表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家系ラーメンが好きすぎて、擬人化してしまった!?  作者: 源三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/32

第18話 伊豆の家系地図

メンちゃんは、自分の魅力を説明するより、その日の俺を見ることを選んだ。


店ごとの妖精達と出会うたびに、彼女自身も少しずつ変わってきている。


今回は、巡礼ノートが地図になる。


中伊豆、伊東市、券売機、米、雨、古い店。


それぞれの湯気が一本の線になって、伊豆の家系の記憶が見えてくる。

「ご主人様。そこに正座してください」


休日の朝、飯を炊くより先に、俺は正座させられた。


メンちゃんは巡礼ノートを両手で抱えている。


抱え方が、証拠品のそれだった。


「昨日の夜、気づきました」


「何に」


「このノートに、私の知らないページがあります」


ノートの後ろに貼り足された、数枚のページ。


俺が書き溜めて、見せていなかった場所だ。


「隠れ巡礼ですね」


「待て」


「私に内緒で知らない店を回って、新しい子の資料を作ってた。隠れ巡礼は家系法度・第七条違反です」


「そんな条項あったか」


「今できました」


「法度を即席で作るな」


メンちゃんの目は真剣だった。


真剣なまま、ちょっとだけ泣きそうだった。


俺はノートを受け取って、貼り足したページを開いた。


「読め」


一枚目の見出しは、店の名前でも、味の評価でもなかった。


中伊豆。峠子。


影が半歩、ホームまでついてきた日のこと。


続くページにも、潮風子の声、けん子の小さな「ごめんなさい」、こめりの青ざめた顔、雨乃の傘、こはるの古い写真。


「……これ、味の記録じゃない」


「ああ」


「妖精の記録だ」


店の記録の、裏側だ。


帰り道に思い出したことを、忘れないうちに書いておいた控え。


「なんで隠してたんですか」


「隠してたつもりはない。……いや、最後のページは隠してた」


メンちゃんが、最後の一枚をめくる。


見出しは一行。


メンちゃん。


その下には、まだ少ししか書いていない。


雨の日、傘を半分こっちへ寄せてきたこと。


海苔を一枚増やした夜のこと。


メンちゃんは黙った。


黙って、耳まで赤くなった。


「……隠れ巡礼じゃなかった」


「じゃない」


「これ、いつ書いてるんですか」


「お前が寝たあと」


「照れるので禁止です」


そのやり取りの間に、巡礼ノートが、少し重くなってきた。


実際の重さの話じゃない。


ページをめくるたび、湯気が立つような気がするのだ。


いや、今日は本当に、うっすら湯気が出ていた。


この前のメンちゃん資料も、ノートの後ろに挟んである。


本人いわく、成長記録。


「なら、俺のあのページも、お前の成長記録だ」


「屁理屈です」


言い返しながら、メンちゃんは笑った。


笑った瞬間、巡礼ノートのページの端が、熱くも冷たくもない不思議な温度を持った。


中伊豆の峠子。


伊東市の潮風子。


券ノ助のけん子。


米乃家のこめり。


雨乃屋の雨乃。


古暖屋のこはる。


そして、メンちゃん。


書かれた名前の一つ一つに、ページの奥が小さく反応する。


「ご主人様」


メンちゃんがノートをのぞき込む。


「これ、地図みたい」


「地図?」


「ほら」


彼女が指で線を引く。


いや、引こうとした。


その前に、線のほうが勝手にのびはじめた。


中伊豆の山。


伊東の海。


駅前の券売機。


米の店。


雨の日の路地。


古い商店街。


それぞれの店の記録を、こはく色の細い線が、ひとりでに結んでいく。


伊豆のまわりに、小さな家系の道ができる。


その瞬間、かばんの奥で、こはくの光がひとつ灯った。


巡礼ノートの紙の上に、線がふわりと浮かび上がる。


俺は思わず手を引いた。


印刷された地図なんかじゃない。


店の記録と、妖精の記録。


表と裏がそろったページの上でだけ、線が勝手にのびていく。


