残金1,842円|第48話「下請けの予定」
午前六時五十二分。
大沢からの電話で、榊原は目を覚ました。
「重機の候補が見つかりました」
枕元の時計を見た。カーテンの隙間から、まだ薄い光しか入っていない。
「昨日の機械か」
「違います。一回り小さい機種です。青い範囲には使えますが、施工日数は二日ほど延びる見込みです」
「大きい方は」
「昨日戻した機械は、次の現場へ回りました」
「一日も待てなかったのか」
「保有会社は、昨日の午前十時を搬入判断の期限にしていました。戻すと決めた時点で、次の予約を受けています」
榊原は上半身を起こした。
「別の大きい機械を探せ」
「機械だけならあります。ただ、運転する人と土工班がそろいません」
「施工会社から出せないのか」
「出せる資格者はいますが、その人間を抜くと準備工事側が止まります」
「北側は止めるな」
「止めません。そのための相談です」
大沢の声の向こうで、紙をめくる音がした。
「昨日まで予定を確認していた丸新土工の班は、来週木曜まで別現場へ入りました」
「丸新土工?」
「当社の登録済み協力会社です。造成の施工候補として、空き状況を確認していました」
「昨日の契約書には出ていなかった」
「昨日、御社と造成工事を契約したのは当社です。丸新土工との個別の下請契約は結んでいません」
「予定していたのに、契約していなかったのか」
「施工範囲が確定していなかったからです。数量も作業条件も決まっていない状態では、正式な注文を出せません」
「それで、ほかへ行った」
「はい。予定を確認しただけで、その班を拘束する契約はありませんでした」
榊原は、昨日の朝に運搬車が止まっていた光景を思い出した。
「契約していないのに、機械は来ていたじゃないか」
「機械の手配は、元請側で保有会社へ仮の搬入予定を入れていました。そこが昨日の確認事項です。誰がどの条件で依頼し、どこまで了承していたか、今も記録を照合しています」
「同じことを繰り返すな」
「そのために、今日は下請けの注文まで済ませてから搬入日を決めます」
「代わりの会社はあるのか」
「登録済み協力会社に一社あります。北川土工です。基本契約と会社情報の確認は済んでいます。ただし、この現場の個別注文はこれからです」
「いつ入れる」
「月曜から四人です。予定していた丸新土工の班は六人でした」
「二人足りない」
「人数だけでは決められません。機械の大きさと作業順序を合わせて、午前十一時までに案を出します」
「十一時を過ぎたら」
「北川土工も、別の現場へ返事をします」
「また期限か」
「向こうも、人を空けたままにはできません」
午前七時三十八分。
本社の会議室には、昨日契約した造成工事の書類が広げられていた。
青い施工範囲。
作業内訳。
支払条件。
着手日は、必要な重機と作業員を確保した上で確定すると書かれている。
真鍋は、大沢から届いた資料を印刷していた。
「元請は昨日の施工会社のままです」
榊原が椅子へ座ると、真鍋は最初にそう言った。
「分かっている」
「確認です。今日決めるのは、元請が青い範囲の土工事をどの協力会社へ出すかです。こちらが別の会社と直接契約し直す話ではありません」
「施工会社が責任を持つんだな」
「工程、品質、安全、測量、出来高確認は元請が持ちます。下請けへ払うのも元請です。こちらは元請へ払います」
「北川土工は、急に出てきた会社じゃないのか」
「施工会社の登録済み協力会社です。建設業許可、保険、施工実績、基本契約は確認済みと聞いています」
「なら、すぐ頼めるだろう」
「基本契約があっても、この現場の工事内容と金額を決めた個別注文が必要です」
真鍋は一枚の表を置いた。
下請候補会社。
施工範囲。
予定数量。
配置予定者。
現場を担当する技術者。
職長。
重機オペレーター。
必要資格。
作業員名簿。
保険加入状況。
着手予定日。
「これを元請が確認して、個別の注文書を出す。北川土工が請書を返す。その後、施工体制の書類と作業員名簿を更新する。現場へ入る人には、新規入場時の教育も必要です」
「月曜までにできるのか」
「登録済みの会社だから、会社自体の確認は一からではありません。今回の配置と作業範囲を確定できれば、間に合う可能性はあります」
「可能性では困る」
「だから午前十一時までに回答させます」
榊原は工程表を引き寄せた。
昨日まで、造成工事の横には一本の線しかなかった。
その下に、大沢が追記した欄がある。
元請。
