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家系ラーメンが好きすぎて、擬人化してしまった!?  作者: 源三郎


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第17話 メンちゃん、店アピールを学ぶ

古暖屋で分かったことがある。


店ごとの妖精は、味だけではなく、人の記憶からもできている。


それぞれの妖精には、それぞれの一杯を忘れられたくない理由がある。


今回は、メンちゃんの回。


しかも今回は、全編メンちゃん視点です。


一人称「私」で、彼女の口から語ってもらいます。


他の妖精たちのアピール力に刺激されたメンちゃん。


自分も家系ラーメンの魅力を、あらためて語ろうとします。


ただし、力が入りすぎる。


力が入りすぎた理由も、彼女自身の言葉で。

今日は、私の話をさせてください。


私はメンちゃん。


ご主人様の隣にいる、家系ラーメンの妖精です。


今日の私は、ちょっと暴走しました。


古暖屋の帰り道から、私はずっと考えごとをしていました。


こはるさんの「気持ちの置き場所」という言葉が、私には別の方向で刺さったんです。


考えて、考えて、出た結論が、資料でした。


理由は、少し前の夜にあります。


米乃家の、あの夜。


紛れ込んだ食券の赤い声が、ご主人様を呑みました。


私は茶碗を下げました。


いつもなら、それで止まります。


止まりませんでした。


半分の食券を重ねても、私のこはく色は、赤に上から塗りつぶされました。


「うるさいな。今、うまいんだ」


あの時の目は、ご主人様の目ではありませんでした。


でも、声は、ご主人様の声でした。


それが、一番痛かった。


雨の日に仲直りもした、終わった話のはずなのに、夜になると思い出します。


あの夜の私は、ご主人様を呼ぶ偽物の声に、負けました。


私が虜化に勝てるくらい魅力的なら、あんな声の入りこむすきまはなくなる。


あんな夜は、もう来ない。


今なら曲がった理屈だと分かりますが、あの時の私は真剣でした。


真剣な妖精は、資料を作るんです。


帰宅してから、私はテーブルの上と格闘しました。


ときどき胸元のリボンを見下ろしては、戦力になるのかと考えました。


「リボンに罪はないぞ」


「リボンにも戦略が必要かもしれない」


「ない」


「即答」


「リボンを戦略にするな」


テーブルには、紙を並べました。


スープ濃度。


鶏油量。


海苔運用。


ライス導線。


味変タイミング。


鶏油は、飲み物です。


「メンちゃん」


「はい」


「これは何だ」


「家系ラーメンの魅力再提示資料です」


「ラーメン屋の経営会議か」


ご主人様が黙っている間に、紙が一枚、また一枚と、勝手に増えていきます。


「増えてるぞ」


「気合いです」


「気合いで紙は増えない」


気づいたら背表紙までついて、金の箔押しで「家系ラーメン完全読本・上」と書いてありました。


「上ってことは、下もあるのか」


「まだ増えます」


これまで出会った妖精のみなさんは、すごかったんです。


峠子さんは、山の腹に沈むスープ。


潮風子さんは、帰り道へ送り出す鶏油。


けん子さんは、押す前から始まる券売機。


こめりさんは、米の支え。


雨乃さんは、外へ出るための温度。


こはるさんは、店主さんたちの記憶。


その横で私は、水を出して、食券を重ねて、茶碗を下げて、傘を差していました。


大事な、誇りのある仕事です。


でも、思ってしまったんです。


私の魅力が薄かったから、あの夜、あの声に負けたんじゃないかって。


「ご主人様」


「何だ」


「私は、アピールが足りなかったと思う」


「十分足りてる」


「足りない。私は家系ヒロインなのに、最近は守る側ばかりで、魅力提示が薄い」


「魅力提示」


本当に言いたいのは、もう、あの声にご主人様を渡したくない、でした。


でも、それを言えば、ご主人様はあの夜を思い出して、喉の奥を重くします。


だから、本当の理由は資料の下に隠しました。


「では、はじめます」


宣言すると、部屋の壁からホワイトボードがせり上がってきました。


ワンルームに、そんなものは置いていません。


置いていないのに、出せるんです。


妖精なので。


キャスターの音まで律儀に鳴らして、ご主人様の横を横切らせました。


「ホワイトボードが生えた」


「召喚しました」


「召喚するな」


盤面の下から銀色の指し棒が伸びて、私の手に収まりました。


