四話 終焉
一行は、大広間に出た。二人並ぶことができるくらいの狭い横幅の道が真っ直ぐに続き、両脇を挟むのは底の見えない穴。広間の中心には、サーカス団の所有する猛獣を入れておくのに適したサイズの鉄檻が設置されており、その中に、人影が見えた。
「気を付けてください、柚葉」
ルシトの注意も聞かず、柚葉は一歩、踏み出した。すると、扉の真上に設置された蝋燭の火が消え、代わりに柚葉の足元を照らすように、通路の両端に火の玉が現れる。
本来なら、どんな危険があるかもわからないため、四護神が先導するべきだったのだが、もう柚葉の瞳には、櫂人以外見えていなかった。
鉄檻の中に横たわる人物の影しか見えない。今すぐ駆け寄りたい気持ちもあるが、どこか怖い気持ちもある。四年間、ずっと彼に会いたくて、幾夜となく涙を流したのだ。それが実現するのは、嬉しい。けれど、誰もが発言しているように、彼は、既に――
「か、いと」
愛しい彼の名を呼んでみる。だが、それは空しく響くだけだった。同時に、火の玉が通路の奥まで、そして鉄檻の周囲に現れる。明るく照らされた鉄檻の中が、今、遠目からでもはっきりと見える。
「櫂人っ!」
駆け寄ろうとする柚葉を、後ろから追って来た幻が、ライヤが止める。入口で待つメンバーの中で、顔見知りであるロッカスだけが、目を逸らすように背を向けた。
「酷いだろ、あれはっ……」
檻の天井から伸びる二つの鎖が、手首に嵌められた錠に繋がっている。足首にも同様に、より重々しい錠が嵌められていた。天から吊るされた男の頭が、項垂れている。表情は見えないが、櫂人が気に入って何度も着用していた細いストライプ柄の青いシャツ、黒いズボン、そして有名なブランド物の革靴を履いていた。どれも薄汚れている。
「櫂人っ、櫂人っ!」
思い切り手を伸ばし、涙を流し、声の出る限りその名を叫ぶ。これ以上、柚葉の気が乱れれば、古の神を滅することは不可能になる。この世に存在する神を消すには、持てるすべての気力を要するからだ。
それを危惧した幻が、下唇を噛みしめながら、襟首に手刀を落とす。脳が揺れる感覚に襲われた直後、がくん、と頭を落とした。
「幻、これはやりすぎじゃろう」
「恨まれても、仕方ありません。ですが、これも世界の為、そして彼女の為です」
後悔の念を見せながら、幻は柚葉を担いだ。ライヤも、それ以上近づくことができず、踵を返す。
「ロッカスは、いいんですか」
「……最初に、あいつに寄り添うべきは柚葉だ。だろ、ライヤ」
「当然じゃ。きっと彼も、それを望んでおるじゃろう」
全てが終わってから、再び会いに来る。最後に扉を閉めたロッカスが、柚葉の代わりに、心の中で誓った。
自分の守る世界内なら、何処にでも移動できる能力を使い、一行はパルテノン帝国の城内に侵入した。毒々しい紫色の炎が燭台に灯り、不気味な雰囲気を放っている。もはや王の居ない城を攻略するのは容易だった。迫り来る門兵を魔法でなぎ倒し、城の天辺へと向かう。
謁見の間の玉座の後方にある扉から、細い階段を昇れば、頂上に辿り着いた。視界は一気に広がり、妖精の森が見渡せる。だが、雷を伴った雲が強風に流れ、今にも嵐が来そうな天気だった。
「柚葉、本当にすみません」
「……」
「私の為でなく、どうか世界の為に、力を貸してくれませんか」
「……私にしかできないことだから、やるよ」
戦神子である自分のやるべきことを把握している柚葉は、自分の感情を必死に抑え、一歩前に出る。柚葉を囲むように、四方に移動する四護神もまた、片膝を地面に付け、忠誠を誓う僕のように柚葉に向かって頭を下げる。
「時間はあります、準備ができたら教えてください」
誰も入ってこれないよう、階段の出口に結界を張る。そして、豪華な金粉が散りばめられた長机の上に乗せられた、食べ物や飲料、紫と黒の花々、仁王像を思わせる黒ずんだ銅像など数々の供え物を端に避けながら、幻は着々と準備を始めている。
試練を乗り越えて得た力の全てを柚葉に渡すために、四護神たちは目を瞑り、彼女に向けた掌に気を集中させる。
