第一章8 「茜色の空」
車内を一通り調べ終えたあと、四人は同じ車両に戻っていた。
座席に腰を下ろし、それぞれが少し距離を取りながら向かい合う。
誰も何も言わない時間が、しばらく続いた。
だが、それで状況が変わるわけでもない。
夕真が、軽く息を吐く。
「……このまま黙ってても、何も分かんねぇな」
少しだけ視線を巡らせてから続ける。
「分かってること、出してくか」
提案というより、確認だった。
美海が小さく頷く。
「……うん」
凪沙も静かに同意する。
「それがいいと思うわ」
朝陽も、わずかに頷いた。
夕真が背もたれに体を預けながら話し始める。
「俺は……メールだな」
一拍置く。
「高校んときのツレから来た」
軽く言っているが、その奥はあまり触れられたくなさそうだった。
「久しぶりだったし、何かあったのかと思って来てみりゃ――この有様だ」
肩をすくめる。
美海が、少し迷いながら口を開く。
「……私も、メール」
視線を落としたまま続ける。
「中学のときの友達から」
一瞬、言葉を選ぶようにしてから、
「……茜って子」
その名前を口にした。
夕真がわずかに視線を動かす。
ほんの一瞬だけ、何かを引っかけたような反応だったが、すぐに表情を戻す。
何も言わない。
凪沙が、淡々と続ける。
「私も同じよ」
「大学時代の知人から連絡が来た」
一拍置く。
「名前は……茜」
空気が、ほんのわずかに揺れる。
だが誰も、それを口にはしなかった。
偶然かもしれない。
そう思おうとする空気が、その場に残る。
自然と、視線が朝陽へ向く。
「……」
朝陽は少しだけ考えてから口を開いた。
「俺も、メールで呼ばれた」
一度、言葉を切る。
「……でも、差出人は分からない」
正確には、最初から何も表示されていなかった。
けれど、それ以上は言わない。
「ただ……」
視線を落とす。
「来る前から、ここに来るって分かってた気がする」
言葉にしても、やはり説明になっていない。
それでも、それが一番近かった。
夕真が、小さく息を吐く。
「……ああ、それ言ってたな」
軽くなぞるような言い方だった。
「最初はよく分かんなかったけどよ」
少しだけ視線を上げる。
「こうやって並べてみると、妙に引っかかるな」
完全に理解したわけじゃない。
だが、無視もできない。
凪沙が静かに言う。
「共通点はあるわね」
指先を軽く組む。
「“呼ばれた”ことと、“過去に接点のある人物”からの連絡」
そこまで言って、わずかに間を置く。
「そして――名前」
それ以上は続けない。
あえて踏み込まなかった。
美海が、小さく呟く。
「……偶然、だよね」
誰に向けたわけでもない言葉。
誰も答えなかった。
そのときだった。
「……っ」
急に、意識が揺れる。
重い。
瞼が、強引に落ちてくる。
「……なん、だ……これ……」
夕真の声が、遠くなる。
美海が座席に手をつく。
「……ねむ……」
凪沙も、眉をわずかに寄せる。
「……意識が……」
抗おうとするが、間に合わない。
理由もなく、説明もなく、
ただ一方的に、意識が引きずり込まれていく。
朝陽は、最後に窓の外を見る。
暗い海。
揺れる波。
その景色が、ゆっくりと歪んで――
意識が、途切れた。
◆
――目を開ける。
静寂が、そこにあった。
電車は、止まっている。
いつの間にか、音が消えていた。
朝陽はゆっくりと体を起こす。
「……」
違和感は、すぐに分かった。
窓の外。
そこに広がっていたのは――
朝焼けだった。
燃えるような、茜色の空。
その下に広がる、静かな海。
水平線の向こうまで、穏やかに続いている。
「……」
見覚えがある。
いや――違う。
“知っている”景色だった。
電車は、無人の島の上に止まっている。
ホームもない。
ただ線路だけが、島へと繋がっていた。
現実ではありえない光景。
それでも――
胸の奥が、強くざわつく。
まるで、
ここに来ることを、
ずっと前から知っていたかのように。




