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婚約解消した当て馬令嬢は魔法百貨店を立て直す  作者: 星舟能空


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20/20

第20話 灯りを試着する

 七階の窓を一枚ずつ厚布で覆うと、第百二十三日の朝が、細い隙間を残して遠ざかっていった。


 昼の光が消えるにつれ、星見広間の床には、試用台から伸びる三筋の明かりだけが残った。細い青は裁縫机へ、柔らかな乳白色は低い寝台模型へ、淡い琥珀は見開きの帳簿と読書台へ続いている。使う夜を先に選び、その先で灯りを試着する売場だった。


 濃紺の商品箱は四十一個、壁の予約票は五十枚ある。


 一階はいつもどおり開けた。入口には《星雫灯》の一般販売を行わないと明記し、マルタと臨時店員一人が通常の接客と返品窓口を受け持つ。《宵待ち灯》を買いに来た客へ、新しい品があるからと二階へ追い立てることもしない。


 七階ではヨナスが三種の灯芯、ニナが接触部と調整輪、ルチアが温度と停止試験を担当する。ボルクは昇降籠から予約者と商品箱を間違えずに送り、私は予約票、試用票、製造番号、代金を照らし合わせた。


「四十一番まで先に箱を割り当てれば、少し早いのではないか」


 ボルクが、壁と床の数字を見比べる。


「試して合わない方がいれば、その箱は次の方へ回します。予約番号と製造番号は、最後まで別にしてください」


 声の大きな人にも、紋章の立派な馬車で来る人にも、順番は渡さない。とはいえ、四十一人全員へ合う灯りが見つかれば、残る九人は試用台へ座ることさえできない。説明のための席と臨時人員は五十人分を確保し、返金用の硬貨も別箱へ用意した。



 第一の鐘で、初めの三人が上がってきた。


 一人目の男性は、予約票へ『読書』と書いていた。何をどこで読むのかを聞き直すと、鞄から出てきたのは、細かな数字を横一杯に並べた航路表である。片手に持つ本ではなく、机へ広げ、両手で定規を動かしながら欄外へ書き込む夜の仕事だった。


「同じ読むものでも、ずいぶん横に長いのですね」


「こんなことまで先に言う必要があるとは思いませんでした」


「私どもも、読書とだけ伺っていました。もう一度聞けて助かります」


 三つの構成を本人の手で起動してもらった。


 細光は数字を鮮やかに見せるが、定規を右へ滑らせるたび、台座まで動かさなければならない。広い琥珀なら頁の端まで照らすものの、赤い訂正線が茶色へ沈んだ。乳白の柔光を一段広い絞り板へ替えると、三つの欄を同時に照らし、数字の色も変わらない。


 十分間、実際に定規を動かしてもらう。眩しさを聞き、台座へ触れて熱を確かめ、最後は男性自身が停止爪を押した。光が消え、残留魔力の針が零へ戻る。


「これをいただきます」


 予約時に預かった銀貨二十四枚へ、残り二十四枚を加える。柔光灯芯、二段目の絞り、浅い反射笠を封緘し、構成番号と製造番号、停止方法、三十日保証、初回再調整が無料であることを箱へ収めた。


