第131話 競争相手から買う部品
青い封蝋を割ると、磨いた金属と乾いた木屑の匂いが立った。
《王冠百貨商会》から届いた標準核は、黒い緩衝材の窪みにひとつずつ収まっていた。どれにも同じ深さで製造印が刻まれ、どの町の王冠で買っても同じ器具に収まる、と見ただけで約束しているような姿だった。
「……きれいですね」
ニナが、褒めたことを誰かに聞かれまいとするような声で言った。
「ええ。腹が立つほど」
「そこまで言ってません」
彼女は唇を尖らせながら、いちばん手前の核を綿手袋で持ち上げた。星灯りの職人たちが作る核には、磨き跡にも組んだ者の手癖が残る。王冠のものは、並べ替えられたらどれが先に箱へ入っていたのか分からない。それは冷たさではなく、大量に同じものを届けるための技術だった。
買収採決がまだ終わっていない相手の商品を、私たちは通常価格で買った。
値引きも、試供も、今後の経営権についての但し書きもない。注文票には品名と納期、請求書には代金、保証票には製造側が引き受ける範囲が書かれている。あまりに普通の取引であることが、かえって指先へ重かった。
「どれから試します?」
ニナは既に工具盆を引き寄せている。迷いがないように見えて、留め金を摘む指だけがいつもより強く白んでいた。
「いちばん条件のやさしい読書灯から。相手が嫌いだから壊れるはずだ、なんて試験はしないわ」
「好きでもありませんけど」
「それも試験票には書かないで」
古い読書灯の蓋を開けると、乾いた油と、長年温められた真鍮の匂いがした。星灯りで扱ってきた核を外し、王冠の標準核を収める。寸法は申し分なく、蓋も抵抗なく閉じた。
灯りは一度で点いた。白い光が机の木目をなめ、置いてあった鉛筆の影をくっきり伸ばす。
「ほら」
ニナの声に、勝ったような響きと負けたような響きが同時に混じった。
「まだよ。消して、もう一度」
点灯と消灯を繰り返すうち、淡い黄色が一瞬だけ光の底をよぎった。見落とせば、使えると言ってしまえる程度だった。けれどニナは笑みを消し、接触部へ測定紙を差し込んだ。
「核の不良ではありません。こちらの古い留め具が、王冠の接点を少し強く押しています」
「調整片を入れたら?」
薄い雲母片を重ね、圧を逃がす。今度は何度点け直しても、光は白いままだった。
互換。そう書く前に、私は『旧型留め具には調整を要する場合あり』と付け足した。標準という言葉が、古い品まで黙って従わせるわけではない。
次は仕立屋から預かった仕事灯だった。針先を照らすため、長いあいだ高い出力で使われ、反射板の縁には職人の指が磨いた柔らかな光沢がある。王冠の核を入れると、縫い目は見やすくなったが、しばらくして反射板の温度線が濃くなり始めた。
「灯核は規格内です」ニナが眉間へ皺を寄せる。「でも、この反射板には熱が強すぎます」
「灯りを弱めたら、仕事にならないかもしれないわ」
持ち主を呼び、針仕事をしてもらった。仕立屋の女性は明るさを落とした灯りへ目を凝らし、細い銀糸を布へ通す。それから椅子の位置を少しずらした。
「これなら縫えます。前より明るいくらい。でも、勝手に弱くした品を返されていたら怒ったでしょうね」
「弱くする調整を選びますか。それとも、今までの核を修理して使いますか」
「新しい方を。夜、肩を前へ丸めなくて済みそうだから」
彼女の選択を受けて初めて、出力を抑える調整片を固定した。請求票には、王冠の標準核、星灯りで行った調整、安全輪、店頭での確認を別々に記す。ひとつの灯りへ戻っても、誰の仕事まで一緒になったわけではない。
「これ、返品になったら面倒ですね」
ニナが出来上がった仕事灯を眺めて言った。
「だから、面倒なまま書くの。核の不具合なら王冠、調整片と安全輪ならこちら。どちらか判定できなくても、客には二つの店を歩かせない」
