先に確かめる』


「毒見か」


『視察』


「同じことだろ」


『ちがう。視察には、白米がいる』


「そうだ、お前、お櫃まで持っていっただろ。白米は対策というより願望だろ」


『辛い子と会うなら、米の同席は礼儀。願望も、装備のうち』


真顔で言っているのが、電波越しでも分かった。


「いいか、店に入るなよ。俺も向かってる。着くまで待て」


『ご主人様』


「何だ」


『辛さに飲まれそうになったら、呼ぶんだよね』


「そうだ。だから待て」


『じゃあ、私も同じ。飲まれそうになったら、ちゃんと呼ぶ。だから──』


そこで、電波が揺れた。


『──先に、確かめて……くる……』


「おい。おい、メンちゃん」


切れた。


かけ直しても、つながらなかった。


窓の外を、夕方の景色が飛んでいく。


早く走ってくれと祈りながら、ふいに思い出した。


焼津の朝のことだ。


椅子の上に立って、俺を見上げていたメンちゃん。


「私を置いて」と言った、あの声。


俺の留守に、パーカーと双眼鏡まで用意していた、あの理屈。


あの時は、笑い話だと思っていた。


今は、少しも笑えない。


置いていかれる側は、こんな気持ちだったのか。


行き先が分かっていても、夜には帰ると書いてあっても、隣にいないだけで、こんなに落ち着かない。


あの朝のメンちゃんに、俺は今ごろ追いついていた。


「悪かったな」


窓に映る自分に、小さく言った。


鞄の中で、布が震えた。


暖簾の端。


取り出すと、端の赤い点が、前よりはっきり灯っていた。


焼津では、海の朝の方へ。


岐阜では、淡い緑の湯気の方へ。


今は、赤の方へ。


まるで、急げと言っているみたいだった。


名古屋駅に着くと、俺は走った。


人波を縫って、地下街の匂いを突っ切る。


どこかから漂う、味噌の気配。


ノートの地図を頼りに、角を三つ曲がる。


硬め濃いめ多めの生活のツケが、両足に来ていた。


それでも、走った。


やがて、見えた。


赤い看板。


夜の始まりの空の下で、そこだけ温度が高い。


店の外まで、唐辛子とにんにくの香りが届いている。


それどころか、暖簾の下から、赤い湯気があふれていた。


換気扇が、ゴォと低くうなっている。


うちの台所で、メンちゃんが本気になった時と、同じうなり方だった。


俺は店の前で足を止めた。


中から、声がする。


言い合う声だ。


一つは、よく知っている声。


『だから、家系のにんにくは、卓上で待つの。呼ばれてから行くの』


もう一つは、知らない声。


小さいのに、よく通る。


唐辛子が油の中ではじけるみたいな、赤い声だった。


『待ってたら、朝が来ちゃうでしょ。うちは最初から行くの』


『それは乱暴』


『乱暴じゃない。正直って言うの』


対決は、もう始まっている。


俺の到着なんて、待ってもいなかった。


まだ一口も食べていないのに、額に汗がにじむ。


俺は息を吸った。


手の中には、メンちゃんが置いていった水が、まだ半分残っている。


手前に置いて、飲むこと。


第十八条。


「……行くか」


飲まれそうになったら、呼ぶ。


なら、呼ばれる前に、隣に立つ。


赤い湯気が、暖簾の下から、俺の足元まで流れてきた。


俺は暖簾をつかんだ。

名古屋へ向かう道中、メンちゃんは辛味会談の準備を始めました。


予備の心、予備の米、赤い気持ち用。


いつもの妙な持ち物が増えながらも、そこには「呼ぶ」という新しい約束がある。


赤い湯気は、どこか赤い食券の記憶にも重なる。


まだ姿は見えないのに、湯気の奥から声だけが届く。


次は、いよいよ辛音ちゃんとの出会いです。

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家系ラーメンを愛しすぎた男と、ラーメンの化身・メンちゃんの物語。
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