残金1,842円|第41話「土地取得七割」
取得済みを示す青い区画の中に、細い白い線が残っていた。
榊原征一は、会議室の壁に貼られた用地図へ近づいた。
計画地全体の約七割は青く塗られている。
物流棟の予定地も、データセンター一棟目の建設予定地も、受電設備を置く区画も、その大半が青い。
数字だけを見れば、土地取得は進んでいた。
だが、白い線は計画地の北側から中央へ入り込み、物流棟の車路候補を横切っている。
「これは誰の土地だ」
榊原が尋ねた。
用地担当の小田が、地権者一覧を開いた。
「登記上は三筆です。所有者は二人。ただし、実際の利用者は別にいます」
「二人なのに、別にいるのか」
「一筆は、所有者が市外へ転居しています。隣接農地を耕作している弟が、通路として使っています。もう一筆は相続登記が終わっていません。登記名義人は亡くなっていて、相続人候補が四人います」
「最後の一筆は」
「売買契約済みです」
榊原は小田を見た。
「なら、なぜ白い」
「所有権移転前です。残代金の支払いと引渡しは、代替通路が使える状態になってからという条件です」
「契約済みだが、取得済みではない」
「はい」
真鍋亮が机の資料へ目を落とした。
「用地取得率七割には、その土地を入れていないんだな」
「入れていません。所有権移転登記が完了した土地だけを取得済みにしています」
「使用承諾を得た土地は」
「別に管理しています」
小田は、壁の図面の横へもう一枚を貼った。
青。
黄色。
赤。
灰色。
同じ計画地が、四つの色に分かれている。
「青は所有権移転済み。黄色は売買契約済みで引渡し前。赤は交渉中。灰色は、現時点で取得対象にしていない土地です」
「使用できる土地は、どれだ」
「それは、この図面では分かりません」
榊原の視線が止まった。
小田は三枚目を貼った。
今度は、色の塗られていない区画が増えた。
「工事で使用できる日を基準にすると、こうなります」
青だった土地の一部が白へ戻っている。
「所有権は移っているのに、使えないのか」
「既存建物の明渡し前です。解体も未着手です。ほかに、農地転用の手続きが終わっていない土地、境界確認が未了の土地、水路の付替えが必要な土地があります」
大沢が立ち上がり、図面の近くへ移動した。
「現場で入れる範囲は、さらに狭いです」
「どういう意味だ」
「土地そのものが使えても、重機がそこまで行けない場所があります。資材搬入の経路がない。仮設排水を先に通さないと掘れない。隣の区画を横切る承諾がない。そういう土地です」
小田が所有権を示す図面を指した。
「七割という数字は、面積だけです」
次に、使用可能日を示す図面を見る。
「工事の順番は、面積では決まりません」
午前九時十二分だった。
二週間後に地域説明用資料をまとめることは、すでに決めている。
雇用。
交通。
道路。
夜間運営。
その四つを整理するためには、物流棟の位置と出入口の候補を残さなければならない。
だが、図面の上では入口が二つあっても、そこへつながる土地は一つの状態ではなかった。
「七割取得済みという表現は、どこへ出している」
榊原が尋ねた。
真鍋が資料をめくった。
「銀行団への進捗報告。取締役会資料。市への事業概要。設備メーカーへの工程説明にも記載しています」
「利用候補企業には」
「用地取得はおおむね順調と説明しています。七割という数字まで出した先もあります」
「おおむね順調か」
真鍋はすぐには答えなかった。
「取得面積だけで見れば、虚偽ではありません」
「物流棟が予定どおり建つかという意味で受け取られたら」
「同じ意味にはなりません」
「市は、道路が使えるかを見ている。銀行は、工程どおりに工事が進むかを見る。設備メーカーは、搬入日を見ている。地権者は、自分の土地と生活を見る」
榊原は三枚の図面を順に見た。
「こちらだけが、面積を見ている」
小田が口を開いた。
「取得率を使うこと自体が間違いではありません」
「ああ」
「ただ、取得できていない三割が、計画地の端にまとまっているわけではありません」
赤い区画は、小さく散らばっていた。
北側進入路の一部。
排水先へつながる細長い土地。
物流棟とデータセンターの間。
送電線の保守経路にかかる区画。
南側の道路へ出るために必要な角地。
面積だけなら小さい。
役割は小さくなかった。
「未取得三割を全部取れば解決するのか」
榊原が聞いた。
小田は首を横へ振った。
