第三話 妃殿下のためにしたのです
その日は、予告なく来た。
法務局長が青ざめた顔で執務室へ駆け込んできた。
「妃殿下。王宮内の七部署へ、妃殿下のご署名が入った命令書が届けられております。女官長、衣装局長、警備隊副長を即時解任し、ヴィオレット様を王太子妃補佐官へ任命するという内容です」
書面を受け取ると、確かに私の署名があった。
形だけなら、よく似ている。最後の一画が、わずかに長い。
「偽造です」
「すでに全命令を停止させた」
夫が後ろから入ってきた。
「七通すべて回収し、記録させている。衣装局長から確認が来た。君の署名には必ず引き継ぎ期限が入ると、すぐにわかったらしい」
書面の裏を光にかざすと、薄く残った線が見えた。私が何度も返した「受領しました」の署名を、透かして写したらしい。拒絶を避けるために繰り返した無難な返事が、最後には私の名を奪う道具になった。
「君の名を使われた。処分を決める権利は、君にある」
小会議室の長机には、これまでの記録が並べられていた。
黄金の盾。護符十二個。私の肖像が刻まれた水晶。
宝石だらけの重い羽根ペン。私を女神として描いた手作り絵本。
三百枚を超える手紙と意見書。そして偽造命令書。
ヴィオレットは警備兵に挟まれながらも、まっすぐ私を見ていた。
「わたくしは、妃殿下のためにしたのです」
一度、息を吸った。
「わたくしにも過ちはございました。あなたを刺激しないよう、曖昧な返事を繰り返しました。はっきり拒絶しなかった。その態度が、あなたの思い込みを強めたのでしょう」
顔に希望が浮かぶ。
「やはり、妃殿下はわかってくださると——」
「ですが、それはあなたの行動を許可したことにはなりません。わたくしが曖昧だったことはわたくしの失敗。あなたが他人の名を使い、職務を奪おうとしたことはあなたの責任です。二つを混ぜないでください」
隣で椅子が鳴った。夫が立ち上がり、私へ向き直った。
「エレオノーラが騒がないことを、許されたと受け取った。支えてくれることを、まだ余裕がある証拠だと思った。拒まれないのをいいことに、私の失態も責任もすべて押しつけた」
王太子が、深く頭を下げた。
「彼女の沈黙を都合よく解釈し、傷を広げたのは私だ。この件で最も責任を負うべき者は、私であると記録に残してほしい」
国王陛下が私を見た。
「エレオノーラ。処分を」
用意していた書面を差し出した。
ヴィオレットの側室位剥奪と領地蟄居。ベルナール侯爵家への罰則。そして後宮制度の改定——王太子が側室を迎える際には正妃の書面による同意を必要とすること、側室に関する最終決定権を王太子妃に置くこと。
夫が、さらに一枚の書面を加えた。
「王太子妃がこれまで非公式に担ってきた外交儀礼、福祉予算、後宮管理を正式な職務とし、それぞれの決裁権と専任補佐官を置くことを求めます。これは側室問題への対価ではありません。六年間、彼女が果たしてきた仕事に、本来与えられるべきだった権限です」
国王陛下は、署名した。
王太子妃となって六年。ようやく、実際に果たしてきた役割に見合う権限を手に入れた。きっかけが夫の浮気と黄金の盾だったことは、人生とは何が役に立つかわからないものだと思う。
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