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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
最後ノ彼 櫂人《かいと》
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一話 死した歯車が動くとき

 少し、期待をしていた。もしかしたら、そう思って見つめた先には、野兎がいた。人間と目が合った兎は、すぐにもと来た道へと逃げていく。


(ダメだ、私)


 前へと向き直り、月が映えるフレア湖の水面を見つめる。

 十年前から、変わらない想いがある。旅中、四護神(ガーディアン)に心ときめく瞬間もあったが、それは恋ではない。あまりにも乾ききった心を潤す保養みたいなものだった。


(信じれない、ううん、信じたくないんだ)


 四年前の事故を、そして、幻の言葉を思い出す。どちらも、彼が死んだことを示す証拠であり、それを突き付けられてもなお、柚葉は信じることができなかった。死体という決定的な証拠を見ていないのだから、無理もない。それに、事故前後のどちらにこの世界に来たのかさえわからない。そして、この世界に来た方法もわからない。柚葉みたく、何者かに召喚されたのだろうか。


 冷たい夜風が、肌を撫でる。考えても出るはずのない答えを探すのは、やめた。明日には、自分はパルテノン帝国の神とやらに身を捧げて死ぬのだから。恐怖心もあるが、彼のもとに行けることを考えれば、不思議と嬉しい気持ちも生まれる。

 

 夜は長い。一人で、櫂人との思い出に耽る。

 近くの公園で花見をしたとき、早朝から頑張って作ったお弁当を、転んで中身をぐちゃぐちゃにしてしまったこと。見栄えが悪くても、櫂人は美味しいと平らげてくれて、とっても嬉しかった。

 遊園地ではジェットコースターに乗りすぎて、鼻血を出した自分を心配し、帰って休もうと背負ってくれた時は、周囲の注目を浴びて恥ずかしかった。鼻栓をしながら背負われる自分の顔を、その広い背中に隠すように埋めていたのは、今でも覚えている。そして、櫂人の着ていた白いシャツを血で汚してしまったことも。

 彼がバイクに乗っていて、事故に遭ったと聞いたときは、体中の水分がなくなるんじゃないかというくらいに泣いた。結局は怪我しなかったからよかったものの、死なないでと強く願いを込めて買ったお守り代わりのネックレスを、病室で嫌がる櫂人に無理やりつけたことも覚えている。櫂人と自分の名前を彫った、銀のプレートがついたネックレス。けれど、櫂人は神社のお守りとか、アクセサリー類は嫌いだから、きっと机の引き出しに仕舞っているんだろう。

 初めて親に挨拶しに行ったとき、緊張した私を温かく迎えてくれた櫂人ファミリーを懐かしく思う。おじさんはダジャレが大好きで、痛快だろ?と聞いてくるから、櫂人がやめろ、って恥ずかしがっていた。美味しいご飯を作ってくれたおばさんも、ゆっくりしてってね、とお茶を入れてくれたり、話しかけてくれたり、優しい人だった。二人とは、櫂人を亡くしてからも連絡をとっていた。命日には必ず、仏壇に手を合わせに行った。そのときに、新しい道に進んでいいのよ、と自分を気遣って言ってくれたことも覚えている。


(おばさん、私、無理だよ)


 自分でも気づかぬうちに、涙が頬を伝っていた。悲しくて、寂しくて、切なくて、つらい。空に手を伸ばしても、いくら願っても、彼に届くことはない。この手も、この想いも。 


「会いたいよ、櫂人」


 口にすれば、ぎゅっと胸が締め付けられる。蘇る思い出は、今柚葉の持てる感情の全てを助長させる。涙は、溢れるばかりだ。

 いくら泣いても、現状は変わらない。彼の死も、明日に来る自分の死も。

 櫂人の死すらもまだ信じれない自分がいるのだから、自分が死ねば、櫂人のもとへ行けると思っても、思いきれないことに気付く。


(死ぬ前に、櫂人に、会いたいよ)


 柚葉の居た世界で、探偵を雇って探しても見つからなかったのは、無理もなかったかもしれない。もし櫂人が、この異世界に居るのなら探しようもないからだ。

 そして唯一、異世界でも櫂人を知っている人物がいる。彼に聞けば、何かわかるかも知れない。

 手を地面について立ち上がり、森の方へと視線を向けた。


(まほろ)、いる?」


 櫂人そのままの容姿をした、幻の名を呼んでみる。いつもふらりと現れる彼の詳細は知らないが、柚葉を神に導く役目を担っているのなら、近くにいるはずだ。だが、都合よく現れるはずもなく、落胆し溜息をついた柚葉が、岸辺に腰を下ろそうとした。


「柚葉」


 まさか、と思ったが、その声音はルシトだった。幾つもの雑踏の音が聞こえたので、素早く涙を拭い、振り返れば四護神全員が、立っていた。一体、どうしたのだろうか。


「みんな、どうしたの?」

「どうしたの? じゃねぇだろ」


 ロッカスが、呆れたように肩を落とす。試練以来、人が変わったようなレイとライヤも、同じような目をして柚葉を見つめていた。悲しみを含んだ瞳だった。


「ロッカスから、聞きました。戦神子(メイデン)の使命を」


 ルシトは、試練を乗り越え得た力をもってアーネストを倒すばかりだと思っていた。それが、アゼーレに伝わる言葉だった。だが、アゼーレ超大国を救うには、戦神子の命を捧げなければならない。


