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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
最後ノ彼 櫂人《かいと》
47/47

最終話 幸福に愛される未来

 アゼーレ城、応接間にて。幻がソファーに、向かいには四護神(ガーディアン)たちが座る。(まほろ)が伝えたいことがあるらしく、四人を呼びつけたのだ。


「で、まだ何かあるのか?」

「貴方たちには、真実を知る権利があります」

「これ以上に、まだ俺たちが知らないことがあるんですか?」


 今回の件で、王族守衛隊の隊長に昇格したルシトが腕を組む。亡くした恋人は空中庭園にて葬られており、土の下に眠る彼女の墓碑前で様々な報告をしたい彼は、少しだけ急かすように語尾を強めた。


「ルシト、貴方が柚葉を召喚できたのはなぜですか」

「それは、特別に施された魔法陣を描き、あの紙に従って――」


 胸元のポケットに入っているはずの、アゼーレ超大国に伝わる伝説の一部が記された紙を探すも、そこは空だった。


「えっと、あれはどこに」

「無いのは当然です。それは、古の神(オリエント)によってつくられた嘘なのですから」

「……なん、だと?」


 驚くあまりに、ロッカスは眉根を寄せたまま動きが止まる。レイは目を大きく見開き、ルシトが幻を呆然と見つめる中、ライヤだけが平然を保っていた。


「おかしいと思ったんじゃ」

「ライヤは、気づいていたのですか」


 皆の視線がライヤに集まる。ふ、と息をついたライヤが天井を見つめる。


「腑に落ちない部分が多くてな。考えてみんしゃい、四護神に選ばれた俺たちに、体の何処かに浮かぶ痣以外、共通点はないじゃろ」

「ちょっと待てよ、それじゃあ話にならないぜ」

「他にもあるぜよ。ルシト、お前さんが柚葉を召喚できたのもまた、古の神の掌の上の出来事なんじゃよ。違うかの?」

「そうですね、簡単に話をまとめますと……」


 まず、異世界からこの世界に来た者は皆、理を破った者と見なされる。そこで、櫂人、川崎、石井がその対象に入る。そして、古の神は、理を破った者二人を生きたまま体内に喰らうことを条件に、理の上で行ってはならない行為である神崇高行為を止めると言った。だが、アーネストにとって、パルテノン帝国の兵力増強のために、川崎と石井が必要だった。


「あの銃とやらを持ち込んだのは、奴らだったのか」

「そうです、二人が武力を提供する代わりに、櫂人を捕えたいと、アーネストに交渉したのです。その結果、アーネストはもう一人の理を破った者を用意する必要があった」


 だが、それで神の為になるのかと考えたアーネストが、祈りを通じて古の神に問うた。さすれば、この大陸に流れる四つの気を体に取り込んだ人間を喰らえば、力は何倍も増し、常に姿形を留めることができるようになると伝えた。


「ですが、異世界の人間がこの世界の力を体に蓄えるには、代償が必要だったのです。理には、力を得るには対価を支払わなければならないことも組み込まれていました」


 古の神が考えた対価は、生死を懸けた試練を乗り越えることだった。しかし、戦神子一人で挑戦することを考えれば、何の知識も力も持たない人間がそれを達成する確率は低かった。

 そこで、この世界の四大国に住む者の中から、旅に関わりやすくかつ戦神子が力を得れる確率が高い者を選択した結果が、ルシト、レイ、ライヤ、ロッカスなのである。


「確かに、妻や家族が居たら、旅なんてできないでしょう」

「俺には親がいるが、国外に出たい気持ちが強かったからか」


 一人一人が各々の選択された理由を考えてみれば、納得がいった。ルシトは奪われた国を救うために唯一国外に逃げだしたアゼーレ出身の者であり、レイには、家族や恋人もおらず、嫌われ者としての生活を余儀なくされていたため、マール王国に留まるよりは逃げ出したい気持ちが強かった。ライヤもまた、遊び人として国内をふらついており、加えて、王族の監視下にいることに、王族の一人である自分が何も出来ないことにも嫌気が差していた。ロッカスは大会で優勝するほどの戦闘力があり、かつ世界を回って旅をしたい気持ちがあった。


