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残金1,842円|第7話「最初の借金」

最初に借りた金は、二万円だった。


高校二年の夏だった。


榊原征一は、商店街の端にある自転車店の前で、古い原付を見ていた。


色は白だった。


白と言っても、もう白ではない。

前の泥除けには細い傷があり、ハンドルの根元には錆が出ている。

シートの端は少し破れ、黒いビニールテープで直してあった。


値札には、手書きでこうあった。


中古原付。

整備済み。

四万八千円。


征一は、その数字を何度も見た。


四万八千円。


持っている金は、二万九千円だった。


足りない。


父の店の帳面なら、

足りない金には日付を書く。


だが、征一の財布には、

日付を書ける場所がなかった。


自転車店の主人が、店の奥から出てきた。


「見るだけか」


征一は顔を上げた。


「買うかもしれません」


「高校生だろ」


「はい」


「免許は」


「あります」


主人は原付を軽く叩いた。


「走るよ。きれいじゃないけどな」


「どれくらい走りますか」


「町内なら十分。配達にでも使うのか」


征一は少し黙った。


配達。


その言葉が、頭の中で形になった。


父の店では、配達があった。


米。

醤油。

灯油。

洗剤。

軍手。


重いものは父が軽トラックで運ぶ。

軽いものは自転車で運ぶこともある。


雨の日は、征一が嫌がって母に怒られる。


原付があれば、早く回れる。


学校が終わってからでも、

駅裏と商店街の端を往復できる。


坂の上の団地にも行ける。


小さな注文なら、

軽トラックを出さなくていい。


征一は、もう一度原付を見た。


古い。

傷もある。

でも、動く。


動くものには価値がある。


「取り置きできますか」


自転車店の主人は笑った。


「金があるならな」


「半分ならあります」


「半分じゃ売れない」


「残りは払います」


「いつ」


征一は答えられなかった。


父の声が頭に浮かんだ。


待つなら、どこまで待つか決める。

いくら待つかも決める。


征一は、値札を見た。


四万八千円。


自分の金は二万九千円。


足りないのは、一万九千円。


「一か月以内に払います」


主人は、征一を見た。


「一か月?」


「はい」


「お前、榊原商店の息子だろ」


「はい」


「親父さんには言ったのか」


「まだです」


「じゃあ、先に言え」


その言葉で、話は終わった。


征一は店を出た。


夕方の商店街は、夏の匂いがした。


アーケードの下に熱がこもっている。

魚屋の前から水の匂いがする。

八百屋の奥で扇風機が回っている。

乾いた道路に、打ち水の跡が黒く残っていた。


征一は、自転車を押して歩いた。


原付なら、もっと早い。


そう思った。


一度そう思うと、

もう自転車が遅く見えた。


────────────────


その夜、榊原商店の奥の六畳で、

父は帳面を開いていた。


扇風機が首を振るたびに、

帳面の端が少し揺れる。


母は台所で麦茶を冷やしていた。

ガラスのポットの中で、氷が小さく鳴った。


征一は、低い机の向かいに座った。


「父ちゃん」


父は鉛筆を止めない。


「なんだ」


「金、貸してほしい」


鉛筆が止まった。


母の手も止まった。


台所から、

水の音だけが続いた。


父は顔を上げた。


「いくら」


「二万円」


父はすぐには怒らなかった。


それが、征一には少し怖かった。


「何に使う」


「原付」


「遊びか」


「違う」


「何が違う」


「配達に使える」


父は黙った。


征一は続けた。


「学校終わってから、俺が配達に行ける。坂の上も行ける。駅裏も早く回れる。軽いものなら、父ちゃんが軽トラック出さなくていい」


父は帳面を閉じた。


「それで」


「配達を増やせる」


「誰に」


「坂の上の団地」


父は少しだけ眉を動かした。


坂の上には、新しい団地ができていた。


商店街から少し離れている。

若い家族もいる。