「最初に受け取った店が期限を止めず、返金も待たせない」
「ええ。売る側の都合で責任を細切れにしても、客の時間まで細切れにはできないもの」
模擬返品票を作り、受付から検査、返金、製造側への請求までを通した。王冠の核だから星灯りでは分からない、と突き返す余地も、星灯りの部品が付いているから王冠では受けない、と互いに押しつける余地も残さない。最初の窓口が品を受け、期限はそこで動き続ける。原因が分かってから、店同士で代金と責任を分ける。
書面だけでは、窓口で困った顔をする人までは試せない。私は受付係と検査係へ役を替わってもらい、ニナに客を頼んだ。
「得意です。すごく怒ればいいんですね」
「壊れた品を持って来た人が、必ず怒っているとは限らないわ。自分の使い方が悪かったのではないかと、怖がっているかもしれない」
ニナはしばらく考え、仕事灯を胸へ抱えた。肩を狭めて受付へ来る姿は、さっきまで工具を握っていた彼女とまるで違って見えた。
「あの、王冠の核だそうなので、向こうへ行った方がいいでしょうか。でも輪はここで付けてもらって……。どちらへ先に話せば、ご迷惑になりませんか」
受付係の唇が一度開き、閉じた。伝票の製造者欄と販売者欄を交互に見る。
「こちらで受け取ります」と、やがて品へ両手を伸ばした。「どこに原因があるかは、こちらと王冠で調べます。あなたが決めてから持ち込む必要はありません」
「返金の期限は、調べ終わるまで待つんですか」
今度は検査係が答えに詰まった。原因究明に日数がかかれば、その間に客が選べる期間を使い切ってしまう。規則を知っているつもりでも、目の前で不安そうに尋ねられると、製造側の都合へ心が引かれる。
「受付の時刻で止めません」と受付係が言い直した。「お預かりした時点で申し出を受けたことになります。検査が長引いても、あなたの選択を狭めません」
ニナは、もう怯えた客の顔をやめて伝票を覗いた。
「いまの言葉、票にも書きましょう。私なら口で聞けますけど、返事を待って帰る人もいます」
模擬の品を返し、次は受付係が王冠側へ連絡する役になった。核を送り返す前に、こちらで外した安全輪の状態を写し、調整片を封じる。責任を分けるための記録が、客へ責任を負わせる証拠集めに見えないよう、説明文も改めた。
伝票の往復が終わるころには、机の上は試験紙と封筒で散らかっていた。ひとつの商品を二つの店で支えるというのは、握手を一度交わすことではない。目の前の人を追い返さずに済むよう、誰かがこの面倒を引き受け続けることだった。
旅用腰灯では、こちらの安全輪が働いた。落下を想定して紐を切ると、床へ触れる前に灯りが消えた。胸を撫で下ろしかけた私の隣で、ニナが水滴試験の溝を覗き込み、低く唸る。
「輪の封じが、王冠の防水溝を半分塞いでいます」
濡れた布で包めば、溝の端にだけ水色の反応が出た。核を削れば早い。けれど標準核の形をこちらで変えれば、次に王冠の店へ持ち込まれたとき、製造保証の線まで曖昧になる。
「直すのは輪の方ね」
「悔しいですけど、そうです」
「悔しさで削る場所は決めないで」
ニナは返事の代わりに安全輪を外し、封じ材の型紙へ細い切れ込みを加えた。やがて防水溝を避ける新しい輪が出来上がる。王冠の標準核を守るために星灯りの部品を直す、その光景は胸のどこかをざらつかせたが、良い品がどちらの名を持つかで客の腰を濡らすわけにはいかなかった。
最後の保温箱は、蓋を閉じた瞬間に拒絶音を返した。停止信号の型が違う。二つの規格の間へ調整片を入れれば点けられるかもしれないが、加熱品で停止が確かめられない組み合わせを試す気にはなれなかった。
「これは非対応にします」
「売れる組み合わせが減りますよ」
「燃えるまで増やすよりいいわ」
