残金1,842円|第38話「データセンター」
十二メガワットの横に、四と八が書き足された。
「減らした数字ではありません」
情報通信担当の野崎が言った。
「最初に四メガワット。その後、二段階で八メガワットを増やす。先方が昨日示した利用計画です」
榊原は、三つに分かれた数字を見た。
四。
四。
四。
合計十二。
「増やす時期は」
「二回目は、最初の稼働から一年後を希望しています。最後の四メガワットは、利用状況を見て、その翌年までに判断する予定です」
「予定か、約束か」
「現時点では予定です。ただし、最初の四メガワットについては、条件がそろえば契約協議へ進むと回答がありました」
「条件は」
野崎は、利用企業から届いた資料を机へ置いた。
受電開始日。
通信二系統の経路。
非常用電源の運転時間。
冷却設備の構成。
障害時の対応体制。
利用料金。
要求項目は六つに分かれていた。
翌朝の会議室だった。
壁には、設備会社の納入予定日を空欄に戻した工程表が貼られている。その隣には、発電設備、物流施設、データセンターの稼働時期を重ねた表があった。
発電設備の完成日も、電力の接続日も決まっていない。
それでも、利用企業が必要とする時期は動いていた。
「最初から十二メガワットを使う計画ではなかったのか」
藤崎が尋ねた。
「最大利用量として十二メガワットを聞いていました」
野崎が答えた。
「段階は、昨日まで確認できていませんでした」
「なぜだ」
「施設の規模を聞く時に、将来必要になる最大量を確認していました。最初に契約する量と、増設後に使う量を分けていませんでした」
真鍋が収支表を開いた。
「こちらの計画では、開業初月から十二メガワット分の売上が入っています」
「先方がそう言ったのか」
榊原が尋ねた。
「利用意向の最大値を、そのまま入れています」
「直してくれ」
「四メガワットから始め、増設時期に合わせて売上を加えます」
藤崎が腕を組んだ。
「十二メガワットの建物を作って、利用量だけ増やす方が早い。四メガワットごとに工事をしていたら、先方が使いたい時に間に合わなくなる」
「建物全部を三回に分けるとは言っていない」
榊原は野崎から資料を受け取った。
「最初から作るものと、後で増やすものを分ける。十二メガワットを受けられる配置は残す」
「空いた部分の費用は誰が持つ」
「それを見る」
設計担当者が、二枚の配置図を壁へ貼った。
一枚は、十二メガワット分の設備を一つの大きな建物へ入れる案だった。
もう一枚には、同じ敷地の中に二棟の建物が描かれている。
最初の一棟に四メガワット分を入れ、隣へ八メガワット分を増設する案だった。
「建物を分ける理由は」
榊原が尋ねた。
「最初の利用量に合わせて投資額を抑えられます。それから、増設工事が稼働中の区画へ影響しにくくなります」
「不利は」
「共用できる部分が減ります。外壁、警備区画、消火設備、搬入口の一部が重複します。二棟目の工事中も、一棟目の運転を止めないための動線が必要です」
「総額は」
「二棟に分ける案の方が増える可能性があります。ただ、最初に支払う金額は下げられます」
真鍋が図面の中央を指した。
「受電設備は、どちらの案ですか」
「ここは選択が必要です」
設備担当者が別の図を重ねた。
「最初から十二メガワット分を受けられる設備を置く案。四メガワット分だけを置き、増設時に追加する案。主要部分だけ十二メガワットに対応させ、変圧器などを段階的に増やす案があります」
「最初から全部置けば、使われない設備を二年抱える」
「はい」
「四だけにすれば」
「増設時に切替工事が必要です。設備の配置によっては、一棟目の運転へ影響します」
「主要部分だけ先に作る案は」
「初期費用は、その中間です。後から増やす場所を確保し、停止せず接続できるようにしておきます」
榊原は三つの案を順に見た。
「十二メガワットの需要が来た時、増やせない案は外せ」
「承知しました」
「だからといって、使わない設備を全部先に買うな。増設時に止めずに足せるところまでを、最初の工事に入れてくれ」
設備担当者が、受電設備の図へ線を引いた。
「遮断設備と母線の構成を先に決めます。変圧器は段階的に増やす案で比較します」
「発電設備が間に合わない場合、外からの受電だけで最初の四メガワットを動かせるか」
安西が答えた。
「その条件で検討します。発電設備があることを、開業の必須条件から外します」
「発電設備が動いた後は」
「構内で使える分を切り替えます。ただし、発電量とデータセンターの使用量が一致するとは限りません。外から受ける電力は残します」
「利用企業には、発電設備の完成が遅れても開業できると説明できるか」
