第一章5 「ループする景色」
三人になったことで、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
ほんの少しだけだが、さっきまでの息苦しさは確実に薄れている。
それでも、この電車が異常であることに変わりはなかった。
揺れも音も同じまま、夜の景色も相変わらず繰り返されている。
美海はまだ距離を取りながらこちらを見ていたが、その視線はさっきよりもわずかに柔らかい。
完全に警戒が解けたわけではない。それでも、もう一人でいるときのような強張りは感じられなかった。
「……これ、ずっと同じとこ回ってるよね」
不安を押し殺すような声だった。
「ああ、さすがに見間違いじゃねぇな」
夕真が軽く答える。
そのやり取りを聞いて、美海は小さく息を吐いた。
「……変だよね」
ぽつりと漏れた言葉には、どこか安心したような響きが混じっていた。
「変だな。まあ、ここまで来たら普通の方が困るけどな」
夕真が肩をすくめて笑う。
その軽さに、美海は一瞬きょとんとして、それからほんの少しだけ口元を緩めた。
朝陽は窓の外を見たまま口を開く。
「……時間もおかしい」
二人の視線が集まる。
「さっきから、進んでる感じがしない」
時計に目を落とすが、感覚と一致しない違和感だけが残る。
「景色はループ、時間は曖昧……か。だいぶ来てんな」
夕真が低く呟く。
軽い口調とは裏腹に、状況はしっかり見ている。
美海は少しだけ視線を泳がせながら言った。
「……じゃあ、この電車って」
その先の言葉を飲み込む。
朝陽は短く答える。
「どこかに向かってる」
断定ではないが、迷いもなかった。
「……行き先、ってこと?」
「ああ、多分な。止まらないし、戻らない」
夕真が続ける。
窓の外では、同じ夜の街が繰り返されている。
「だったら、前にしか進まねぇだろ」
その言葉で、空気が少し変わる。
進んでいる、という感覚が三人の中で初めて共有された。
美海はゆっくりと頷いた。
「……そっか」
まだ不安は残っている。
けれど、それだけではなくなっていた。
そのとき、夕真がふと思い出したように言う。
「そういや、名前まだだったな」
軽い調子だった。
「俺は夕真」
それを聞いて、美海はほんの少しだけ迷い、視線を落とす。
警戒はまだ残っている。それでも――
「……美海」
短く名乗る。
それ以上は言わないが、それで十分だった。
朝陽も続ける。
「朝陽」
名前だけのやり取りだったが、それで距離は確実に縮まる。
夕真が小さく笑う。
「三人いれば、なんとかなるだろ」
その言葉には、わずかに実感がこもっていた。
美海は一度だけ視線を逸らし、それから小さく頷く。
「……うん」
電車は変わらず、夜の中を走り続けている。
同じ景色をなぞるように。
それでも――
三人の間に生まれた変化だけは、確かに本物だった。




