三話 彼の足跡
「なんで、此処にいるの」
「あの方たちは誰ですか?」
ルシトの問いに、柚葉が頷く。すると、川崎が銃を下ろした。
「石井、柚葉に向けて撃つなってあれ程言っただろうが」
「だってうざいんだもん、あいつ」
逆ハーとかムカつく、と舌打ちしながら、柚葉を睨み付ける石井は、盛大な溜息をついて玉座に座った。会社の昼休みでは一緒にご飯を食べ、休日はショッピングに出かけるくらい仲の良い親友と信じていた彼女が、自分を嫌っているなんてまったく知らなかった。とても悲しく、涙が出そうになるのを必死に堪える。
「あの二人は、前の世界で、お世話になった人たちで」
「じゃ、あの男が言っていた恋人っていうのは」
「本当、だけど違う! 流れに流されて断り切れなくて付き合っただけで、私はずっと、ずっと櫂人のことを――」
「あいつ、殺しといて良かった」
川崎の一言が、柚葉の胸に突き刺さる。焦点が合わず、視界が大きく揺れ、目が虚ろになる。
「何を、言ってるの?」
「俺と柚葉の仲を邪魔するあいつ、殺して良かった。これで晴れて、俺たちは結ばれる」
「ねぇ雄大、話が違うでしょう? 柚葉を監視するために、わざわざ私と別れて付き合ってるって言ってたじゃない!」
柚葉の知りえない事実を、石井は淡々と言葉にする。川崎が、石井に銃口を向ける。
「お前みたいな女より、俺は柚葉が好きだ。心から愛しているんだ」
にたあっと笑う川崎が、歪んだ愛情に染まった目を、柚葉に向ける。悪寒が走る震える肩を、ルシトが支え、ライヤとレイが守るように前に出る。
「んで、お前さんが殺した証拠はないんじゃが」
「あのときの状況を、詳しく教えてやるよ」
柚葉が知りたがっていた櫂人の行方を知るのは、この三人である。できる限り情報を得て、かつ時間を稼げれば少しは気力も回復する。川崎が話すように向けたライヤの策は、成功した。
櫂人が川崎と知り合ったのは、信号無視によるバイク事故を起こした時だった。加害者は櫂人、対する被害者が川崎だった。当時、柚葉と同棲するための資金を貯めていた櫂人は、川崎に謝罪した。多くの金は払えないが、その他の事なら何でもする。川崎は独自で進めていた異空間移動装置開発プロジェクトの実験台になることを条件に、示談で解決した。
世界的に有名な大企業『川崎エンターテイメント・プライズ』の御曹司である川崎雄大は、膨大な金を餌にあらゆる技術者を集め、長年かけて開発した装置は、本社ビルの地下深くに移動され、そこで実験を行った。
実験を行うまでに必要だと嘘をつき、何日にも分けて櫂人の血液を抜き取った。本人には伝えていないが、もしこの世界に戻ってこれなかった、または死亡した場合、このプロジェクトが世間に公表されるのを恐れていたため、実験当日の四年前、死亡事故を偽装したのだ。
「そこまでは上手くいったんだ、なのにあいつは」
「……ルシト、その手、離して」
共に旅する中でも聞いたことがない程、怒りに震える低い声音で、ルシトの手を掴んだ。すると、ロッカスが逆の肩を掴む。
「柚葉、最後まで聞こうぜ」
「……」
人を捨て駒みたいに扱う川崎の態度に、とても腹が立っていた。同時に、気付けなかった自分が情けなくて、悔しかった。
そんなやりとりも知らず、川崎は続けた。辿り着いた異世界で、川崎は櫂人にあることを依頼していた。それは、空間を安定した環境の中で往来するために制作した転送装置の設置だった。だが、櫂人は一つの転送装置しか設置しなかった。
一つは、元の世界にある大元の装置とリンクしている固定転送装置、もう一つは自分が強くイメージした場所あるいは人に贈ることができる自由転送装置だった。設置したのは、前者の方だった。
「武力をもって異世界を支配するって話、聞いてたんじゃない?」
「いや、奴の前でその話は……あぁ、そうか。俺たちが来界した際、茂みに隠れて聞いていたのか」
そして、その装置を守るために櫂人は大会に出て、アゼーレ超大国の王に身の隠し所を用意してもらったのだ。その後、アゼーレを支配した後に、装置を奪い、川崎が櫂人を銃殺した。
(この世界の人たちを、守るために櫂人は)
肩を掴む二人の手を、無理やり剥がす。そして、レイとライヤの肩を横へと押し、自分の通り道をつくる。