車を持っていない家もある。


だが、スーパーの方が近い家もあった。


榊原商店から見れば、

近いようで遠い場所だった。


「団地に何を売る」


「米、醤油、洗剤、灯油の注文取り」


「誰が注文する」


「チラシを入れる」


父は、征一を見た。


「チラシ」


「手書きでいい。店の電話番号を書いて、夕方配達しますって」


母が台所から出てきた。


「征一、あんた学校は」


「終わってからやる」


「部活は」


「やってない」


「勉強は」


征一は黙った。


母はため息をついた。


父は母を見ずに言った。


「二万円は、金額としては小さい」


征一は少し顔を上げた。


父は続けた。


「だが、小さいから軽いわけじゃない」


征一は何も言わなかった。


父は机の上に紙を一枚出した。


「書け」


「何を」


「借りる理由」


征一は鉛筆を持った。


紙の上に、

何を書けばいいのか分からなかった。


父は言った。


「借りたい金額。使い道。返す日。返す方法」


征一は父を見た。


「そこまで書くの」


「借りるなら書く」


「親子なのに」


父は、少しだけ目を細めた。


「親子だから、曖昧にするな」


征一は黙った。


父の声は、怒ってはいなかった。


けれど、

店で客に言う声だった。


征一は紙に書いた。


二万円。


中古原付購入費の不足分。


配達に使う。


返済は一か月以内。


返済方法。


そこで手が止まった。


どう返すのか。


征一には、まだ分からなかった。


父は言った。


「売上から返すのか」


「うん」


「売上は全部お前のものか」


「違う」


「じゃあ、売上からそのまま返すとは書けない」


征一は、鉛筆を握り直した。


「配達で増えた分から返す」


「増えた分は、どう分かる」


征一は詰まった。


父は帳面を開いた。


「今の配達先は分かる。今の売上も分かる。新しく増えた注文を分けて書けば分かる」


「じゃあ、それで」


「それで、どう返す」


「一件ごとに」


「いくら」


征一は考えた。


父の帳面の数字が頭に浮かぶ。


米。

醤油。

洗剤。

軍手。

灯油。


売上と利益は違う。


売れた金額から、仕入れ代が出ていく。

全部が自分の金になるわけではない。


「一件につき、百円」


父は言った。


「百円で二万円返すには、二百件だ」


征一は電卓を見た。


二百件。


急に遠くなった。


「二百件もない」


「ないな」


父は言った。


「なら別の方法を考えろ」


征一は唇を噛んだ。


「月五千円ずつ返す」


「四か月かかる」


「それで返す」


「どうやって五千円を作る」


「配達の手伝い分」


父は少し考えた。


「今までも手伝っている」


「これからは、決まった分として」


「いくら」


「一日二百円」


母が口を挟んだ。


「安すぎるんじゃない」


父は言った。


「高すぎるよりいい」


征一は父を見た。


父は紙に計算した。


一日二百円。

週五日で千円。

月四千円。


足りない。


「日曜の配達とチラシ配りを入れれば」


征一が言った。


「月五千円いける」


父は、しばらく紙を見ていた。


それから言った。


「返済日は毎月二十五日」


「二十五日」


「店の支払いが重なる前に返せ」


「はい」


「返せなかったら」


征一は父を見た。


「原付は売る」


母が小さく息を飲んだ。


征一は、原付の白い車体を思い出した。


買う前から、

売る時の話をされている。


腹が立った。


「返すよ」


「なら書け」


征一は紙に書いた。


返せなかった場合、原付を売る。


鉛筆の芯が、少し折れた。


父はその紙を受け取った。


読んだ。


そして、

低い机の引き出しから封筒を出した。


中に一万円札が二枚入っていた。


父はそれを机の上に置いた。


「貸す」


征一は手を伸ばしかけた。


父は、一万円札の上に手を置いた。


「借りる金は、もらう金より先に重い」


征一は手を止めた。


「分かってる」


「分かっていないから言ってる」