「外部受電の条件が確定すれば、説明できます」
藤崎が図面を見た。
「発電設備と一緒に作る強みが薄くならないか」
「先方にとっては、止まらないことが先だ」
榊原が答えた。
「安い電気は、その次になる」
「電力費を下げられなければ、ここへ来る理由が弱くなる」
「下げる方法は残す。発電設備が遅れたら全部遅れる計画にはしない」
野崎が、利用企業とのオンライン協議の開始時刻を告げた。
画面の向こうには、施設担当者と調達担当者が並んでいた。
野崎が、十二メガワットを段階的に受け入れる案を説明した。
最初の四メガワットを一棟目で稼働させる。
増設用地を確保する。
受電設備の主要部分は、十二メガワットへの拡張を前提に設計する。
発電設備が間に合わない場合も、外部受電による開業を検討する。
先方の施設担当者が尋ねた。
「二回目の増設工事中に、最初の区画は止まりませんか」
設計担当者が答えた。
「停止させない配置を検討しています。工事車両と運用中の施設へ入る車両も、経路を分けます」
「検討ではなく、契約前に確認できますか」
「基本設計の段階で示します」
「電力設備の切替えは」
設備担当者が図を画面へ表示した。
「最初から増設用の接続位置を設ける案です。切替方法と停止の有無は、機器構成を決めた後に提示します」
調達担当者が口を開いた。
「当社としては、最初の四メガワットだけを使えればよいわけではありません。十二メガワットまで増やせることを前提に候補地を比較しています」
「承知しています」
野崎が答えた。
「最初の四と、将来の八を別の計画として扱うつもりはありません」
「増設用地は確保済みですか」
会議室の空気が一度止まった。
榊原が答えた。
「取得前です」
「交渉中ですか」
「地権者と条件を確認する前の段階です。土地の範囲と権利関係を調べています」
「取得できない場合は」
「取得できる土地だけで十二メガワットを配置できる案も並行して作ります」
「その場合、最初の四メガワットの完成時期は変わりますか」
「配置の変更内容によります。次回までに、二つの案を出します」
先方の調達担当者は、手元の資料へ書き込んだ。
「当社が候補地を絞るのは、来月末です。それまでに確認したいのは、十二メガワットまで増設できる根拠です。土地を買う予定がある、という説明だけでは社内承認に使えません」
「必要な資料を具体的に教えてください」
「取得済みである必要はありません。ただ、対象地、交渉開始の予定、取得できない場合の代替配置、増設時の工程を示してください」
真鍋が、その四項目を書き取った。
施設担当者が続けた。
「通信経路についても確認があります。二系統が、敷地へ入る直前だけ分かれている形では困ります」
野崎が図を画面へ出した。
「別の通信事業者を使い、異なる道路から敷地へ入れる案です。ただ、候補経路の一部が、同じ橋を通る可能性があります」
「同じ橋を通るなら、当社では完全に独立した二系統とは評価できない場合があります」
「迂回経路を照会しています」
「いつ分かりますか」
「事業者から、現地調査が必要になる可能性があると回答を受けています。今日中に、回答時期と調査費用を確認します」
「分からないものは、分からないと記載してください」
先方の言葉に、榊原は顔を上げた。
「その方がいいですか」
「確定しているように書かれ、後から前提が変わる方が困ります。未確定でも、誰が、いつまでに確認するかが分かれば、検討は続けられます」
榊原は、壁の工程表を見た。
昨日、設備会社の納入予定を空欄へ戻した。
空欄にしたことで、計画が止まったわけではない。
何を決めなければ日付を戻せないかが見えた。
「十二メガワットの利用について、確認させてください」
榊原が言った。
「最初の四メガワットは、条件がそろえば契約協議へ進む。次の四メガワットは、一年後の増設を希望する。最後の四メガワットは、その後の利用状況で判断する。そこまでは合っていますか」
「はい」
「最後の四が決まらない可能性もある」
「あります」
「二回目の四は」
「最初の稼働状況と、増設時の料金、工事条件によります。ただ、当社の事業計画には入っています」
「十二を一つの契約として約束する段階ではない」
「現時点では、そうです」
「では、こちらも分けて出します。最初の四を動かす条件。次の四を止めずに増やす条件。十二まで増やせる土地と設備の条件です」
施設担当者がうなずいた。
「その形なら比較できます」
協議が終わると、真鍋は収支表の十二メガワットを消さなかった。
開業初月の欄だけを四へ直した。
一年後の欄へ四を足す。