やりきれない思いで一杯の柚葉が、歯を剥き出すようににやりと笑った。何を考えているのかわからない、恐怖に駆られた石井が銃を向ける。
「死ねっ!」
「【水の気:水流粋護】」
躊躇いなく放たれた銃弾は、ライヤが唱えた防御魔法により、柚葉に当たることなく床へと落ちる。それに気づいているのか、いないのか、柚葉は変わらず川崎を見据えていた。
ルシトがその背中を追いかけようとするも、それは一人の男によって止められる。
「柚葉」
突然、目の前に現れた男は、櫂人の容姿をした幻だ。そう、幻もパルテノン帝国に加担した敵の一人であり、柚葉の脳内でも、敵だと変換される。
「【火の気:地獄炎――】」
「解放」
玉座に向かい、掌を差し出した。すると、ガラスが割れるように、結界が破壊された。
「……幻、どういうことだ」
「間違っていました。もう、貴女を悲しませることは、したくない」
アーネストの怒声が、静かに響く。それを恐れることなく、幻は柚葉の目を見つめて、本音を打ち明けた。
再び、銃声が鳴り響く。皆がその方へと向けば、石井が頭のこめかみから血を流して倒れている。
「……ゆ、ゆみ……」
「石井、俺は本気で柚葉を愛している。だから、お前は要らない」
川崎の持つ銃口から、白い煙が上がる。川崎が、石井を殺した。その事実が、柚葉の心に重くのしかかる。同時に、幻を避けて通り、足を速めて川崎の元へと向かう柚葉が、冷たい視線と、掌を向ける。
「私も、あなたは要らない」
「そいつを消されては、私が困る」
柚葉の前に立ちはだかったアーネストが、ゆっくりと手を差し伸べる。二人の間に割って入り、その手を斬り落とそうとしたのは、希望の剣を振り下ろしたレイだった。
「柚葉には、指一本触れさせない」
「【天の気:雷光痺】」
彼女からアーネストを遠ざけるために、稲妻を放つ。するとアーネストが後退し、襲い来る稲妻に向かって掌を向ける。
「【闇の気:暗黒宇宙】」
墨で描かれたような魔法陣から、黒い円形の穴がアーネストの前に現れる。すると、ルシトが放った稲妻は吸い込まれるようにその中へと消えて行く。
「我が国は、最高の武力を持ってこの大陸を支配する。神もそれを望んでいる」
「そんなことは、私が許しません」
広間中央に集まった六人は、アーネストを睨む。もはや怒りという感情のみで動こうとしている柚葉を守るように囲む四護神と幻の背後の方から、扉を蹴破る音が響く。
「遅いぞ、黒騎士」
「ですが、私たちが来たからにはもう大丈夫です。いや、来なくても同じことでしたか?」
黒いローブを身に纏い、姿を隠した五人が現れる。すると、川崎が掌に乗るほどの大きさをした小さなドーム型の機械を五個、アーネストに渡した。
「これがあれか」
「あぁ。簡易版転送装置だ」
「黒騎士よ、好きな奴を選んで、戦うがいい」
アーネストが、目が追いつかない速さでそれを投げると、黒騎士と呼ばれた五人がキャッチする。
「ロッカス!」
「わかってる! 【風の気:拳威上昇】」
このままでは、四護神と幻がどこかに飛ばされ、柚葉を一人にしてしまう。それがいかに危険なことか理解しているライヤは、素早く動けるロッカスに、動きを止めるよう視線を送った。
「待ちに待ってたぜ! 俺があいつをぶっ潰す!」
五人の前に迫って来たロッカスを受け止めるために、グストーがフードを下ろし、体を張って前に出る。ロッカスに触れたと同時に、二人は姿を消した。
「あれは、ケイル……!?」
レイが目を見張ると同時に、残り四人のフードが下ろされる。ルシト、ライヤ、そして幻までもが、知っている顔ぶれがいることに驚きの表情を見せる。
「ルシト、俺はこの日を待っていた。共に来い、決着をつけよう」
「フェスト、どうして……」
瞬きをした瞬間、ルシトとフェストと呼ばれる銀髪の男はこの場から姿を消していた。ライヤも、ジプシーが現れたことで、策を考える思考力を奪われた。幻もまた、妹であるマリアと視線が合う。
「幻は、私が殺す。母さんの仇は、絶対にとってやる!」
「凛っ……」
「お前さんは、こちら側の人間じゃろ。何故、そちら側にいるんじゃ」
「今は黒騎士として、主に仕えている。だから、いくら顔見知りでも容赦はしない」