父は、一万円札から手を離した。


「持っていけ」


征一は二万円を受け取った。


紙は薄かった。


だが、手に乗せると重かった。


────────────────


翌日、征一は自転車店へ行った。


主人は、店先でタイヤに空気を入れていた。


「親父さんに言ったか」


「言いました」


「怒られたか」


「少し」


主人は笑った。


「それで、買うのか」


征一は封筒を出した。


四万八千円。


手持ちの二万九千円と、

父から借りた二万円。


合わせて四万九千円。


千円残る。


主人は金を数えた。


父とは違う数え方だった。


指先で札の端を軽く弾きながら、

素早く数える。


「整備してあるけど、古いからな。無茶すんなよ」


「はい」


「ヘルメットは?」


「あります」


「保険も入れ」


「いくらですか」


主人は金額を言った。


征一の顔が止まった。


千円では足りなかった。


主人は、その顔を見て言った。


「保険なしでは渡せん」


征一は黙った。


足りない。


また足りない。


原付を買う金だけを考えていた。


乗り出すための金を見ていなかった。


自転車店の主人は、書類を片づけながら言った。


「親父さんに相談してこい」


征一は悔しかった。


昨日、父の前で書いた紙には、

保険のことなどなかった。


買えば走れると思っていた。


土地を買えば使えると思うのと同じだった。


まだその言葉を知らないだけで、

同じ間違いをしていた。


店に戻ると、父は米袋を積み替えていた。


征一が事情を話すと、

父は驚かなかった。


「乗るには、買う以外の金がいる」


「言ってくれればよかっただろ」


「お前が買うと言った」


「知ってたなら」


「聞かなかった」


征一はむっとした。


「意地悪だ」


父は米袋を持ち上げた。


「商売は、聞かなかったことで金が出ていく」


その言葉は、原付より痛かった。


母が奥から出てきた。


「保険代くらい、出してあげたら」


父は米袋を置いた。


「出す」


征一は顔を上げた。


父は言った。


「ただし、これは追加の借金だ」


征一は唇を結んだ。


「いくら」


父は金額を言った。


征一は紙を出した。


昨日の借用書の下に、追加と書いた。


保険料。


返済期間を一か月延長。


父はそれを読んで、うなずいた。


「これでいい」


征一は、借金が増えた紙を見た。


まだ走ってもいないのに、

返す金だけが増えている。


それでも、原付には乗りたかった。


動ける範囲が広がることの方が、

怖さより勝っていた。


────────────────


白い原付が榊原商店の前に来たのは、

その日の夕方だった。


店の前に停めると、

近所の人が何人か見に来た。


「征ちゃん、乗るの」


「配達か」


「気をつけなよ」


父は、店の入口から見ていた。


母は少し心配そうだった。


征一はヘルメットをかぶり、エンジンをかけた。


古いエンジンが震えた。


ハンドルが手の中で小さく震える。


自転車とは違う。


自分の足ではなく、

機械が前へ進む。


その感じが、征一にはたまらなくよかった。


最初の配達は、駅裏の家だった。


米ではなく、

洗剤と醤油だった。


荷台にくくりつける。

ひもを二重にする。


父がそれを見て、結び直した。


「緩い」


「大丈夫だよ」


「大丈夫は、落としてから言う言葉じゃない」


征一は黙った。


父が結び直した荷物は、

確かに動かなかった。


原付で走る商店街は、

いつもより短かった。


魚屋。

靴屋。

文房具屋。

洋品店。

ラーメン屋。

自動販売機。

アーケードの破れ。


全部が後ろへ流れていく。


風が顔に当たる。


自分が大きくなった気がした。


駅裏の家に着くと、

年配の女が玄関を開けた。


「あら、今日は征ちゃん?」


「はい」


「お父さんは?」


「店です」


征一は洗剤と醤油を渡した。


女は財布を出した。


「いくら?」


征一は伝票を見た。


「六百四十円です」


女は千円札を出した。