「所有権だけでは解決しません。道路接続は道路管理者との協議が必要です。水路は管理者との調整があります。農地は転用の手続きがある。通路として使われている土地は、代替動線を作らなければ引渡し条件を満たせません」
「金額を上げれば、早くなる土地は」
「あります」
「ならない土地は」
「あります」
「分けろ」
小田は地権者一覧の右端を指した。
「すでに分けています。価格条件、引渡し条件、権利関係、生活条件、行政手続きです」
榊原は一覧を手元へ引き寄せた。
地権者名の横に、交渉金額だけではない欄が並んでいる。
耕作継続。
収穫後引渡し。
代替通路完成後。
井戸の利用。
水路清掃。
境界立会い。
相続人確認中。
抵当権抹消予定。
借地人との明渡し協議。
「これを、いつから作っていた」
「最初からです」
小田が答えた。
「役員会には、どう上げていた」
「重要条件がある土地は個別に報告しています」
「取得率の下に、この表を付けていたか」
「詳細資料には付けています」
「最初の一枚には」
「取得面積と交渉状況です」
榊原は一覧を閉じなかった。
小田が隠していたわけではない。
必要な情報は、資料の中にあった。
役員会で最初に見ていた数字が、七割だった。
榊原自身も、その数字で進み具合を判断していた。
「俺が七割と言わせたな」
真鍋が顔を上げた。
「社長だけではありません。銀行も取締役会も、全体の進捗率を求めます」
「求められたから、一つの数字にした」
「はい」
「一つにした時、土地ごとの役割が消えた」
小田は何も言わなかった。
榊原は、北側の白い線を指した。
「この三筆を説明してくれ」
小田は資料を入れ替えた。
「最初の一筆は、佐久間芳雄さんの所有です。現在は市外に住んでいます。土地は、弟の正則さんが隣接農地への通路として使っています」
「売る意思は」
「芳雄さんにはあります」
「弟は」
「通れなくなるなら同意しないと言っています」
「所有者ではない」
「ですが、長年使っている生活動線です。売買契約だけ進めても、現地で通行を止めれば紛争になります」
「代替通路は」
「北側へ回す案を示しています。ただ、農機具が曲がれないと言われています」
「幅は足りているんじゃないのか」
「直線部分の幅は足ります。曲がり角で、トラクターの後ろに付けた作業機が内側へ寄ります」
大沢が図面をのぞき込んだ。
「角を広げれば通れるかもしれません。ただ、この電柱が支障になります」
「電柱を移せばいい」
「電力会社との協議が必要です。支線もあります。移設先の土地使用承諾も要ります」
「時間は」
「申込み後に現地確認です。今は読めません」
榊原は次の土地へ視線を移した。
「相続の土地は」
「登記名義人が五年前に亡くなっています。配偶者も亡くなっています。子が三人、そのうち一人が昨年亡くなり、孫が二人います」
「四人ではなく五人じゃないのか」
「法定相続人候補は五人です。ただ、一人は相続放棄をしたと家族から聞いています。裁判所の照会書類をまだ確認できていません」
「全員、売却に賛成しているのか」
「連絡が取れている三人は賛成です。孫の一人は海外にいます。もう一人とは、今週初めて連絡が取れました」
「価格の問題か」
「まだ、そこまで進んでいません」
面積は千二百平方メートルだった。
八百億円の事業全体から見れば、小さい。
だが、その土地の東側には排水路がある。
造成した土地から出る雨水を調整池へ流す計画線が、その一角を通っていた。
「避けられないのか」
大沢が答えた。
「迂回はできます。延長が増えます。勾配を確保するため、掘削も深くなる。隣の区画を通すなら、そちらの承諾が必要です」
「費用は」
「今の段階では出せません。経路を決めてからです」
「期間は」
「それも同じです」
榊原は、三筆目の黄色い区画を見た。
「契約済みの土地は、代替通路が条件だったな」
「はい」
「代替通路の工事は」
「設計中です」
「なぜ着工していない」
「通路の出口が市道へ接続します。側溝をまたぐため、道路工事の承認が必要です」
「申請は」
「図面を市へ事前相談しています」
「市から回答は」
「車両の種類と通行頻度を出すよう求められています」
「農作業用だろう」
「農作業だけではありません。奥に二軒あります。軽乗用車、軽トラック、農機具が使います。ごみ収集車が入る日もあります」
榊原は椅子へ戻った。
一つの土地を取得するために、新しい道を作る。
新しい道を作るために、そこを使う車両を調べる。
