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残金1,842円|第39話「物流拠点」

 午後八時を三分過ぎて、二台目の大型車が構内へ入ってきた。


 榊原は、西野の横で車両の動きを見ていた。


 運転手は入口で一度速度を落とし、守衛へ書類を見せた。そのまま倉庫前を通り過ぎ、奥の白線で大きく左へ切る。


 後輪が線の内側をなぞった。


 車体が折れ、荷台の後部が搬入口へ向く。


 誘導員が片腕を回した。


 車両はゆっくり後退した。


 一度では入らなかった。


 運転手が前へ出し、角度を直す。


「夜は、これが続きます」


 西野が言った。


「昼より多いのか」


「台数は昼の方が多いです。ただ、夜は出ていく車と入ってくる車が重なります」


 榊原は、借りた反射ベストの前を閉じた。


 確認書に書かれていた三人は、榊原、真鍋、施工担当者だった。安全靴とヘルメットを着け、指定された範囲から作業を見ている。


 搬入口は六つあり、四つが埋まっていた。


 一台が出る。


 待っていた車両が動く。


 空いた場所へ入る前に、別の車両が構内を横切った。


 誘導員が停止を指示する。


 大型車が二台、同時に止まった。


「止まっている時は、広く見えるんです」


 西野が言った。


「十五分後に、もう三台来ます」


 榊原は、入口から搬入口までの距離を目で追った。


 倉庫の建物より、車が待ち、曲がり、向きを変える場所の方が広い。


 荷物を入れる箱を作るだけでは、物流拠点にならない。


 車両が入り、待ち、荷台を扉へ合わせ、出ていける必要がある。


「うちの配置図を見た時、最初に車路を聞いたな」


 榊原が言った。


「何台を、何時に入れる図なのか分からなかったので」


 真鍋が手帳を開いた。


「一日当たりの取扱量は出しています。時間帯別の入出庫台数は、利用企業の想定値です」


「その企業は契約していない」


「はい」


 西野が歩き出した。


「中へ行きましょう。今入った荷物が、朝までにどう動くか見てもらいます」


 倉庫内には、床へ色の違う線が引かれていた。


 入荷した荷物を置く場所。


 検品を待つ場所。


 出荷先ごとに分ける場所。


 異常が見つかった荷物を止める場所。


 同じ箱でも、置かれた線によって次の動きが違う。


 作業員が荷札を読み取り、箱をパレットから降ろしていた。


 奥では、別の作業員が数量を確認している。


「全部を棚へ入れないのか」


 榊原が尋ねた。


「今夜入った荷物の半分以上は、朝までに出ます」


「保管しない」


「行き先が決まっているものを棚へ入れると、入庫と出庫の作業が増えます。検品したら、配送先ごとに組み直します」


「残るものは」


「納品日の指定が先のもの。在庫として持つもの。それから、数量や品質に問題があって出せないものです」


 西野は、赤い線の内側を指した。


 箱が四つだけ置かれていた。


「この四箱のために、場所を空けているのか」


「確認が終わるまで通常の荷物へ戻せません。混ぜれば、別の荷物まで止まります」


 広い床の一角を、わずかな荷物が使っていた。


 図面なら、無駄な空きに見える。


 だが、予定外の荷物を逃がす場所がなければ、検品区画が詰まり、次の荷物を降ろせなくなる。


「うちの物流棟は、床を埋める前提だったな」


 榊原が言った。


 施工担当者が答えた。


「賃貸可能面積を最大化しています。共用の一時置場もありますが、異常品は各利用企業の区画内で処理する想定です」


 西野が首を横へ振った。


「小さい荷主ほど、その床を持てません。使わないかもしれない場所に、毎月賃料を払えない」


「共用にすればいい」


「止めた理由を確認し、戻す判断をする人が必要です。荷主ごとに契約も違います」


 その時、作業員が端末を見て別の作業員を呼んだ。


 二人で箱の番号を確認し、一つだけ赤い区画へ移す。


 荷物を止めたのは設備ではなかった。


 判断した人だった。


 出荷準備の場所には、配送先ごとに組まれた荷物が並んでいた。


 作業員が通路を歩き、最後の確認をしている。


「早い便は、午前二時台です」


 西野が言った。


「夜間の人員は、計画へ入っているか」


 榊原が尋ねた。


 真鍋が資料を確認した。


「共用部の管理人員だけです。荷物を動かす人は、各利用企業が配置する前提です」


「施設は二十四時間開けるんですよね」


 西野が聞いた。


「その予定です」


