残金1,842円|第46話「取得済みと使用可能」
午前八時四十三分。
真鍋が会議室へ入ると、倉田はすでに南側進入路の資料を開いていた。
机の中央には、前日まで銀行へ渡していた工程表と、昨夜差し替えた資料が並んでいる。
旧版には、翌月二日着工予定。
新版には、着工可能日未定。
二枚の紙の間に、工事が止まったという記録はなかった。
倉田は新版の最初の行を指で押さえた。
「売却合意なし。取得範囲未定。耕作継続条件は協議前」
「はい」
「それで、旧版では翌月二日に着工することになっていた」
真鍋は椅子へ座らなかった。
「会社内部で置いていた予定日が、条件の記載を伴わないまま工程表へ入りました。用地、施工、調達、財務が、それぞれ違う意味で使っていました」
「違う意味というのは」
「用地にとっては、交渉が進んだ場合の目標日でした。施工にとっては、作業班と資材を置くための仮の日付です。調達は、その日から逆算して納期を確認しました。財務では、対応する支出が始まる月として扱いました」
「同じ日付を、四つの部署が四つの意味で使った」
「はい」
倉田は旧版を閉じなかった。
「銀行は五つ目の意味で読んだ。土地を使える見通しがあり、予定どおり工事が始まる日だと」
真鍋はうなずいた。
榊原が会議室へ入ってきた。
「遅くなりました」
「まだ始めていません」
倉田はそう言ったが、資料の確認はすでに終えているように見えた。
榊原は真鍋の隣へ座った。
「冒頭で説明します。昨日、南側進入路について、社内と関係先へ出ていた日程を訂正しました」
「急に問題が起きたわけではない、と伺っています」
「問題がなかったわけでもありません」
倉田の視線が榊原へ止まった。
榊原は旧版を自分の方へ引いた。
「この翌月二日は、誰かが一度に決めた日ではありません。用地が進む前提で施工が置き、施工の日付を調達と財務が使った。条件が外れたまま、確定した予定のようになった」
「社長は、いつ知りましたか」
「昨日です」
「前日の会議までは」
「工程が動いていることは見ていました。南側の一部区画について、売買も使用条件も未確定であることも知っていた。ただ、この日付が外部の搬入確認にまで使われているとは知りませんでした」
「知らなかった理由は」
榊原は真鍋を見なかった。
「俺が、全体工程で見ていたからです」
倉田は返事を待った。
「土地は七割取得済み。北側の準備作業は進んでいる。南側も三案を比較している。全体として止まっていない。その見方で、個々の日付が何を条件に置かれているかまで見なかった」
「七割取得済みという数字にも、同じ問題がありますか」
真鍋が資料を一枚抜いた。
「あります」
倉田の前へ、用地一覧を置いた。
「取得済み面積だけで計算すれば七割です。ただし、取得済みの土地がすべて、現時点で施工に使えるわけではありません」
「理由は」
「引渡し前の区画、既存利用の終了日を待っている区画、境界確認中の区画があります。取得前でも、測量や調査について限定的な立入り承諾を得ている場所もあります」
「所有しているかどうかと、工事に使えるかどうかは一致しない」
「はい」
「これまで銀行へ出していた七割は、どちらですか」
「所有権移転または売買契約が成立した面積の割合です」
「使用可能面積ではない」
「違います」
倉田は資料を一枚ずつ戻した。
「融資審査の段階では、土地取得七割と説明を受けました」
榊原が答えた。
「その数字自体は変わっていません」
「数字が正しいかどうかを聞いているのではありません。何を表す数字だったかを聞いています」
会議室の空調が切れた。
音がなくなると、書類をめくる音だけが残った。
真鍋は用地一覧の下段を開いた。
「当時提出した資料では、取得済み面積と未取得面積を分けていました。個別の引渡日も付けています。ただ、全体説明では土地取得率七割を前面に出しました。使用可能面積を別の比率では示していません」
「銀行側も、取得済みを使用可能と読み替えた可能性がある」
倉田は自分の資料へ目を落とした。
「少なくとも、私は、主要工区の施工開始を妨げない程度には用地が確保されていると理解していました」
「北側は確保されています」
榊原が言った。
「主要工区の一部は動かせます。南側進入路が使えないから、全工事が止まるわけではない」