最後の四には、時期未確定の印を付けた。
「売上は、かなり後ろへ動きます」
「支出は」
「建物と設備を分けられれば、一部は後ろへ動かせます。ただ、土地、受電、通信、警備、監視設備の中には、最初に十二メガワット分の前提を入れておかないと増設できないものがあります」
「何が先で、何が後かを出してくれ」
「最初の四メガワットだけで返す費用。二回目の四が来れば返せる費用。十二まで使われて初めて回収できる費用に分けます」
「最後の四が来なくても、最初の八で返せる形にできるか」
真鍋は、すぐには答えなかった。
「料金と建設費を見直せば、可能性はあります。ただ、最初の料金が上がれば、利用企業の比較で不利になります」
「最後の四が来なければ返せない建物を、最初に全部作る方が危ない」
「はい」
藤崎が尋ねた。
「利用企業に、増設の予約金を求めることはできないか」
野崎が答えた。
「最初の四メガワットの契約協議に入ってからなら、増設枠の扱いを話せます。ただ、こちらの土地も工程も未確定な段階では、先方にだけ負担を求めにくいです」
「増設枠を無料で取っておくのも違うだろう」
榊原が言った。
「確保する期間と、こちらが負う準備を決めてからだ。今は、十二まで作れることを示す方が先だ」
昼前、通信事業者から返事が来た。
二つの予定経路は、候補地から十六キロ離れた地点で、同じ橋を通る可能性が高い。
完全に分離するには、別の河川横断経路を使えるか調査する必要がある。
調査期間は、現地確認を含めて三週間。
調査費用は、見積りを出す。
野崎は、回答を榊原へ見せた。
「来月末には間に合います」
「発注済みか」
「まだです」
「既存の通信調査へ入っていないのか」
「敷地への引込み経路までは入っています。十六キロ先の分離状況は、対象外でした」
真鍋が承認済みの調査一覧を確認した。
「追加発注になります。三億円の承認範囲で処理できるかは、見積りを見て判断します」
「調査しなければ、二系統とは言えない」
「はい」
「見積りを取ってくれ。調査範囲は、別の橋を使えるかと、その場合の概算費用までだ。工事設計までは入れない」
野崎は、通信事業者へ連絡した。
藤崎が窓の外を見ながら言った。
「橋一つで、十二メガワットの利用企業を逃すのか」
「橋が切れれば、二本とも止まる」
「切れるとは限らない」
「先方は、切れた時に止まる仕事を置く」
「都会でも、完全に分かれた経路ばかりじゃない」
「だから、求める条件に差がある。ここで必要なものを調べる」
藤崎は机へ戻り、二棟案の図面を見た。
「この一社のために、全部合わせるのか」
「一社だけが必要とする設備なら、料金か契約条件で負担してもらう」
「ほかの利用企業にも使えるなら」
「共用設備としてこちらが持つ。ただし、使う予定のない設備まで、将来役立つという理由で入れない」
午後、設計担当者が修正した配置図を持ってきた。
取得を検討している北側の土地を使う案。
現在の旧工場用地だけで十二メガワットまで増設する案。
二つが並んでいた。
北側を使わない案では、建物の形が細長くなっている。
物流棟との間隔も狭い。
「保守車両と物流車両は交差します」
設計担当者が言った。
「時間帯を分ければ運用できます。ただ、緊急時まで時間で分けることはできません」
「経路を物理的に分けるには」
「物流棟の位置を南へずらします。その場合、物流施設の増設余地が減ります」
野崎が尋ねた。
「データセンター側を小さくすれば、十二メガワットが入らなくなりますか」
「機器の密度を上げれば、建物面積は抑えられます。ただ、冷却条件が厳しくなります」
「電気を多く使う」
「はい。設備費も上がります」
榊原は、物流棟の図面を重ねた。
データセンターを守れば、物流の増設余地が減る。
物流の土地を残せば、冷却設備の負担が増える。
土地を追加取得できれば、どちらも緩和できる。
ただし、追加取得は、まだ交渉さえ始まっていない。
「北側を使う案は残す」
榊原が言った。
「ただし、取得できない場合でも最初の四メガワットを動かせる配置にする。十二まで増やす時に北側が必要なら、その期限を出してくれ」
「土地をいつまでに使える状態にする必要があるか、ということですか」
「そうだ。契約日だけではなく、調査と工事に入れる日までだ」
設計担当者が、増設工程から逆算を始めた。
「二回目の四メガワットを、一棟目の稼働から一年後に動かすなら、その九か月前には増設工事へ入りたいです」
「設計と許認可は」
「さらに前です」
「なら、最初の施設が動いてから土地を決めるのでは遅い」
「はい」
真鍋が日付を書いた。
利用企業との契約が確定する前に、増設用地を確保する必要がある。