「門が開いているという意味ですか。それとも、入荷受付ができるという意味ですか」


 真鍋の手が止まった。


 施工担当者が答えた。


「警備員は常駐です。共用の受付は、運営会社と詰める予定です」


「予定外の車両が来た時、警備員が判断するんですか」


「管理室へ確認します」


「管理室に、運送会社と荷主と施設の契約を判断できる人を置く予定ですか」


 施工担当者は答えなかった。


 扉を開ける。


 車両を入れる。


 荷物を受け取る。


 契約外の荷物を止める。


 事故が起きた時に作業を止める。


 同じ夜間対応という言葉の中に、別の責任が入っている。


「運営会社は、まだ決まっていません」


 真鍋が言った。


「候補はあります。ただ、建物と設備の条件が固まってから正式に見積りを取る予定です」


「逆だな」


 榊原は答えた。


「運営する人が決まらないまま、運営できる建物を作ろうとしている」


「利用企業の要望を先に集めていました」


「要望は、自分の荷物についてだ。共用部で誰が判断するかまでは決めない」


 再び外へ出ると、構内には先ほどより多くの車両がいた。


 一台が接車を待っている。


 一台が荷下ろしを終えようとしている。


 別の一台は、出口へ向かっていた。


 入口から来た車両と、出ていく車両が交差する手前で、誘導員が片方を止めた。


「これを毎回、人が止めているのか」


「混む時間だけです」


「誘導員がいなければ」


「運転手同士で譲ります。ただ、初めて来る人もいる。暗い。雨の日も雪の日もある。急いでいる人もいます」


 西野は、車両の前を作業員が横切らないことを確認してから、見学位置を変えた。


「新しい拠点なら、入口と出口は分けた方がいい。待つ車と動く車も分ける。大型車と乗用車も、同じ場所へ入れない方がいい」


「土地を使う」


「使います」


「建物が小さくなる」


「はい」


 榊原は即答しなかった。


 建物面積は賃料になる。


 車路は、それ自体では賃料を生まない。


 待機場所も、直接には売上を作らない。


 だが、車両が入れなければ、建物の床は使われない。


 施工担当者が、タブレットへ計画地の配置図を出した。


「現在は、北側から入り、敷地内を回って同じ進入路から出る計画です」


「北側の進入路は、まだ使えない」


「はい。代替として東側からの仮設進入も検討しています。ただ、完成後の運用は北側を前提にしていました」


「入口と出口を分けるなら」


 施工担当者が図面を拡大した。


「東側の道路へ接続できれば分けられます。ただし交差点に近い。大型車の出入りについて、道路管理者との協議が必要です」


「接続部分の土地は」


「取得済みです。ただ、道路へ出られるかは未確認です」


「使えると書くな」


「はい」


 西野が画面をのぞき込んだ。


「この出口は、データセンターの車両と重なりませんか」


 施工担当者が、別の配置図を重ねた。


 データセンターの一棟目。


 増設区画。


 受電設備。


 物流棟。


 大型車の車路。


 東側の出口候補は、データセンターの保守車両が使う経路と交差していた。


「時間帯を分ければ」


 施工担当者が言いかけた。


「緊急時まで分けられない」


 榊原が止めた。


 物流車両は、予定した時刻だけに来るとは限らない。


 データセンターの障害対応車両も、予定どおりには来ない。


「別の出口は」


「南側です。ただ、物流棟を南へ動かす案とは両立しません」


 データセンターの増設余地を残すため、物流棟を南へずらす案が出ている。


 その場所へ出口を作れば、建物と車路が重なる。


「北側の土地を取得できれば、選択肢は増えます」


「細い生活道路は残す」


「承知しています。大型車の経路には使いません」


 西野は地図を開いた。


「港から来る車は、どちら側から入りますか」


「西側の幹線道路から北へ回る想定です」


「高速道路からは」


「南側です」


「工業団地から来る定期便は」


 真鍋が荷主候補の一覧を見た。


「東と北に分かれます」


「全部を一つの入口へ集めると、時間帯だけでなく右折待ちも出ます」


 地図の上では、高速道路、港、三つの工業団地が候補地へ線でつながっていた。


 だが、車両がどちらから曲がり、何時に着き、どこで待つかまでは書かれていない。


「配送圏の円だけで計画していたな」


 榊原が言った。


「半径と所要時間で、荷主へ説明しています」


「所要時間は、走っている時間か」