「そして、彼らには異世界の人間を来させる力は残っていなかった。他の人間に召喚してもらうしかありませんでした」


 櫂人がアゼーレ超大国にいることがわかったアーネストが、単身でアゼーレ城の書庫に忍び込み、偽りの戦神子伝説を紛れ込ませたという。


「そこで、櫂人捕獲、アゼーレ超大国の支配、古の神の力をより強力なものにできる、成せれば一石三鳥であるアゼーレ超大国侵攻を選択したんじゃな」


 ライヤが頷きながら、唇をへの字に歪ませる。


「その通りです。ルシトが逃げ出し、戦神子なる理破りの者を召喚すれば、あとは行方を見守るだけでした」


 幻が一通り説明を終えると、ゆっくりと立ち上がった。


「私は、元いた場所に戻らなければなりません。最後に、柚葉に挨拶と帰界も兼ねて、お会いしたいのですが」

「……もうちょっと、待っててやれんか」

「俺からも頼む」


 珍しく二人の意見が合ったレイとライヤが、驚きながら互いに見つめ合った後に、寂しさを含んだ笑みを浮かべた。


「彼女はきっと、あそこにいます」















 早く会いたい気持ちに駆られ、ようやく移動装置が地面に着いた瞬間、櫂人のもとへと続く扉を開けに駆けだした。重い扉を開けば、そこは何も変わっておらず、入口の燭台に灯る火が、揺れている。

 影しか見えない櫂人との距離が、何故か悲しくなる。彼はもう、死んでいる。嫌と抵抗する柚葉の脳内に、何度も叩き込まれた、愛する彼の死の事実を、未だに受け入れないでいる。

 アゼーレ城の者が櫂人を地上に運ぼうとしたが、それは四護神たちによって止められた。櫂人が一番に会いたいのは柚葉であり、彼女もまた、誰より櫂人との逢瀬を望んでいた。なので、誰にも触れられていない櫂人は鎖に繋がれたままだった。


「櫂人」


 自然と、涙が溢れる。もう柚葉には、櫂人以外の何物も目に映らない。踏み外し、落ちれば死は確実である狭い通りの両脇を挟む穴に恐怖など感じなかった。

 一歩近づけば、足元を照らす火の玉が浮かび上がる。もう一歩踏み出せば、何十個もの火の玉が生まれ、通路の奥、鉄檻の中をも照らし出す。

 はっきりと見える彼の姿に、ぶわっと感情が込み上げ、それはそのまま涙へと変わる。


「櫂人っ!」


 彼のもとへと走り出し、鍵の無い頑丈な鉄檻の柵を掴んだ。シャツの左胸、心臓部分に黒い穴が開いている。それは、紛れもなく、撃ちこまれた銃弾の痕跡だった。


「【火の気:灼熱(ヘルファイア)】」


 後退し距離を置いて、人一人入れるくらいの穴を開ける為、檻の柵を溶かす。


「【火の気:火球飛投(フレイムボールスロー)】」


 掌の上で生まれた魔法陣から火球を生み出し、櫂人を繋ぐ鎖を溶かす。宙づりになっていた櫂人が床に落ちる瞬間、柚葉が後ろに回って抱え込めば、櫂人の重みに耐えることができず、そのまま尻餅をつく。


「目を覚まして、櫂人」


 土埃や、頭から流れていたであろう、黒く変色した血が付着している頬に触れる。櫂人の頭を自分の膝に乗せ、上半身を優しく抱き込む。


「私、あなたが居なきゃ生きていけないの」


 既に冷たくなった額に、自分の額を重ねる。落ちていく涙は、櫂人の頬を伝い流れる。

そして、共に過ごした六年の月日と、彼のいない四年の月日が、走馬灯のように脳裏に浮かんでいく。時には喧嘩もしたが、それを含めても幸せだったと思える時間は、彼を亡くしたことで暗転し、柚葉の人生に消えない影を落とした。


「そうだ、【水の気:治癒水(アクアヒール)】」


 櫂人に向けて、回復魔法を詠唱する。だが、櫂人の傷が癒えるだけで、現状は何も変わらない。


「お願いだから、目を開けて! 私を見て、俺の自慢の恋人だよって、いつものように言ってよ」


 声が枯れそうなくらい大声で叫ぶも、櫂人には届かない。こんなにも近くにいるのに、愛する彼と想いが交わることはない。


「言って、ほしいのに……」


 嗚咽を漏らしながら、泣いた。彼を想って、ひたすら泣いた。呼吸が苦しくなり、目が真っ赤に腫れてもまだ、泣き続ける。

 どこかで信じられずにいた櫂人の死を、受け入れる時が来た。童話のように、奇跡が起きて、彼が目覚めればいいと思うも、それは叶うはずもなく。


 開いた扉から現れた四護神と幻に気付きもせず、彼らが近づく足音でやっと顔を上げるも、その涙は止まらない。二人の姿に、心を痛めたロッカスが背を向ける。男が泣くなんて、恥ずかしいとさえ思っていた彼が今、大粒の涙を流している。