一次下請候補。
予定班。
重機。
着手可能日。
「丸新土工の名前は、いつからここにあった」
「候補として、施工会社の内部工程には入っていたようです。ただ、こちらへ出された工程表には会社名までありませんでした」
「俺たちは、誰が来るか知らなかった」
「はい」
「施工会社は知っていた」
「予定としては知っていた。ただし、正式に仕事を頼んではいなかった」
「予定だけで機械まで動かした」
「そこは別に確認します」
真鍋は工程表の丸新土工の欄へ、赤字で未契約と書いた。
「頼んだつもりと、頼んだことは違います」
榊原は赤い文字を見た。
「それを昨日、現場で聞いた」
「今度は、人の予定で同じことが起きています」
午前八時二十七分。
大沢から最初の資料が届いた。
北川土工株式会社。
従業員数。
保有重機。
過去三年間の施工実績。
建設業許可。
社会保険の加入状況。
元請との基本契約締結日。
今回の配置予定者は四人だった。
職長兼土工一人。
重機オペレーター一人。
土工二人。
月曜から現場へ入れる。
ただし、当初予定していた機械より一回り小さい油圧ショベルを使うため、掘削と積込みに時間がかかる。
榊原は施工実績の欄を見た。
「工場用地もやっている」
「規模は今回の青い範囲と同程度です」
「ここでいい」
「まだ配置予定者の資格確認が終わっていません」
「登録済みなんだろう」
「会社が登録済みでも、今回来る人が同じとは限りません」
真鍋は四人の名前を指で追った。
「職長教育、車両系建設機械、玉掛け。誰がどれを持っているか確認が必要です」
「施工会社に任せろ」
「任せます。ただ、確認が終わる前に着手決定とは書きません」
午前九時九分。
榊原と真鍋は現場へ着いた。
昨日、運搬車が止まっていた場所には、二本のタイヤ跡が残っていた。
仮囲いの内側では、準備工事が続いている。
測量機器をのぞく男。
排水管の位置を確認する二人。
小型トラックから杭を降ろす作業員。
造成工事が始まっていなくても、現場全体が止まっているわけではなかった。
大沢は、現場事務所の机へ二つの工程案を並べた。
「一案目です。北川土工の四人と小さい機械で、月曜から始めます。元請から測量担当を初日と二日目に一人付けます。施工日数は当初より二日延びる見込みです」
「二案目は」
「丸新土工の六人と、当初予定していた機械を使います。来週木曜着手です。施工日数は当初どおりです」
「一週間待つ代わりに、二日短い」
「はい」
「完成日は」
「月曜から始める方が三日早くなります」
榊原は一案目を指した。
「これでいい」
「金額を確認してください」
「昨日契約した金額だろう」
「元請としては、その金額を変えない案です。ただし、昨日戻した機械の運搬費は含めていません」
「下請けの手配を変える費用は」
「元請側で調整します」
「小さい機械を二日長く使うのに、増えないのか」
「機械の一日当たりの借料が下がります。北川土工は四人で始めます。施工会社から測量担当を二日付けても、今の想定では契約額の中に収まります」
「想定から外れたら」
「地盤条件や掘削土の状態が、契約で置いた条件から外れた場合は別途協議です。人員と機械を元請都合で変更したことだけを理由に、増額は求めません」
真鍋が大沢へ尋ねた。
「北川土工へは、もう注文を出したんですか」
「まだです」
「なぜです」
「御社の承認待ちではありません。元請社内で、作業範囲と金額と配置者の確認が終わっていないからです」
榊原が顔を上げた。
「俺が今、月曜案でいいと言った」
「元請と御社の契約範囲は、昨日決まっています。北川土工へいくらで、どの部分を頼むかは、元請が責任を持って決めます」
「俺には決められないのか」
「下請契約の当事者は、うちです。御社が北川土工へ直接指示を出す形にはしません」
大沢は、青い範囲を三つに分けた図面を置いた。
「北川土工へ頼むのは、表土の除去、掘削、現場内運搬、整形です。高さの管理、測量、既存排水との接続確認、安全管理は、元請が行います」
「全部を下へ出すんじゃないんだな」
「出しません。元請として、この現場に入って管理します」
真鍋は図面と昨日の契約書を並べた。
「元請が施工管理を残す。北川土工へ工事全体を渡す契約にはしない」
「はい」
「注文書にも、作業範囲を分けてください」
「分けています」
午前九時四十八分。
施工会社の工務担当者が到着した。
持ってきたのは、北川土工へ出す個別注文書の案だった。
