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残金1,842円|第18話「人が集まる会社」

 午前六時四十二分、七時に出す車の運転手が、来られなくなった。


「救急車は呼びました。夫が、会社に連絡してくれって」


 妻からの電話を受けた社員は、机に置いた出勤予定を見た。


 男の名前の横には、まだ印がなかった。


「仕事はこちらで引き継ぎます。今は、そちらについていてください」


 病院が決まったら、落ち着いてから知らせてほしいと伝えた。


 受話器を置き、決めてあった連絡先へかける。


 現場責任者は、二度目で出た。


 社員は、時刻と便名を伝えた。


 積込みは前日に終えている。車両に異常はない。運転手が出勤できない。


 責任者は、本人へ直接電話をかけ直すようには言わなかった。


「配車へ連絡します。荷主には、遅れる可能性があると伝えてください。次の連絡は六時五十五分。それまでに代わりが決まっていなくても、こちらから入れます」


 社員は復唱し、電話を切った。


 壁の時計は、六時四十六分だった。


 征一が連絡を受けたのは、その二分後だった。


 配車担当は、すでに車と人を探していた。


 自社で乗務できる人を確認する。


 別の便から回せば、その荷物が遅れる。


 勤務を終えて帰った人を、すぐに呼び戻すこともできない。


 応援を頼める別拠点にも、その朝の仕事があった。


「外部は」


 征一が聞いた。


「一社、車ごと出せます。積み替えになります」


「到着は」


「ここへ七時四十分前後。まだ幅があります」


「発注は、止めていますか」


 電話の向こうで、一瞬、間があった。


「いつもの外注単価を超えています。責任者と確認しています」


 現場責任者は、代わりの車を探すよう指示できた。


 配車担当は、空いている車を見つけられた。


 だが、通常と違う費用を負担して、誰が発注するか。


 その境目で、手配が止まっていた。


「その車を押さえてください。費用は当社で持ちます。荷主への請求には入れません」


 征一は言った。


「相手の到着が確定したら、積替えと出発の見込みを出してください。工場には、先に必要な品目を確認する。全部を一度に届けることより、生産が止まらない順番を探しましょう」


