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婚約解消した当て馬令嬢は魔法百貨店を立て直す  作者: 星舟能空


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第109話 売った物を砕く日

 修理不能の札をつけられた十個の品には、それぞれ違う使われ方の跡があった。


 染料が染みた調整具、角を何度も撫でられて革だけ艶の出た保温箱、砂を噛んだ旅行灯。割れた外装や焼けた灯核を白い布の上へ並べると、返品倉庫で箱になっていた時より、誰かの暮らしから切り離された姿が痛々しく見える。安全接触部の奥には導魔雲母が残っているはずだった。


 ルチアは槌を手に取ったが、振り上げず、分解台の端へ置いた。


「動かない物と、持ち主のいない物は違います」


 ボルクが製造番号を読み、返品票と照らし合わせてゆく。店が返金と同時に買い戻した品には、《星灯り魔法百貨店》の所有印がある。工房へ耐久調査を委ねた品には委託の封がつき、調査を終えれば元の持ち主へ返す契約が残っている。ほかは、修理を諦めても所有権まで手放してはいない客の品だった。


「引取りの期限を過ぎたものは、廃棄してよい約款では?」


 マルタが古い票を開いた。


「廃棄と書いてあっても、再生して売るとは説明していません。捨てる費用を店へ任せたつもりの人から、価値のある片だけ取れば、同じ約束ではなくなります」


 空棚へ戻したい気持ちは、私にもある。十個すべてから雲母が取れれば、待たせている修理を進められる。所有の文字を小さく読めば、すぐにでも槌を下ろせそうだった。


 だから分解の前に、持ち主へ選択票を送った。品をそのまま返してもらうか、外装や灯核を含む部材に分けて返してもらうか、店へ無償で廃棄を頼むか、再生材料として対価を受けて提供するか。返事が届かなければ保管を続け、沈黙を提供への同意にはしない。


 文字を読むことが難しい持ち主には、現物が箱へ戻る絵、分けた部材が戻る絵、廃棄箱へ入る絵、雲母と引き換えに代金袋を受け取る絵を添えた。通訳が「新しくして差し上げる」と読んだ箇所は止めてもらう。


「元の形には戻りません。店が材料として使い、別の品になる可能性があります」


 説明を聞いた老婦人は、最初に置いた印を消し、現物返却へ変えた。


「夫が使っていた物なの。灯りが点かなくても、あの人が握ったところは残っているわ」


 私は雲母だけ外せないかと尋ねかけ、やめた。内部も含めてひとつの遺品である。品を柔らかな布へ包み直し、返送の方法と受取を確かめた。空棚は埋まらない。それが彼女の選んだ結果だった。


 別の持ち主は、家紋の入った外装だけを返し、内部は対価つきで提供すると答えた。無償廃棄を選んだ人には、再生できた場合も支払いがないことを改めて伝える。


「どうせ捨てる物でしょう」


「店では材料として使えるかもしれません。使えた分から利益が出る可能性もあります」


「それでも、持って帰る方が面倒だ。代金もいらない」


 無償でよいという返事だけでなく、再生の可能性を知ったうえで選んだことを写しへ残す。対価を求めた人には、検査が失敗しても受け取れる分と、使える量が判明した後に加わる分を分けた。歩留まりが悪かった時の損まで、品を提供した人へ押し戻さない。


 工房委託品は、工房の親方が「もう調査は済んだ」と言っても、その言葉だけで砕かなかった。委託した持ち主へ連絡し、返却か部材返却か、廃棄か再生提供かを選び直してもらう。工房が預かった仕事と、持ち主が手放す権利は別に残した。


 返事の届いた品を分解台へ戻す時、十個という最初の数はそのまま公開した。現物返却で台から消えた品、外装だけ持ち主へ戻る品、無償廃棄を選ばれた品、対価つきで提供された品、店が買い戻して所有していた品。どこまで槌を入れられたのかを伏せて、十個すべてを再生したようには見せない。