注文書の一枚目には、工事名と施工場所がある。
二枚目には、青い施工範囲のうち、北川土工が担当する部分。
三枚目には、作業内訳と予定数量。
さらに、着手日、予定工期、請負金額、支払条件、追加作業の指示方法が続いていた。
榊原は金額欄を見た。
「昨日うちが契約した金額より小さい」
「下請けへ出す土工事部分だけです」
工務担当者が答えた。
「差額が、元請の利益か」
「利益だけではありません。測量、現場管理、安全管理、品質確認、仮設排水の接続、写真管理、出来高確認、保険、現場事務所の経費があります」
「北川土工が遅れたら」
「御社に対する責任は当社が負います」
「北川土工の責任にはならないのか」
「当社と北川土工の間では、契約に従って整理します。ただ、御社へ、下請けが遅れたから知りませんとは言えません」
榊原は注文書をめくった。
「北川土工を使うことについて、うちの承認は要らないのか」
「今回の下請け手配で、元請が変わるわけではありません。工事全部を別会社へ渡すものでもありません。北川土工を入れた施工体制の書類は、当社から御社へ提出します」
「書類を受け取って、問題があれば」
「協議します。施工能力、許可、保険、安全上の問題があれば、現場へ入れません」
真鍋が尋ねた。
「北川土工は、御社の協力会社として、いつから登録されていますか」
「五年前です。過去に四現場で取引があります」
「今回の配置者は」
「二人は過去の現場にも入っています。残り二人は別班です。資格証と雇用関係を確認しています」
「確認が終わる時刻は」
「午前十時半です」
「終わらなければ」
「注文書は出しません」
榊原は時計を見た。
「正午を過ぎれば、別現場へ行くんだろう」
「はい」
「間に合うのか」
「間に合わせるために、昨日の夜から確認しています。ただ、確認できないものを、間に合ったことにはしません」
午前十時二十二分。
北川土工から、配置予定者四人の資料が届いた。
職長教育の修了証。
重機オペレーターの資格証。
健康保険と雇用関係の確認資料。
作業員名簿。
緊急連絡先。
大沢と工務担当者が、一枚ずつ読み合わせた。
「職長は北川浩一さん本人ですか」
「はい」
「重機に乗るのは佐藤さん」
「はい」
「岡部さんと三田さんは土工。玉掛けは」
「岡部さんが持っています」
「今回、つり上げ作業は」
「排水管を扱う時に可能性があります。ただし、北川土工の注文範囲では、元請の合図者を付けます」
「新規入場時教育は月曜朝」
「午前七時半からです」
「作業開始は」
「点検と範囲確認が終わった後、八時半予定です」
真鍋は施工体制の書類へ目を移した。
「北川土工の下に、さらに別の会社は入りますか」
「入りません。四人とも北川土工の社員です」
「途中で応援を入れる場合は」
「事前に元請へ通知させます。勝手に連れてこさせません。別会社へ再下請けする場合は、契約と施工体制の書類を確認します」
榊原は書類の束を見た。
「四人入れるだけで、これだけ要るのか」
大沢が答えた。
「四人だから要るんです。誰が現場へ入り、誰の指示で動き、事故が起きた時に誰が対応するかを、始まる前にそろえます」
「工事が終われば、土しか残らない」
「書類には、人が残ります」
午前十時三十九分。
施工会社の社内承認が下りた。
工務担当者が、北川土工へ注文書を送った。
「まだ確定ではありません」
榊原が聞く前に、真鍋が言った。
「北川土工が内容を確認し、請書を返すまでは、元請側からの注文です」
「正午まで、あと一時間二十一分ある」
榊原は椅子へ座り直した。
誰も帰らなかった。
その間に、大沢は月曜の作業手順を確認した。
搬入車両の進入経路。
重機を降ろす場所。
始業前点検を行う位置。
表土を仮置きする場所。
小さい機械で旋回できる範囲。
既存の準備工事と交差する時間。
午前十一時四分。
北川土工から修正依頼が届いた。
現場内運搬の距離が、
注文書の想定より長いという。
「何メートル違う」
榊原が尋ねた。
「平均で約四十メートルです」
大沢が答えた。
「そのくらいなら、同じだろう」
「一回なら同じです。何百回も運べば、時間が変わります」
工務担当者は北川土工へ電話をかけた。
「どこまでなら、今の金額で受けられますか」
通話の向こうの声は聞こえなかった。
工務担当者は図面へ線を引いた。
「仮置場を、こちらへ寄せれば平均距離を短くできます」
相原が首を振った。
「そこは、準備工事の資材置場に使います」
