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婚約解消した当て馬令嬢は魔法百貨店を立て直す  作者: 星舟能空


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第144話 最後の二割を探す人

 残りの二割には、訪ねるべき住所がなかった。


 認定店の机に広げられた票へ残っているのは、売却済み、贈答、他店修理という、持ち主が変わった痕跡だけだ。ノーラは濡れた外套を脱ぐ間も惜しみ、未到達票を三つに分けた。朝から降る細い雨が窓を曇らせ、紙の端にも湿り気が移っている。


「相性個票を見れば、以前の住所や用途が分かるかもしれません」


 現地の店員が、施錠棚へ目を向けた。鍵は腰にある。開けようと思えばすぐ開く距離だった。


「以前の住所であって、いま灯りを使う人の住所とは限りません。元の購入者へ、次の持ち主に連絡してよいか尋ねましょう」


「返事を待てば遅れます」


「待っている間に、製造番号から追える道を歩きます」


 机の端には、創業者への連絡符を収めた封筒がある。赤い糸で閉じられ、生命の危険が止められない場合にのみ開くと記されていた。封筒の名を見ただけで、ノーラの舌に、店主なら知っているはず、という言葉が浮かんだ。


 けれど対象の灯芯は販売棚から止められ、現在までに事故の報せはない。知りたいことと、封を破ってよいことは違う。ノーラは封筒を裏返し、三つに分けた票だけを鞄へ収めた。


 転売された品は、古道具市場へ流れていた。雨除け布の下に大小の灯りが吊られ、濡れた石畳へ青や琥珀の光を落としている。《星雫灯》の外装も、標準型だけではなかった。旅用の革帯が巻かれたもの、机へ挟む金具を付けたもの、別の職人が花の透かし枠へ入れ直したものが、他店の品に紛れている。


 ノーラと現地店員は、一台ずつ持ち上げて底を返した。指へ煤と油がつき、冷えた金属が掌へ吸いつく。外装の華やかさが違っても、底に残る番号はごまかせない。


「これです」


 対象の印を見つけたとき、古道具商は値札を外すより先に眉をひそめた。


「ここで作った品ではない。返金なら元の店へ言ってくれ」


「いま、この灯りを所有しているのはどなたですか」


「買い取ったのだから、店だ」


「では、現在の所有者として、灯芯交換、契約に沿った精算、停止したまま保管する道から選べます。買い取り票を確かめさせてください」


「新品の売値で戻るのか」


「元の購入者へ支払った分と、こちらの所有権を重ねて返すことはできません。買い取った条件を見て、負担する範囲を分けます」


 古道具商はしぶしぶ帳面を出した。元の持ち主はすでに代金を受け取り、品の権利は店へ移っている。商人は灯芯交換を選び、部品が届くまで自分の棚で停止保管することにした。


「現物を持っていかなくていいのか。回収した数が増えないだろう」


「赤い札を外さず、点けないことを確かめます。交換が届くまで、品は持ち主のもとにあって構いません」


 ノーラは商人と一緒に停止輪を封じ、現在地と次の連絡方法を票へ書いた。回収の印は押さず、選択到達の欄へ古道具商の名を残す。


 そのやり取りを見ていた客が、止めた品なら安く譲ってほしいと声を掛けた。交換後に自宅用として使いたいらしい。古道具商は売約の札を付けかけたが、ノーラは灯芯交換後の試用まで終わらなければ、次の人へ渡せないと告げた。


「買うと決めて待つこともできないのか」


「予約をするなら、交換後に実物を試してから断れる条件が要ります。いまの品は、売れる状態ではありません」


 客は舌打ちしたものの、予約ではなく交換完了の連絡だけを望んだ。古道具商も、まだ手にしていない代金を売上へ書かず、止めた品の札へ連絡希望だけを結びつける。危険な灯りが、値引きの魅力で次の手へ渡るのを防いでから、ノーラは次の棚へ進んだ。


