第一章4 「三人目」
電車は、変わらない速度で走り続けていた。
揺れも音もさっきと同じはずなのに、どこか感覚だけがずれている。
どれくらい時間が経ったのか分からないまま、ただ夜の中を進んでいる。
ふと、違和感に気づく。
窓の外に流れている景色が、さっきから変わっていない。
見覚えのあるビル、同じ看板、同じ交差点。
通り過ぎたはずの場所が、また現れる。
「……なあ」
思わず声が出る。
夕真はすでに気づいていたのか、窓の外をじっと見ていた。
「同じとこ、回ってんな」
軽く言うが、その声にはわずかな緊張が混じっている。
「……やっぱりか」
見間違いじゃない。
同じ景色が、繰り返されている。
夕真は腕を組みながら、背もたれに体を預けた。
「まあ、普通じゃねぇのは最初からだけどな」
冗談っぽく言うが、目は笑っていなかった。
そのとき、カタン、と小さな音がした。
車両の奥。
二人のいる場所とは別の方からだった。
視線が自然とそちらへ向く。
ドアは閉まっている。
誰もいないはずの方向。
「……今の、聞こえたか」
「……ああ」
短く答えると、夕真は少しだけ姿勢を起こした。
「他にもいる、ってことか」
軽く言うが、探るような目をしている。
「……行くか」
夕真の一言に、わずかに間を置いて頷く。
止まる理由もなかった。
二人で立ち上がり、車両の奥へ向かう。
ドアの前で足を止め、互いに視線を交わす。
小さく頷いて、ドアを押す。
――開いた。
隣の車両に入った瞬間、空気が少し変わる。
わずかに冷たい。
それだけで、さっきまでとは違う場所だと分かる。
「……っ」
小さな息を呑む音。
視線を向ける。
座席の端に、ひとりの少女がいた。
こちらを見た瞬間――
「……っ、誰よあんたたち!」
鋭い声が飛んできた。
立ち上がり、距離を取る。
「ちょっと、近づかないで!」
強い口調だったが、わずかに声が震えている。
夕真はすぐに手を上げた。
「おっと、悪い」
軽い調子だったが、ちゃんと距離を保つ。
「怪しいもんじゃねぇよ」
「この状況でそれ言う!?」
少女は即座に返す。
正しい反応だった。
夕真が苦笑する。
「まあ、そうだよな」
それ以上踏み込まない。
朝陽は動かずに聞く。
「……いつから乗ってる?」
少女は一瞬だけ言葉に詰まり、それから答える。
「……気づいたら、ここにいた」
嘘ではないと分かる声だった。
「メール、来たか」
その一言で、少女の表情が揺れる。
「……来た」
少しだけ視線を逸らす。
「私は茜からメールをもらって……」
言いかけて、ほんの少しだけ迷う。
「あ……中学の時の友達、なんだけど」
その名前に、夕真の表情が一瞬だけ変わった。
けれど、すぐに何事もなかったように戻る。
「……“助けて”って」
少女は続ける。
沈黙が落ちる。
夕真は何も言わない。
ただ、わずかに視線を逸らした。
偶然かもしれない。
そう思うには、出来すぎている。
それでも、今は口に出さない。
朝陽は二人の様子を見ていたが、何も言わなかった。
まだ、確かめるには足りない。
「……あんたたちも?」
少女が聞く。
「まあな」
夕真が答える。
それ以上は言わない。
少女はゆっくりと息を吐く。
「……一人かと思った」
さっきよりも、少し弱い声だった。
「こっちもだ」
短く返す。
それだけで、十分だった。
少女はゆっくりと顔を上げる。
完全には警戒を解いていない。
けれど、さっきのような強さはなかった。
夕真が、ふっと笑う。
「三人目、ってわけだ」
軽く言う。
その一言で、空気が少しだけ緩む。
二人だった場所に、もう一人加わる。
それだけで、こんなにも違う。
電車は変わらず、夜の中を走り続けている。
同じ景色を繰り返しながら。
けれど――
その中にいる自分たちは、確実に変わり始めていた。