「道路情報を基にした概算です」


「門の前で待つ時間は入っていない」


「はい」


 西野が構内の時計を見た。


「十分待てば、次の便に遅れます。その遅れを道路の上で戻そうとする運転手もいます」


 安全教育だけでは消せない問題だった。


 入口の内側で失った時間が、道路へ持ち出される。


「待機場所は何台分ある」


「現在の計画では八台です」


「最大入構台数は」


「一時間当たり二十二台を想定しています」


「荷役時間は」


「平均四十五分です」


 西野が首を横へ振った。


「予約どおりなら足りるかもしれません」


「予約どおりにならない理由は」


「道路の渋滞。港での荷役。工場の出荷時刻。前の納品先の遅れ。運転手の休憩。荷物の不備。天候です」


「施設側の遅れもある」


「あります。搬入口が空かない。検品が終わらない。設備が止まる。人が足りない」


 榊原は、構内で待つ車両を数えた。


 五台だった。


「今夜の最大は」


「十一台です」


「待機枠は」


「十二台です」


「一台しか余らない」


「今日は通常日です。繁忙期は、隣の敷地を月単位で借ります」


「借りられなければ」


「入荷予約を絞ります。それでも来る車は来ます」


 午後九時を過ぎると、倉庫内の流れが変わった。


 入荷口から奥へ向かっていた台車が、今度は搬出口へ集まっていく。


「昼と夜で、床の使い方を変えています」


 西野が言った。


「固定すると、荷量が少ない時間にも場所を空けておくことになります」


「分けるべき場所は」


「人と車が交差するところ。異常品を止めるところ。扱う条件が違う荷物の区画です」


「共用できる場所は」


「普通品の一時置場や検品台です。ただ、荷主が違えば情報を混ぜない仕組みが必要です」


 榊原は真鍋を見た。


「賃貸面積だけで収支を作るのはやめる必要がある」


「共用作業の収入も見るということですか」


「運営するならだ。床だけ貸すなら、共用部で判断する人はいない」


「運営を受託すれば収入は増えます。ただ、人件費と事故や誤出荷の責任も持ちます」


 西野が尋ねた。


「建物を貸したいのか、荷物を動かしたいのか、どちらですか」


 榊原は、すぐには答えなかった。


 土地を持つ。


 建物を作る。


 賃料を受け取る。


 それだけなら、事業の構造は見やすい。


 荷物を動かせば、収入は増える可能性がある。


 同時に、人を雇い、事故を管理し、荷主ごとの条件を引き受ける。


「今は決めない」


 榊原は言った。


「ただ、運営しなければ成立しない共用部を、誰かが無償で動かす前提にはしない」


 真鍋がうなずいた。


「賃貸型と、共用運営を含む型で収支を分けます」


「人件費は人数だけ置くな。夜間受付、車両誘導、検品、異常品管理、安全管理に分けろ」


 見学を終え、三人は事務室へ戻った。


 西野が、会社名と商品名を伏せた入出庫予定表を机へ置いた。


 到着予定時刻。


 実際の到着時刻。


 接車した時刻。


 荷下ろしを終えた時刻。


 出発時刻。


 予定どおりに到着した車両は、半分ほどだった。


 遅い車だけではない。


 早く来て、待機場所を使う車もある。


「この記録を計画へ使えるか」


 真鍋が尋ねた。


「この倉庫の数字を、そのまま需要予測には使えません。荷物も配送圏も違います」


「考え方は使える」


「はい。予定台数だけでなく、実際の到着がどれだけ前後するかを見るべきです」


 榊原は、到着時刻と接車時刻の差を追った。


 七分。


 二十二分。


 四分。


 三十一分。


 平均だけなら小さくできる。


 同じ時間へ重なった時だけ、敷地が足りなくなる。


「利用企業に、時間帯別の予定と変動幅を出してもらう」


「過去の実績があれば、その方がいいです」


「実績がなければ、類似拠点。それもなければ仮定だと分ける」


 倉庫を出ると、入口の脇に大型車が二台停まっていた。


 運転席の灯りが見える。


 一人は書類を読んでいた。


 もう一人は、座席を倒して休んでいた。


 車両の中にも、工程表には入らない時間があった。


 翌朝、会議室の壁へ物流拠点の配置図が貼られた。


 大沢も現場から参加していた。


 榊原は、昨夜見た順番を図面の上へ書かせた。


 入口。


 待機。


 接車。


 荷下ろし。


 検品。


 保留。


 仕分け。


 積込み。


 出口。


 施工担当者が、動線の重なる場所へ赤い線を引いた。