「その説明と、全体工程への影響は別です」
「分かっています」
「本当に分かっていますか」
倉田の声は低いままだった。
「北側を進められる。南側は止まっている。だから事業は止まっていない。そう説明することはできます。ただ、銀行が確認したいのは、止まっているか、いないかだけではない。北側を進めた結果、どこまで出来高が積み上がり、どの時点で南側が全体の前提条件になるのかです」
真鍋は相原から受け取った工程案を出した。
「現時点の暫定工程です」
倉田は受け取らなかった。
「暫定という言葉の意味を、先に説明してください」
真鍋の手が止まった。
「現在確定している作業だけを基礎にし、未確定条件について複数の可能性を残した工程です」
「一枚ですか」
「三案あります」
「それなら工程ではなく、比較案ではありませんか」
榊原が椅子の背から身体を起こした。
「工事は比較案でも進める。全部決まるまで何もしないわけにはいかない」
「何もしないでくださいとは言っていません」
倉田は榊原を見た。
「何を決めて進め、何を決めずに保留しているのかを分けてくださいと言っています」
真鍋は三案を机へ並べた。
当初の南側進入路を待つ案。
北側から仮設道路を設ける案。
工事順序を組み替え、南側への依存を後ろへ送る案。
「十五日に、この三案を地権者へ提示します」
「十五日に決定するのですか」
「決定しません」
真鍋は即答した。
「会社が提示する比較資料を整える日です。地権者が売却を決める日でも、使用開始に合意する日でもありません」
「では、銀行へ出せる次の確定日は」
真鍋は答える前に榊原を見た。
榊原が言った。
「十五日以降だ」
「何日ですか」
「相手の判断がある。今は固定できない」
「固定できないことを責めているのではありません」
倉田は三案のうち、仮設道路案を引き寄せた。
「固定できないなら、固定できないまま資金と工程へどう反映しているのかを確認したい。仮設道路は概算一億四千万円と聞いています」
「まだ正式な見積ではありません」
「その金は、現在の総事業費八百億円に入っていますか」
真鍋が答えた。
「予備費の中で吸収可能かを確認しています。見積確定後、別途承認です」
「発注は」
「していません」
「契約債務は」
「現時点ではありません」
「支払予定は」
「確定していません」
「それでも、資金繰り表には翌月から南側造成の支出が入っていた」
「予算上の配置です」
「銀行へ渡した表では、予算と契約債務を見分けられたでしょうか」
真鍋は一度息を吸った。
「見分けられませんでした」
榊原が口を開いた。
「資金繰り表は、将来の支出を置くものだ。全部が契約済みであるはずはない」
「そのとおりです」
倉田は否定しなかった。
「だからこそ、確度が必要です。未契約の予算、見積取得済み、発注済み、出来高発生済み、請求済み、支払日確定。この区別がなければ、数字があるだけで、支払可能性を読めない」
「区別する」
「いつまでに」
「三営業日です」
真鍋が答えた。
榊原が横を向いた。
「全工区か」
「少なくとも、次の融資実行対象に入る支出と、三か月以内の資金繰りに影響するものは全部です」
「三日でできるのか」
「今まで同じ表へ入れていた項目を、契約と発注の状態で分けます。施工と調達の確認が必要です」
「できるかと聞いた」
「やります」
真鍋の声は変わらなかった。
午前九時二十八分。
倉田は未実行融資の管理表を開いた。
融資総額五百億円。
実行済み百五十億円。
未実行三百五十億円。
「次回実行の申請時期は、当初いつでしたか」
「翌月中旬です」
「申請額は」
「まだ確定していません。当初計画では、用地費と造成工事の出来高、設備の予約金を含める予定でした」
「南側関連はいくら入る見込みでしたか」
真鍋は別表を確認した。
「当初予算上では、翌月から翌々月にかけて十八億六千万円です。ただし、全額が次回実行対象になるという意味ではありません」
「今の確定額は」
「今日の時点では出せません」
「では、申請額も減る可能性がある」
「あります」
「申請額が減れば、必要な資金も減るのか」
真鍋はすぐには答えなかった。
