第一章15 「食料確保」
家に戻ると、四人はそれぞれ水を口にした。
そのまま飲めるわけではないと分かっていても、喉を通る感覚だけで、少しだけ安心できる。それほどまでに、体は正直だった。
「……落ち着くな」
夕真が、壁にもたれながら呟く。
「水があるだけで、だいぶ違うよね」
美海も小さく頷く。
凪沙は、手元の容器を見ながら言う。
「煮沸すれば安全性はある程度確保できるわ。火の管理が重要ね」
「つまり、火もちゃんと使えないとダメってことか」
夕真が軽く息を吐く。
「一個ずつだな、ほんと」
誰も否定しなかった。
少しの間、静かな時間が流れる。
疲労と安心が混ざった、奇妙な感覚だった。
やがて、夕真が体を起こす。
「で、飯の話だ」
その一言で、また現実に引き戻される。
「さっきのやり方じゃ無理なのは分かった」
「うん……完全に逃げられてたし」
美海が苦笑する。
凪沙が静かに続ける。
「素手での捕獲は非現実的ね。別の方法を考える必要があるわ」
夕真が、少し考えるように視線を動かす。
「……囲えればいいんだよな」
「囲う?」
美海が聞き返す。
「逃げ場を減らすってことだ。広いと無理でも、狭けりゃどうにかなるかもしれねぇ」
凪沙が頷く。
「理にかなっているわね。地形を利用すれば可能性はある」
朝陽は、静かにその会話を聞いていた。
頭の中で、さっき見た海の様子をなぞる。
波の流れ、岩の位置、魚の動き。
「……浅い場所なら、いけるかもしれない」
ぽつりと口にする。
三人の視線が向く。
「岩が多いところなら、動きが制限される」
夕真が、少しだけ口元を上げる。
「いいじゃねぇか、それ」
美海も頷く。
「さっきの場所、そういうところあった気がする」
凪沙が短くまとめる。
「試す価値はあるわね」
それだけで、方針は決まった。
再び海へ向かう。
さっきと同じ道のはずなのに、今度は少しだけ足取りが軽い。
「さっきより、作戦っぽいね」
美海が小さく笑う。
「まあな、ただ突っ込むよりはマシだろ」
夕真が答える。
朝陽は前を見ながら歩く。
同じ景色でも、見え方は変わる。それは少しだけ“理解し始めている”からかもしれなかった。
岩場に着くと、波が少しだけ複雑に入り組んでいた。
水の流れがゆるやかになり、小さな溜まりのような場所がいくつかできている。
「……ここなら」
朝陽が呟く。
夕真が頷く。
「よし、やってみるか」
四人は、それぞれ位置を取る。
逃げ道を塞ぐように、ゆっくりと囲む。
「……いくぞ」
夕真の声が落ちる。
動く。
水の中で、影が散る。
だが、さっきのように一瞬で逃げ切ることはできない。
「今!」
朝陽が声を上げる。
夕真が手を伸ばし、水を切る。
――ばしゃ、と大きな音が響いた。
その手の中で、銀色の影が跳ねる。
「……っ、捕まえた!」
夕真が思わず声を上げる。
「ほんと!?」
美海が駆け寄る。
「やったじゃん!」
凪沙も、わずかに目を見開く。
「成功ね」
短い言葉だったが、確かな評価だった。
夕真は、手の中の魚を見ながら笑う。
「……マジでいけたな」
朝陽は、その様子を見ながら静かに息を吐く。
ほんの小さなことかもしれない。
それでも、確かに前に進んだという感覚があった。
その後も、同じ方法で何匹か捕まえることができた。
完璧ではないが、十分な成果だった。
「これなら、なんとかなるかも」
美海が嬉しそうに言う。
夕真も頷く。
「少なくとも、食えはするな」
凪沙が静かに補足する。
「継続できる方法として確立できれば、安定する可能性は高いわ」
朝陽は、海を一度だけ振り返る。
さっきまで“どうにもならない場所”に見えていた景色が、少しだけ違って見えた。
やり方を変えれば、状況も変わる。
それは、この場所でも同じだった。
四人は魚を手に、拠点へ戻る。
さっきよりも、足取りははっきりと軽かった。
ただ生き延びるだけではない。
少しずつ、“生活している”という実感が生まれていた。