ページまで、風もないのに一枚めくれた。


「うわ」


「地図が、読んでほしいところに、めくってるんです」


「ノートに意思を持たせるな」


線はまっすぐじゃなかった。


道に迷った日の足取りみたいに、少しずつ曲がっている。


ただの地図じゃない。


味の記憶の流れだった。


しかも、記憶がそのまま、紙の上に立ちのぼりはじめる。


醤油が強い店の線からは、香ばしい湯気が細く上がる。


鶏油が印象的な店の線には、きらきらした光の粒が乗る。


匂いと湯気と光が、地図の上をゆっくり流れていく。


「家系って、横浜だけじゃないんだね」


メンちゃんが言った。


少し前の彼女なら、寂しそうに言ったかもしれない。


今は違う。


広いものを見ている声だった。


「でも、私って何なんだろう」


その問いは、静かに出た。


メンちゃんは、自分のリボンを見ていた。


いつもなら、胸を張っているところだ。


けれど今日は、その勢いが先に出てこなかった。


峠子は峠の店の妖精。


潮風子は海沿いの店の妖精。


けん子は券売機の店の妖精。


こめりは米の店の妖精。


雨乃は雨の日の店の妖精。


こはるは古い店の記憶の妖精。


じゃあ、メンちゃんは何の妖精なのか。


それは、俺も今まではっきりさせずにきた問いだった。


俺はノートを見た。


湯気の流れが、いろんな店から、メンちゃんのいるほうへ集まっていく。


メンちゃんは、麺ノ家だけから生まれたわけじゃない。


俺が食べてきた家系。


救われてきた夜。


濡れた海苔。


赤い食券。


硬め、濃いめ、多め。


そして、今は「普通」を選べる日。


その全部から、彼女は形を持った。


「お前は、一軒の店じゃない」


メンちゃんが俺を見る。


「この前も言った」


「今度はもっと正確に言う」


俺はノートの地図に指を置いた。


「俺が家系を好きだった記憶から生まれた。でも、今はその記憶を一緒に歩いてる」


メンちゃんは黙る。


「じゃあ、私は地図?」


「地図そのものじゃない」


「じゃあ、道案内?」


「近いけど、ちょっと違う」


「じゃあ何」


俺は困った。


言葉にすると、どれも少しずつずれるのだ。


メンちゃんは店じゃない。


でも、家系そのものでもない。


俺の「好きだった」から生まれた。


でも、今は俺の好きだけに縛られていない。


彼女は、俺が一杯を食べ終わった後も隣にいる。


そこだけは、他の妖精達と違う。


「帰り道」


俺は言った。


メンちゃんが目をぱちぱちさせる。


「お前は、俺の家系の帰り道にいる」


彼女はしばらく黙った。


それから、少しだけ口をとがらせる。


「ラーメン本体じゃないんだ」


「本体も含む」


「含む」


「スープも、麺も、海苔も、米も、食べた後の水も、帰り道も」


「範囲が広い」


「広いから、お前なんだと思う」


こはくの光が、彼女のこはく色の瞳に映った。


「じゃあ、私は一軒ぶんじゃなくて」


メンちゃんが、そっと言う。


「ご主人様が好きになってきた、家系ぜんぶの記憶から生まれた、ってこと?」


「そうだ」


さっきまでの不安が、ゆっくり形を変えていくのが分かった。


「じゃあ私、けっこう大きい」


「大きいな」


その声は、もう寂しそうじゃなかった。


自分の広さを、そっと誇りはじめた声だった。


そのとき、俺は気づいた。


さっきまで、彼女の指先は、光にまぎれて少し薄く見えていた。


広い地図の前に立つと、いつも彼女はどこか、透けそうになる。


自分がどの一軒の妖精でもない気がして、輪郭がぼやけるのだ。


でも、今は逆だった。


たくさんの店の湯気が集まってくるほど、彼女の輪郭は、むしろはっきりしていく。


薄まるんじゃない。


濃くなっていく。


背負う地図が広いぶん、彼女はそのぶん、確かにそこにいた。


広さは、彼女を消すものじゃなかった。


彼女を、彼女の形に留めておく力だった。


それは誇りより、もう少し静かな何かだった。


地図の上には、小さな光がいくつか残っている。