土地を先に取得すれば、最後の四メガワットが来なくても費用は残る。
取得しなければ、十二メガワットへ増やせるという説明が弱くなる。
「買う以外の方法は」
榊原が尋ねた。
法務担当者が答えた。
「一定期間、売却しないことを約束してもらう方法や、条件が整った時に取得できる契約も検討できます。ただし、地権者が応じるかは別です。拘束する期間や対価も必要になります」
「所有権を移さず、調査だけ先にできるか」
「承諾があれば可能です。土壌調査や測量の範囲、原状回復、事故時の責任を決める必要があります」
「用地担当に入ってもらえ」
「価格交渉も始めますか」
「まだ始めない。まず、誰が所有していて、誰が使っているかを確かめる。売るつもりがあるか聞く前に、生活の道や農地への出入りを見てくれ」
北側の図面には、細い道が一本あった。
昨日、旧工場の入口で見た自転車の男が入っていった道だった。
「この道は残す前提にする」
榊原が言った。
「土地を取れた場合もですか」
「使っている人がいる。なくせると決まるまでは残す」
設計担当者が、建物の線を少し南へ動かした。
北側に余白ができる。
その分、受電設備の位置が変わった。
「通信の引込み距離も変わります」
野崎が言った。
「電力設備への経路もです」
安西が続いた。
「全部、更新してくれ」
真鍋が時計を見た。
「基本設計の検討範囲が増えます。承認済み調査費との差額を確認します」
「十二メガワットを維持するための比較だ。四へ縮小する設計にはしない」
真鍋はうなずいた。
「最初の支出だけ、四メガワットに合わせます」
夕方、野崎のもとへ利用企業からメールが届いた。
午前の協議内容を確認する文書だった。
最初の四メガワットについて、候補地としての検討を継続する。
二回目の四メガワットは、初期稼働から約一年後を希望する。
残る四メガワットは、稼働状況と利用料金を確認して判断する。
十二メガワットまで増設できる土地、電力、通信、建物の条件を、来月末までに示してほしい。
契約の申込みではない。
利用を保証する文書でもない。
ただ、十二メガワットという数字が、一つの大きな希望量ではなく、三つの時期を持つ計画になった。
「収支表を確定させる材料にはできません」
真鍋が言った。
「分かっている」
「銀行へ出す場合も、利用意向と契約済みを分けます」
「そうしてくれ」
「設備会社には、十二メガワット対応の構成比較を依頼しますか」
「最初の四を動かす設備と、十二まで増やすために先に必要な設備を分けて見積もらせる。製造枠の確約がないことも変えない」
「発電設備の設計と並行になります」
「受電条件をそろえろ。発電側だけの最大値と、データセンター側だけの最大値を別々に出すな」
安西が、電力会社へ提出する条件表を開いた。
「発電設備の最大出力。データセンターの初期四メガワット。物流施設の使用量。将来の十二メガワットまで、段階ごとに分けます」
「外へ送る最大量と、外から受ける最大量もだ」
「はい」
榊原は、壁の工程表へ近づいた。
消したままの機器納入日。
回答を待つ接続時期。
来月末の候補地選定。
一年後を希望する二回目の増設。
それぞれの日付は、まだ一本の線になっていない。
だが、昨日までのように、完成日だけを先に置いた表でもなくなった。
真鍋が、新しい収支表を机へ置いた。
開業時は四メガワット。
一年後に八メガワット。
最後の四メガワットは、確定時期を置かず、別の欄に分けてある。
「最後の四を入れなければ、計画上の利益は小さくなります」
「使うか分からない床の利益は入れるな」
「八メガワットまでで、借入を返せる形を作りますか」
「作ってくれ。最後の四は、来た時に利益を増やす側へ置く」
真鍋は、収支表の前提欄を書き換えた。
「最初から十二メガワット分を建てる案も比較には残します」
「残せ。ただし、空室期間の費用を消すな」
机の端には、火曜日の検品倉庫の確認書があった。
午後八時。
三人。
安全靴。
見学できる作業の範囲。
西野から、先方が用意した入館手続きも届いている。
榊原は確認書に署名し、予定表へ戻した。
十二メガワットの利用企業は、まだ契約していない。
北側の土地も、まだ買っていない。
通信の二つ目の経路も、まだ分かれていない。
発電設備の納入日も、空欄のままだった。
それでも、十二という数字は消さなかった。
四メガワットずつ、使う時期と、必要な条件と、払う金に分けた。
壁の配置図には、一棟目の四角が描かれている。
その隣には、まだ線だけの増設区画が残った。
榊原は、最後の四メガワットへ続く線を消さなかった。