 窓の外は、もう明るかった。


 征一は上着を取り、家を出た。


 新拠点へ着いたのは、七時八分だった。


 原材料を積んだ車は、所定の場所に止まっていた。


 その横に、現場責任者が立っている。手には、荷物の一覧があった。


「工場の返事です」


 先に必要なものには、印がついていた。


 工場には、まだ材料が残っている。ただし、予定どおりの順番で生産すれば、途中で不足する。


 別の製品を先に動かせば、受け取るまでの時間を延ばせる。


「こちらの都合で変えてもらっています」


 責任者が言った。


「はい」


 征一は一覧を受け取った。


 工場が何とかするから、間に合ったことにしてよいわけではなかった。


 荷台の奥にあった原材料を、先に降ろせるよう組み直す。


 運送会社へ、積む量と荷姿をもう一度伝える。


 早く来られると聞いただけで、必要な荷物を扱える車かどうかの確認を飛ばさない。


 現場は動いていた。


 受付では、予定どおり到着した別の車を、決めた待機場所へ案内している。


 通路は空いていた。


 征一は、荷主の物流責任者へ電話した。


「代わりの車は、手配しました。到着予定は七時四十分前後です。優先する荷物から積み替えます」


「工場へは、何時になりますか」


「七時二十分に、出発と到着の見込みを改めて連絡します。今は、予定の時刻より遅れると伝えてください」


「こちらは、生産の順番を変えます」


「ありがとうございます。変えた内容も、後で確認させてください」


 電話を切ると、責任者が見ていた。


「何ですか」


「いえ。追加の作業を、こちらで記録します」


「お願いします。運送代だけで終わらせないようにしましょう」


 運送会社の車は、七時三十八分に入ってきた。


 運転手が降り、荷物と行き先を確かめた。


 積み替える。


 数を合わせる。


 受け渡す書類を確認する。


 急いでいるからと、二人が同じ場所へ入らない。


 征一は、作業をする人の外側に立っていた。


 責任者が出発の時刻を知らせに来る。


 工場へ連絡する。


 荷物を受ける側の準備を確かめる。


 車が門を出た時、征一はようやく時計から目を離した。


 仕事は止まらなかった。


 だが、その朝の予定は、征一の会社だけでは取り戻せなかった。


 工場は生産の順序を変えた。


 原材料を受ける人は、別の作業から離れた。


 こちらの倉庫では、予定にない積み替えが入った。


 次に出す荷物の準備は、ほかの社員が引き受けた。


 借りた十五億円で作った拠点には、車も建物も設備もあった。


 運転手が一人来られなくなった朝、それらは全部そろったまま、最初の便が出なかった。


 午前中、征一は工場へ行った。


 物流責任者と、生産側の担当者が出てきた。


「全体の停止にはなりませんでした」


 生産側の担当者が言った。


「ただ、後の工程まで全部、元どおりというわけではありません。今日の分は、これから確認します」


 征一は頭を下げた。


「ご迷惑をかけました。こちらでも、変更した仕事を確認しています。分かったことは共有します」


 物流責任者は、机へメモを置いた。


「連絡は、決めた時刻にありました。それは助かりました」


 六時五十五分。


 七時二十分。


 その後の出発連絡。


 受ける側が書いた時刻が並んでいた。


「次にどうなるかが分かれば、こちらも動けます。ただ」


 相手は、征一を見た。


「榊原さんに連絡がつかなかったら、同じ時刻に車を頼めましたか」


 征一はメモを見た。


 外部の車を見つけた時刻と、発注した時刻の間が浮かんだ。


「そこは、変えます」


「必ずもう一人、待機させてほしいという話ではありません。それを全部料金へ入れられると、こちらも困ります」


「はい」


「ただ、通常と違うことが起きた時に、誰が決めるのかは、決めておいていただきたいんです」


 要求は、正しかった。


 同時に、いつでも使える余分な人と車の費用を、全額負担するとは言わない。


 征一にも、その意味は分かった。


 何も起きない日に余るものへ、金を払えるか。


 自分が荷主なら、同じことを聞いたかもしれなかった。


 会社へ戻ると、外部運送会社からの費用の連絡が届いていた。


 緊急手配。


 通常とは違う行程。