 櫂人に誰にも触れさせまい、そう思わせるような抱き方に、ルシトがそっと声をかける。


「柚葉、既に一日が経とうとしています。そろそろ、お戻りに――」

「嫌だっ……」


 頭を左右に大きく振り、強い拒絶を示した。


「もうずっと、こんなところに閉じ込められておったんじゃ。櫂人にも、日の光を拝ませてやりんしゃい」

「……もう少しだけ、もう少しだけ……」


 櫂人を抱きしめる力が強まる。彼の胸元に顔を埋め、外側に居るもの全てを拒絶するような態度で、ぐっと彼にしがみつく。


「……俺が、ここにいる。柚葉の側に居るから、皆は戻っていい」


 今までに見たことのない彼女を、胸を痛めながら見つめるレイが、檻に背を預けながら言った。


「二人を放っておけない。俺も残るぜ」


 レイの隣で、二人に背を向け屈むロッカスが、手の甲で涙を拭いながら答える。


「今は、気の済むまで側にいるんが一番かもしれんの。んじゃ、交代制にするかの。ルシト、それでいいじゃろ?」

「わかりました」


 幻は、下唇を噛みしめながら、心の中で、弔いの意味を込めて手を合わせる。柚葉の心を刺激しないように、簡単に挨拶を済ませた。


「柚葉のおかげで、世界を救うことができました。心から、感謝しています」

「……」


 けれど、櫂人は救えなかったとでも言うように、手が震え、爪が食い込むほど強い力で服を握る。


「ありがとうございました」


 丁寧に、心からの感謝を頭を深く下げることで、礼に表す。それに目もくれない柚葉に、心を痛めながら幻は、自分の役目を報告するため流星郷(バースプレイス)に戻っていく。共に、この部屋からルシトとライヤが出て行く。


 そうして、しばらく経ったとき。何も変わらない状況の中で、柚葉の異変に気付いたのはロッカスだった。


「柚葉?」


 問いかけるも、返事はない。櫂人の胸元を掴んでいた手は下にだらんと垂れ、床についている。頭は項垂れ埋もれたまま、涙で濡れたところが乾きつつあることを知る。


「柚葉っ」


 レイが隣に来ると、彼女の両肩に手を置いて腕で背中を支える。すると、小さくゆっくりと肩が上下しているのがわかった。


「……そりゃあ、そうだよな。あんだけ泣けば、疲れて眠っても仕方ない」

「そうだな。柚葉を、上に運ぼう」

「櫂人は俺が運ぶ」


 伏せた目の下に、クマが出来ている。涙痕を優しく拭きとると、レイが柚葉を背負った。ロッカスが立ち上がり、床に倒れた櫂人に近づく。柚葉と同じく、櫂人の死を信じたくない本心とは違い、手を合わせる。


「お前は、幸せ者だよ。本当に」


 そう言いながら、手を下ろしたロッカスが、櫂人を背負うために、彼の手を自分の首に回そうとしたときだった。


「……!?」

「ロッカス、行こう」


 落ちないように、足元に慎重になりながら彼の名を呼ぶレイが、後ろに振り返る。すると、ロッカスの動きは止まったままだった。


「柚葉は、寝たのですか」

「無理もなかよ」


 丁度そこにやって来たライヤとルシトが、扉を開けて中に入る。


「ロッカス、どうした?」


 怪訝そうに見つめるレイが、柚葉をもう一度背負い直した。


「かっ、櫂人がっ……!!」















 それとなく、重い瞼を擦りながら開ける。視界に入るのは、真っ白な天井だった。どっと押し寄せる疲労感のせいか、起き上りたくない気持ちに駆られる。だが、見たこともない部屋なので、柔らかい羽毛布団を捲り上げ、熱い体を冷たい空気に晒す。手をついて起き上れば、どうやら、自分が寝ていたのはベッドだったらしい。

 吹いてくる風の出所は、手を伸ばせば届く距離にある、左隣の開いた窓だった。温かみのあるベージュ色の壁と見つめ合い、自分がここで寝るまでの成り行きを考える。すると、過去の出来事が徐々に思い出される。