 別の露店では、外装だけが吊られ、灯芯と灯核は木箱でばら売りされていた。店主は外装の番号が対象外だと主張したが、ノーラは灯芯の束に残る工程印を見つけた。


「もう点かない部品だよ」


「このまま別の外装へ入れば、また点きます」


 売るために分けられた品を、回収票の都合で一台へ戻す必要はない。外装番号、灯芯の工程印、買い取り票を結び、対象部品だけを封印する。灯核を買おうとしていた客には、何が止められ、何は持ち帰れるかを説明した。客は灯核だけを選び直し、灯芯は露店に残った。


 市場を出るころには、靴の中まで冷えていた。ノーラの鞄には、持ち帰った現物より、次の修理日と保管場所を記した票の方が多い。それでも危険な部品が売場から消え、誰のものかも記録された。


 贈答された品へ通じる道は、いっそう細かった。元の購入者に安全通知を渡し、贈った先へ店から連絡してよいかを訊く。住所を知らせたくない場合は、封じた通知を購入者自身に転送してもらう。


「誰に、何のために贈ったかも書くのですか」


 銀縁の眼鏡を掛けた購入者が、封筒を指で挟んだ。


「必要ありません。製造番号と、灯りを止める必要があることだけお伝えください。先方が店からの連絡を望めば、この同意欄へ印をお願いします」


 購入者は宛先を見せず、封筒を自分で届ける方を選んだ。ノーラたちは返事を待ち、日暮れ前に、贈られた女性本人が灯りを抱えて店へ来た。


「贈り主には、返そうとしたことを知らせたくありません」


「使い方や選んだ手続は伝えません。灯芯の交換、代替貸出、停止したままの保管ができます。返金を望む場合は、購入契約との間を仲介します」


 女性は夜の細工仕事で使っているという。代替の灯りを机へ並べ、小さな金属片に彫りを入れる姿勢で試してもらった。強い灯は金属に反射し、柔らかな灯は溝の影を消す。固定式は狭い台の縁へ噛まなかった。


「どれも借りたくありません。昼の仕事だけに変えます。この灯りは、消したまま手元へ置けますか」


「できます。再び点かないよう、停止封印を一緒に確かめてください。交換の用意ができたとき、どの方法で知らせればよいですか」


 女性は店からの封書だけを選び、贈り主を通さないでほしいと告げた。ノーラは灯りへ封印を結び、本人の手で停止輪を回してもらう。光が消え、もう一度触れても灯芯へ魔力が流れない。


 手元に残したいという選択を、店の達成のために奪わなかった。持ち帰る品はなくても、暗くなった灯りの底と、女性が選んだ連絡方法は記録へ残った。


 他店へ修理に出された品は、町外れの小さな工房で分解されていた。古布の上に外装、灯核、接触輪、灯芯が離して置かれ、窓から入る風が細かな金属粉を揺らしている。


「故障を探していただけだ。こちらが壊したと思われては困る」


 修理者は両手を布で拭い、品とノーラの間に立った。


「責めに来たのではありません。対象の灯芯を止め、持ち主がこの先を選べるようにしたいのです」


「灯芯を外したあとでは、元の製造番号と結びつかない」


「だから、いま繋ぎます」


 外装の番号、灯芯の工程印、修理受付票、持ち主へ渡した預り票を、同じ記録帯へ写した。再び組み上げたときの試用も、どの工房で行うかを書き添える。


「星灯りの工房へ移せという話か」


「ここで続ける、星灯りへ移す、分解した状態を確認して返してもらう。その中から持ち主が決めます。対象灯芯の交換費は星灯り側が負いますが、それ以前に頼まれていた修理まで無償にはしません」


 持ち主が呼ばれ、布の上の部品を自分の目で確かめた。慣れた修理者へこのまま頼みたいと選び、対象灯芯だけを封印する。修理者は警戒を少し解き、自分の名と再開条件を記録へ入れた。