 積み替えに伴う待ち時間。


 経理責任者は、確認した内容を一枚にまとめていた。


「承認の記録を、お願いします」


 征一は目を通した。


「電話で頼んだ時点で、記録しています。これは、金額を確認した分です」


 経理責任者は言った。


 急いでいる時に言ったことも、後で紙に戻さなければならなかった。


 征一は確認を済ませた。


「本人は」


「病院で検査中です。奥さんから、今日は戻れないと連絡がありました」


「仕事の電話は、こちらからはしないでください。必要な手続きの連絡だけ、窓口を決めましょう」


 その日、夕方の車が戻るまで待って、朝の動きを確認した。


 責任者。


 配車担当。


 最初の電話を受けた社員。


 経理責任者。


 征一。


 それぞれの記録を、机へ出した。


 連絡先は決まっていた。


 実際に連絡もついた。


 荷主へ伝える時刻も守った。


 代わりの車も見つけた。


「ここで、社長の承認を待っています」


 配車担当が言った。


 紙の上に、短い空白があった。


「私のところへは、通常より費用がかかるという確認が来ました」


 現場責任者が言った。


「いくらまでなら、私が決めてよいか、はっきりしていませんでした」


「荷主の追加依頼なら、料金の承認を取ってから動かせます」


 配車担当が続けた。


「今回は、うちが予定どおり出せなかった分です。先方へ確認する話ではないので」


 征一はうなずいた。


 前の契約協議で決めたのは、荷主から急な変更が来た場合の対応だった。


 今日は、引き受けた仕事を、自社の事情で予定どおりできなくなった。


 同じ臨時便でも、誰が負担するかが違っていた。


「今朝のような場合は、現場責任者の判断で、代わりを手配できるようにします」


 征一が言うと、経理責任者が聞いた。


「条件を決めましょう。金額の上限だけでよいですか」


 安ければ、どの運送会社でもよいわけではない。


 高ければ、何もせずに待ってよいわけでもない。


 相手の会社を確認する。


 運べる荷物かを確認する。


 予定の便を動かすことで、別の仕事を壊さない。


 現場で決められる範囲と、征一へ連絡する範囲を分ける。


 征一につながらない場合に、誰が代わって判断するかも決めた。


 経理責任者は、一つずつ書いた。


「使った後は、理由と金額を報告します」


 現場責任者が言った。


「お願いします」


「その時に、別の会社ならもっと安かった、と戻されると、次は待つと思います」


 部屋が静かになった。


 責任者は、征一を見ていた。


 挑むような目ではなかった。


 今日、何を任されたのかを確かめる目だった。


「決めた範囲で、その時に確認できた情報を使って判断したものは、後から私の電話一本で取れたかもしれない値段とは比べません」


 征一は答えた。


「ただ、同じことが続くなら、次の手配は一緒に変えたい」


「それなら、できます」


 責任者は紙を引き寄せた。


 征一は、自分で言った条件を読んだ。


 任せるという一言より、ずっと狭かった。


 その分、明日の朝に使えるものになっていた。


 翌日以降の勤務を組み直すと、別の問題が出た。


 新拠点だけを見れば、必要な人はそろっていた。


 ただし、別の拠点から来てもらう日があった。


 元の拠点では、その人が抜けた分を、残った社員が引き受けていた。


 配車担当が、会社全体の表を持ってきた。


 新拠点。


 以前からの倉庫。


 定期の配送。


 車両の点検。


 休み。


 研修。


 一人の名前を動かすと、別の欄に空白ができた。


「普段は、ここで吸収しています」


 配車担当が指した。


 荷物の少ない時間を使う。


 帰着した運転手に、次の仕事までの範囲で手伝ってもらう。


 休みの希望を先に聞き、応援できる日を合わせる。


 どれも、間違った組み方ではなかった。


 それで実際に仕事は動いていた。


「今朝のように、当日、一人抜けると」


「重なる時間が、厳しいです」


「一人、採れば解決しますか」


 征一が聞くと、現場責任者は首を振った。


「運転できる人を採っても、倉庫の確認を全部任せられるわけではありません。倉庫の人を増やせば、運転手が戻った後の作業は減らせます。配車も、今は一人が見ている部分があります」