市道へつなぐために、側溝と舗装の構造を決める。
道が完成しなければ、残代金を払っても引渡しを受けられない。
金額だけでは進まない理由が、土地の外側へ続いている。
「三筆に優先順位を付ける」
榊原が言った。
「価格の高い順でも、面積の大きい順でもない。この二週間で、物流棟の配置と地域説明に影響する順に並べろ」
小田がペンを取った。
「何を基準にしますか」
「その土地が使えない時に、何ができなくなるかだ」
大沢が、壁の図面から赤い磁石を一つ外した。
「それなら、土地だけでは順位を決められません」
「理由は」
「施工の逃げ方があるかどうかです。同じ未取得でも、工事順序を変えられる土地と、そこを通らなければ次へ行けない土地があります」
「工程表と重ねろ」
「用地の引渡し予定日も必要です」
小田が言った。
「予定ではなく、条件を入れます。誰の同意が必要か。何の工事が終われば引き渡されるか。行政手続きがあるか」
真鍋が手帳へ項目を書いた。
「銀行団への報告も変えるか」
「変える」
「取得率七割を消しますか」
「消す必要はない。ただ、その数字だけを出すな」
「取得済み面積。契約済み未引渡し。交渉中。使用可能面積。重要動線にかかる未確定地」
「それに、使用できない時の代替案を付ける」
大沢が言った。
「代替案には費用と工程影響が出ます」
「出せるものから出す。出せないものは、出せない理由を書く」
「銀行には弱く見えます」
真鍋の言葉に、会議室が静かになった。
「弱い部分を隠せば、強くなるのか」
榊原が尋ねた。
「隠すという意味ではありません。ただ、交渉途中の条件を細かく出せば、用地取得が遅れていると受け取られる可能性があります」
「遅れていないのか」
「全体の取得計画上は、まだ期限内です」
「工事に必要な日は」
「一部、近づいています」
「なら、その違いを出す」
真鍋は返事をしなかった。
榊原は続けた。
「銀行が知りたいのは、土地を何割持っているかだけじゃない。次の融資実行までに、どの工事ができるかだ」
「進捗が不確定だと判断されれば、追加資料を求められます」
「求められる前に作る」
「実行条件の確認へ波及するかもしれません」
「今の七割で安心させて、後から車路も排水も作れないと分かる方が悪い」
真鍋は、銀行団へ出した直近の報告書を開いた。
用地取得率七〇パーセント。
予定どおり進行中。
その下には、未取得地の交渉を継続していると書かれている。
誤った記載ではない。
それでも、北側の生活動線も、相続未了の土地を通る排水も、代替通路完成後という引渡し条件も、その一文からは見えない。
「次回報告まで待つか」
真鍋が尋ねた。
「待たない。差し替えではなく、補足を出す」
「報告済みの内容を訂正する形にはしない?」
「七割は間違っていない。だが、七割から読み取れない条件がある。それを出す」
「倉田さんへ先に説明します」
「小田も連れていけ」
小田が顔を上げた。
「私もですか」
「用地の話を、財務だけで説明すると金額になる。俺が説明すると決断の話になる。条件を知っている人間が必要だ」
「分かりました」
午前十時を過ぎた頃、小田の携帯電話が振動した。
画面を確認した小田は、席を立たずに応答した。
「はい、小田です」
相手の声は、会議室までは聞こえなかった。
小田は手元の一覧へ目を落とし、相づちを打った。
「今日ですか」
短い沈黙があった。
「分かりました。伺います。売買の話だけではなく、通路の確認も現地でさせてください」
通話を終えると、小田は北側の三筆を指した。
「佐久間正則さんが、午後なら現地で話せるそうです」
「所有者の弟か」
「はい。代替通路の角を、実際にトラクターで通って見せると言っています」
「俺も行く」
小田が一瞬、言葉を止めた。
「社長が行くと、価格交渉だと思われるかもしれません」
「価格の話はしない」
「向こうは、社長が来たこと自体を、会社が急いでいる証拠として見ます」
「急いでいる」
「それを見せれば、条件は上がります」
「条件が金額なら、上がるかもしれないな」
榊原は、北側の白い線を見た。
「だが、向こうが止めているのが生活なら、金額を上げても進まない」
午後一時半、榊原、小田、大沢の三人は計画地の北側に立っていた。
舗装された市道から、幅の狭い道が農地の間へ延びている。
道の片側には水路があり、反対側には低い石積みがある。
佐久間正則は、作業着のまま待っていた。
七十歳に近いように見えた。
挨拶を交わした後、正則は榊原を見た。