「フフフ、私のコレクションになって頂戴」
「……」
幻、ライヤ、レイも消える。残ったのは、川崎、アーネスト、そして柚葉だった。
「これでお前を守る者はいなくなった。大人しく、こちらに来い」
「柚葉、目を覚ましてくれ。もうこの世界には、奴はいない。だから、今度こそ俺を見てくれ」
「……馬鹿じゃないの? 良かった、止める人がいないから、これで気楽に殺れる」
普段の柚葉なら、そんな冷徹な言葉は言わない。仲間が冷静さを失えば、いつもそれを叱咤し、正気を取り戻す役目を担っていた。だが、今回は違う。十年もの間ずっと愛していた者を、目の前にいる人間に殺された。それはもう、憎いという言葉で済むはずがなかった。殺してやる、櫂人の仇をとってやる、その一心だ。
柚葉は、二人を見据えながら後退する。そして、冷静さを取り戻すように深呼吸をした。目を瞑り、気力を掌に集中させると、膨大な量の光が掌を包んだ。同時に、かっと瞳孔を開く。
「【光の気:天獄波嵐】」
「そうか、最上級魔法が使えるとは……【闇の気:暗黒宇宙・極】」
全ての力をもって、櫂人を奪った何もかもを滅したい。戦神子である柚葉のその思いに答えるように、何重もの魔法陣が柚葉を包むように、大量生産される。次に、天井を覆い尽くす一つの大きな魔法陣が描かれ、そこから光が生まれる。
それに対抗すべく、アーネストもまた、闇の最上級魔法を持って応戦する。どのような攻撃かわからなくても、すべて吸収してしまえばいい。幾つもの小さな魔法陣が二人を覆い包むように形成され、一つの大きな黒い膜を作った。あらゆる角度からの攻撃を吸収するそれは、今かと柚葉の攻撃を待ち受けていた。
柚葉の魔法陣から生まれたモノは、誰も逃れることのできない、巨大な光の塊だった。その周囲を炎が、水が、風が、電気が、物凄い速さで渦巻いている。それは城の崩壊など気にせず、隕石のごとく、アーネストと川崎に降りかかる。
幾ら吸えど、対象者を殺すまで、それが尽きることはない。柚葉の魔法は、いよいよアーネストの魔法をも飲み込んだ。
「っく、これは、侮ったか……」
アーネストに触れた瞬間、彼を吸収した光の塊は、煙と化して消失した。目を瞑っていた川崎が、柚葉を見つめる。
「柚葉、君は俺の事、好き――」
「あんたは、こんなに楽に死なせてあげないから」
殺人鬼にも似たような狂気を纏い、柚葉は無表情で川崎に近づく。この男に騙され、殺された愛する人を失った柚葉は、もはや正気ではなかった。
アゼーレ城、謁見の間にて。それぞれの戦いを終え、無事に帰還した皆が見た光景は、大きな穴の開いた床と、目も当てられない惨状だった。
ぶちっ、ぶちっ、一定の間隔で、何かを引き抜く音が聞こえる。それは、柚葉の所為によるものだった。
「柚葉」
「……」
レイが、柚葉に声をかける。だが、何の反応もしない。
「もう、彼は死んだ」
「……」
皆に背を向け、同じ動作を繰り返すロボットの様に、川崎の死体を弄っている柚葉の手は、真っ赤に染まっていた。べっとりと付着した血液は、時間が経過し既にこびり付いている。
この姿は、レイのもう一人の自分を見ているようだった。レイの裏人格であるルイもまた、残虐な性格の持ち主であり、人を殺すことでレイの苦しみを処理していた。彼のせいで、レイはつらい思いをしていた。
「柚葉、やめてくれ。これ以上、こんなことしちゃダメだ」
「……絶対……許さない……」
「そうだ、許す必要なんてない。けど、こんなことをしても櫂人は喜ばない」
「……」
それでも止めない柚葉の行為を、手を取って無理やり止めさせたのはロッカスだった。
「お前の気持ちは、そんなことして晴れるもんかよ! 違うだろうが! 今のお前の姿、見てるのつらいんだよ。俺たちも、きっと、櫂人だってそう思ってる!」
「……」
そのとき、謁見の間に現れたのは幻だった。
「櫂人、見つけました。ですが……」
その先の言葉は、誰もが予想できた。だが柚葉は、さっと立ち上がり、ロッカスの手を振り切って幻に近づく。
「櫂人に会いたい」
「っ……」
自分の発言を後悔する幻だが、今さら嘘もつけない。ルシトがフォローを入れようと近づく前に、柚葉に話を持ち掛ける。