「か、いと」


 意識せず、ぽつりと呟いた言葉を、耳で捉えてまた繰り返す。回らない頭がようやく認識したときには、ベッドを駆け下り、スライド式の扉から部屋を出た。

 見覚えのある廊下に出た柚葉が、部屋の外で待機していた兵士に肩を掴まれる。


「柚葉様っ」


 銀色の鎧に身を包んだ兵士の、胸に描かれた花畑と森の上を羽ばたく鳥の紋章を見て、自分の居場所を確認した。


「ごめんなさい、行かなくちゃ!」


 櫂人のもとへと向かおうとする柚葉が、自ら兵士の手を剥がした。再び前へ向き直れば、目の前の人物が立ちはだかっていた。


「おはようございます」

「る、ルシト!」


 軽く会釈するルシトが、すかさず両肩を掴んだ。今度は逃れることができないと諦める柚葉が、落胆して肩を落とす。


「わかってる、だけど、最後だから、これで最後だから……」


 涙が零れ落ちる前に、ルシトがハンカチを差し出して拭き取った。


「最後で、いいんですか?」

「え?」


 ふ、と微笑んだルシトの言葉が理解できず、目が点になる。


「あなたが起きる頃だと思い、参りました。共に、来てください」

「え、ちょ、ちょっと!」


 先に行くルシトの背中を追いかける柚葉は、思考力のない頭で必死に考えながら、駆け足でついていった。

 辿り着いたのは、高級なソファーとテーブルが置かれた応接間であり、そこには誰もいなかった。


「此処で待っていてください」

「う、うん」


 一礼したルシトの笑みが焼き付いて離れない柚葉は、先ほどの言葉の意味を考える。櫂人に関することだとは思うが、彼の何にも結びつかない。ようやく、彼の死を受け入れることができた柚葉が、形見なるものを見つけたのではないかという答えに辿り着いたとき、応接間の扉が、ゆっくりと開いた。

 それは、時が止まったかのような、長い一瞬だった。


「柚葉」


 何度も抱きしめた、筋肉がつき引き締まった体、レイヤーを入れたマッシュスタイルの茶髪、感情表現豊かな凛々しい顔、その全身が目の前に現れ、いつか聞いた優しく逞しい声音が、自分の名前を呼ぶ。目に溜まった涙が、一気に流れ落ちる。


「か、櫂人っ!!」


 胸元に勢いよく飛び込めば、しっかり受け止めてくれる。温もりを確かめるように、頬に手を寄せる。顔を上げ、目と目を見つめ合わせれば、呼吸ができなくなるくらい強く抱きしめられる。


「く、くるしっ」

「全部、王様から聞いた。俺のせいで、お前を巻き込んで、危ない目に合わせて、本当にごめん!」

「わかった、わかったから、離して……」


 もっと抱きしめていたかったのに、呼吸の苦しさには勝てず、がっちりした胸を強く押しやった柚葉に安心させる間もなく、櫂人は、涙でぐっしょり濡れた柚葉の頬に両手を寄せる。


「怪我はないか?」

「う、うん。でも、どうして、どうして櫂人が――」


 櫂人を初めて目にしたときを思い出す。確かに、心臓を撃ち抜かれた痕があった。櫂人に近寄り、そこに手を伸ばし触れるが、服も新調してあるため、痕跡はない。


「柚葉に守ってもらったんだ」

「あたしに?」


 ズボンのポケットに手を入れ、中に入っていたものを取り出し、見せた。


「こ、これっ」

「柚葉がくれたお守りだ。穴が開いて、壊れちゃったけどな」


 握られていたのは、櫂人がバイク事故に遭った後、病室でお守り代わりに渡した銀のプレートが付いたネックレスだった。プレートは、銃弾の通った穴が開いている。


「銃弾の衝撃を吸収して、先端が体にめり込むだけで済んだんだ」

「そうなんだ」


 ネックレスを手に取り、よかった、と呟いたまま前へ倒れ、櫂人に体を預ける。柚葉の背に両腕を回し、彼女の温もりをしかと感じる。


「この世界にいれば、大怪我しても柚葉に治してもらえるのは嬉しいな」

「何言ってるの、まったく」


 あはは、と笑いながら、小さな頭を愛で撫でる。何年も恋焦がれていた彼が今、目の前にいる。そして、自分を抱きしめてくれる。言葉にせずとも、彼の愛が伝わる。この瞬間を、どれほど待ち望んでいただろうか。