征一は釣り銭を渡した。


その場で金が入った。


伝票に済と書いた。


その二文字が、

思ったより気持ちよかった。


売れた。


入った。


終わった。


父の帳面の中でいつも分かれていたものが、

初めて一つになった気がした。


征一は原付に乗り、店へ戻った。


父はレジ横で棚を直していた。


征一は六百四十円を渡した。


「もらった」


父は受け取り、レジに入れた。


「済にしたか」


「した」


「釣り銭は」


「間違えてない」


「伝票は」


征一は渡した。


父は伝票を見た。


「よし」


それだけだった。


褒められると思っていた征一は、

少し物足りなかった。


だが、その夜、

父は帳面に新しい欄を作った。


原付配達。


そこに、

駅裏の家、六百四十円、済、

と書いた。


征一は、その欄を見ていた。


自分の仕事が帳面に入った。


それが、胸の奥に残った。


────────────────


団地へのチラシは、三日後に配った。


母が紙を切った。


征一が書いた。


榊原商店

夕方配達します

米・醤油・洗剤・灯油

電話番号


字はうまくなかった。


父は、店名だけ書き直した。


「ここは読めないと困る」


征一は少し不満だったが、

確かに父の字の方が読みやすかった。


日曜の午後、

征一は原付で坂の上へ行った。


団地の階段は暑かった。


チラシを一枚ずつ郵便受けに入れる。


金属の箱が、指に熱い。


上の階まで上がると、町が見えた。


商店街のアーケード。

駅。

線路。

川。

父の店のあたり。


小さく見えた。


征一は思った。


ここからなら、店は遠い。


店から見れば近いと思っていた団地が、

団地から見ると遠い。


配達が必要なのは、

そういう場所だった。


チラシを配り終えた翌日、

電話が一本入った。


洗剤と米五キロ。


団地の三号棟。


征一が行った。


翌々日には、

別の家から醤油と味噌。


その週の終わりには、四件になった。


金額は大きくない。


だが、征一の中では大きかった。


自分が配った紙で、電話が来た。


自分が原付で届けた。


金が入った。


帳面に名前が増えた。


父は、毎晩その欄を見ていた。


「増えたな」


それだけ言った。


征一は、その一言で十分だった。


────────────────


返済の最初の二十五日が来た。


征一は、五千円を父に渡した。


原付配達の手当と、

チラシ配り分を合わせた金だった。


父は受け取り、

借用書の横に書いた。


一回目返済 五千円。


残額。


征一は、残った金額を見た。


まだ多い。


だが、確かに減った。


借金は、返すと減る。


当たり前のことだった。


でも、

自分の金で返すと、

その当たり前が体に入った。


父は言った。


「返すために借りるな」


征一は顔を上げた。


「何それ」


「借りる時は、何に変えるか決めろ」


「原付に変えた」


「そうだ」


「返してる」


「そうだ」


父は借用書を畳んだ。


「借りた金で返すようになったら、終わりが遠くなる」


征一は、その意味を半分しか分からなかった。


「でも、借りて返すこともあるだろ」


「ある」


「じゃあ」


「それは、時間をつなぐ時だ」


父は言った。


「でも、時間だけつないで、金の行き先が変わらないなら危ない」


征一は原付の鍵を手の中で回した。


「難しい」


「難しいから、紙に書く」


父は言った。


「書けば、嘘をつきにくい」


征一は借用書を見た。


そこには、自分の字が残っていた。


二万円。

追加保険料。

返済日。

返済方法。

返せなかったら原付を売る。


書いた時は腹が立った。


今は、その紙が少し安心だった。


返せば減る。

遅れれば分かる。

残りも分かる。


借金は怖い。


でも、見える借金は扱える。


征一は、そう思った。


────────────────


夏が終わる頃、

団地の配達は十件になった。


米五キロ。

醤油。

洗剤。

トイレットペーパー。

灯油の予約。