 透明な覆いを下ろし、ボルクが元の製造番号を読み上げた。外装を留める金具は、油が固まり、道具を差してもすぐには回らない。枠をゆっくり温め、残留魔力がないことを確かめ、雲母の縁を傷めない角度で外す。新品の原片を切るより、ひとつの古い接触部をほどく方が長くかかった。


 外した物は、元品の票と一緒に置く。外装、灯核、接触部、雲母、危険な廃材。銀色の粉が覆いの内側へ落ちるたび、ボルクは拾って再生箱へ戻さず、元の番号を失った欠片として封じた。量を惜しんで混ぜれば、後からどの事故品に含まれていたか追えなくなる。


「苦労して外すと、使えることにしたくなります」


 ルチアは、ボルクが渡す片の出所を見ないまま検査した。見た目が美しいか、所有者へ対価を払ったか、店がどれほど欲しいかを伏せ、厚み、透かした亀裂、微量の入力、継続時の熱、停止後の残留だけを見る。分解した人と合否を決める人を分けたのは、手間への愛着が判断へ混じらないためだった。


 最初に光へ透かした片は、中央へ髪ほどの亀裂が走っていた。表面を削ると傷は見えなくなる。ルチアが微量の魔力を通すと、消えたはずの筋へ赤い熱が残った。


「磨いて見えなくしただけです。安全接触部には戻せません」


 次の片は油を吸っていた。洗えば銀白色へ戻ったものの、熱が片側から遅れて逃げる。装飾へ使える可能性はあるが、別用途の試験を受けるまでは、使える原料に数えない。


 厚さの足りない片を重ねたいという声も出た。ルチアは実際に枠へ置き、入力を通した。接合したところで熱が留まり、停止したあとも色が戻らない。薄い片を重ねても、新品の厚い片と同じ働きにはならなかった。


 透明箱の中には、光る欠片が増えていく。見学していた客からは、端の割れた部分だけ落とせばまだ使える、という声が上がった。ボルクが寸法枠を重ねると、傷を避けた幅では留め具へ届かない。


「別の小さな品へ使えば?」


「その品の熱と停止を、初めから試します。小さいから安全とは限りません」


 足りない時には、銀色であること自体が価値の証明に見える。使えない片の箱を片づけず、なぜ落ちたのかを書いた赤札とともに残した。


 作業が進むにつれ、室内には温めた油と冷えた石の匂いが混じった。指先は細かな粉で乾き、透明覆いを拭う布は何度替えても曇る。使える片を入れた箱は底がまだ見えるのに、返却を待つ包みと赤札のついた廃材箱は台の外まで押し出されていた。倉庫で見つけた時には光の塊に思えたものが、持ち主の選択と検査を通るたび、手の間から細かくほどけてゆく。


 最後に安全接触部へ戻せると判定された雲母は、四個分だった。


 十個の修理不能品を前に始め、戻ったのは四個分。それも次の回収で同じ割合になる保証はない。分解にかかった手、所有者への対価、洗浄と検査、危険廃材の処理を加えれば、材料が古いから安いとも言い切れなかった。


「空だと思っていた倉庫から、四個分は戻りました」


 ボルクの声には喜びがあった。


「ええ。でも『四個も』とも『四個しか』とも札には書かないで。今回、何を砕いて何が残ったかを、そのまま出しましょう」


 合格片には新しい製造番号を与え、元になった品へ線を戻した。顧客名は売場へ出さない。内部票には、店が買い戻したのか、無償廃棄を選ばれたのか、対価つきの提供かを残す。商品には再生材であること、使える用途、検査の間隔、保証の違いを、新品表示と同じ大きさで掲げる。


 四個分を同じ箱へ入れても、使い方は揃わなかった。試験用の交換輪へ仮組みすると、弱い入力への反応が遅い片があり、停止後に冷えるまで時間を要する片もある。安全範囲には入っていても、連続して使える条件や本人試用の要否を、それぞれの番号へ結んだ。再生材を選ぶ人を善良な客として扱わず、新品と比べて合わなければ断れるようにする。