柚葉の胸中は、揺れていた。それはもちろん、櫂人のことだった。檻の中で吊るされた姿が、目に焼き付いて離れない。もし自分が、櫂人の事情に気付けたなら、櫂人が死ぬことはなかったかも知れない。苦しむことも、こんなことに巻き込まれることもなかった。
誰のせいで櫂人が亡くなったのか。この事情を知っている人ならば、川崎が悪いと答えるかもしれない。だが、櫂人の側に居たにも関わらず、何も知らずにただ同棲できる日を待ち望んでいた自分のせいでもある。自分をいくら責めても、責めきれない。
帰界したら、櫂人の両親になんて言おう。真実を伝えるか、何も告げずに四年前の事故のせいにするか。話そうかと考えるも、事故より酷い事実を告げて、これ以上苦しい思いをしてほしくない。櫂人もきっと、両親が悲しむことを望まないだろう。
「――おい、柚葉!」
「っ、ごめんなさい」
ロッカスの声掛けで我に返った柚葉が、知らぬうちに流していた涙を拭い、目を瞑る。櫂人は、世界を救うために戦った。だから、自分も世界を救うために出来ることをしなければならない。
気を持ち直した柚葉が、天を見上げる。頭上で両手を翳し、四護神の気と自分の体内を巡るすべての気を、そこに集める。
ルシトは白、レイは紅、ライヤは青、ロッカスは緑、柚葉は虹色で描かれた小さな魔法陣が足元に浮かぶ。集う気力が大きくなるにつれて、五つの魔法陣が徐々に拡大し、重なり混ざって、一つの大きな魔法陣へと変化する。
「幻、いいよ」
「わかりました」
いつの間に連れてきた二人の死体を、長机に乗せる。柚葉の行為によって分解された川崎の死体は、縫合されていた。
「流星郷から来界したこの世の守護者、幻だ。古の神よ、約束を果たしに参った」
四護神と同じように片膝をつくと、天を見上げた。すると、贄として捧げられた二人の死体が、黒く光り出し、やがて粒子となって天へと昇っていく。
「貴様、約束が違うではないか!」
空に響く怒声が、雷となって地上に落ちる。厚い雲を引き裂いて降りてきたのは、四つ頭の図体の大きい闇龍だった。
喜、怒、哀、楽を示した人面がそれぞれに張り付いており、黒目の中に映える赤い瞳孔を、幻に向ける。
「もう、あなたに神を名乗る資格はない」
「小生意気な餓鬼が! 我が直々に喰らい尽くしてくれる!」
左右に広がる紫色の翼をはためかせ、牙を剥き出しながら一直線に襲い来る。
「解放!」
幻が声を上げると、すぐさま五人が詠唱を始めた。
「「「「「【光の気:輪廻転生】」」」」」
「なっ!」
勢いに乗った闇龍は、もはや止まることはできなかった。
「貴様、奴らの存在を――」
「この作戦を見破られないようにするため、結界で隠しました」
光あふれる魔法陣から生まれるのは、この世界に新たに君臨する、黄金に輝く神の化身。城を容易く包み込む大きな両手は、その手の中に闇龍を覆い隠す。
抵抗するため、各頭から炎、氷、雷、麻痺風を力の限り吹き出す。だが、それらは全く通用しない。
「神とは、広い心を持って何事にも接するもの。そなたは、理破りを理由に欲を出し、多くの犠牲を出した。それは決して許されざる事であり、死を持って償うべき大罪である」
「戯言を――っ!」
次の瞬間、新たな神と共に闇龍が光の粒子となって、天に昇って行く。そして、すべてが暗雲に吸収された後、清い光の日差しが射したかと思えば、急速に雲が消え、パルテノン帝国に四年の間に見ることがなかった青空が広がる。息をきらした柚葉が、その場に座り込みながら、行方を見届ける。
幻が、笑みを浮かべながら後方に振り向く。大業を成し遂げた四護神もまた、塀に腰を掛ける者もいれば、ある者は地べたに突っ伏し倒れている。一時ではあるが、自身の役目を終えた幻が頭を下げて、礼を述べる。
「ありがとうございました。世界を、救うことが出来ました」
「もういいから、頭上げろって」
「全力を出し切ったような疲労感はあるが、実感は湧かんのう」
快晴の空の下、眠たくなる陽気であるが、重い腰を上げ、皆が差し伸べる幻の手に触れる。
「さぁ、戻りましょう」
次の瞬間、パルテノン帝国の城の頂上から、六人の姿が消えた。