「条件があります。実はまだ、何も終わっていないんです」
「どういうこと?」
「古の神を滅さないと、この世界は救われません。元々、古の神がその力を持って、パルテノン帝国を支配し我が物としました。永久に人の自由を奪う行為は、万世の理の中で禁じられています」
「……万世?」
自分たちの世界以外のことに対し、無知であるのは当然だった。幻が、手短に詳細を話す。幻は、万世の中の一つであるこの世界の均衡を見守るための守護者であること。櫂人がこちらの世界に来れたのは、二世界の境界線が緩んだのが原因であること。そして、理を重んじる幻がそれを許してしまったことで、古の神の怒りを買ったこと。神崇高行為を止めるために、異世界の人間を捧げなければならないこと。
「神を実体化させるには、異世界の人間を二人捧げなければなりません。後に四護神と戦神子が、ある魔法を唱えてくれれば神を滅することができます」
「神を裁けば、幻の役目も果たされ、パルテノン帝国も救えるということですか」
世界の均衡を乱す者は、たとえ神であろうと許すわけにはいかない。だが、今回の事態を引き起こしたのは幻の責任でもあるため、幻が手を下すことはできない。
「そうです。もとはパルテノン帝国も、他国同様自由を許された国でした」
「幻は助けたい。でも、パルテノン帝国は――」
「ダメじゃ、柚葉を犠牲にすることは断じてできんよ」
ライヤが二人の間に入ると、幻は頭を横に振った。
「異世界から来た人間は、他にもいます」
「そうか、その手があったか」
ロッカスが思いついたように、玉座の方へと見やる。古の神に捧げるのは、既に死した川崎と石井。
「柚葉、パルテノン帝国には俺の妹がいる。危険なことが起きる前に、どうか、助けてほしい」
レイが頭を下げると、顔を顰めた。だが、櫂人を殺した犯人である川崎は、この手で処理できたのだ。憎い気持ちなど、とうに失せていた。
「わかった。だから、櫂人に会わせて」
「……はい」
アゼーレ超大国は、柚葉たちの手によって救われた。既に民は働き、兵士たちも協力し合って以前より、より良い街、城を作ろうと復興作業に取り組んでいた。柚葉たちが通りかかれば、皆が頭を下げて、それぞれ感謝の思いを口にする。
光輝く笑みを向けられる柚葉は、自然と笑顔を浮かべる。それは、皆が転送装置によって飛ばされて以来、初めて見る笑顔だった。
だが、柚葉は複雑な胸中にあった。やっと、願いが叶う。愛する人との逢瀬が叶う。けれど、彼は亡くなっている可能性が高い。彼の死を信じたくない気持ちが、まだあった。
二階に降り、一旦外に出る。城の裏へと回り、そこから再び城内に入る。四隅に建てられた柱の中で、左上の柱内の細い階段を下り、一階を抜けて地下へと行く。そして、食糧庫の一種として利用されていた小部屋に辿り着くと、幻は二百本ものワインを収納できるワインセラーを横にスライドさせて動かす。すると、奥には隠し部屋があった。
「俺、こんなところ知りませんでした」
「そうですね、これは侵攻後に造られたものですから」
隠し部屋のそのまた奥に、小部屋があった。ただし、この部屋は何も無い。
「皆さん、部屋の中央に集まってください」
幻に従い、五人が集まる。幻が天井に手を伸ばし、ごつごつとした天井を手当たり次第に触れると、一本の糸が降りてきた。ゆっくりとそれを引っ張ると、六人を囲むように、床から柵がせり上がる。同時に、下へ沈み込む感覚が一行を襲った。
「掴まっていてください」
すると、円形に囲まれた柵の外側と床が断裂した。床がせり上がったように見えるも、実際は、六人を乗せたサークルがさらに続く地下へと下っている。断裂面を通り過ぎれば、下へ降りるスピードに合わせて周囲の蝋燭に火が灯る。ロッカスが覗き込めば、先は闇に閉ざされ何も見えない。
「これは何のために……っ!?」
「はい、その為だけに造られました」
櫂人を捕え、捕獲したアゼーレの者たちと隔離するために造った、光さえ拝むことのできない脱走不可能な特別な牢屋が、地下奥深くに存在する。
十分程経ち、ようやく地に着いた。柵が下り、地面に埋まっていく。
「この先に、櫂人が」
一番に降りた柚葉が、扉に手をかける。全体重をかけて押すと、両開きに奥へと開かれた。