 人員の欄へ一と書けば、一人分が働くのではなかった。


 誰が何をできるか。


 その仕事を覚えるまで、誰が横につくか。


 覚えた人が休む日に、誰が代われるか。


 征一は、倒れた運転手の欄を見た。


 そこへ別の名前を入れるだけなら、男が戻った時に、一人余るように見える。


 だが、一人も余らない計画だから、その朝が崩れた。


「まず、今いる人の勤務を守れる形で、組み直してください。外へ頼む便も、全部戻す前提にはしない」


 経理責任者が、手元へ書いた。


「費用は、上がります」


「出してください」


 出してもらうまでは、征一にも、その言葉の重さは分からなかった。


 翌週、荷主から新しい仕事の相談があった。


 別の製品も、新拠点で扱えないか。


 稼働後の仕事を見て、工場側から出た話だった。


 荷物の移動は減った。


 工場の入口も空いた。


 必要な物が、決めた数量で届いている。


 あの朝に遅れた事実はあっても、それまでの改善が消えたわけではなかった。


 征一は現場責任者と、打ち合わせへ出た。


 追加する数量。


 入ってくる時刻。


 工場で必要になる時刻。


 保管する期間。


 今の仕事と、朝が重なった。


「面積は、使えますよね」


 購買担当者が聞いた。


「既設の設備で扱える範囲か、品目ごとに確認します。将来増設する区画は、今回の能力へ入れていません」


 征一は答えた。


 相手はうなずき、料金の案を出した。


 今の仕事へ追加する分としては、悪い数字ではなかった。


 土地も建物も、すでに持っている。


 同じ場所で扱えば、新たに拠点を作る費用は要らない。


 征一は、受けた場合の動きを頭の中で組み始めた。


 朝の作業を早める。


 前日に済ませられる分は、先にする。


 便の帰着と、次の荷物の準備を合わせる。


 横で、現場責任者が紙を置いた。


「この時刻は、今の仕事の積込みがあります」


「その前に、終わらせられませんか」


 征一が聞いた。


「入荷が、この時刻です」


 責任者は、荷主から出た資料を指した。


 征一は、もう一度読んだ。


 相手側の製造が終わる前には、荷物は出てこない。


 自分の倉庫の工夫だけでは、早くできなかった。


「一度、社内へ持ち帰らせてください」


 その帰り、征一は責任者へ聞いた。


「人を増やせば、受けられますか」


「教える期間を取れるなら」


「今いる人で、最初だけ」


 言いかけて、征一は止めた。


 責任者は窓の外を見ていた。


 返事を待っている。


 できませんと言えば終わる話でもなかった。


 仕事が入れば、会社へ金が入る。


 会社へ金が入れば、人も増やせる。


 始める前から全てを用意できた商売ばかりではなかった。


「無理を頼んだ分が、いつ終わるかまで出しましょう」


 征一は言い直した。


「人が採れなかった場合も、入れてください」


 戻ってから、三つの案を作った。


 今の人員で受ける案。


 新たに採用して受ける案。


 朝の一部を外へ頼み、全体を受ける案。


 最初の案は、休みや欠勤が重なった時に持たなかった。


 二つ目は、採用と研修の期間が必要だった。


 三つ目は、外注費を引くと、先方が示した料金では十分に残らなかった。


 征一は、外注先へ自分でも電話した。


 条件を伝え、継続して頼んだ場合を聞く。


 単発よりは下がった。


 それでも、計算が変わるほどではなかった。


 責任者は、その電話を聞いていた。


 征一は受話器を置いた。


「この金額で、先方へ出します」


 採用する場合と、外へ頼む場合。


 始められる日も、違う。


 荷主へ示すと、購買担当者は資料を読み直した。


「これだと、今の委託先から移す意味が小さくなります」


「はい」


「もう少し、今ある体制でできると思っていました」


「場所はあります。ただ、この時間に動く人が必要です」


「先に始めて、数量が固まってから増やすことは」


 征一は、用意してきた勤務の表を出した。


「その場合、いつまでに人を増やすかを決める必要があります。採れなかった時に、今の仕事まで遅らせる形にはできません」


 相手は黙って読んだ。


 断る理由を探しているようには見えなかった。


 自分の会社で、説明できる数字かを見ていた。


「一度、こちらでも検討します」


 数日後、当面は今の委託先へ残すと連絡が来た。


 征一は受話器を持ったまま、窓の向こうを見た。


 朝の作業が終わった倉庫には、空いている場所があった。


 今、その時刻だけを見れば、まだできそうに見えた。


「承知しました」


 征一は言った。


「条件が変わりましたら、またご相談ください。現在の仕事は、引き続き進めます」


 電話を切った後、すぐには席を立たなかった。


 現場責任者が、机の前へ来た。


「すみません」


「謝る話ではありません」


 征一は答えた。


 答えた声が、自分で思っていたより硬かった。


 責任者は動かなかった。


 征一は息をつき、資料を閉じた。


「取りたかった仕事です」


「はい」


「でも、出してもらった条件が間違っているとは思っていません。次に受けられるようにする話は、続けましょう」


 責任者は、ようやくうなずいた。


 人員を増やす案は、取り下げなかった。


 ただし、追加の仕事が入る前提の採用にはしなかった。


 今ある仕事を、休む人が出ても続ける。


 配車の補助をできる人を育てる。