峠子の影。


潮風子の声。


けん子の食券。


こめりの米の湯気。


雨乃の水滴。


こはるの古い写真。


それぞれ、妖精達が人に近づいた場所だ。


「みんな、人になりたいのかな」


メンちゃんが言う。


「分からない」


「でも、消えたくはないんだと思う」


それは、彼女自身が一番よく知っている言葉だった。


「俺一人で全員を救うのは、違う」


「うん」


メンちゃんは少しだけ寂しそうに、でもはっきりうなずいた。


「ご主人様の胃袋も休日も、一つしかない」


「そうだな」


「あと健康診断もある」


「現実を混ぜるな」


「大事」


俺たちは笑った。


そのとき、ノートの余白に、また勝手に文字が浮かんだ。


家系法度・第十八条。


地図は、一人で背負うべからず。


「お前、こんな条項いつ足した」


「私じゃないです。ノートが書きました」


「法度が自我を持つな」


その一条は、今日だけ正しかった。


笑った直後、地図の光が一つだけ強くなった。


古暖屋じゃない。


麺乃峠でも、潮ノ屋でもない。


まだ行っていない場所。


伊豆半島の先っぽに近い、空白のあたり。


店名は出ない。


ただ、こはく色の点がぽつんと浮かんでいる。


「これ、次の候補?」


メンちゃんがのぞき込む。


「分からない」


「でも、呼んでる」


誰かが一人で待っているというより、誰かたちが集まるための目印に見えた。


店ごとの妖精達は、俺一人に選ばれなくても消えない。


それぞれの店で、誰かの「また来たい」に支えられている。


俺の「また来たい」も、その中の一つでいい。


全部じゃなくていい。


メンちゃんがノートの端に小さく書き足した。


一人で背負わない。


それから、少し迷って、もう一行。


でも、忘れない。


さっきの第十八条の、すぐ下だった。


「法度と、気が合ったな」


「たまたまです」


「いいな」


俺が言うと、メンちゃんは照れた。


「そういうの、得意なので」


その夜、こはくの光は机の上で静かに灯っていた。


山、海、券売機、米、雨、古い写真。


全部の記憶が、一本の線になる。


閉じたはずのノートが、ひとりでにめくれて、地図のページを出した。


地図の上の小さな光が、動いていた。


ばらばらの場所で灯っていた妖精達の光が、一斉に、同じ方角へすべりはじめている。


伊豆半島の先っぽ。


あの空白の点のほうへ。


ただ、集まる光の中に、一つだけ明滅の弱い光があった。


中伊豆の方角から来る光だ。


進みながら、ろうそくの残りみたいに、ふっ、ふっ、と揺れていた。


「ご主人様」


「見えてる」


「呼ばれてる」


「家系会議かも」


「議題が重そうだな」


暖簾の端が、返事みたいに小さく震えた。


その震えは、山の熱でも海の風でもなかった。


食券の紙の音でも、米の湯気でも、雨の温度でも、古い写真の手ざわりでもない。


全部が少しずつ混ざった震えだった。


俺とメンちゃんは、同時にノートを閉じた。


けれど、閉じたページのすき間から、こはく色の光が細くもれていた。


その細い光も、まっすぐ、同じ方角を指していた。

巡礼ノートに、伊豆の家系地図が浮かび上がった。


妖精達が人に近づいた場所は、小さな光として残っている。


俺一人で全員を救うのは、違う。


でも、忘れないことはできる。


次は、妖精達が集まる家系会議。


誰が次の休日に選ばれるのか、にぎやかで、ちょっと必死な会議が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
家系ラーメンを愛しすぎた男と、ラーメンの化身・メンちゃんの物語。
少しでも「面白い」「続きが気になる」「メンちゃんを応援したい」と思っていただけましたら、
ページ下部の評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。

目次へ戻る 感想を書く レビューで応援
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