軽いものばかりではなかった。

原付では運べないものもある。

その時は父の軽トラックを使う。


だが、

注文を取り、

時間を合わせ、

伝票を書くのは征一の仕事になった。


学校帰りに店へ寄る。


注文を確認する。


荷物を積む。


配達する。


金を受け取る。


戻って帳面に書く。


最初は面白かった。


自分の仕事が増えていくことが嬉しかった。


だが、すぐに面倒なことも出てきた。


留守の家。


釣り銭が足りない時。


「明日でいい?」と言う客。


注文したことを忘れている客。


チラシを見たと言いながら、値引きを求める客。


配達時間にいない客。


征一は何度も腹を立てた。


父はそのたびに言った。


「怒る前に、次に同じことが起きない形にしろ」


「どうやって」


「配達時間を書く」


「書いてる」


「相手にも確認する」


「してる」


「留守なら、次から前日に電話する」


「面倒くさい」


「面倒くさくしないと、損が増える」


父の言葉は、いつも似ていた。


面倒くさくしないと分からなくなる。


細かくしないと続かない。


聞かなかったことで金が出ていく。


征一は、うるさいと思った。


けれど従うと、

少しずつ失敗は減った。


配達時間を決める。


留守の家には前日に確認する。


釣り銭を分けて持つ。


ツケは日付を書く。


月末払いは父に確認する。


原付で運べる量を超えたら受けない。


できることと、

できないことを分ける。


それが、商売を少し楽にした。


自由に動けると思って買った原付は、

実際には約束を増やした。


何時に行く。

いくら受け取る。

いつ返す。

どこまで運べる。

何は運べない。


動ける範囲が広がるほど、

守る約束も増えた。


そのことを、

征一は少しずつ覚えた。


────────────────


四か月目の二十五日、

征一は最後の返済をした。


父は、借用書に済と書いた。


細い鉛筆の字だった。


征一は、その字を見た。


済。


たった一文字。


けれど、その一文字で、

原付が本当に自分のものになった気がした。


「終わった」


征一が言うと、父はうなずいた。


「終わった」


「もう借金ない」


「この件はな」


「この件は?」


父は借用書を机の引き出しにしまった。


「商売を続ける限り、先に払う金と後から入る金はなくならない」


征一は少し笑った。


「また難しいこと言う」


父は店の方を見た。


鈴が鳴った。


チリン。


父は立ち上がった。


「いらっしゃい」


その背中を、征一は見ていた。


最初の借金は、怖かった。


けれど、返せた。


借りた金は、原付になった。


原付は、配達になった。


配達は、売上になった。


売上は、返済になった。


返済は、信用になった。


征一は、その流れを覚えた。


借金は、悪ではない。


借りた金を、何に変えるか。


いつ返すか。


返せなかった時に、何を手放すか。


それが決まっていれば、

金は前へ進む力になる。


その考えは、征一の中で強くなった。


父の店の小さな帳面で覚えたことは、

のちに何十億、何百億という金を動かす時にも残った。


借りれば進める。


返せば信用になる。


使い道があれば、金は怖くない。


その考えは、正しかった。


少なくとも、長い間は。


ただ、

借りた金が何に変わったのかを見失った時、

借金は道具ではなくなる。


返す日よりも、

次に借りる日を先に見るようになった時、

金は前へ進む力ではなく、

戻る道を消す力に変わる。


高校二年の征一は、

まだそこまでは知らなかった。


白い原付の鍵を手の中で鳴らしながら、

店の前に立っていた。


商店街のアーケードには、

夕方の音楽が流れていた。


少し伸びた音。

割れた音。

風に混じる音。


その中で、

榊原征一は初めて、

借りた金で自分の動ける範囲が広がる感覚を知った。


それは、

彼を遠くへ連れていく最初の力だった。

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