 最後まで残った票は、元の購入者から何度も手を渡っていた。古道具店で買った人が家族へ譲り、その家族が知人へ貸している。所有する人と、いま使っている人が違う。


 ノーラたちは、一段先へ連絡してよいかを、その都度尋ねた。用途も家族の事情も伝えず、製造番号と使用停止の必要だけを渡していく。日が落ち、店の窓へ映る顔が疲れで青く見え始めたころ、伝送鏡の向こうへ現在の使用者が現れた。


「すぐ店までは行けません。でも、灯りは消しました」


 鏡に映る部屋は暗く、卓上の《星雫灯》だけが黒い輪郭を見せている。


「停止輪を回し切り、灯芯へ魔力が流れないことを確かめられますか」


 現地店員がゆっくり手順を示し、使用者が同じように輪を回す。淡く残っていた光が途切れ、触れ直しても戻らない。


「明日、取りに来るのですか」


「持ち出すことを望みますか」


「借り物なので、勝手に渡したくありません。ここへ置いておきたいです」


「では、停止したまま保管できます。所有者へ、品の所在と交換方法だけを伝えてもよいでしょうか」


 相手が頷く。現物は店へ戻らず、灯りは暗い部屋へ留まった。それでも危険を知らない人は、もうそこにはいない。ノーラは最後の票に、現物回収ではなく、手元停止と選択到達の印を押した。


 机へ戻ると、分けていた票のすべてに次の道が繋がっていた。返金を選んだ人、灯芯交換を待つ人、本人に合う代替を借りた人、消したまま手元へ残す人がいる。ひとつの「回収済み」へ塗りつぶせば、どの品がまだ町にあり、次に誰へ連絡すべきかが消えてしまう。


「これで全数回収と記してよいでしょうか」


 店員が報告書を覗いた。


「全数への選択到達です。戻っていない現物まで、回収したことにはできません」


 ノーラは欄の名を書き直し、総支配人宛の報告へ署名した。達成印を押す前に、最後の灯りが手元停止を選んだ票をもう一度読み、交換準備が整った後の連絡方法があることまで確かめる。


 創業者宛の封筒は、赤い糸を結んだまま残った。持ち上げれば驚くほど軽い。開ければ、市場の商人や昔の修理者へもっと早く辿り着けたかもしれない。けれど鞄には、次に別の店員が歩ける市場の見取り図と、部品へ分かれた後の照合手順がある。


 現地店員が、泥の乾きかけた地図を机へ広げた。最初に歩いた道には遠回りがあり、すでに移転した露店の印も混じっている。二人は濡れた靴を脱ぐ前に、閉じた店を消し、部品だけを扱う棚と、仲介に応じた商人を別の色で写した。次にこの紙を手に取る人が、今日の足跡をそのまま信じて迷わないよう、確かめた日も添えた。


「終わりましたね」


「灯芯の交換も返金も、まだ続きます」


 ノーラは疲れた足を伸ばしながら答え、それから少しだけ笑った。


「でも、選ぶ道は全員へ届きました」


 閉店札を返そうとしたとき、旅装に似た地味な服の客が窓口へ来た。片手には、体に合わないという保温具。もう片方には、過去の使用者が書いた個票を見せてほしいという申請書がある。


「返品を先にお願いします。そのあと、安全確認のため記録も」


「ご本人の購入票と製造番号は確認します。ほかの使用者の個票は開けません」


「急ぎなのですが」


「危険があれば、品はすぐ止めます。個票を開く権限とは別です」


 ノーラは保温具へ停止札を結び、施錠棚の鍵には触れなかった。相手が第三者の監査人だと知ったのは、返金用の現金を数え終えた後だった。


 全数への選択到達が報告されたのと同じころ、別の認定店にも、違う品を抱えた普通の客が入っていた。


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