 入口と出口。


 入荷車両と出荷車両。


 大型車と従業員の乗用車。


 物流車両とデータセンターの保守車両。


「建物の位置を動かせば、工事へ影響するか」


 大沢が図面を確認した。


「北側の排水と地盤確認は続けられます。ただ、次の造成範囲は変わります」


「いつまでに決める」


「二週間です。それを過ぎれば、施工順序を組み直します」


 真鍋が日付を書いた。


「待機場所を増やすなら、物流棟の賃貸面積が減ります」


「何台必要か、今は決めるな」


 榊原が言った。


「八台で足りるようにも書くな」


 物流担当者は、利用候補三社へ確認する項目を読み上げた。


 時間帯別の入出庫台数。


 到着時刻の変動幅。


 平均と最大の荷役時間。


 使用する車両の大きさ。


 港、高速道路、工業団地からの経路。


 夜間受付の必要性。


 共用検品の利用意向。


 異常品の保留場所。


 繁忙期の最大台数。


 雪や災害時にも止められない配送。


「三社の契約状況は」


 榊原が尋ねた。


「一社は条件提示前です。二社は利用意向を示していますが、料金と開業時期を見て判断する段階です」


「全部、未契約だな」


「はい」


「三社の希望だけで建物を固定しない。ただ、実際の荷物の動きは聞く。こちらも何が未確定かを出せ」


 設計担当者は三つの配置案を作ることになった。


 建物面積を優先する案。


 入口と出口を分ける案。


 待機場所と増設余地を優先する案。


 どの案にも、取得前の北側土地を使わない場合の線を残す。


 大沢が、図面の隅を指した。


「雪置場も見直します」


「待機場所と重なるのか」


「今の案では、一部が重なります。除雪した雪を積めば、冬は三台分使えません」


「夏の図面で八台と数えていたのか」


「はい」


「冬の台数へ直してくれ。雪を敷地外へ運ぶ場合の費用も出す」


「人の通路を削れば、待機場所を残せます」


「通路は削るな」


 昨夜の倉庫では、作業員が大型車の前を横切らないよう動いていた。


 図面の線を一本狭めれば、毎晩の危険回避を人へ押しつけることになる。


 真鍋は収支表を開いた。


「車路と待機場所を広げるほど、賃貸面積は減ります。雪置場を確保すれば、さらに下がります」


「共用運営の収入も比較する」


「運営費も入れます。夜間受付と誘導員を置く場合、固定費が増えます」


「警備員へ任せられる仕事とは分けろ」


「分かりました」


 午後、東側出口について最初の回答が届いた。


 道路への接続は、現状の図面だけでは使用可能と判断できない。


 大型車の出入り、交差点との距離、右折車線への影響を確認するため、協議用図面と交通量の想定を提出してほしい。


 使用できないという回答ではなかった。


 使用できるという回答でもない。


 榊原は、工程表の東側出口へ「道路協議前」と書かせた。


 北側進入路には「使用条件未確定」とある。


 二つの出口候補がありながら、確定した出口は一つもなかった。


「物流棟の開業日を動かしますか」


 真鍋が尋ねた。


「まだ動かさない」


「道路協議の期間は読めません」


「読めないことを入れた工程を出せ。回答日を作るな」


「銀行へ見せる表にもですか」


「同じだ。確定した日と、目標日を分ける」


 真鍋は工程表を直した。


 確定。


 協議中。


 社内目標。


 三つの欄ができた。


 物流棟の完成予定日は、社内目標へ移された。


 開業日は、利用企業と運営条件を確認した後に更新する。


 夕方、西野からメールが届いた。


 昨夜の入出庫記録は、会社名と商品名を伏せた集計であれば共有できる。


 ただし、計画地の需要を保証する資料としては使わない。


 運営条件を検討するための参考に限る。


 榊原は、その条件を承認した。


 返信の最後に、西野が一文だけ加えていた。


 倉庫は、荷物を置く場所ではありません。


 荷物を止めず、人を急がせすぎないための場所です。


 榊原は、その文を読み返した。


 壁の配置図では、物流棟の輪郭が少し小さくなっていた。


 代わりに、入口から搬入口までの車路が太くなっている。


 建物の外には、車両が待つ四角が増えていた。


 賃料を生まない場所だった。


 そこを消せば、待つ車は敷地の外へ出る。


 榊原は、待機場所に引かれた線を残した。

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