 一台目の《星雫灯》は、男が使い込んだ航路表とともに濃紺の箱へ収まった。



 隣の台では、魔力の強い女性が、子守をしながら編み物をするための灯りを試していた。


 広光を起動した途端、琥珀色が衝立を越え、寝台模型へ膨らむ。ルチアが停止札へ手を掛ける前に、女性自身が爪を押した。


「子どもどころか、私が目を閉じたくなります」


 ニナは接触部へ抵抗板を足し、柔光を最低の段階から試した。今度は編み目まで暗くなる。細光へ深い笠を合わせると、寝台に見立てた白布の手前だけへ、乳白色の円が落ちた。


 十分間、彼女は持参した編みかけの靴下へ針を動かした。子どもの顔の位置に光が届かないことを確かめてから、購入を決める。


「この灯りを使うのは、奥様だけですか」


「ええ。夜に編み物をするのは私ですもの」


 使用者欄へ彼女一人の名を書いた。夫や家族が一時的に触れるかまでは、誰も尋ねなかった。試用台には次の予約者が待ち、箱へは一人で起動した記録が収められた。


 三人目の老人は、どの灯芯でも二度目の点灯に失敗した。


「やはり、私には魔法道具は無理らしい」


 恥じるように引かれた手を見ると、右の親指が内側へ曲がりにくい。最初の起動では手のひら全体が触れていたのに、二度目には接触板から親指の付け根が離れていた。


「左手なら、いかがでしょう」


 左では三度続けて点いた。しかし本を押さえるため、左手は空けておきたいという。ニナは灯芯に触れず、接触板だけを台座の右から手前へ半指分ずらした。右の親指を曲げなくても、手のひらの付け根が当たる位置である。


 三度、途切れずに光が生まれた。老人は自分で三度止めてから、ようやく本を開いた。


「魔力を強くしてくれたのですか」


「触れる場所を、お手に近づけました」


 ニナは嬉しそうに答えたものの、大修理まで自分がしたようには言わなかった。箱の調整欄へ接触板の位置を記し、その工程の横へ名を入れる。



 午前の四組目を迎える前に、紋章入りの馬車から使者が上がってきた。


「奥様は下でお待ちです。午後の予約ですが、代金は倍にしてもよいと」


 差し出された予約票には、きちんと午後の時刻がある。


「お時間になりましたら、ご本人とお越しください」


「馬車の中で、何刻も待たせるおつもりですか」


「三つの台は、いまのお客様が御自分の時間として使っています。お代を増やしても、その十分間は売れません」


 使者はあからさまに顔を曇らせて戻った。


 午後、その夫人は予約どおりの時刻に自分で七階へ上がってきた。初めは不機嫌そうに扇を鳴らしていたが、三つ目の灯芯を試す頃には、反射笠の影を手帳へ合わせようと椅子を何度も動かしている。


「こちらにするわ。倍ではなく、書いてある値段でよいのでしょうね」


「もちろんです。銀貨二十四枚を頂戴します」


 声の大きさも、馬車の紋章も、箱に刻まれた製造番号を早めなかった。



 予約者が入れ替わるたび、広間は違う色の部屋になった。


 針仕事の机へ細い乳白色が落ち、夜警の鍵棚には足元へ向かう白が伸びる。夜間の写本台には広い琥珀が薄く満ち、新聞を読む老人は青い細光を嫌って、柔らかな光を頁の中央へ置いた。郵便所の事務員も試作時と同じ広光を選んだが、完成品では輪を一段弱くした。


 予約票を見て三つの候補を出し、本人に起動してもらう。十分後の眩しさと熱を取り、接触部や絞り板だけを替えてもう一度試す。停止は必ず本人の手で行い、納得しなければ箱を閉じない。選ばれなかった構成も失敗票へ回し、同じ理由が重なれば次の候補順を変えた。


 昼過ぎ、一階から返品を知らせる鈴が聞こえた。マルタは通常商品の返金を自分で済ませ、控えだけを昇降籠へ載せてくる。催事中にも返品窓口は閉じなかった。その代わり、十四組目を前に私の昼食が時刻表の後ろへ押し出された。


「一台、休止にします」


 ルチアが空いた試用台へ札を置いた。


「あと一組だけなら、二人で回せます」


「三台を二人で見れば、どこかの検査署名が抜けるわ。保証の銀貨四枚は、その一組からも取るのでしょう」


 私は包んだパンを持ち、試用台から離れた。窓布の隙間から入る細い昼光の下で食べていると、ニナが客へ停止爪を説明する声が聞こえる。口を挟みたい箇所が二度あったが、パンを飲み込むまで席を立たなかった。



