↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約解消した当て馬令嬢は魔法百貨店を立て直す  作者: 星舟能空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/150

第19話 五十個の同じでない灯り

 預り金の箱を開けるには、第百十一日の朝も、二本の鍵が必要だった。


 片方を私が、もう片方をマルタが持っている。鍵を回すたび、どの予約番号のために幾ら出し、灯芯、灯核、工賃のどこへ渡すのかを二人で読み上げた。箱の中には金貨六十枚がある。始まりの日の現金十二枚を思えば、眩しいほどの額だった。


「こんなに入っているのに、売上はまだ零なのですね」


 ニナが開いた蓋の向こうを覗き込む。


「灯りをお渡しできなければ、銀貨二十四枚ずつお返しすることになるわ。五十の封筒に結ばれたままのお金よ」


 マルタは出した分を記録すると、私が指を退けるのを待って蓋を閉じた。


 一階の通常営業も止めなかった。《宵待ち灯》の返品があれば代金を返し、《雨花傘》の柄を直しに来た客がいれば、ロッテへ連絡する。六工房への週次精算日も変えられない。新商品を作るために店の今の仕事を休めば、五年分の返済も三人の給金も、ひとつの灯りへ寄りかかることになる。


 七階には、夜市で荷運びや包装をしてくれた人のうち三人を、十二日間の時間給で雇った。


「夜まで残れば、もっと箱を作れます」


 初日にそう申し出た女性へ、私は作業表を見せた。


「残る時間にも給金をお支払いします。予算にない時刻まで働いていただくことはできません」


「渡せなかったら、店の信用に関わるんでしょう?」


「ええ。ですから、支払えない仕事を増やして、別の信用まで失いたくないのです」


 第六の鐘で工具を数え、第七の鐘が鳴る前には、冷却を見届ける当番以外を帰した。臨時の三人には、包装、荷運び、清掃をそれぞれ何刻行ったか、自分の字で書いてもらう。誰かの好意で埋まる『手伝い』という欄は作らなかった。


 二日目の昼には、臨時の一人が濃紺の外箱へ、別の製造番号票を差しかけた。数字の並びがよく似ており、昼食前から同じ作業を続けた目には見分けにくかったという。気づいた本人が声を上げ、包装の列は半刻止まった。私たちはそれまでの七箱をすべて開け、番号を照合し直した。間違いはその一つだけだったが、作業票へ半刻の遅れと本人の名を残し、番号札を置く皿の色を回収灯核用と新品用で変えた。彼女は帰り際まで気にしていたものの、翌朝には自分から二枚の票を並べ、似て見える箇所へ赤い線を引いてきた。



 戻り灯核二十八個は、青い線の内側へ置いた。


 ルチアとの契約を結んだ日に揃えた出所札が一個ずつ残っている。返品された店、元の所有者、使われた期間、点かなかった時の条件。外側が欠けたものも、流行遅れと下取りされたものも、札を外せば同じ古い灯核に見えるため、ボルクは箱を動かすたび番号を声に出した。


 翌朝、新しい灯核が二十二個届いた。こちらは同じ工房からの品でも、二つの木箱に分けられている。


 第一枝番には九個、第二枝番には十三個。焼成日と刻印に使った機械が違うので、ヨナスが発注の段階から納品票を分けていた。


「どちらも新品ですから、混ぜても見分けはつきませんよ」


 配達した職人が言う。


「でしたら、なおさら箱で分けておきます。見分けがつかないまま違いが出た時、調べられなくなりますから」


 ボルクは九個を黄色い箱、十三個を白い箱へ移し、戻り品の青い台車から離した。色が剥げても分かるよう、私が打つ製造番号そのものにも枝番を残す。


 青い箱に二十八。黄色に九、白に十三。候補は合わせて五十台になった。


 外箱には同じ濃紺の紙を使う。しかし内側には、灯核がどこから来て、誰の手をどの順に通ったのかを記す票が入る。事故のあとで役に立つ違いまで、美しい包装で揃えてしまうつもりはなかった。