「どうして言わなかったんじゃ」

「だって、ルシトの故郷を助けるって決めたから、だから」

「そんな方法、俺たちが許すはずないだろ」


 レイは腕を組み、否定の意を示すように横に首を振った。


「でも、それしか方法がないなら、仕方ないじゃん」

「……もしお前が男なら、俺は思いっきりその頬ぶん殴ってるぞ」


 ロッカスが近寄り、その肩に手を置いた。そして、怒りを露わにした表情に変え、柚葉を見据える。


「お前の命、仕方ないで済ませていいものかよ!?」

「あたしだって、死ぬことは怖いよ! でも、でもっ」

「二人ともやめんしゃい。ロッカスは熱くなりすぎじゃ。それに柚葉、俺たちは、それ以外の方法でアゼーレを救うことに決めたんよ」


 突然のことできょとんとする柚葉に、ルシトが言葉を続ける。


「パルテノン帝国ではなく、アゼーレ超大国に向かいます。きっとそこに、アーネストもいるでしょう」

「敵国の王さえ捕れば、アゼーレ超大国を救えるからな。柚葉が命を落とすことなんてない」


 柚葉が四護神を思うように、四護神もまた柚葉を思っていた。それが嬉しくて、どっと感情の波が押し寄せる。


「い、いいの? だって、私が死ねば、皆が戦うことなく、確実に救えるんだよ」

「俺は戦う方が好きだしな! 拳ふるって国を救えれば、格闘家冥利につきるってもんだ」

「俺たちは、やわじゃなかよ。試練で得た力もあるしの」


 レイも頷き、ルシトは柚葉の両手をとると、優しく微笑んだ。


「俺たちに、最後まで守らせてください。柚葉」


 その言葉が、どんなに嬉しかったか。死ななくてもいいという安堵より、感謝の気持ちが何倍も大きかった。皆に感謝の言葉を伝えようとするも、嗚咽を漏らして泣くものだから、何を言っているのかわからなかった。それでも、思いは伝わったようだ。
















 妖精の森(フェアリーフォレスト)を発った一行は、アゼーレ超大国への道中で、行動予定を確認する。

 アゼーレ超大国を統べる王の居場所は、地下牢かもしくは謁見の間である。昨夜、ルシトに描いてもらった城内の大雑把な見取り図を元に、作戦を練った。

 どちらにせよ、民も捕えられている可能性がある。かつ、負傷しているかもしれない。よって、地下牢組には回復魔法に特化した水の気のライヤと、攻撃魔法も詠唱できる柚葉が入る。残りの三人は、謁見の間に向かう。


「昔は、パルテノン帝国もあんなんじゃなかったのにな」

「そうなの?」

「今や皆が黒いローブを被り、神を信仰しているらしいが、それが始まったのは四年前くらいだろうか」


 建国されてから、変わらない文化の一つなのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。柚葉にとっては、意外だった。


「どうしてそうなったんだろうね」

「俺の妹が今、それを調べに行っているんだ」


 レイの妹であるミーシャは、他国にはないパルテノン帝国の神崇高行為に興味を持ち、向こうの住民に成りきりながら、調査しているらしい。そこで、レイの家で見たパルテノン帝国から届いた手紙を思い出す。あれは、妹からの手紙だったのだろう。


「すごいね」

「危険だから止めはしたけどな」


 そんな会話をしているうちに、アゼーレ超大国の領域に入った。すると、空が雲に覆われ、陰り始める。視界に映る景色は、枯れた大地を連想させる。小さな花々の姿もなく、雑草も枯れかかっており、小川は水もなく干からびていた。

 道なりに進むと、遠くに町らしきものが見えた。そのずっと奥に小さく、アゼーレ城が見える。


「よし、やっと着い――」


 その先の言葉は、出てこない。藁の家は焼け灰と化し、煉瓦を積み重ねて建てられた家は半壊している。かつては綺麗に整備されていた石畳の大通りも、ところどころひび割れていれば、砂嵐の舞った後みたく、黄砂が道を覆っている。そして、服を着た住民が、そこらじゅうに死んでいた。既に干からびている者もいる。


 ルシトのこめかみに、青筋が浮かぶ。爪が食い込むくらい、拳を固く握る。かつて緑豊かな大地と呼ばれた面影は、どこにもない。柚葉も、テレビで見たことがあるような景色を肉眼で捉え、言葉を失っていた。ルシトを慰めることも、できなかった。


「……!?」


 先を行くライヤが立ち止まり、地面に転がっていた、黒ずんでいる小さな固いものを拾い上げた。辺りを見回せば、それが点々と転がっている。


「これは、何じゃ」


 怪訝そうに見つめると、皆が寄って来た。ルシトもレイもロッカスも首を傾げる中、柚葉だけが何か思いついたらしい。


「それ、銃の弾じゃないかな」

「銃?」

「え、知らないの?」


 銃に関する説明をすると、即座に近くに横たわる死体を調べた。すると、左胸と額に、ライヤの手にした塊が通るくらいの大きさの穴が開いていた。何を思ったのか、ライヤは首を傾げた。