 倉庫内の確認を、一人だけが抱えないようにする。


 採用後に、どの仕事を誰から移すかを決めた。


 最初の月は、教える人の負担が増える。


 その間に減らす仕事も決める。


 外へ頼む便を残した。


 経理責任者は、直した月次の計画を征一の前へ置いた。


「当初より、利益は減ります」


 征一は表を読んだ。


 ビルの収入。


 既存事業の収入。


 新拠点の収入。


 支払う費用。


 借入の返済。


 利息。


 修繕と更新へ残す金。


 新しい人の給与は、一度払って終わる費用ではなかった。


「この追加受注の試算は」


「基本の資金計画とは分けています。入らない前提で、こちらを作りました」


「その上で、次の入金まで」


「今の条件で回収できれば、払えます。ただ、余裕はこの分だけ減ります」


 経理責任者が、表の下を指した。


 征一は、その欄を何度か読んだ。


 借入を増やす欄はなかった。


 ビルの更新用に残した金も、持ってきていない。


「進めてください」


 経理責任者は、日付を書いた。


 倒れた運転手は、妻と一緒に会社へ来た。


 当面、乗務はできない。


 医師の指示に従い、復帰の見通しが分かってから相談することになった。


 小さな応接室で、男は座る前に頭を下げた。


「本当に、すみませんでした」


「今、無理に戻る日を決める必要はありません」


「でも、代わりの車が」


「会社で手配しています」


 征一が言うと、男は隣の妻を見た。


 妻は鞄を膝へ置いていた。


 持ち手を両手で握っている。


 経理の担当者が、休む間の扱いを説明した。


 使える休暇。


 給与へ反映される範囲。


 必要になる書類。


 確認してから返事をする部分。


 妻は、支払日を聞いた。


 担当者が答えると、手帳へ書いた。


「家賃が、その翌日なんです」


 言ってから、妻は少し笑った。


 説明しなくてもよいことを、説明してしまったような顔だった。


 征一は、机の上の紙を見た。


 会社では、一人分の給与だった。


 その家では、翌日まで待たない支払いがあった。


「戻るまで、席はありますか」


 男が聞いた。


 征一は顔を上げた。


「あります」


「人を、入れると聞いたので」


「一人が休むと、ほかの人が無理をする形を変えます。戻った時も、その形で働いてもらいたい」


 男は、しばらく征一を見ていた。


 やがて、両膝へ手を置いた。


「働けるようになったら、連絡します」


「お願いします」


 帰り際、妻がもう一度、経理の担当者へ支払日を確かめた。


 担当者は、持ち帰る紙の同じ日付へ印をつけた。


 征一は、そのやり取りが終わるまで待っていた。


 面接に来た男は、前の倉庫で何を扱っていたかを、詳しく話した。


 現場責任者が、作業の順番を聞く。


 間違いが起きた時、どこまで戻って確認したかを聞く。


 男は、自分がした失敗も一つ話した。


 征一は履歴書の空白より、その説明を聞いた。


「こちらへ来たい理由は」


 征一が尋ねると、男は少し黙った。


「勤務の予定が、決まる日を知りたいんです」


 責任者が、今の決め方を説明した。


 変更が必要になる場合。


 連絡する相手。


 休みの希望を出す日。


 男は、その部分をメモした。


 別の日に来た女性は、入出庫の記録を扱っていた。


 現場を見てもらった後、こう聞いた。


「数が合わない時は、車を止めて確認していいんですか」


「確認してください」


 責任者が答えた。


「出る時刻が近くても」


「そのまま出してよいか、こちらへ知らせてください。何が分かっていないかを確認します」


 女性は、責任者と征一を順に見た。


「前のところで、急いでいたからそのまま出したら、後で、なぜ言わなかったと聞かれたことがあって」


 征一は、机へ置いた手を動かさなかった。


「ここでも、忙しい日はあります」


 そう言うと、女性の表情が少し硬くなった。


「だから、止めた理由を聞きます。その理由があったのに、急いでいるから黙ってほしかった、とは言わないようにします」


 女性は、すぐにはうなずかなかった。


 その後で、給与の支払日と勤務の時間を聞いた。


 採用する側の返事を、その場で全部信じる義務はなかった。


 二人が入社する日を決めた。


 教える担当を決め、最初に任せる仕事を絞った。


 征一が会社の話をする時間も、短く取った。


 入社初日、二人の前で、新拠点を作った理由を話した。


 工場から出て、外の倉庫へ行き、また工場へ戻っていた荷物のこと。


 車が待っていた場所のこと。


 ここで受けることで、工場の人が別の仕事へ戻れるようになったこと。


「その仕事を、続けたいと思っています」


 征一は言った。


 会社を大きくしたいという話も、頭にはあった。


 ここで扱える荷物は、まだある。


 受けられるようになれば、次も作れる。


 ただ、初日に来た二人が、まず知る必要があるのは、今日、どこで誰に教わるかだった。


 征一は話を終え、責任者へ引き継いだ。


 二人が現場へ出る。


 机には、勤務条件の控えが残った。


 征一は給与の額を見て、書類を経理へ渡した。


 その週、入出庫の記録を教わっていた女性が、数量の違いを見つけた。


 予定の数量が、受け取った数として入力されていた。


 実際には、一部が届いていなかった。


 仕入れ先から、分けて届けるという電話があった。電話の記録は残っていたが、受入れの記録へ反映されていない。