「使用開始はいつですか」
「火曜です」
「造成の仮置きは月曜からです。月曜中に移せる量なら使えます」
「月曜に終わらなかったら重なります」
大沢が別の場所を指した。
「ここなら、準備工事と重なりません。ただし、表土と再利用土を分ける広さが足りない」
「土の状態を見てからでは遅いのか」
「月曜朝に決めると、北川土工は運搬距離を読めません」
榊原は机を見た。
四十メートル。
図面の上では、指一本分もない。
それが何百回も続けば、一日の仕事量が変わる。
「資材置場を半日遅らせろ」
相原が顔を上げた。
「準備工事側の搬入を午後へ動かすということですか」
「月曜だけだ。午前中は、造成の仮置場に使う。午後までに土を次へ移せ」
大沢は、すぐには答えなかった。
「可能か確認します。午前中に動かせる量と、午後の資材搬入時刻を合わせます」
「それで北川土工の運搬距離は短くなるな」
「初日は短くできます。二日目以降は、別の置場へ移ります」
「注文書には」
「初日の仮置場と、二日目以降の置場を分けて書きます」
工務担当者が北川土工へ伝えた。
午前十一時二十三分。
北川土工から請書が返ってきた。
月曜着手。
配置四人。
重機一台。
初日の仮置場。
二日目以降の運搬距離。
作業範囲。
金額。
すべてが注文書と同じ内容になっていた。
工務担当者が言った。
「これで下請契約が成立しました」
「重機は」
「北川土工が借りる機械を、元請が確認します。仕様書は届いています」
「搬入日は」
「月曜午前七時です。新規入場時教育と始業前点検を行い、八時半着手です」
「今度は戻さないな」
大沢が答えた。
「注文範囲があります。配置者も決まりました。機械も、その範囲に使います」
午前十一時四十一分。
大沢は施工体制台帳の変更欄へ、
北川土工の名称を追加した。
施工体系図にも、
元請の下へ新しい枠が一つ増えた。
ただし、元請会社の名前は変わらなかった。
発注者から工事を請け負った会社。
測量を行う会社。
安全と品質を管理する会社。
出来高を確認する会社。
北川土工へ代金を払う会社。
その責任は、
昨日の契約から動いていない。
榊原は施工体系図を見た。
「北川土工が失敗しても、うちは元請へ言えばいいんだな」
「はい」
工務担当者が答えた。
「当社が受けます」
「北川土工へ直接言わなくていい」
「作業中に危険を見つけた場合は、止めてください。ただし、施工内容の変更は、大沢か当社担当へ伝えてください」
「俺が、北川さんへ、この先も掘れと言ったら」
「契約範囲は変わりません」
「昨日と同じか」
「昨日決めたとおりです」
榊原は、青い線の外を見た。
元請と契約した。
元請が下請けと契約した。
それでも、
榊原の一言で勝手に範囲を広げてよいことにはならない。
午後零時二十六分。
弁当が届いた。
机の端には、
北川土工の請書が置かれていた。
榊原は弁当の蓋を開けながら、大沢へ尋ねた。
「丸新土工は、木曜から空くんだな」
「今の予定では」
「北川土工で遅れたら、途中から入れられないのか」
「同じ範囲へ二社を重ねるなら、作業区分を分けます。指揮系統も、機械の動線も分ける必要があります」
「人数が増えるだけじゃないのか」
「同じ場所で、別の職長が別の指示を出せば危険です」
「元請がまとめればいい」
「まとめられるように計画してから入れます。遅れたから今日の午後から二人追加、とはできません」
榊原は割り箸を止めた。
「人がいれば、早くなると思っていた」
「早くなる仕事もあります」
「これは違うのか」
「掘る機械が一台なら、周りに十人いても掘る速度は一台分です。土を運ぶ車が足りなければ、機械が待ちます。置場がなければ、全員止まります」
「機械、人、車、置場」
「それと、次に入る業者の予定です」
大沢は弁当を開けなかった。
「一つだけ増やしても、全体が同じだけ早くなるわけではありません」
午後一時四十三分。
施工会社から、
元請側の確認書が届いた。
北川土工への手配では、
発注者との請負金額を増額しない。
当初予定より二日延びる施工日数は、
後続作業との間隔を調整して吸収する。
青い範囲の完成予定日は、
当初工程から変更しない。
ただし、
契約で想定した地盤条件と異なる場合、
または発注者の指示により施工範囲が変わる場合は、
別途協議する。
真鍋は一行ずつ読んだ。
「完成予定日は変えない。造成単体は二日延びる。その二日は、後続作業との間隔を使う」