 七階にある十二の修理卓を、壁沿いから広間の中央へ移した。


 入口に近い卓で、ボルクが荷受けと番号を確かめる。次の二台には残留魔力を抜く筒を置き、その先でニナが外装と接触板、調整輪を扱う。ヨナスの灯芯と反射笠を組む卓を通り、最後の四台をルチアの起動、停止、連続点灯、転倒、温度の試験に使った。十二台目だけは白布を張り、合格箱と隔離箱のあいだに置く。


「青、再用七番。北区の道具店から下取り。元の使用期間は九か月、最大光量の検査では点灯せず。所有移転の署名あり」


 ボルクが読み上げ、私は製造番号と原価票を結びつける。


 ニナは測定針が零へ戻るまで待ち、外装を開いた。螺子は左から外した順に白い布へ並べ、接触板の煤と、調整輪の抵抗を溝ごとに記す。灯核に触れる必要が出れば手を止め、ルチアを呼んだ。


 ヨナスは三色の灯芯を張力計へ掛けた。細光の銀青、柔光の白、広光の淡い琥珀。窓を覆った七階で、糸ほどの光が指のあいだを渡り、張りすぎた一本は高く鳴った。


「まだ切らなくても使えそうです」


 ニナが言うと、ヨナスはその灯芯を光へ透かした。


「試作品としてならな。五十人へ同じ張りで渡す束には混ぜられない」


 鋏が閉じ、銀青の端が白布へ落ちる。ニナは惜しそうに見たが、切れ端を使える部品箱へ戻さなかった。


 組み上がった灯りを、ルチアが一度起動し、停止爪を押す。二度目は別の角度から触れ、三度目には濡らした手袋を使った。十回すべてで同じ位置へ戻るか確かめてから、一人の試用者が連続して点灯し、台座を倒し、反射笠をわざと逆向きに入れようとする。


 誤った向きでは嵌まらない。表面温度も規定の色を越えない。そこで初めて、灯りは十二台目へ進んだ。


 マルタが予約票の用途と照らし、試着の日に出す三つの候補を箱へ入れた。まだ灯芯も笠も一つへ決めない。最後に本人が仕事の手で触れるまで、製造番号と予約番号も結びつけなかった。


 私は材料、工賃、試験、保証引当を原価票へ足す。七階が最も美しくなるのは夕暮れだった。合格台へ移る灯りが一つずつ増え、白布の上に青や琥珀の光が浮かぶ。けれど、目を離せないのは光より、螺子の数と署名の空欄だった。



 三日目の昼、一階の返品を知らせる呼び鈴が二度鳴った。


 番号槌を置いて階段を下りると、《宵待ち灯》を買った老人が、見開きの新聞を抱えて待っていた。新しい《星雫灯》ならもっと広く照らせるだろう、と買い替えを望んでいる。


「今お持ちの灯りで、先に試してみませんか」


 ニナが作った一段広い絞り板を付けると、中央だけだった光が新聞の左右へ伸びた。老人は眼鏡を掛け直し、一面を端まで読んでから、新商品はいらないと言った。


 受け取ったのは調整料だけである。


 七階へ戻ると、私の確認印を待つ灯りが三台、次の卓へ進めずにいた。時間は失ったが、老人へ不要な新品を売って得る金まで、製作費へ数えるわけにはいかない。私は三枚の工程票を読み、一台ずつ作業を再開させた。