「あ、そういえば!」

「ん?」


 大切に仕舞っていた手紙を、つまんで取り出す。常に大切に持っていた、今思っても、奇妙な手紙ではあるが。


「これ、もしかして、櫂人が――」

「っ!」


 次の瞬間、顔を真っ赤にした櫂人が、素早く手紙を取り上げる。それを取り返そうと伸ばした手を、もう片方の手で捕まえる。


「あ、櫂人っ!」

「ち、違う! これは、俺じゃ……」

 

 嘘をつけない性格を十分に理解している柚葉が、すぐさまそれをズボンのポケットに突っ込み入れる櫂人の頬を抓まんだ。


「わかってるもん! これ、どうしたの?」

「……もう、お前に会えないと思って。でも、時間がなくて」


 自由な場所に人、モノを送れる転送装置を利用し、川崎たちにも知られないように、家のポストに入れたらしい。


「本当に、ありがとう」

「あ、恥ずかしいから、話題逸らそうと――」


 言葉の先は、不意に落とされた口づけによって止められる。久しい感触と甘い痺れに、意識を持っていかれそうになる。そっと離れたのは、櫂人からだった。


「違うよ。俺は」

「そろそろ、いいでしょうか」


 少し開いた扉の向こうで、遠慮がちにルシトの声が響いた。どこの下りから見ていたのかは知らないが、彼の存在に、二人とも気づいていなかった。


「る、ルシト!」

「王様がお呼びです、謁見の間に来てください」


 それだけ伝えると、空気を読んでか、颯爽とその場を去って行った。はぁ、とため息をついた櫂人が、気を取り直し、柚葉の手をとった。


「行こう」

「うん!」


 櫂人の言葉の続きが気になるが、聞く間もないので、彼につられて王様のもとへと向かった。

 手を取り合い、中へと踏み出せば、身の丈を優に超す玉座に腰掛ける王様と、御前で片膝をついている四護神がいた。


「やっと来たか」

「すみません、王様」


 四護神の隣に立ち、深々と頭を下げる。頭を上げ、柚葉が隣を見れば、安心したかのように優しく微笑む三人と、視線を逸らし、苦笑するルシトがいた。


「で、そなたたちはどうする? 幻とやらにも聞いたが、此処に残ってもいいと言っていた。それならば、必要なものすべてを用意しよう。住処は、アゼーレになるがな」

「俺たちは、元の世界に帰ります」


 初めて櫂人の考えを聞いた柚葉は、先ほどの冗談とも受け取れる言葉から、この世界に残りたいのだと思っていた。


「柚葉が帰るんは、寂しいの。柚葉、俺と共に」

「いや、柚葉は俺の自慢の恋人だ。何て言われようと、絶対に渡さない」

「えっと、やめてください」


 触れたら痺れそうな、痛々しい視線を交わす二人の間に入った柚葉がレイに助けを求める。すると、呆れたように溜息をついたレイが、ライヤの頭に軽く拳骨を食らわした。


「痛っ、何するんじゃ」

「やめろ。わかっているだろう」

「王様の御前です、そういった行動は控えてください」

「まぁ、よかろう。それなら、ルシト。彼女を召喚した場所まで案内しなさい」

「承知いたしました」


 皆で礼をし、再び立ち上がる。そして、六人はその場を後にした。ロッカスは、櫂人との約束を果たすために、城下町の広場へと移動する。復活しつつある城下町の簡易喫茶店の中では、柚葉がレイ、ライヤ、ルシトと話し合っていた。


「三人は、今後どうするの?」

「俺は、ロセリア王国に戻るぜよ。やりたいことがあってな」

「マール王国復興に手を貸してくれると、王様がおっしゃってくれた。ここに住んで、どちらの復興も手伝おうと思う」

「俺は王族守衛隊隊長として、王様を守りながら、周りの兵士と共にもっと精進していこうと思います」


 ミルクと砂糖を一粒入れ、甘さを足した紅茶を乾いた喉に通し、しめ濡らす。


「柚葉はどうするんじゃ?」

「私は、何もかもをリセットして、新しい人生を歩むんだ!」


 太陽の様にきらきらした笑顔で応える。死んだ上司と同僚のいる会社を退社し、再就職するために就職活動をしなければならない。大変だとは思うが、櫂人と共に歩む未来は、とても明るい。


