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第6話 大黒柱の傷

「怪気が治るまでは絶対に山に入るな」


喜助は何度もそう言って大作を止めたが、

仲間を失った大作の執念は、誰にも止められなかった。



顔の怪我はまだ治っておらず、

わずかに動かすだけで包帯に赤黒い血が滲む。


そんな満身創痍の状態で、大作は喜助にすがりつき、

銃の扱い方を必死に学び始めた。



銃の重み、硝煙の臭い、引き金を引く感覚。


すべてを身体に叩き込んでいく大作に、ある日、

喜助とチヨが手渡したものがあった。



それは、五平が愛用していた村田銃だった。


化け物に襲われた際、

隣村の鍛冶屋に頼んで直してもらったのだという。


木製の銃床には、あの時の化け物のものと思わしき、

深く、おぞましい「牙の傷」が刻まれたままだった。



五平の魂が宿る銃を握り締め、大作の瞳に静かな炎が宿る。


それから大作は、喜助と共に何度も狩りへ出かけ、

猟師としての腕を血に滲む努力で磨き上げていった。



季節は流れ、その年の秋。

自然の恵みが少なくなる頃、それは突如として現れた。


山に餌がなくなったのか。

人間の味を占めたのか。


あるいは、あの時生き残った大作の、

血の匂いを呼び寄せたのだろうか。



化け物は、夜の闇に紛れて大作の家を襲撃した。


ちょうどその夜、嫁も子供も友人の家へ行っており、

大作は一人で家にいた。


静まり返った夜の帳を破り、

玄関の頑丈な木戸が「メリメリ」と凄まじい音を立ててへし折られる。



直後、部屋の中に充満したのは、あの川沿いで嗅いだ、

特有のおぞましい獣臭だった。


大作の身体が瞬時に総毛立つ。


だが、今の彼の手には石ころではない。

五平の村田銃がある。



「誰か来い! 熊だ!!」


大作は集落中に響き渡る大声を張り上げながら、

即座に銃を構えた。



ズズっ、ズズっ……。


巨大な身体を、板壁に擦り付けるような不気味な音が近づいてくる。


暗闇の向こうから、月明かりを背にしてヌッと現れたのは、

見間違うはずもない、あの化け物だった。



五平叔父貴を、一郎を、頼三を、清一を、

目の前で無残に喰らい殺した、山の怪異。


凄まじい恐怖が脳を支配しようとする。

だが、それ以上に昏い怒りが大作の身体を突き動かした。



「ガアアアアッ!!」


大作の気配を察知した化け物が、

狂暴な咆哮とともに巨大な前足を振りかぶった。


鋭い爪が家の太い大黒柱を深く引き裂き、

凄まじい風圧が大作を襲う。



だが、大作は逃げなかった。


喜助から叩き込まれた「熊の急所」の教えを頭の中で叫びながら、

化け物の身体が目の前に迫る、その極限の瞬間まで引き付けた。


狙うは、奴の左胸――アバラの3枚目。心臓の真上。



「死ねやあぁぁぁッ!!」



大作の叫びと同時に、引き金が引かれた。



ダーーーンッ!!!



狭い家の中に、鼓膜が破れんばかりの轟音が炸裂した。


激しい閃光が闇を照らし、

真っ白な硝煙が視界を覆い尽くす。


挿絵(By みてみん)


「うおおおああっ!!」


大作は撃つと同時に、手応えを確かめる暇もなく大声を上げながら、

背後の窓を蹴破って隣の家へと死に物狂いで走った。



真夜中の集落に響き渡った銃声と、大作のただならぬ怒号。


異変を察知した喜助をはじめ、

銃を持った大人たちが次々と大作の家へと駆けつけてくる。



「大作! 無事か!?」

「あいつだ! あいつが出た!!」



大人たちが松明を掲げ、大作の家の中へと突入する。


しかし、そこに化け物の姿はすでになかった。


ただ、大黒柱に深く刻まれた生々しい爪痕と、

大作が放った一撃によって飛び散った、

化け物のものと思わしき大量の赤黒い血痕が、

床の上にべっとりと残されているだけだった。



化け物は、手痛い一撃を喰らい、

血を流しながら夜の原生林の奥へと逃げ去ってしまったのだ。


暗黒の闇が広がる山を見つめ、大作は激しく息を荒げながら、

五平の銃を強く握りしめ続けた。


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