第一章10 「集合写真」
波の音が、一定のリズムで響いていた。
ついさっきまであれほど激しく揺れていた世界が嘘のように静まり返り、朝焼けの光だけが穏やかに島を照らしている。
四人はしばらく、その場に立ち尽くしたままだった。
言葉を発することすら、どこかためらわれるような空気があった。
「……とりあえず、だ」
やがて夕真が、空気を切り替えるように口を開く。
「ここ、調べるしかねぇだろ。このまま突っ立ってても、何も分かんねぇしな」
軽い調子ではあったが、その視線はすでに周囲を見渡している。
状況を把握しようとしているのが分かった。
「……そうね」
凪沙も短く頷く。
「ここがどこなのか、どうして私たちがここにいるのか……順序立てて整理する必要があるわ」
美海はまだ少しだけ海の方を見ていたが、二人の言葉に押されるように、小さく息を吐いた。
「……うん。そうだね」
自然と、三人の視線が一人に向く。
朝陽は、少し遅れて顔を上げた。
「……ああ」
短く答える。
それだけで、四人は歩き出した。
――けれど、その足取りの中で、
朝陽だけがどこか、意識の焦点を外しているようだった。
島は、想像していたよりも広かった。
少し歩くだけで、崩れかけた家屋や、使われなくなった井戸、放置されたままの道具が目に入る。
人がいた形跡は確かに残っているのに、そこから生活の温度だけが抜け落ちているような、不自然な静けさがあった。
「……完全に廃村、って感じだな」
夕真が辺りを見回しながら呟く。
「でも、そんなに古くはないわ」
凪沙が続ける。
「朽ち方が中途半端……時間の経過が、一定じゃないように見える」
「え、それどういうこと……?」
美海が不安そうに眉を寄せる。
「風化している部分と、ほとんど変わっていない部分が混在しているのよ。普通なら、こんな状態にはならない」
淡々とした説明だったが、その内容は決して穏やかなものではなかった。
三人の会話を聞きながら、
朝陽は一歩、また一歩と、少しだけ遅れて歩いていた。
視線は周囲の景色ではなく、
どこか、もっと曖昧なものを追っている。
そのとき、不意に足が止まる。
視界の端に、小さな家が映った。
他の建物と同じように古びてはいるが、
なぜかそこだけ、妙に“形を保っている”ように見えた。
「……?」
理由は分からない。
それでも、自然とそちらへ足が向く。
「おい、どこ行くんだよ」
夕真の声が後ろから飛んできた。
「ああ……いや」
振り返りながら、少し言葉を探す。
「……あそこ、ちょっと気になる」
指差すと、三人もその家へ視線を向ける。
「気になるって……何かあるの?」
美海が首を傾げる。
「……分からない」
正直に答える。
「でも、なんか……引っかかる」
凪沙がその言葉を聞いて、わずかに目を細めた。
「……なら、確認するべきね」
四人で、その家へと向かう。
扉は半分壊れていて、軽く押すだけでゆっくりと開いた。
軋む音が、静まり返った空間の中でやけに大きく響く。
中は、想像していたよりも整っていた。
埃は積もっているものの、荒らされた形跡はない。
まるで、そこにいた誰かが“ある日を境に消えた”かのような、そんな不自然な空白が広がっている。
そして、その奥で――
朝陽の足が、止まった。
壁に、一枚の写真が飾られていた。
古びた、集合写真。
何人かの子供たちが、笑っている。
その中に――
「……っ」
胸の奥が、強くざわついた。
「どうした?」
夕真が隣に並ぶ。
「……いや」
答えながらも、視線は動かない。
写真の中の、一人の少女。
白いワンピースを着て、
少しだけ困ったように笑っている。
――知っている。
そう思った。
けれど。
「……誰だ、これ」
口から出たのは、そんな言葉だった。
分からないはずなのに、
分からないことが、おかしいという感覚。
美海が隣で写真を見つめる。
「……この子」
眉を寄せながら、言葉を探す。
「なんか……見たことある気がするんだけど……」
けれど、そこで止まる。
「……分かんない」
凪沙は何も言わず、ただじっと写真を見つめていた。
その視線は、どこか探るように鋭い。
夕真は、軽く息を吐く。
「……こういうのが一番、気持ち悪ぃんだよな」
ぼそりと呟く。
軽い口調のようでいて、その奥には確かな違和感があった。
朝陽は、ゆっくりと写真から目を離す。
胸の奥に残る感覚だけが、消えない。
波の音が、遠くで鳴っていた。
まるで――
何かを、思い出させるように。