「だから言っただろ、わざと負けたんじゃないって」

「あのときはそうだっただろ。危うく魔法使うところだったぜ」


 櫂人の頬に、痣が出来ている。椅子から立ち上がり、心配して近寄るも、大丈夫だと言った櫂人が入口に置いていた荷物を取り担いだ。


「柚葉、俺はここでさよならだ」

「俺もじゃ。気を付けて帰るんじゃよ」


 レイ、ライヤと握手を交わす。最後、ライヤがハグをしようとするも、櫂人によって止められる。


「油断も隙もないな、本当」

「なんじゃ、最後だからいいじゃろうに」

「二人とも、元気でね!」


 再び喧嘩になりそうな雰囲気に、柚葉が間に割って入る。手を振れば、二人は、ぱたぱたと振り返してくれる。途端に、視界が歪み始める。


「お前ら、幸せになれよ」

「ロッカスもな!」

「ありがとう、ロッカス」


 互いに右、左、そして両拳をぶつけ合うロッカスと櫂人が、最後に抱きしめあう。そして、妖精の森(フェアリーフォレスト)入口で、一行が見えなくなるまで手を振り続けた。遠くなり、やがて木々の向こうに消えて行くロッカスの姿に、耐え切れなくなった柚葉が、大声で泣き始める。


「離れたく、ないよ」

「私も、悲しいです」


 共に旅をした五人の思い出を共有できない櫂人が、彼女をルシトに任せ、後ろを歩く。

ルシトが後ろ肩に手を伸ばし、自身も溢れ出る涙を拭う。

 泣きじゃくる柚葉を宥めながら、小さな宿屋を過ぎ、三人は少し開けた場所に辿り着く。そこは柚葉が召喚された場所であり、地面に描かれた魔法陣が光り輝いていた。


「柚葉、残っても」

「嫌だ!」


 嗚咽を漏らしながら、泣くのを抑えようと、必死に呼吸を整える。このままでは、櫂人を、ルシトを困らせるだけだ。


「ありがとうございました、柚葉。何度言っても、感謝が尽きません」

「私を召喚してくれて、ありがとう。本当に、ありがとう」


 最初は、面倒くさいと思っていた。だが、いつの間にか誕生日も忘れるくらい楽しく、つらいときもあったが、四人と共に旅をできて、そして、アゼーレ超大国を救えてよかった。かつ、ルシトが召喚してくれたからこそ、今こうして、櫂人と共に帰界できるのだ。ルシトと同じくらい、いや、それ以上に心から感謝している。

 ルシトの手から離れ、魔法陣の側にいる櫂人のもとへと行く。


「柚葉を守ってくれて、ありがとう」

「いいえ。あなたは、命を懸けて、この国を守ってくれたんです。こちらこそ、お礼を言いたい。そして、これからはあなたが、柚葉を守ってください」


 拭いきれない涙を、見せるわけにはいかない。ルシトは、二人が消えるまで、ずっと頭を下げ続けた。寂しさと、感謝と、幸せになれるよう願いを込めて。

ルシトの言葉に笑顔で、深く頷いた櫂人が、魔法陣の中心へと足を踏み入れる。先に行こうとする櫂人の後を追いかけようと、一歩踏み出せば、振り向きざまに彼が、柚葉に後ろ手を差し伸べる。


「一緒に、帰ろう」

「うん!」


 無限に溢れる光の中で、二人はルシトの前から、異世界から姿を消した。こうして帰界した柚葉は、二度と会えることのない仲間との別れがつらく、櫂人の胸で一晩中泣き明かした。


 普通ならあり得ない出来事を通し、愛する人を取り戻した柚葉が、みんなの事を忘れないようにと、二人で経営する飲食店名を「アゼーレ」と名付けた。一度離れるも、四年の月日を経て再び逢った二人が、苦難を乗り越え、ようやく結ばれた。二人は誰にも邪魔されることなく、幸せな未来を歩む。運命を分かち合うことを誓い、結婚した柚葉のお腹には今、新しい命が宿っている。


「櫂人、それ砂糖だよ」

「わかったから、柚葉は大人しくしてくれ」


 身重の柚葉を気遣う櫂人が、椅子から立ち上がろうとする彼女の元へと行き、再び座らせる。カウンター越しに見える調理場に立つ櫂人が、安心した様に息をついた。


「大好きだよ、櫂人」

「なっ、いきなり……俺も、柚葉を愛してるよ」



 その絆、どうか永遠に。


この小説を読んでいただき、ありがとうございました。

楽しんでいただけたら、幸いです。


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