 女性は、隣で教えていた社員へ声をかけた。


 二人で現物を確認する。


 責任者へ知らせる。


 荷主へ連絡する。


 不足分が届く時刻と、工場が必要とする時刻を合わせる。


 翌朝の配送の順序を、一部変えた。


 征一が報告を受けた時には、対応は決まっていた。


「こちらへ確認を入れなくてよかったですか」


 責任者が聞いた。


「決めた範囲ですね」


「はい。追加の費用も、ここまでです」


 征一は記録を読んだ。


 自分なら、別の順序にしたかもしれなかった。


 だが、その順序でも荷物は届く。


 別の便も崩れていない。


「そのまま進めてください」


 翌朝、荷物は工場へ届いた。


 征一が出社する前だった。


 月末、経理責任者の机には、書類が積み上がっていた。


 人が増え、現場の記録は前よりそろうようになった。


 そろった記録は、消えるのではなかった。


 確認する紙になって、経理へ来た。


 外へ頼んだ便。


 荷主と合意した追加の費用。


 受け取った請求書。


 支払った金。


 これから払う金。


 新拠点の書類の下には、以前からの仕事の分もあった。


 ビルの管理会社から来た更新の見積もりが、その横に置かれている。


「入力する人を、増やしましょう」


 征一が言った。


「必要です」


 経理責任者は答えた。


 それから、会社全体の資金の表を出した。


「ただ、それだけでは足りなくなっています」


 征一は椅子を引いた。


「何がですか」


「決まった支払いを確認する前に、これから何を引き受けるか、一緒に組める人です」


「今も、見てもらっています」


「見ています。でも、今月の支払いを確かめている間に、来月から始める話が進みます」


 征一は、表の右側を見た。


 先の日付が並んでいた。


 そこへ置かれるのは、経理責任者が自分で増やした支払いではなかった。


 征一が受けた仕事。


 現場で必要になった変更。


 採用した人。


 更新する設備。


 それぞれに理由があった。


「新しい仕事を止めたいんですか」


 征一は聞いた。


 経理責任者は首を振った。


「受けるために、先に見たいんです」


 その返事を、征一は黙って聞いた。


「今回の追加の仕事も、採用や外注の条件をそろえる時間が、もっと早く取れていれば、別の提案ができたかもしれません」


「取れたとは限りません」


「はい。でも、受けるか断るかが決まる前に、支払いまで含めて話す相手が必要です。社長が一人で全部を持っていると、こちらへ来た時には、もう相手が待っています」


 征一は、自分の手帳を開いた。


 翌週にも、相談の予定があった。


 まだ何も約束していない。


 だが、先方は、榊原なら何か考えると思って会いに来る。


 そういう仕事を、断らず聞いてきた。


 聞いた中から、実際に金になる仕事を見つけてきた。


「私と、一緒に行ける人ですか」


「必要なら。ただ、社長の返事を後から整えるだけの人では、続かないと思います」


 征一は、手帳から顔を上げた。


 経理責任者は、疲れた顔をしていた。


 今日だけ疲れたのではないことが、座って話して、ようやく分かった。


「心当たりは」


「一人います。まず、話を聞いてもらえるか、相談したいです」


「今、勤めている人ですか」


「はい」


「うちへ来る理由が、ありますか」


 経理責任者は、少し考えた。


「それは、本人へ聞かなければ分かりません」


 征一はうなずいた。


 金を出せば、土地は売ってもらえることがあった。


 条件を詰めれば、銀行は貸した。


 人にも条件はある。


 ただ、その人が今いる場所を離れ、こちらへ来るかどうかは、征一の計画だけでは決まらなかった。


「会ってもらえるなら、私から話します」


 経理責任者は、表をそろえた。


 翌月の勤務が決まった日、現場責任者が一部を征一の机へ持ってきた。


 承認を求めるものではなかった。


 決めた範囲で組み、共有するためだった。


 倒れた運転手の名前も残っていた。


 まだ便は入っていない。


 復帰の見通しを、本人と確認してから決める。


 征一は、その名前を見た。


 新しく来た二人の名前が、別の欄にある。


 教える社員の名前。


 休む人の名前。


 外へ頼む便。


 一枚の紙に、会社へ来る日と、来ない日が並んでいた。


 その週の給与の支払いが終わると、経理責任者が報告に来た。


 征一は、会社全体の資金の表を開いた。


 次の入金までに払う分は残っている。


 ビルの更新へ残す金も動かしていない。


 十五億円の返済予定表を、その横へ置いた。


 最初に借りると決めた時より、手元へ残る見込みは小さくなっていた。


 それでも、拠点は動いている。


 工場へ荷物は届いた。


 休む人が出ても、仕事は続いた。


 征一が知らないうちに見つかった間違いが、征一の返事を待たずに直った。


 経理責任者が部屋を出ると、机の電話が鳴った。


 取引先からだった。


「御社の担当の方を、お願いできますか」


 征一は相手の名前と用件を聞き、内線へ回した。


 向こうで、社員が電話を取った。


 征一は受話器を置いた。


 廊下から、新しく来た女性の声がした。


「はい、うちで確認します」


 征一は、開いていた返済予定表から顔を上げた。

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