 修理を待っていた客に、再生片を仮組みした《星雫灯》を試してもらった。客は夜、寝台から廊下へ出る時に灯りを使う。眠りの残る手で調整輪へ触れ、すぐ消せることが大切だった。


 薄暗くした試用室で、本人にいつもの位置から腕を伸ばしてもらう。再生片は起動したが、指先を離してから光が消えるまで、わずかに余韻が残った。安全範囲には収まっている。それでも客は、眉を寄せた。


「夜中だと、この残り方が眩しいわ」


「調整すれば弱くできます。ただ、眠い時の触れ方で起動しにくくなるかもしれません」


 再調整を試すと、今度は指の腹が輪の中央へ乗らない時に灯りが点かない。貸出中の旧型は、明るさは劣るものの、客の手には馴染んでいた。


「せっかく再生したのに悪いけれど、待つわ。貸してもらっている物を使います」


「悪いことではありません。合わなかった票を、製造番号へ残してよいですか」


 客は用途と反応だけを残すことへ同意し、個人票は持ち帰った。戻った四個分が、その数だけすぐ客の手へ渡るわけではない。安全試験を通っても、使う人の夜には合わない片がある。


 別の修理客は、作業台の横で短く点け、手の甲で止める。再生片の穏やかな起動が、かえって急な眩しさを抑えた。何度か道具を持ち替えても停止でき、本人は再生表示と保証差を読んだうえで交換を選んだ。


「新品が入ったら、そちらへ替えなければいけませんか」


「いいえ。検査日に問題がなければ、そのまま使えます。新品へ替えることが完成ではありません」


 修理工賃と分解検査の費用を分け、元の提供者へ払う対価が価格に含まれることも示した。新品より安いと約束できない理由を聞いた客は少し驚いたが、それでも自分の灯りに合う方を持ち帰った。


 透明箱から減ったのは、合格した一片だけである。残りを「まもなく販売」と飾らず、試用で戻ることもある修理候補として置いた。四個分という結果は、四個の売上予定ではなかった。


 初年度の専売を終えたあとも、ヨナス、ニナ、ルチアと店の四者は、完成品の名称と組合せに限って契約を一年ずつ更新してきた。ヨナスが他店へ灯芯を卸す権利はそのまま残し、都市危機では共通留め具の独占も開いたが、《星雫灯》として登録した組合せの販売条件だけは、今期まで続いている。


 日が落ちる前、専売登録局から封書が届いた。《星雫灯》の登録販売条件には、指定された新品材を用いると書かれている。再生雲母を安全接触部へ使えば、同じ登録商品として扱われず、専売名と販売条件を失う可能性があった。


 マルタは封書を何度も読み返した。


「再生材を指定品へ加える申請を出せます。認められるまで使わなければ、専売は守れるかもしれません」


「そのあいだ、四個分を棚へ戻せませんね」


「独占の利益は、債務と国外の返品基金を支えています。軽く捨てられるものでもありません」


 分かっている。専売を失えば、似た交換部をほかの工房も作れる。星灯りの高い利益は薄くなり、店の評価にも触れるだろう。かといって、再生材を新品と記して同じ名で売れば、守ったのは登録の外側だけになる。


「再生材を使う品は別表示で試します。専売条件から外れる可能性も、客へ知らせてください。登録局へは、使う前に照会を続けます」


 独占を捨てたと決めたわけではない。守れると楽観もできない。四個分を店の奥へ隠さず、失うかもしれない権利と並べて公開台へ置いた。


 閉店後、アルノルトは透明箱の前で足を止めた。


「同じ家のことを話した直後に、店の価値を下げるかもしれません」


「私との将来が、専売を守る理由ですか」


「いいえ」


「なら、捨てる理由にもなりません」


 彼は再生品を買って私の判断を支えようとはせず、私は四個分を贈ろうとはしなかった。透明箱の中で、欠片は小さな月のように光っている。


 既に売った品を直す助けにはなる。けれど新品を同じ勢いで売れば、四個分などすぐに消える。


 私は翌週の新商品催事表を外し、まだ槌の跡が残る分解台へ置いた。


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