「支出が後ろへずれるだけなら、短期的には減ります。ただし、再手配費、保管費、運賃変更、仮設費が増える可能性があります。収益開始が遅れれば、返済原資の立ち上がりも後ろへずれます」
「使わなかった金が、そのまま余るわけではない」
「はい」
榊原が未実行額の欄を見た。
「三百五十億円の枠は変わらないな」
「契約上の上限は、現時点で変えていません」
倉田が答えた。
「ただし、上限があることと、実行できることは別です」
「条件は満たす」
「何を満たしたと判断するかが、今の話です」
榊原の指が机の上で止まった。
「用地取得率は変わっていない。北側の工事は進んでいる。初回実行分の資金使途にも逸脱はない」
「現時点で、逸脱があるとは申し上げていません」
「では、何が問題だ」
「予定の確度を、銀行が判断できないことです」
倉田は旧版と新版を並べた。
「旧版だけなら、翌月二日に南側が始まる。新版だけなら、着工日は未定。この間で、用地も工事も急に変わっていない。それなのに、銀行が受け取る事業の姿は大きく変わった」
「正確にしたからだ」
「はい。正確にした結果、今まで見えていなかった不確定条件が見えた」
「それを理由に、融資を止めるのか」
真鍋が榊原へ顔を向けた。
倉田は資料を閉じなかった。
「今日、止めるという判断はしません」
榊原の肩は動かなかった。
「ただし、次回実行の確認方法は変えます」
「契約変更か」
「現時点では、契約条件を追加する話ではありません。既存の実行条件と資金使途を確認するための資料を増やします」
「何を出せと」
「取得済みと使用可能を分けた用地表。工区ごとの着工条件。発注状態を付けた支出予定。出来高見込み。収益開始への影響。そして、南側の三案ごとに必要となる追加費用と日程です」
「全部決まってから出せというのと同じだ」
「違います。決まっていないものは、決まっていないと書いて出してください」
倉田は真鍋を見た。
「空欄にしない。仮の日付を確定日に見せない。未定なら、何が決まれば日付を置けるのかを書く。それを求めます」
真鍋は手帳へ書いた。
「提出期限は」
「第一回を五営業日後。更新は毎週です」
「毎週か」
榊原が言った。
「南側の用地交渉が続く間は」
「銀行の確認のために、現場へ毎週表を作らせるのか」
「銀行だけのためでしょうか」
倉田の問いに、榊原は答えなかった。
同じ日付が地権者へ工事開始のように伝わり、調達では発注判断の期限になり、財務では支払予定になっていた。
表が一枚増えることを嫌った結果、同じ数字が別々の意味で使われた。
真鍋が言った。
「社内の更新に使います。銀行提出は、その結果を整えます」
「現場の負担は増える」
榊原が言った。
「増えます」
「その分、工事が遅れる」
「確認しなかったことで、すでに作業班一組を手放しています」
真鍋は榊原を見た。
「表を作れば工事が進むとは言いません。ただ、違う意味の日付で人と金を動かす方が、後で時間を失います」
倉田は二人の間へ口を挟まなかった。
午前十時十六分。
大沢と相原がオンラインで会議へ加わった。
画面の向こうでは、北側工区の作業音が続いていた。
「北側の準備作業は、今朝も予定どおりです」
大沢が報告した。
「造成範囲の仮囲い、排水の仮設、測量杭の確認を進めています。南側固有の作業には入っていません」
倉田が尋ねた。
「北側を進めた場合、いつ南側が全体工程を止めますか」
相原が工程表を開いた。
「どの案を選ぶかで変わります。当初進入路を待つ場合、設備基礎の大型資材搬入前までに使用可能にならなければ、後続へ影響します。北側仮設道路案では、許認可と設計、施工期間が必要です。順序変更案では、南側への依存を後ろへ送れますが、作業班と重機の再配置が必要です」
「日付では」
「今は出せません」
榊原の眉が動いた。
相原は言葉を続けた。
「以前なら、条件がそろう想定日を置いていました。今日は、置けません。地権者への提示前で、水路管理者との協議も始まっていないからです」
「日付を出さない工程表で、何を管理する」
榊原が言った。
「期限は置きます」
「同じだろう」
「違います」
相原は画面に条件一覧を出した。
「例えば、当初進入路案なら、売却または使用合意、代替通路の条件、田島アグリの耕作動線、水路横断の協議、詳細測量、設計確定が必要です。それぞれに、会社側の回答期限と、相手へ提示する期限を置きます。ただ、着工日は、それが済んだ後でしか固定できません」