「はい」
大沢が答えた。
「その間隔を使ったら、次の変更に耐えられないんじゃないか」
「余裕は減ります」
「減るではなく、なくなるのか」
「この区間については、ほぼなくなります」
榊原は工程表を見た。
金額は変わらない。
完成予定日も変わらない。
工事も月曜から始まる。
表面だけを見れば、
問題は収まったように見えた。
だが、
工程の中にあった二日分の間隔が消える。
次に何か起きれば、
もう同じ場所では吸収できない。
「役員会へは、どう書く」
榊原が尋ねた。
真鍋は工程表の余白へ書いた。
下請施工班の手配完了。
月曜着手。
請負金額変更なし。
完成予定日変更なし。
工程余裕二日消化。
「最後の一行も出すのか」
「出します」
「順調ではないように見える」
「順調ではありません。止まらずに済んだだけです」
午後三時十七分。
相原が全体工程表の下へ、
施工会社から受け取った協力会社工程を重ねた。
土工事。
仮設排水。
電気設備。
通信配管。
舗装。
資材搬入。
横棒の下に、
それぞれの元請担当と協力会社名が記載されている。
同じ会社が、
複数の現場へ入る予定も書かれていた。
この現場だけのために、
一年中空いている会社は一社もなかった。
榊原は電気設備の欄を指した。
「造成が二日延びても、ここは変えないんだな」
「排水接続の確認を先に行い、電気設備の着手日は守ります」
「さらに一日遅れたら」
「電気設備会社の予定変更が必要です」
「変更できるのか」
「先方は、その翌週に別現場があります。確認しなければ分かりません」
「今から一日押さえておけ」
「押さえるなら、待機費用か、ほかの現場を動かす条件が出ます」
「まだ遅れると決まっていない」
「はい」
「なら、押さえるな」
相原は工程表へ何も書き足さなかった。
押さえないという判断も、
次の一日を空けておくことにはならない。
午後四時四十二分。
大沢は現場事務所の壁へ、
月曜の配置表を貼った。
その隣には、
昨日確定した青い施工範囲がある。
元請会社の名称。
現場代理人。
元請の施工管理担当者。
一次下請の北川土工。
職長。
重機オペレーター。
土工二人。
搬入時刻。
新規入場時教育。
始業前点検。
作業開始予定。
職長が配置表を見た。
「丸新さんじゃなくなったんですね」
「丸新さんには、この現場の注文を出していない」
大沢が答えた。
「予定を聞いていただけだ。月曜からは北川土工へ正式に頼んだ」
「途中で丸新さんが空いたら」
「勝手には入れない。追加するなら、作業範囲と指揮系統を決めて、書類を変えてからだ」
「社長が直接、急げと言ってきたら」
「急ぐ。だが、青い線の外へは出ない」
職長は配置表の四人を順に見た。
「分かりました」
午後六時八分。
榊原が本社へ戻ると、
真鍋は資金繰り表と工程表を並べていた。
昨日、予算だった一行には、
元請との契約額が入った。
今日、その下へ、
施工を担当する協力会社と着手日が加わった。
榊原の会社から北川土工へ、
直接の支払いは発生しない。
北川土工への支払いは、
元請が行う。
工事に問題があれば、
発注者に対する責任は元請が負う。
その線は変わっていなかった。
「昨日の運搬費は」
榊原が尋ねた。
「まだ確定していません。元請から、手配記録が届くのを待っています」
「今日の契約へ入れるな」
「入れません。北川土工の下請代金にも混ぜません」
「月曜は、確実に始まるんだな」
「個別の下請契約は成立しています。配置者の確認も終わっています。機械の仕様も確認済みです」
「雨が降ったら」
「天候までは契約できません」
真鍋は工程表を榊原の方へ向けた。
「始める条件はそろいました。始められるかは、月曜の現場で決まります」
榊原は、土工事の欄を見た。
以前は、
そこに一本の横棒しかなかった。
今は、その下に会社名がある。
元請会社。
北川土工。
四人の配置者。
機械の種類。
搬入時刻。
同じ工事でも、
同じ契約で動く人間ではなかった。
「これを役員会へ配れ」
榊原が言った。
「全体工程表も付けますか」
「付けろ。ただ、会社名を消すな」
「人数も残しますか」
「残せ」
真鍋が複写機へ向かった。
一枚目の工程表が出てきた。
横棒の下に、
会社と人の予定が並んでいる。
榊原はその紙を持ち上げた。
工事は、
契約書だけでは動かなかった。
その契約の下で、
別の約束を結んだ人間が、
月曜の朝に来ることになっていた。




