最終話 素直な気持ちを
愛する者を亡くした同士、手を取り合い生きること。それが、故人のディアとマッカートが望んだことだった。涙を拭うと、フェストは奥歯を噛みしめた。そして、自分の過ちを償うために、地面に横たわる二人を横目に、城内へと戻っていった。
「……ここは」
薄目を開ければ、白い天井が見える。ベージュ色のカーテンが、開いた窓から吹いてくる風に揺られている。被された布団を捲りながら起き上る。痛みはなく、傷痕もない。隣にはベッドに頭を乗せて、眠りについている柚葉がいた。
枕元の横に設置された小さな木製のテーブルの上には、桶に入った氷水と、濡れた白いタオルが淵にかかっている。
「アゼーレ城内の医務室だぜ」
「ロッカス、あ、そういえば!」
「おいおい、慌てんな! もうとっくのとうに終わったよ」
ドアノブを捻り、入ってきたロッカスがはぁ、と盛大な溜息をつく。まったく状況を把握できていないルシトは、その詳細を求める。
「アーネストは、死んだ。皆、今は復興作業で大忙しだ」
「そ、そうですか。よかった、王様も無事なんですね」
「もちろん! まぁ、ちっと傷を負っていたりもしていたけどな」
ライヤの読み通り、地下牢の錠に繋がれていたらしい。話によれば、そこには柚葉もいたと言う。
「本当に、よかったです。柚葉も無事で」
やっとの思いで、国を救うことができた。最後の方は気を失っていて覚えておらず、実感もまだないのだが。
「不満でもあるのか、その顔。ま、俺も実感ないんだよな。美味しいところ持ってかれて」
「?」
アーネストと対峙した時を思い出しながら、当時の状況を詳しく話す。レイ、ライヤ、ロッカスの三人がかりでも、致命的なダメージを与えることができなかったらしい。
「俺たちも気力を使い果たして、あれはヤバかった。そんときだよ、男が現れたのは」
「男?」
「あぁ、あのローブ着てるからさ、また敵が現れたのかと思って焦ったが、違ってさ。自分の体を使って斬撃を受け止め、同時にアーネストの体を貫通させたあの剣技、自分の身も振り返らないあの姿は、俺の憧れる格闘スタイルそのものだった」
感心するように、頷きながら語るロッカスの表情は、寂寥感を増した笑みに変わる。
「だが、死んじまうとはな」
「……もしかして、銀髪でしたか」
「あぁ、そうだったが」
突然、ルシトがベッドから飛び降りようとしたので、ロッカスが慌てて両肩を抑える。
「この手、離してください」
「無理な願いだな。つか、お前さ、誰のおかげで今生きてると思ってんだよ」
何も知らずにすやすやと眠る柚葉を見やり、その視線を辿ってルシトも目視する。
「事情は柚葉から聞いているが、ちょっとは考えてやれよ」
あれから一週間、柚葉は熱に魘されていたルシトを付きっ切りで看病した。ずっとルシトのことを気にかけ、心配していたことも、ロッカスの口から告げられる。
「……そうですね、すみませんでした」
「わかったならいいんだ。じゃ、俺はセシールに帰るぜ」
「そんな、ここに居てもいいんですよ」
ルシトがアゼーレ超大国での滞在を薦めるも、首を振って断る。
「母さんが病なんだ。もしかしたら、亡くなってるかもしれない」
「それなら、今すぐにでも帰国するべきです! なぜ此処に残っているんですか!」
「柚葉が、心配だったんだよ」
照れくさそうに、でもどこか寂しそうに、素っ気なく答えた。ロッカスは、柚葉の気持ちを理解しているからこそ、遠くから見守ることしかできなかったのだ。
「女の子は泣かせるなって、母さんから口酸っぱく言われてたしな」
「そう、ですか」
「というわけだから、柚葉泣かせたら、この拳でぶっ飛ばしてやるからな」
にっと笑い、手をぱたぱたと振りながら、病室を後にした。そして、入れ替わるように、ライヤが入室した。
「目が覚めたみたいで、よかったぜよ」
「ライヤ」
「俺もロセリア王国に戻るんで、挨拶に寄っただけじゃ。レイは、復興支援しつつマール王国の復興にも携わるそうじゃ」
柚葉の頭を撫でながら、その隣に腰掛ける。相変わらず何を考えているのかわからないライヤが、ルシトの頭に手を乗せる。