 五日目、新品の第一枝番九個が試験へ入った。


 一台目は、起動した瞬間に明るさの上限を越えた。調整輪を最低へ戻して停止爪を押すと、光が半呼吸ほど遅れて消える。


「灯芯の張りは範囲内だ」


 ヨナスが測り直し、ニナも接触板と輪を別のものへ替えた。結果は変わらない。二台目は初期出力が低すぎ、三台目は五度目の停止だけ爪が遅れた。


 九個すべてを同じ順で試すと、明るさも停止位置も規格へ収まらなかった。


「納期まで七日です」


 ヨナスは不合格札の並んだ台を見た。


「輪を一個ずつ削れば、出力だけは合わせられる」


「停止爪も削ることになります」


 ニナが工具を持たずに答えた。


「その九台だけ、交換部品が別になります。次に戻ってきた時、同じ輪を入れたら合いません」


 別の灯核を急いで買い、連続点灯の時間を短くすれば、五十という数だけは揃えられる。九台ごとに違う部品を削り、調整済みと書くこともできただろう。予約日まであと七日という文字が、時計より大きく見えた。


「第一枝番九台は、すべて不合格です」


 ルチアが署名する。私はその横へ販売停止の印を押した。


「代わりの灯核は作りません。今ある手順を、最後まで通ったものだけにします」


 ヨナスは反論せず、自分で九台を黒い隔離箱へ収めた。蓋が閉まると、試験場の光がその一角だけ欠けた。


 ニナは工具巻きを膝へ置いたまま、しばらく黒い箱の前を離れなかった。個別に輪を削れば点灯させられるというヨナスの言葉が、指に残っているのだろう。やがて彼女は工具を開かず、箱の封へ自分の印を押した。ヨナスもその隣へ工房印を重ね、九台それぞれの不具合票を蓋の内側へ入れた。


 九台の材料と工賃は、金貨十五枚と銀貨六枚。売らなくても、職人が働き、部品を使った事実は消えない。原価票は黒い箱から外さなかった。



 第二枝番の十三台には、第一枝番の結果を写さず、最初から同じ試験を行った。


 初期出力を測り、十回起動しては停止する。一人の試用者が続けて灯し、転倒させ、表面温度を取る。この時の試験では、十三台すべてが基準の範囲へ収まった。白い枝番札を残したまま、合格台へ移す。


 戻り灯核二十八台も、出所の札を付けたまま一つずつ進んだ。接触板を替えたもの、台座を組み直したもの、灯核はそのままに外装だけ新しくしたものが混じる。使われた歳月の異なる二十八個は、ルチアの検査を通り、すべて白布の側へ並んだ。


 合格は、回収灯核を使った二十八台と、新品第二枝番の十三台で四十一台。新品第一枝番の九台は隔離され、五十すべての製造番号と所在が帳簿へ残った。


 候補五十台に支払う材料と工賃は、金貨七十三枚と銀貨十六枚になった。回収灯核系二十八台は一台銀貨二十六枚、合わせて金貨三十六枚と銀貨八枚。新品灯核系二十二台は一台銀貨三十四枚で、金貨三十七枚と銀貨八枚である。


 預り金六十枚では足りない金貨十三枚と銀貨十六枚を、店の自由現金から支払った。利益を数えられるのは、四十一台を客へ渡したあとになる。


 十日目と十一日目には、一階を一刻ずつ早く閉めた。入口へ理由と翌朝の開店時刻を掲げ、帰した客の数も日報に残す。臨時で雇った三人の給金は、営業時間を短くしても予定どおり支払った。


 七階では、濃紺の商品箱が列を作った。外側は同じでも、内側には製造番号、灯核枝番、試着できる三構成、停止方法、三十日保証の紙が入っている。細い青を待つ人、眠る子どものそばで使う人、帳簿を見開きにしたい人。それぞれの手に触れるまでは、最後の灯芯も反射笠も封をしない。


 十二日目の夜、ルチアが最後の温度片を外した。


「合格、四十一台」


 七階の天井灯を落とし、製造番号の順に箱を開ける。ニナとヨナスが起動していくと、細い青、柔らかな白、広い琥珀が、窓を塞いだ広間へ一つずつ浮かんだ。色も幅も揃わない四十一の光が、互いの影を静かに溶かしていく。


 壁には五十人分の予約票がある。黒い隔離箱には九台、客へ渡せる濃紺の箱は四十一個だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。