「社長さんが来れば、話が早くなるんですか」
「早くできることと、できないことを見に来ました」
「金を上げる話なら、兄貴にしてください。土地は兄貴のものです」
「今日は金額の話はしません」
「じゃあ、何を」
「あなたが通れないと言っている理由を見ます」
正則は、少しだけ榊原の顔を見た。
それから納屋へ向かった。
古いトラクターが動き出した。
後部には、横幅のあるロータリーが取り付けられている。
「本体だけの幅で測ったんでしょう」
正則は運転席から言った。
「道の幅は足りています」
小田が答えた。
「道はな」
正則はトラクターを進めた。
現在使っている通路では、角へ入る前に少し外側へ膨らみ、ロータリーの端を石積みから離して曲がった。
速度は遅い。
それでも一度で通れた。
次に、会社が示している代替通路の予定線へ入った。
舗装はされていない。
測量用の杭だけが打たれている。
正則は杭に沿って進み、曲がり角で止まった。
前方には電柱がある。
右側には水路。
左側には他人の畑がある。
トラクターの前輪を切ると、後部のロータリーが内側へ寄った。
そのまま進めば、水路側へ落ちる。
正則はいったん後退した。
角度を変える。
今度はトラクターの前部が電柱へ近づいた。
もう一度下がる。
三度目で曲がれたが、左の後輪が杭の外へ出た。
他人の土地だった。
「一回で曲がれないだけじゃないかと、前に言われました」
正則はエンジンを切って降りた。
「朝はいい。後ろに誰もいないから。収穫したものを積んだ軽トラックが待っている日もある。雨の後は、何度も切り返せば端が崩れる。冬に雪が寄れば、もっと狭くなる」
大沢は巻尺を出さず、先に地面を見た。
「水路をふた掛けして、角を広げる案は説明されましたか」
「聞きました。ただ、この水は大雨の時に上がる」
「ふた掛けの延長と構造は確認します」
「電柱も動かすと言った」
「電力会社の確認前です」
正則は小田を見た。
「前は、動かせるように話していたぞ」
「移設を相談できると説明しました。移設できると受け取られたなら、説明が足りませんでした」
「できないこともあるのか」
「あります。移設先や支線の位置が決まらなければ、判断されません」
正則は黙った。
榊原は、現在の通路と代替通路を見比べた。
図面上では、どちらも一本の線だった。
現地では、曲がるために必要な幅が場所ごとに違う。
「今の道は、いつから使っているんですか」
榊原が尋ねた。
「親父の時からです」
「所有者の芳雄さんも使っていた」
「兄貴は高校を出て町へ行った。畑をやっていたのは俺と親父です」
「土地を売ることには反対ですか」
「兄貴の土地だから、売るなとは言えない」
「通れればいい」
「今までと同じに通れとは言いません」
正則はトラクターの泥が付いたタイヤを見た。
「年を取れば、いつまで畑をやるか分からん。でも、来年やめると決めたわけでもない。会社が来るから、今年で終われと言われても困る」
「代替通路が使えることを確認してから、今の道を閉じる」
「誰が使えると決めるんです」
榊原は答えかけて、止まった。
設計者。
施工会社。
土地所有者。
市。
どれも、それぞれの範囲なら確認できる。
だが、正則が農作業で使えるかどうかを、図面の幅だけで決める者はいない。
「あなたにも通ってもらう」
榊原は言った。
「完成後に一度、という意味ですか」
「工事へ入る前に、線形を現地へ出す。曲がり方を確認する。必要なら仮の路面を作る。完成後も通ってもらう」
「私がいいと言わなければ、土地を買わないのか」
「売買契約の相手は芳雄さんです。ただ、代替通路が使えないまま、今の道を閉じることはしません」
「工事が遅れるぞ」
「遅れます」
正則は、榊原の返事を待つように見ていた。
「八百億円の仕事なんでしょう」
「そうです」
「この道一本で止まるんですか」
「止まる場所に、この道がある」
風が、測量杭に結ばれた赤いテープを揺らした。
大沢は電柱と水路の距離を確認し、小田は正則が切り返した位置を図面へ書き込んだ。
価格の話は一度も出なかった。
帰り際、正則が榊原を呼び止めた。
「兄貴は、早く売りたいんです」
「聞いています」
「固定資産税もあるし、こっちへ戻るつもりもない。私が通れれば、それでいいと言っている」
「あなたが反対しているから進まないと、兄には思われているんですか」
正則は答えなかった。
その沈黙で、榊原には十分だった。