「それでは遅い」
「先に着工日を置くと、またその日が外へ出ます」
大沢が画面の横から言った。
「社長、現場で必要なのは、早い日付より、守れる日付です」
「守れる日付を作るのが、お前たちの仕事だ」
「土地を使う合意まで、現場では作れません」
大沢は声を上げなかった。
「こちらで作れるのは、合意後に何日で入れるかです。今は、それを三案で出します」
榊原は椅子へ深く座り直した。
「作業班は」
「解除した一組は、翌月から別現場です。戻る前提では組みません」
「別の班を探せ」
「探しています。ただ、同じ人数と技能で、同じ時期に入れる班はまだありません」
「金額を上げれば来るだろう」
「来る可能性は上がります。来るとは言えません」
倉田が何も書かずに大沢を見ていた。
榊原はそれに気づいた。
「人手不足を理由に、工程を作らないわけにはいかない」
「工程は作ります」
大沢が答えた。
「いない人を、いることにはしません」
午前十一時二分。
会議が終わる前に、倉田は確認事項を読み上げた。
融資枠五百億円に変更はない。
実行済み百五十億円について、現時点で資金使途違反を認定する事実はない。
未実行三百五十億円は、従来どおり進捗と資金使途、契約条件を確認した上で分割実行する。
次回申請時には、取得済み用地と使用可能用地を分ける。
支出予定は、予算、見積、発注、出来高、請求、支払確定に分ける。
南側進入路に関する日程は、条件と担当者を併記する。
これらは、融資契約の上限を減らす決定ではない。
同時に、次回実行を約束するものでもない。
真鍋は最後の一文まで記録した。
榊原が尋ねた。
「倉田さんの稟議には、どう書く」
「工程変更が発生した、とは書きません」
「では」
「工程の前提条件に未確定事項があることが、報告様式の見直しによって明確になった、と書きます」
「銀行の見落としも入れるのか」
「入れます」
倉田は旧版を持ち上げた。
「私たちも、この日付を確認せず使った。御社だけの問題として処理すれば、次も同じ資料を受け取ります」
榊原は少しだけ目を細めた。
「それで、本部は納得するか」
「納得させるのが私の仕事です。ただし、事業が予定どおりだとは書けません」
「遅れているとも決まっていない」
「だから、未定と書きます」
倉田は資料を鞄へ入れた。
「社長。未定は、悪い報告ではありません」
「銀行がそう読むとは限らない」
「未定を予定どおりと報告した後で訂正する方が、悪く読まれます」
正午前、榊原と真鍋は本社へ戻った。
車の後部座席で、榊原は一度も電話をしなかった。
真鍋は五営業日後の提出項目を整理していた。
「毎週更新は多すぎる」
榊原が窓を見たまま言った。
「用地交渉中だけです」
「一度出せば、銀行は次も求める」
「社内でも必要です」
「銀行に見せるための表と、経営に使う表は違う」
「同じである必要はありません。ただ、元になる事実は同じでなければなりません」
榊原は返事をしなかった。
午後零時三十七分。
施工計画室では、相原が用地一覧の作り直しを始めていた。
小田の表には、契約日、引渡日、登記状況が並んでいる。
相原が必要なのは、立入り可能日、施工可能日、使用条件、重機通行の可否だった。
「この区画は、取得済みですよね」
相原が画面の一行を示した。
「取得済みです」
小田が答えた。
「使用可能日は空欄です」
「前の所有者が、月末まで資材置場として使います。契約で認めています」
「では、来月一日から使える」
「明渡し確認後です」
「一日ではないんですか」
「明渡し予定が月末です。残置物がなく、境界杭が確認できれば、その後に引渡し確認をします」
「最短で一日」
「最短です。確定ではありません」
相原は日付を入れず、条件欄へ書いた。
残置物撤去、境界杭確認、引渡し確認後。
次の区画は、登記が終わっていなかった。
「契約済みです。代金の一部も払っています」
小田が言った。
「使えますか」
「所有権移転と残代金決済の後です」
「いつです」
「相続人の一人から、必要書類がまだ届いていません」
「契約日はあるのに、使える日はない」
「はい」
その次の区画は、まだ買っていなかった。