互換表の該当欄を赤く塗った。合う品だけを舞台へ並べれば、提携の成功は美しく見える。けれど美しく見せるための表ではなく、持ち帰ってよいかを決める表だった。
保温箱の持ち主へ結果を伝えると、彼は王冠の名を見て露骨に顔を曇らせた。
「買収しようとしている店の品だから、使えないことにしたのでは?」
疑われるのは当然だった。私たちが何を試したかより、互いに何を争っているかの方が、街にはよく知られている。
「試験をご覧になりますか」
停止信号を読み取る紙を彼の前へ置き、元の核では色が消え、王冠の核では端に反応が残るところまで、同じ手順で繰り返した。彼は箱へ耳を寄せ、短い拒絶音を聞いた。
「王冠の別の箱なら、動くのか」
「動くものはあります。ただ、この箱を使い続けたいなら、いまの核を直す方が安全です」
「新しい核を売った方が、そちらは儲かるだろうに」
「非対応の札を外してまで得たい売上ではありません」
持ち主は赤い欄へ指を置き、ようやく修理を選んだ。使えないという判定も、競争相手を貶す言葉ではなく、自分の箱を守るための答えになった。
午後、マクシムは王冠の検査主任を連れて来た。買収側の代理人ではなく、納入業者として、二人とも試験室用の灰色の上着を着ている。彼は読書灯の黄色い瞬きも、保温箱の赤い非対応欄も、言い訳を挟まず確かめた。
「標準核の接点圧について、旧型器具向けの注意書きを追加します。保温箱は、こちらでも非対応と出す」
「売れる数が減りますよ」
先ほどのニナと同じことを返すと、マクシムは苦笑した。
「星灯りだけに危険な組み合わせを売らせれば、王冠へも返品が来ます。それほど親切な理由ではありません」
検査主任は、改めた安全輪を腰灯へ付け、落下と水滴の試験をやり直した。停止し、防水溝は乾いたまま残る。彼女は輪を外して内側の刻みを丹念に見た。
「王冠の旅用品にも使いたい。通常の使用料、教育費、検査費を示してください」
ニナの顔がぱっと明るくなり、すぐに難しいものへ変わった。自分たちの部品が認められた喜びと、競争相手の売場を強くするかもしれない警戒が、隠しきれず頬の上でせめぎ合っている。
「特別価格は出しません」
「求めていません」と検査主任が答える。「買収の賛同と結びつけることもありません」
使用範囲、工程名義、教育を受けていない工房へ再許諾しないこと、不良時の連絡、使用料の支払日。職人たちを呼び、一条ずつ読み合わせた。安全輪は星灯りが王冠へ恵んだ技術ではない。王冠が対価を払い、名を残して使う商品になった。
契約書を閉じたあと、私はマクシムへ尋ねた。
「これで、基金の入札を取り下げますか」
「いいえ」
彼の答えは滑らかで、迷った跡がなかった。
「標準核は売る。安全輪は買う。買収案は、条件が有利だと今も考えているから続ける。取引を支配の褒賞にしたら、品物の値段が分からなくなるでしょう」
「では、こちらも通常どおり断ります」
「採決でどうぞ」
握手はしなかった。互いに受領印を押し、王冠の箱と星灯りの輪をそれぞれ持ち帰る。敵意を解いた証でも、仲間になった印でもない。明日も競う二つの店が、今日必要なものへ今日の値段を払っただけだった。
閉店後、格付け機関の封書が届いた。ベルタが灯りへ透かし、封を切る。
「部品供給の安定と相互契約が評価され、格付けは一段階戻りました」
試験室に小さな歓声が上がった。けれどベルタは次の紙を重ね、声を緩めなかった。
「公募に必要な資金には、まだ届きません。買収採決までに不足を埋めるには、公開社債を成立させる必要があります」
王冠の核を入れた読書灯が、白い光を保っている。その下へ置かれた申込帳は、まだ誰の筆跡も知らず、紙の匂いだけを静かに放っていた。
表紙に、募集期間が記されている。
七日間。
今度は商品ではなく、私たちの良い帳簿も悪い帳簿も、人の前へ差し出す番だった。