指し棒で叩くと、白い盤面に図解が浮かびました。


丼の断面図。


スープの層。


麺の角度。


矢印と吹き出し。


グラフも入れました。


縦軸が「幸福度」、横軸が「一口目からの経過時間」です。


「グラフの単位がおかしい」


「幸福度は測れます」


「測るな」


気合いが上がるたびに湯気が立って、部屋が少しずつ家系の店になっていきました。


「まず、一口目のスープ」


「家系における一口目とは、儀式であり、覚悟です」


「そして、疲れ切った大人の魂を、豚骨醤油へ一時避難させる行為です」


「プレゼンが始まった」


「次に海苔」


盤面を、海苔の断面図に切り替えます。


「止まらないな」


「海苔はスープを吸い、米を抱き、罪悪感を少しだけ上品にする」


「最後のは怪しい」


「ほうれん草は健康担当ではありません」


「それは知ってる」


「スープを抱きしめる担当です」


「知ってる」


「復唱して」


「なぜ」


盤面を切り替えて、箇条書きが十二個詰まった「まとめ」を出しました。


「情報量は誠意です」


「誠意で目が疲れる」


でも、止まれませんでした。


説明をやめた瞬間、あの赤い光が、すきまから入ってくる気がしたんです。


指し棒で盤面を強めに叩いた拍子に、部屋の隅に寸胴がひとつ増えました。


気持ちがあふれると、厨房が増えるんです。


鶏油の光まで、天井からスポットライトみたいにさしてきます。


「家系法度、第二十九条。プレゼン中の私語は、海苔一枚の減点とする」


資料の端には、赤ペンで注意書きも入れました。


食べすぎ注意。


水分補給。


帰り道の確保。


虜化禁止。


ここだけは、一文字もふざけていません。


ご主人様が、そこを指さしました。


「一応、禁止はするんだな」


「する」


「その上で魅力を提示する」


「健全なアピール」


「健全なアピールって何だ」


「ご主人様が翌日もちゃんと起きられる範囲のときめき」


「現実的だな」


「ご主人様をもう一度、家系に振り向かせます」


「俺はずっと家系を向いてる」


「でも、峠子さんも、潮風子さんも、けん子さんも」


私は指を折りました。


「こめりさんも、雨乃さんも、こはるさんも、それぞれの店の魅力を持ってた」


「お前にもある」


「言って」


「急だな」


「言って」


指し棒が、ぴたりとご主人様の胸元へ向きました。


私の魅力は、あの声に勝てますか。


ご主人様は、少し考えました。


「お前は、店じゃない」


……止まりました。


指し棒が、ぽとりと下がりました。


家系妖精なのに、店じゃない。


それは、失格通知でしょうか。


空気が、麺硬めから粉落としになりました。


ご主人様の言葉は、硬すぎて、噛めませんでした。


湯気がしゅんと引いて、寸胴も消えました。


気持ちがしぼむと、厨房もしぼむんです。


「いや、悪い意味じゃない」


ご主人様が、言葉を探す顔で言い直します。


「お前は一軒の店のアピールじゃない。俺のその日の状態を見てる」


「その日の状態?」


「米乃家では茶碗を下げた」


「雨の日は傘を出した」


「潮ノ屋では水を出した」


「券ノ助では食券を重ねた」


ご主人様は、テーブルの分厚い束を、ぽんと叩きました。


「この表より、そっちの方が効く」


私は、黙りました。


あの夜、茶碗を下げても、止まらなかったのに。


それでもご主人様は、負けたと思っていた手の方を、数えていてくれた。


しばらくして、私は束の一番奥から、一枚を抜きました。


裏返して、ご主人様の前に置きました。


私の字で、小さなメモがあります。


ご主人様が本当に笑った場面。


横に、日付を並べてあります。


中伊豆で水を飲んだ時。


伊東で歩く速度を戻した時。


券売機で半分の食券を重ねた時。


米乃家で三杯目をやめた時。


雨乃屋で傘の中に入った時。


古暖屋で「俺だけのものじゃない」と言った時。


米乃家の行だけ、字がゆがんでいます。


書けたのが、仲直りした雨の日の夜だったからです。


私は、他の妖精さんたちに勝ちたかったわけじゃないんです。


ご主人様がちゃんと帰ってこられた瞬間を、ずっと数えていました。


この人の本当の「うまい」はこういう顔なんだって、あの偽物の声と聞き分けられるように。


ご主人様は、何も言えなくなっていました。


あれだけ武装した私の、一番効いた一枚が、飾りのないメモだったなんて。


それから私は、少しだけ頬をふくらませました。


「つまり、資料はいらない?」


「全部はいらない」


「全部」


