二話 新たな敵、第三者の存在
門兵もおらず、不気味な静けさに包まれたアゼーレ城内に入る。門をくぐり、下ろされた橋を渡れば、開かれた扉の中へと招かれるように進む。足を踏み入れれば扉は閉ざされ、明かり一つもない城内が闇に染まる。
レイの魔法で、幾つも火球が生まれて、五人を囲む。照らされて見える近辺は、争われた形跡がなかった。気品のある赤い絨毯は、土埃が被さっている。
「じゃあ、また後で」
「皆を助けたら、すぐ駆けつけるからの」
「それまでに終わらせてやるぜ!」
二手に分かれ、柚葉とライヤが地下牢へと続く階段に向かう。二つの火球が、二人についていく。ルシト、レイ、ロッカスが、謁見の間へと向かう階段を上る。
「王様がいたら、柚葉が治療してくれんか。俺は、民を治療するぜよ。聞きたいことも、聞けばよかよ」
「ありがとう、ライヤ」
櫂人に関する話をすべて聞いて、この世界での彼のことを知りたい。櫂人を亡くしてもなお積もる想いは、留まることがない。地下牢へと続く道は、厨房を越え、螺旋階段を下った先にある。ルシトに教えてもらった二人が、ストッパーのついていない木製の扉を開けようとした。
「っ!」
開いた瞬間、素早く迫り来る鋭い気配を感じ、ライヤが柚葉の頭を掴み、地面へと強く押し屈んだ。すると、二人の頭上を通り抜けたナイフが、勢いよく壁に突き刺さった。
「柚葉、俺の手を離すんじゃなかよ」
「うん!」
ライヤが柚葉の手を掴むと、右手を前に翳し魔法陣を生み出す。
「【水の気:水流粋護】」
何をも通さない水膜に包まれた二人の前に、火球が移動して前方を照らす。すると、そこには黒い鎧を身に纏った門兵たちが、狭い通りでぎゅうぎゅうに詰められていた。片手剣を持ち、襲い来る。
「【火の気:火球飛投】」
水膜外で何百もの火球が生まれ、対象となる門兵らに向かい、灰となるまで燃やす。狭い厨房では逃げることもできず、燃焼力の高い魔法であるため、一度当たれば苦しむ間もなく死ぬ。あっという間に灰と化した門兵らの上を踏み歩き、残った火球が二人の周りを囲む。
「先に行くぜよ」
「うん!」
厨房を抜け、下へと続く鉄製の螺旋階段を下る。壁に付けられた蝋燭の火が灯っているため、階段の隙間から覗けば出口が見える程、明るい。
駆け足で降り、地下牢の入り口にいた門兵二人を排除し、腰に下がっていた鍵を奪う。重々しい鉄扉を開けば、腐敗臭と共に、左右に並べて作られた牢の中に身動きできないほど詰められた人々がいた。
「どうか、殺さないでください!」
「動物の鳴き声なら、幾らでもやりますから!」
「お願いです、食べ物をください」
柚葉とライヤをパルテノン帝国の者と勘違いしているらしく、物乞いをする人もいれば、流す涙もなく枯れた声でそれぞれの思いを嘆願する人もいる。あまりにも酷い惨状に、ライヤはすぐに牢の鍵を外した。
ライヤに渡されたもう一つの鍵で、柚葉も鍵を開けるのを手伝う。同時に、王様の行方を捜した。
「ありがとうございます、あなたたちは神様だ」
「そんなもんじゃなかよ。それより、王様はどこにおる?」
怪我をしている者の治療に当たりながら、ライヤが辺りを見回す。千切れて汚れた服を纏う者たちの中で、王らしき人は見つからない。
「私が、アゼーレの王だ」
「お、王様!」
民に紛れ込んでいた王が、後方から姿を現した。皆が頭を下げ、彼の通り道を作る。囚人服のような白黒の横縞の上下を着せられていた。
「【水の気:治癒水】」
真っ先に生々しい傷を治療した柚葉が、頭を下げる。その力を見て驚いた王が、思いついたように頷いた。
「そなたが、戦神子か」
「戦神子様が……」
「あれは、伝説じゃなかった! 本当に存在したんだ!」
「戦神子様が来たからには、もう安心だ!」
安堵の思いを口にする民たちは、笑顔を見せる。反応の仕方がわからない柚葉に、ライヤが助け船を出す。
「俺は四護神のライヤじゃ。王様、彼女が話したいことがあるそうなんで、あちらでお願いできますかの」
「勿論、聞こう」
地下牢を出て、螺旋階段の壁に寄りかかった王様が、階段に座る。
「まず、感謝を述べなくてはならん。ルシトは、元気にしているか」
「はい、王様。彼は今、仲間と共に謁見の間に向かっています」
「そうか。して、そなたの話を聞こう」
真っ直ぐに柚葉を見つめながら、王は優しい笑みを浮かべた。緊張する柚葉であるが、ライヤの治療が終われば、すぐに皆のもとに向かわなければならない。今は、時間がない。
「櫂人のことを、ご存知ですか」
「あぁ、彼の事か」
王は眉間に皺を寄せる。こんな事態を引き起こした張本人だからか、思い出すのを躊躇うような仕草を見せる。それを見るのがつらく、柚葉は視線を王から外した。
「彼は、そなたと何の関係がある?」
「恋人です。ですが、死んだと――」
何を思ったのか、王が頭を下げ、柚葉に向かって土下座をした。王の土下座が何を意味するのか、柚葉もわかっている。幅のある肩を掴み、すぐに上げさせた。
「やめてください、王様」
「私が守れなかったばかりに、彼は……いくら謝罪しても、し足りない! 申し訳ない、戦神子様」
「謝らないでください、そして、その話を詳しく聞かせてください」