だが、地質調査に限った立入り承諾がある。
「取得前なのに、入れる」
「調査だけです。造成はできません。重機を置いたままにもできません」
相原は椅子の背へもたれた。
「取得済みか未取得かだけでは、工程表になりませんね」
「用地表も同じです。使えるか使えないかだけでは、何のために使えるのかが抜けます」
二人は一覧の列を増やした。
所有権の状態。
契約の状態。
代金支払いの状態。
立入り可能な目的。
使用開始の条件。
施工可能範囲。
重機通行。
既存利用。
次の確認日。
担当者。
一枚に収めると、文字は小さくなった。
相原は印刷をやめ、画面で管理することにした。
午後二時十五分。
大沢が北側工区から戻った。
「銀行向けの表はできたか」
「まだです」
相原が答えた。
「これは、銀行向けではなく、現場用になります」
大沢は画面を見た。
「この区画、取得済みになっていたな」
「月末まで資材置場です」
「仮囲いの位置を変える必要がある」
「工程へ反映します」
「測量杭は」
「引渡し確認後です」
大沢は一覧の下まで読んだ。
「これがあれば、昨日の作業班は手放さずに済んだか」
相原は答えられなかった。
一覧がなかったことだけが、作業班を失った理由ではない。
地権者の生活条件は、表があっても消えない。
会社が全体を止めないと決めたことも変わらない。
「分かりません」
相原は言った。
「でも、来ると思っていた七人を、いる人数として数えることはなかったと思います」
大沢は画面から目を離した。
「それだけでも違う」
午後四時四十八分。
真鍋のところへ、修正された資金繰り表が届いた。
南側造成工事の十八億六千万円は、一つの支出ではなくなっていた。
未見積。
見積取得済み。
未発注。
共通資材への振替確認中。
契約債務なし。
支払時期未定。
数字を分けると、翌月の支出予定は減った。
だが、現金が増えたわけではなかった。
使わなかった資金は、未実行融資の中にある。
会社の口座へ入っている金ではない。
北側の工事代金、設備予約金、給与、利息、税金は、予定どおり近づいている。
真鍋は減った支出額を、余剰資金の欄へ移さなかった。
その下へ、新しい行を作った。
工程変更に伴う未確定費用。
金額は空欄にした。
空欄の横へ、確認項目を並べた。
再手配。
保管。
運賃変更。
仮設道路。
追加設計。
収益開始の遅れ。
榊原が真鍋の後ろから画面を見た。
「数字のない行を、資金繰り表へ入れるのか」
「消える可能性のある金ではなく、出る可能性のある金です」
「金額がなければ合計できない」
「合計できないことを残します」
「銀行へも出すのか」
「確認中として出します」
榊原は画面の空欄を見た。
「空欄は、何でも入る」
「はい」
「銀行は大きく見る」
「小さく見せて後から増えるよりはいいです」
榊原は何も言わず、自分の部屋へ戻った。
午後六時十四分。
小田から、杉浦文江との面談予定が確定したと連絡が入った。
十五日、午後二時。
場所は杉浦家ではなく、地区の集会所になった。
田島アグリの田島も同席する。
売却交渉ではなく、三案の比較と生活動線の確認を行う。
小田は予定表の件名を最後まで書いた。
南側進入路三案の比較説明。売却、使用開始、工事着手の合意を行う場ではない。
長い件名だった。
誰も短くしなかった。
午後七時二分。
榊原の机には、二種類の用地一覧が置かれていた。
一枚目には、取得済み七割とある。
二枚目には、区画ごとの使用条件が並んでいる。
取得済みの区画にも、まだ使えない土地がある。
未取得の区画にも、調査だけなら入れる土地がある。
七割という数字は間違っていなかった。
間違っていない数字だけでは、明日どこへ重機を入れられるか分からなかった。
榊原は二枚目の表を最後まで読んだ。
最下段は、杉浦文江の区画だった。
所有権、杉浦文江。
売買合意、なし。
施工使用、不可。
現況測量、承諾範囲内のみ。
既存利用、田島アグリの耕作動線。
次回確認、十五日の比較説明後。
榊原は、その行に日付を書き足さなかった。
代わりに、翌日の役員会資料から一枚目の用地取得率だけを示すページを抜いた。
七割は、会社が持っている土地の割合だった。
工事が持っている時間の割合ではなかった。