「一枚くらいなら」


「どれ?」


「海苔運用」


「やっぱり分かってる」


私は、笑いました。


笑ったら、ホワイトボードが壁に沈んで、指し棒も光の粒になって消えました。


部屋の空気を戻したのは、説明の量ではなく、今日の私を見ていたご主人様の一言でした。


夜。


資料の束は、あっけないほど普通の紙に戻っていました。


代わりに、小さな味噌汁と白飯を作りました。


ラーメンではありません。


でも、海苔は添えました。


三枚です。


多すぎない。


少なすぎない。


この枚数に、今日の私の全部を懸けました。


「海苔の顔をしてる」


「そんな顔もあるのか」


「ご主人様の海苔を見る顔は、分類済み」


「俺の顔、分類されすぎだろ」


「観察担当なので」


「今日は、これ」


「家系アピールは?」


「ご主人様、昨日ちょっと疲れてたから」


「油は、今日はなし」


昼間の私なら、鶏油の講義を三ページやっていたところです。


でも、今日のご主人様の肩は、少し下がっていました。


だから、なし。


それが、今日教わった語り方でした。


ご主人様は、味噌汁を飲みました。


「うまい」


その瞬間、部屋の空気が小さく震えて、私の輪郭が少し濃くなりました。


嬉しさの勢いに、ひやりとしました。


これ、知ってる。


この勢いのまま「もっと」と願ったのが、こめりさんで、けん子さんでした。


私を人に近づけたいのも虜化なのかと、ご主人様の目も一瞬揺れていました。


だから私は、すぐにコップを置きました。


「お水」


「今?」


「今」


「何で」


「私が嬉しくなりすぎたから」


今日のこれは、私を止める水でした。


誰かを止めるだけじゃなく、自分も止まる練習。


「よし」


「採点するな」


「今日の私は、説明量少なめ、相手を見る力多め」


「好み指定みたいに言うな」


それから、ご主人様は巡礼ノートを開いて、書きました。


私は横から、こっそり読みました。


メンちゃん。


魅力は説明量ではない。


その日の俺を見ること。


虜にするより、隣にいる。


その一行を、何度も読みました。


あの夜からずっと、私はあの声への「勝ち方」を探していました。


でも、違ったんです。


虜にする声は、相手を見ていません。


隣にいる方は、相手を見ています。


最初から、土俵が違ったんです。


私は、照れ隠しに海苔を一枚増やしました。


「サービス?」


「違う」


「じゃあ何だ」


「今日のご主人様には、海苔一枚多め」


ご主人様は、笑いました。


翌朝。


テーブルの上に、私は資料を一枚だけ残しました。


表題は、短くしました。


家系の魅力。


その下に、一行。


食べる人の今日を見てから、語る。


ご主人様はそれを読んで、何も言わずに巡礼ノートを引き寄せました。


私の一枚を、後ろに挟んでくれるみたいです。


かばんの中の暖簾の端も、今朝は静かで、その静けさに少しだけ誇らしさが混ざっていました。


……ここで終われば、きれいな話でした。


でも、最後に一つだけ。


ご主人様がノートをめくった時、私は見てしまったんです。


めくれていくページの間に、一枚だけ、様子の違うページがありました。


字は、ご主人様の字なのに、今より少しだけ若い字。


ご主人様の指は、そのページだけ、開かずにそっと押さえて、飛ばしました。


どの店のページも、書かれる時、私はいつも隣にいました。


全部のページを知っている、つもりでした。


知らないページが、ありました。


ご主人様の巡礼は、私の知らないところから始まっているのかもしれません。


「ご主人様」


「ん?」


「……ううん。お味噌汁、おかわりいる?」


聞き方が決まらなくて、聞けませんでした。


でも、決めました。


今度、ちゃんと聞きます。


私の知らないご主人様の話は、資料じゃなくて、まっすぐ聞くって。


それも、隣にいる者の仕事だと思うので。

初めてのメンちゃん視点、いかがでしたか。


資料まで作った暴走の下に、あの夜の痛みがあったことは、彼女の側からしか書けませんでした。


けれど、彼女を救ったのは説明の量ではなく、「この表より、そっちの方が効く」の一言だった。


メンちゃんは、虜にすることと隣にいることの違いを、少しだけ学んだ。


そして、巡礼ノートには、彼女の知らないページがあるらしい。


次は、これまで出会った妖精たちの記憶が、伊豆の家系地図としてつながっていく。

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