「この世界には、そんな武器はありません」

「ということは、私の世界から誰かがこっちに持ち込んだ――」


 そのとき、そこから先を予想できてしまった柚葉が、口を噤んだ。


「柚葉ではないとしたら、誰になる?」

「……櫂人、か?」


 言おうか言いまいか迷っているとき、意外なところからその名前が出た。ロッカスが、珍しく遠慮しがちな態度で、柚葉に訊く。


「え、なんで、知って」

「櫂人とは、誰ですか?」


 明らかな怒りを込めた眼差しが、柚葉に向けられる。自国の民を殺した武器を持ち込んだ男が、殺ったのだろうと推測したルシトは、拳を固く握る。


「そ、それは……」

「教えてください」


 説明したとしても、今のルシトの怒りはきっと、収まらないだろう。セシール王国での幻の話を聞いて、柚葉と櫂人以外にこの世界に来た人はいないことはわかっている。柚葉は何も持たずにこの世界に召喚されたのは、召喚者のルシト自身が知っている。よって、櫂人が持ち込んだに違いないのだ。

 嫌われたくない、でも、櫂人がそんなことをするとは思えないと、気持ちが交わる。


「俺が、説明しようか」

「……ううん、私が、言う」


 ロッカスがどこまで知っているのかは知らないが、これは自分の口から話すべきことだと気を持たせる。一つ呼吸をすると、事情を知らない三人に向かって、話した。


「櫂人は、私の死んだ元彼なんだ」


 その言葉に、ロッカスも驚いていた。口を挟もうと開こうとするが、すぐに柚葉が、再び話す。


「事故に遭って、死んじゃったんだ。でも、死体がないから、状況証拠だけで判断されちゃって。私、彼が死んだって信じられなくて。あ、ごめんね、話逸れちゃって。アゼーレ超大国がパルテノン帝国に侵攻されたのは、櫂人がこの世界に来たことが原因みたいなんだ」


 柚葉は、ルシトに向かって頭を下げて、謝る。


「本当に、ごめんなさい!」

「柚葉は悪くないです。詳細は、知らないんですか」

「わからないけど、これだけは言わしてほしい。銃を持ち込んだのは、櫂人じゃないよ」

「そんなこと、私にはわかりません」

「そうかもしれねぇが、柚葉の発言は俺が保証してもいい」


 ロッカスが深く頷き、言葉を続ける。


「前回の大会で、櫂人と出会った。あいつは、パンチ力も強ければ反射神経も良かった。だが試合ではわざと俺に負けたんだ。んで、俺と本気で勝負することを条件に、俺が優勝したあかつきにはアゼーレ超大国に身を置きたい旨を、王に伝えてくれと頼んできたんだ」

「アゼーレ超大国に?」

「あぁ、そう言ってたよ」


 ルシトが首を傾げる。王族守衛隊に所属していたにも関わらず、その男の存在すら知らなかった。もしかしたら、一度は目にしたことがあるかもしれない。


「もしかしたら、身を置きたいと言いながら、裏ではアゼーレを狙っていたんじゃないですか?」

「櫂人は絶対にそんなことしないよ!」

「なぜ言い切れるのですか!? その証拠はあるのですか?」


 柚葉とルシトが睨み合う。これからアーネストと対峙しなければならないのに、雰囲気は悪くなるばかりだ。


「私が、好きになった人だから。優しい彼が、今でも好きだから!」

「まぁ、待ちんしゃい。二人がそう言うなら、そやつは違うんじゃろう。それに、櫂人とやらは、亡くなっている可能性が高いから、今さらルシトが恨んでも如何にもならんことじゃ」


 感情が高ぶり、涙を流す柚葉は、袖で擦るように拭う。ルシトは、一つ息をつき、そうですね、と答えた。


「俺の見解では、まずそう仮定させてもらうぜよ。どうやって彼がこの世界に来たのかは知らんが、もしや、誰かに追われていたんじゃないかの?」

「櫂人が追われていたって、誰にだよ。そもそも、あいつを追う奴なんかいないんじゃ」

「それはわからん。だが、その第三者が銃を持ち込んだあるいは、製造した可能性があるじゃろ。その存在が柚葉の世界から来たのか、ここの住人なのかは知らんが、その線で考えてみないかの?」


 ライヤの思案に、三人は肯定した。渋々だが、ルシトも頷いた。


「確かに、俺が追われている身なら、大陸の半分もの領地を占めるアゼーレ超大国に逃げる。身を隠すのにはうってつけだろう」


 レイも同じ立場になって考える。国土が広ければその分、隠れることができる場所も多く存在する。


「私以外にも、誰かが召喚されたのかな」

「わかりませんが、王様ならご存知かもしれません」

「俺だって、信じたくねぇ。あいつが死んだなんて」

「考えてても、答えは掴めん。アゼーレ城に向かうぜよ」

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