第一章20 「星屑を眺めて」
焚き火は、まだ静かに燃えていた。
さっきまでの空気が少しだけ残っていて、誰もすぐには立ち上がろうとしなかったが、それでも重苦しさはなく、ただ同じ時間を共有しているような穏やかな静けさが流れていた。
「……腹減ったな」
夕真がぽつりと呟く。
一瞬だけ間が空き、その空気を破るように美海が吹き出した。
「ちょっと、空気読んでよ」
「読んでるだろ。読んだ上で言ってんの」
肩をすくめる夕真に、凪沙が小さく息を吐く。
「確かに、現実的な問題ではあるわね」
「でしょ?」
少しだけ得意げに言う夕真に、美海はお腹を押さえるようにして笑った。
「……言われたら余計お腹すいてきた」
さっきまでの空気が、少しだけほどける。
火の音が、ぱち、と軽く弾けた。
「明日はちゃんと食料確保しないとな。魚、もう一回いけそうじゃねぇ?」
「そんな簡単に言うけど……」
美海は不安そうに笑いながらも、完全には否定しなかった。
「まあ、やるしかないでしょ」
夕真が軽く言い、凪沙もそれに続く。
「水は確保できているし、火も使える。食料さえ安定すれば、最低限の生活は維持できるわね」
「なんか、それっぽくなってきたな。サバイバル生活ってやつか」
夕真が苦笑する。
「軽く言ってるけど、普通に大変だからね」
美海の言葉は呆れたようでいて、どこか柔らかかった。
それでも、さっきまでより確実に空気は軽くなっている。
「……でも」
少しだけ間を置いて、美海が続ける。
「なんか、ちょっと安心したかも」
夕真がちらっと視線を向ける。
「なにが?」
「こうやって、普通に話してるの」
少し照れたように笑う。
「さっきまで、ずっと変な感じだったから」
夕真は短く頷く。
「まあな」
それだけで、十分だった。
凪沙は何も言わなかったが、否定もしなかった。
そのとき、ふと美海が顔を上げる。
「……星、すごくない?」
その一言で、自然と全員の視線が空へ向く。
夜空には、無数の星が広がっていた。見慣れているはずの空とはまるで違い、ひとつひとつがくっきりと浮かび上がり、まるで空全体が光を帯びているように見える。
「……こんなに見えるもんか?」
夕真が、少し驚いたように呟く。
「光源がほとんどないからでしょうね。空気も澄んでいるし、観測条件としては良好よ」
凪沙が冷静に答えると、夕真が苦笑する。
「いや、そういう話じゃなくてさ……」
美海は、しばらくそのまま星を見上げていた。
「……ちょっと怖いくらい綺麗」
その言葉に、誰もすぐには返さなかった。
朝陽も同じように空を見上げる。
広がる星の光に、胸の奥がわずかに揺れたが、それを無理に追おうとはしなかった。ただ、今はこの景色をそのまま見ていたかった。
「……明日、絶対魚捕ろうね」
ふいに美海が言う。
「急に現実戻すなよ」
夕真が笑う。
「だってお腹すくじゃん」
「まあ、それはそうだな」
凪沙が淡々と頷く。
「食料の確保は最優先事項よ」
「ほんとブレねぇな、おまえ」
夕真が肩をすくめる。
小さな笑いが自然と広がり、その空気のまま、誰も無理に言葉を重ねようとはしなかった。
火のぬくもりと星の光が静かに重なり、波の音だけが変わらず続いている。
その中で――
四人の距離は、確かに少しずつ縮まっていた。




