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婚約解消した当て馬令嬢は魔法百貨店を立て直す  作者: 星舟能空


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130/150

第130話 王位を支える領収書

 薄金の婚礼灯を点けると、その足元に置いた赤い札だけが、濡れた傷のように浮かび上がった。


 札には『未払い』とある。王太子府の公開審査準備室へ集まった人々は、王位を寿いだ灯りより、その短い文字の方へ先に目を止めた。王宮の会計官が眉を寄せ、基金側の評価人は赤札と私の顔を見比べる。私は札を裏返さず、長机の端へ最初の注文書を置いた。


「王家への貢献品としてまとめた目録が、こちらにあります」


 審査官が差し出した綴りの表紙には、金の紐が掛かっていた。開業したばかりのころに納めた仕事具、王室婚礼で使われた灯り、都市の生活線を守った器具。祝いと危機の記憶を一冊へ綴れば、店の来歴としては見栄えがよい。


「今日は、その綴りを解くために参りました」


 私はベルタと、机の上へ紙を並べていった。


 注文を受けた記録。そのために先に受け取った金。品を渡したときの納品票。注文どおりかを相手が確かめた検収票。代価を求めた請求書。そして、実際に金が届いたことを示す入金票。


 どの仕事も、同じ順に一列へ置く。途中に紙がないものは、王家だからあることにせず、空いた場所を空いたまま見せた。


「式典や災害で働いたものを、ここまで細かく分ける必要がありますか」


 王太子府の会計官が問うた。


「貸したものと売ったものを同じ箱へ入れれば、返していただく品が分からなくなります。働いた人へ払ったかどうかも分かりません」


「名誉を対価として、王室奉仕へ振り替える案もあります。御用達額は返送されましたが、貢献の記録まで失う必要はないでしょう」


 会計官に悪意はなかった。金の代わりに王家の評価を与えれば、星灯りの信用は上がり、買収防衛にも役立つと思っているのだろう。


「職人は、名誉を材料屋へ持っていけません。貢献の記録を残すことと、受け取るべき代価を消すことは別です」


 赤札は動かさず、まず古い列から照合を始めた。


 店を開いたばかりのころ、王宮から受けた注文には、材料を買うための前金を求めていた。相手が王家だから後から払われるはずだと期待できるほど、金庫に余裕がなかったのだ。注文票の用途欄には、使う場所と扱う人が書かれ、受領書には前金が確かに届いた印がある。


 納品の際は製造番号を読み、王宮側が動作を見て検収印を押した。その後の請求と入金も揃っている。支払済みの列へ、ベルタが緑の札を添えた。


「王家は、このとき星灯りを所有していません」


 私は審査官へ、注文から入金まで揃った紙を渡した。


「それでも必要な仕様を示し、試して、品を買い、修理の責任を契約できました。生活物流でも同じことはできます」


「品と、全国へ通す物流では規模が違う」


「規模が違えば契約を広げる必要はあります。会社を所有しなければ買えない、という証明にはなりません」


 審査官は反論せず、支払済みの領収書を公開資料の側へ移した。昔、明日の材料を買うために握りしめた紙が、いまは国家が商会を買わずとも役務を買える証拠になっている。懐かしさを抱く間もなく、婚礼用品の列へ移った。


 薄金の灯りは、王室婚礼で広間を照らしたものだった。底の製造番号を読み、帳簿の番号と合わせる。売った灯核、式の期間だけ貸した外装、工房から借りた飾り枠、設置と撤去の仕事、返却後の修理。記念目録では一つの光に見えても、所有者と代価は同じではない。


 灯りを弱くしてから飾り枠を外すと、裏側に工房の印が現れた。


「王太子府の備品台帳では、この枠も王室所有になっています」


 私が指した欄を、会計官が納品票と重ねる。枠は貸出であり、式の後に返され、工房へ戻した証明まで残っていた。


「訂正します」


「星灯りの資産にも戻さないでください。店へ返ったのは一時で、所有者は工房です」


 王家でも店でもない者の名は、華やかな記録の中で最も消えやすい。けれど飾り枠を彫った指へ代金が届かなければ、婚礼の光は作れなかった。青い所有札と工房への支払票を並べると、金の綴りに収められていた光は、たくさんの手へほどけていった。


 その下へ、星灯り側の婚礼精算表を重ねた。礼剣帯に充てた手付は、再調整を終えた本人の選択に沿って売上または返金へ振り替えられ、薄金の灯りの減額分、木の反響板の設置と撤去、未使用予備品の返却分と買い取り分も、それぞれの検収票どおりに確定している。残金は期日に入り、婚礼用品の預り残高は零。セシリアが婚礼費口座への返金を指定したショール代も、通常の大口返金日に支払いを終えていた。