やはり、王様は櫂人に会っていた。そして、櫂人のことを何か知っているようだった。生きているという証言が欲しい柚葉は、王の言葉を急かした。
「私と仲の良いセシールの王が、櫂人の身を預かるよう頼んできた。私はそれを、快く受け入れた」
「なぜ櫂人は、アゼーレに?」
「順を追って話そう。何かを恐れているようだったので、誰にも知られていない私の別荘に匿った。そして、三年くらいの月日が経ち、パルテノン帝国の王が使いをこちらに出して来た。この条件を呑まなければ、戦争を起こすと。それが、櫂人を引き渡すことだった」
「ど、どうしてアーネストが」
ロッカスと互角にやりあう程度の力があったから、兵力に欲しかったのだろうか。いや、それなら大会後すぐにでもスカウトに来るに違いない。
「条件を呑むということは、我が国がパルテノン帝国を恐れ、屈することになる。だから、私が断ったのだ」
「櫂人は知っていたんですか?」
「いいや、教えていない。そして、間もなくパルテノン帝国が侵攻してきた。勿論、十分な兵の数を用意し、数もこちらが上回っていたが、一人一人の戦闘能力が高く、見たこともない武器を使いこなし、このままでは負けることを悟った」
負けるなら、少しでも犠牲者を減らした方がいい。その考えに至った王は、すぐさま降伏の意を示した。間もなく、敵国の王であるアーネストが二人の人間を連れてやって来たと言う。
「そやつらが、櫂人を渡すように求めてきた」
「二人の人間?」
櫂人を追っていた、第三者の存在だろうか。
「あぁ、男女だった。そして運悪く、アゼーレの異変に気づき、こちらに赴いてきた櫂人が現れた。アーネストが戦争の起因が櫂人にあることを話し、彼は責任を感じて、私に謝罪をした後奴らに捕まった」
その後のことは知らない、と付け加えると、王は頭を左右に振る。彼のせいでなく、私のせいなのだと自身を責めながら。
「王様は悪くありません。だから、顔を上げてください。アーネストが連れてきた人間に、見覚えはありますか?」
「私はないが、櫂人とは知り合いだったらしい。彼の名を呼び、何かを返せ、と言っていた。申し訳ない、これ以上詳しいことは覚えていないのだ」
「わかりました、ありがとうございます」
王の話から、わかったことがある。それは、十分な収穫だった。四年前の事故の後、櫂人はこの世界に来た。そして、まだ生きている可能性がある。
絶対に助ける、そのためにはアーネストを捕えなければならない。希望が湧いた柚葉は、下唇を噛みしめ、拳を握った。
だが、櫂人を追っている第三者の存在が気になる。アゼーレに来る前の一年間で、何があったのか。
「柚葉、もう大丈夫か?」
「うん、行こう! 王様、有難うございました」
「無力ですまない。よろしく頼む」
民全員の治療を終わらせたライヤが、柚葉と共に謁見の間へと向かう。その後ろ姿を見て、王様は心から、勝利を願った。そして、櫂人の生存も。
火球が三人の居場所へと誘うように、二人を先導する。階段を上がり、目の前に開かれた何千人も入りそうな大広間の、大理石の床にレイ、ルシトが倒れていた。ロッカスがよろけながらも、玉座の方を睨んでいた。
「【水の気:治癒水】」
ライヤが魔法陣を飛ばし、三人を治療する。すると、二人は起き上った。
「ライヤ、柚葉、来るなっ!」
マシンガンのごとく銃声が鳴り響くと同時に、ライヤが防御魔法を張る。水膜にのめり込んだ数十発の銃弾が、床に落ちる。
広間を明るく照らす六つのシャンデリアの内、入口の真上に設置された一つが二人目掛けて落下する。ライヤに突き飛ばされた柚葉は、横に飛ばされ倒れる。同時に、ライヤの姿がシャンデリアの中に消えた。
「ライヤっ!」
玉座の方を見やると、黒いマントを着けた長身の男が、心も凍るような冷たい微笑を浮かべていた。肩に抱えて持つ形の重そうな銃を、軽々と片手で持っている。
三人を見たところ、銃による傷はなかった。ということは、それ以外の力を持っているのだろう。
「ようやく来たか、我が戦神子」
「……アーネスト、絶対に許さない!」
目を剥き出し、怒りに震え、奥歯を噛みしめながら駆けだそうとしたとき、柚葉の前に現れたロッカスに止められる。
「離してっ!」
「敵は一人じゃない」
冷静さを取り戻すように、そう訴えるロッカスが、アーネストの後方にある二つの玉座の裏に、何かがいると伝えた。近づこうとするも、強力な結界が張られており、近づけないらしい。
ルシトとレイがシャンデリアを退かし、下に倒れている無傷のライヤを引っ張り出した。運よく、防御魔法を詠唱できたみたいだ。
「二人に向けたフリをして、てめぇが銃を撃ってないことくらい、わかっている」
「だろうな。私は、こんなものに頼る必要なんてない。もう出てきてもいいだろう」
銃を捨て、両手を横に広げた。すると、玉座に座っている二人の人間が姿を現した。アーネストの力によって透明化していた二人の男女が銃を構えながら、こちらを見ていた。
「っ……嘘、でしょ」
柚葉は視界に映る二人の姿に目を疑い、じっと凝らす。気を抜けば、驚いて倒れてしまいそうな彼女を、四護神たちが支える。
「知り合いなのか?」
「柚葉は、俺の恋人ですから」
「ほんと、ムカつく!」
アーネストの両隣に立っているのは、上司であり、元いた世界の彼氏でもある川崎と、親友の石井だった。