土地の所有者には、売る合理性がある。
使っている者には、道を残す合理性がある。
会社には、早く取得する理由がある。
誰か一人が間違っているから止まっているのではない。
それぞれが別のものを失うため、同じ契約書だけでは進まない。
夕方、会議室へ戻ると、真鍋が銀行団向けの補足資料を作っていた。
最初のページには、取得率七〇パーセントという数字が残されている。
その下に、新しい表が加わっていた。
所有権移転済み。
契約済み未引渡し。
交渉中。
使用可能。
使用条件未確定。
重要動線への影響。
「現地はどうでしたか」
真鍋が尋ねた。
「道幅は足りていた」
「通れるんですか」
「道幅だけならな」
大沢が、代替通路の修正案を机へ置いた。
「曲線を広げるには、電柱移設か水路側の構造変更が必要です。隣地側へ広げる案もありますが、新しい土地使用の話になります」
「費用は」
「まだ出せません」
「工程は」
「電力会社と道路側の確認後です。ただ、現行案のまま施工へ入るのは止めます」
真鍋は工程表を開いた。
「代替通路の着工目標を外しますか」
「確定日から外せ」
榊原が言った。
「社内目標には残しますか」
「残す。ただし、電柱移設と道路工事の回答前だと書く」
「土地の引渡し予定日は」
「代替通路の完成後だ。日付だけ置くな」
真鍋は、工程表の表示を変えた。
日付が一つ消えた。
その下に、条件が三つ加わった。
代替通路の線形確認。
電柱移設可否の回答。
市道接続部の承認。
「一つの日付が、三つの条件になりました」
真鍋が言った。
「元から三つあった」
榊原は答えた。
「書いていなかっただけだ」
銀行団への補足資料には、取得率の横に注記が入った。
取得済み面積は計画地全体の七割。
ただし、所有権移転済みであっても、明渡し、行政手続き、工事動線その他の条件により、直ちに使用できない土地を含む。
重要動線に関係する未確定地については、代替案と工程への影響を個別に管理する。
真鍋が文章を読み直した。
「これを出せば、倉田さんは追加確認を入れます」
「入れるだろうな」
「未実行分の審査へつながる可能性もあります」
「七割という数字だけで、何も聞かれない方が危ない」
「社長が、そう言うとは思いませんでした」
榊原は真鍋を見た。
「どういう意味だ」
「今までは、進めながら解く人でした」
「今もそうだ」
「条件を全部出せば、進む速度は落ちます」
「全部ではない。止まる条件を出している」
「その条件が増えています」
「増えたんじゃない」
榊原は壁の三枚の図面を見た。
所有権の図面。
使用可能日の図面。
施工動線の図面。
「見えるようになった」
真鍋は補足資料を閉じなかった。
午後六時十八分、小田から新しい連絡が入った。
相続登記が終わっていない土地について、海外にいる相続人候補から返信があった。
売却への賛否ではなかった。
その土地が、どこにあるのか分からない。
現地の写真と、父が相続するはずだった経緯を説明してほしい。
それが最初の返事だった。
「契約の話へ入れるまで、時間がかかります」
小田が言った。
「連絡が取れたなら、進んだんじゃないのか」
「会社にとっては進みました。ただ、相手にとっては、今から確認が始まります」
榊原は、相続未了の区画を見た。
千二百平方メートル。
計画地全体に占める割合は小さい。
取得率を一パーセント動かすほどでもない。
それでも、その土地を通る排水経路は、造成の順番を左右する。
「写真を送れ」
「測量図も付けます」
「最初から売買契約書を送るな。何を相続する話なのか、先に分かるようにしろ」
「分かりました」
小田は退出する前に、壁の用地図を一度見た。
「七割という表示は、このまま残しますか」
榊原も図面を見た。
青い面積は広い。
白と赤は、それよりはるかに小さい。
遠くから見れば、事業はほとんど進んでいるように見える。
近づけば、白い線が車路を横切り、排水を止め、生活道路へつながっている。
「残せ」
榊原は言った。
「ただし、その横にもう一枚貼れ」
「どの図面ですか」
「土地が使えない時に、何が止まるかを示す図面だ」
小田が会議室を出た後、真鍋は銀行団向け資料の表紙を作り直した。
用地取得進捗。
その題名を消す。
新しく入力した。
用地取得状況および使用条件。
七割という数字は、二ページ目へ移った。
壁には青い土地が残っていた。
その上を、細い白い道が通っている。
榊原は、白い線を青く塗らせなかった。