「灯りは問題なく使われたのですね」


「当日の共同試験では、二社の品と王宮結界、楽団具を全系統で確かめなかったため、干渉過熱が起きました」


 婚礼前夜の停止記録も、祝いに水を差すからと省かなかった。過熱区画を隔離し、代替へ切り替え、停止を選んだ工程には作業料がある。式が無事に終わったことだけを残せば、その前に売らなかった時間と、止めた職人の名が消える。


 修理票の焼け跡を指でなぞると、あの夜の金属臭がよみがえった。王宮の幸福な記憶と、熱に赤らんだニナの頬は、どちらも同じ灯りの来歴だ。どちらか一方だけを王位にふさわしい話として選ぶことはできない。


 都市危機の列は、さらに紙の色が入り混じっていた。


 避難所へ無償で貸し、返却された灯り。正式な公共注文として売った器具。緊急のため後払いを認めた修理作業。王冠と共同で運んだ部品。市民が自費で選んだ保温具。それぞれを、同じ夜に役立ったという理由で「奉仕」へまとめない。


 試験台へ、生活線に使った安全輪と王冠の標準核を置いた。魔力を流すと、赤く膨らんだ過負荷の光が安全輪の手前で細くなり、そこで止まる。危機の日には、この組合せを現場で確かめるため、すぐ取り付けるより長く時間を使った。


「結果として事故は起きていません」


 審査官が当時の作業票を見た。


「試したためです」


 焼けた試験片と、停止輪が働いて色を保った試験片を並べる。起きなかった事故は、後から見れば存在しないものに見える。それでも、違う規格をつないだ熱が消えるまで待った職人の時間は、同じように過ぎている。


「緊急時の徴用として整理できる品もあります」


 政策官が口を挟んだ。


「徴用なら徴用の記録と補償が要ります。寄付なら所有者の同意が要ります。注文なら支払いが要ります。後から一つの言葉へ寄せるのではなく、そのとき何を選んだかで扱ってください」


 会計官は、避難所から戻った貸出灯を請求から外した。王冠が負担した部品も、星灯りの売上へ入れない。市民が自分で買った品を、王家の支出に付け替えない。残ったのは、市が正式に発注し、完了を検収した器具と役務だった。


 その列には入金票もある。支払日は発注から九十日目で、市は約した期日どおり公費を送っていた。星灯りは入金を確かめたその日に、検収済み公費債権を担保に借りたつなぎ融資の元金と利息、手数料を返し終えている。ベルタは融資の完済証明まで重ね、都市危機の列を緑札で閉じた。


 続いて開いたのは、それとは別に契約した『冬季物流比較試験』の列だった。レオポルドの名で《王冠》と《星灯り》へ発注され、大荷車と配送盤の持込み、試験品の整備、係員と受取役の人件費、異常試験と記録作成までを王太子府が検収している。赤札の請求書を、星灯りが担った分の末尾へ置いた。


 注文書には仕様があり、実施記録があり、検収票には完了を認めた王太子府の光印がある。通常の期限で出した請求を受け取った記録も残っている。欠けているのは、入金を示す紙だけだった。


「役務の完了に異議はありますか」


 ベルタが会計官へ尋ねた。


 会計官は印を灯りへ透かし、原本の線が途切れていないことを確かめる。王冠側の設備持込み票、試験品を整えた担当の署名、二社の人件費区分も読み終えてから、首を横へ振った。


「異議はありません。王太子府の検収は完了しています」


「では、なぜ支払われていないのでしょう」


「即位準備と既存の公費精算を優先する際、この直近の実証役務だけ予算区分が保留になりました」


「その保留は、受注者の責任ですか」


「いいえ」


 声は小さかったが、明確だった。赤札が、店側の訴えから、双方が認める未収へ変わる。


「通常の期限で請求を続けます」


 私は言った。


「王位承認まで待つ、としていただくことは」


「承認を支持する代わりに猶予すれば、代金を政治へ替えることになります。反対に、買収採決の前へ早めても、こちらへの便宜になる。期限は動かしません」


「即位式の予算から支払う場合、式典の一部を縮める必要があります」


 政策官の言葉には、脅しよりも困惑があった。王位の門出を貧しく見せれば、レオポルドの信用が傷つく。けれど、既に働いた人へ払わず壮麗な門を作れば、その下に未払いの影が伸びる。