 ハンナは、午後の通常の順番で、眠った娘を抱いてやって来た。


 第一号客であることは予約票のどこにも書いていない。濃紺の布と銀糸を入れた籠、使い続けている《宵待ち灯》も持参していた。


「預けられる人がいなくて。起こしてしまったら、試せませんよね」


「起こさずに済むかを確かめる灯りでしょう。長椅子を使いましょう」


 寝台模型を退け、薄い布を掛けた長椅子へ娘を寝かせる。ハンナはその隣で指貫をはめ、濃紺の布へ針を置いた。


 細い青は銀糸を白く見せた。広い琥珀は娘の瞼まで届き、小さな眉が寄ったところで、ハンナが自分から止める。柔光へ深い笠を付け、最小より一段広い絞り板へ替えると、針先と両手だけが穏やかな白に浮かんだ。


 十分が過ぎても、娘は眠っていた。三十分目には一度寝返りを打ち、明かりと反対へ頬を向けたものの、目を覚まさない。


「眩しくないと、あの子に言わせなくてよいのですね」


 ハンナが声を落とす。


「眠っていられた、と書きます。目を覚ましたあとで聞きたいことがあれば、その時に」


 以前の《宵待ち灯》も点け、二台の幅と熱を比べてもらった。古い品は今も安全に働いている。買い替えなくても構わないと伝えると、彼女はしばらく迷い、二つを別々の場所で使うことにした。


「《宵待ち灯》は娘の枕元へ置きます。こちらは、仕事机に」


 残金を受け取り、彼女が選んだ構成を封緘する。今日の試用について広告へ使ってよいか尋ねると、娘のことと名前を外すなら、と本人の字で条件が付け加えられた。



 第六の鐘の少し前、四十一番目の客が停止爪を押した。


 待合には、四十二番目の女性がすでに来ていた。夜に写本を請け負っており、今日は仕事を断って試用時間を空けたという。ボルクが空になった商品棚を見せると、女性は黒い隔離箱へ目を向けた。


「あちらの九台では駄目なのですか。試して合えば、少しくらい停止が遅くても私は構いません」


「止めたい時に止まる保証ができません。使っている途中で熱が上がる可能性も、まだ分かっていないのです」


「次に作れるのは、いつですか」


「今夜はお約束できません。予約金はお返しします。次を待つかどうかは、返金を受け取ってから決めてください」


 女性は落胆を隠さず、明日は写本所を離れられないので、返金を届けてほしいと住所を書いた。帰り際、使われなかった試用台へ一度だけ手を置く。その指先には黒いインクが染み込んでおり、空の席が九件分の数字では済まないことを、私たちへ残していった。


 四十一人全員が三つの候補を試し、自分で一つを選んだ。残金は一人銀貨二十四枚で、合計は銀貨九百八十四枚、金貨四十九枚と銀貨四枚になる。先に預かった同額と合わせ、初回の売上として認識できるのは金貨九十八枚と銀貨八枚だった。


 商品箱は、もう一つもない。


 残る九人の予約金は銀貨二百十六枚、金貨十枚と銀貨十六枚である。返金用の封筒へそれぞれ戻したものの、本人へ渡すまでは店の金にならず、預り金の債務として残した。


 ボルクが九人へ使いを出した。今夜は商品を渡せないこと、翌日から来店または訪問で予約金を返し、次の製造を待つかどうかは、その場で改めて選んでもらうことを伝える。


「隔離した九台を、見るだけでも試してもらえませんか」


 臨時店員の一人が、使われなかった席を片づけながら訊いた。


「停止の遅れる品を試用台へ戻して、もし熱が上がれば、今度は客の手を危険にさらします」


 九人分の席も、準備した布も、雇った時間も余った。支払った費用は戻らない。それでも黒い隔離箱の封を切る者はいなかった。


 四十一の使用票を鍵棚へ収め、広間の光を入口から落としていく。細い青が消え、柔らかな白が机から退き、最後の琥珀も帳簿の頁を離れた。


 すっかり暗くなった試用台には、渡せなかった九人の予約票が、朝と同じ順に並んでいた。


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