「どの予算を削るかは、発注した側が決めることです。私たちが式典の飾りを選ぶ立場ではありません」


「王太子殿下の威信にも関わります」


「支払うべきものを期限に払うことも、同じように関わるでしょう」


 口にしたあと、胸の奥に古い痛みが動いた。婚約者だったころ、彼の威信を傷つけぬために、私の労働はいつも後ろへ退いた。いま、その記憶を机へ叩きつけて勝ちたいわけではない。王家の未払いを、昔の仕打ちへの罰金に変えれば、また二人の関係が商品の値段を決める。


 私は呼吸を整え、請求書へ目を戻した。


「これは婚約解消の償いではありません。注文された仕事の代金です。多くも、少なくも受け取りません」


 審査官はうなずき、王位承認に用いる財務資料へ未収一件を記載させた。即位式をどこまで飾るか、既に受け取った役務へいつ払うか。レオポルドは、自分の予算の中で選ばなければならない。


 基金側の評価人が、赤札の列へ身を乗り出した。


「王家が支払う見込みは高い。この債権を、公開社債の返済原資として現金同様に評価してはいかがです」


「未収債権としては載せます。金庫にある現金としては載せません」


「それでは、発行資料の見栄えが悪くなる」


「見栄えで社債は返せません」


「王家の信用を疑うのですか」


「信用していることと、入金前の紙で支払えることは別です」


 昨夜、七階の棚から他人の品を外したのと同じだった。王家の紋章がある紙も、硬貨の重さを持つ日までは金庫へ入らない。もし回収できなければ、その損も店の価値に残る。


 評価人は不満げだったが、未収の欄と現金の欄を分けた。買収側に有利か、星灯りに有利かで期限を動かさないように、資産の名前も陣営に合わせて変えない。


 支払済みの領収書を公開卓へ並べ直すと、役所の若い書記が、緑札の列を端から読み始めた。


「王宮は、これまでにも複数の工房と商会から品を買っていますね」


「ええ。星灯りだけではありません」


「所有しなくても、仕様と検収を揃えれば、修理の責任まで追える」


「共同で扱う品には、責任票をつなげる必要があります。窓口を利用者に探させないように」


 王冠の大荷車を使い、地域商会が雪道を受け持ち、星灯りの認定店が現地で停止と返金を決めることもできる。国が欲しいのは、王冠や星灯りという会社そのものではない。冬に灯りが届き、壊れたときに直り、合わなければ戻せる働きである。


「複数網から有償で買う制度にすれば、一社へ責任を押しつけにくくなります」


 政策官が言う。


「だから、荷の箱へ共通の責任票を付けます。利用者が裏で分かれた契約を辿らず、最初の窓口へ戻せるようにする。会社を一つにしなくても、客の入口は迷わせずに済みます」


「命令は遅くなる」


「遅くなる場所を試験して、期限と停止権を契約へ書きます。一社の命令が速いという王冠の強さも、なくなったことにはしません」


 王冠を劣ることにすれば、星灯りだけを選ぶ政策へ話が戻る。星灯りが王家に所有されず仕事を受けたいなら、王冠も地域の運送商会も、同じ仕様へ応じられなければならない。


 審査官は、セシリアが提出した公開入札の意見書を資料へ重ねた。王太子妃の支持声明ではなく、王家自身の調達を開く要求として扱われている。返送された御用達額も、店の資産欄にはなかった。


「この資料を、王位審査へ提出します」


「未払いの赤札も、外さずにお願いします」


「支払いが届けば?」


「入金を確かめた日に外します。今日の見込みで、昨日払われたことにはしません」


 夕方、王太子府から、即位式予算を再査定するという通知が届いた。支払い済みの紙ではない。何を縮め、どの予算から払うかを、これから決める知らせである。私は受領印を押し、通常の期限を変えずに赤札を残した。


 長机を片づけるころ、薄金の婚礼灯はすっかり冷えていた。幸福を照らした光も、危機の夜を越えた安全輪も、役目を果たしただけでは代金にならない。注文され、渡し、確かめ、請求し、払われる。そのありふれた列を守ることが、王位の下で働く人を、物語の背景にしないための仕事だった。


 店へ戻ると、私は新しい注文票を開いた。


 宛先には、《王冠百貨商会》と書く。品名は、星灯りの灯具へ組み合わせて試すための、安価な標準核。値引きも、買収条件も、特別な保証も求めない。納品、検収、不良時の返送まで、ほかの仕入先と同じ欄を埋めた。


「買収しようとしている相手から、本当に買うのですね」


 ニナが、書き上げた注文票を覗き込む。


「国へ、所有せずに買えると言ったもの。私たちが先にやってみなければ」


「合わなかったら?」


「返すわ。王冠の名があるからではなく、試した結果を添えて」


 私は通常発注の印を押した。


 赤札の請求書を待つ金庫から、青い封蝋を受け取るための注文書が、競争相手の店へ向かっていった。


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