「な、なんですか」
「つらかったじゃろ」
柚葉と同じように、でもちょっとがさつに、頭を撫でる。
「残された者は、過去を抱えて、未来を見なくちゃいかん」
「それは、わかっています。ディアにも教えてもらいました」
「じゃあ、聞いてもいいかの」
途端に、真剣な眼差しを向けられたルシトが、疑問に思いながらも頷いた。
「柚葉のこと、好きか」
「え?」
「鈍感じゃの、お前さんも。とにかく、俺は彼女のことを愛しとう。ゆえに、お前さんがいつまでも動かないなら、俺が貰っちゃるきに、覚悟しとくぜよ」
ベッドから飛び跳ねるように降りると、再度柚葉の頭を撫でる。
「柚葉もな、一度恋人を亡くしているんじゃ。きっと、お前さんの一番の理解者になるじゃろ」
「そんな」
ライヤが去った後も、ルシトは考えていた。ライヤとロッカスが柚葉を任せるような発言をしたこと、ディアから彼女に「ルシトをよろしく」と伝えてほしいと言われたこと、それらが結びつけるのは、柚葉のルシトに対する好意だった。
けれど、考えられなかった。まさか、柚葉が自分に想いを寄せているなんて。同時に、ディアのことも思い浮かぶ。ルシトは、彼女を本気で愛していた。それは、結婚を見据えるほどの付き合いをしていたことが証拠であり、現に、指輪も用意していた。渡すことは、叶わなくなったが。
柚葉のことをどう思っているのか、考える。確かに、好きだ。だが、それが恋愛としての好きなのか、友だちとしての好きなのかはわからない。はっきりわかっていることは、一つ。
それは――
「……あ、おはよ。よかった、目が覚めたんだね」
「は、はい。おはようございます」
伸びをすると、柚葉は立ち上がった。ルシトが目覚めたことを皆に知らせるために、部屋を出ようとする。
「もう、ロッカスたちが来てくれましたから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、飲み物をとってくるよ」
「ありがとうございます」
平然と病室を出て行った柚葉だが、実は緊張していた。彼の看病を進んで買って出たが、どうすればいいのかわからなかった。どう考えても、ルシトはディアを想っているに違いない。自分の想いは、まだ伝えちゃだめだと、ルシトを困らせるだけだとわかっていても、ずっと胸に閉まっておくのも心苦しい。
五日経ってもまだ目覚めないルシトを心配する一方で、もしこのまま亡くなってしまったらと考えると、どうしても伝えたいという気持ちがあることにも気付いてしまった。頭を抱えて悩んでいるときに、目が覚めた瞬間、ルシトと見つめ合ったのだ。安堵するも、やはり落ち着かない。
侍女に冷たい水が入ったコップを貰い、再び病室に入ると、ベッドはもぬけの殻だった。
心当たりのある場所に行けば、やはり、そこにルシトがいた。アゼーレ城の空中庭園、白い墓碑の前。『マッカート・ローレン』『ディア・ローレン』そして、『フェスト・ローレン』と追記された墓碑に、患者衣を着た彼はその場で屈み、手を合わせている。
アゼーレ超大国の城下町でさえ、花一つも咲いていなかった。だが、ここだけは白黒の世界の中で唯一、彩どりを許された空間のようだった。赤、黄、水、白、紫、橙、桃などの色彩鮮やかな花々が咲いている。それは、フェストがパルテノン帝国側に就いて、亡くなった者たちのために作ったことを彷彿させる。
「あ、柚葉」
「飲み物、渡しに来たんだ」
黙祷を終えると、ルシトが立ち上がる。隣に来た柚葉からそれを受け取ると、一口飲んだ。
「いつも、助けてくれてありがとうございます」
「どうして?」
天の気を授かる試練では正気を戻してくれたこと、そして、フェストと対峙した時に和解する機会を与えてくれたことに、心から感謝していた。
「俺は、貴女に助けられてばかりです。だから、俺も助けたいと思いました」
「え、えっと、それは」
突然のセリフに、頬が熟したリンゴのように紅潮する。動悸も激しくなり、手で胸を必死に抑えても、止まることはない。そんな彼女のことを気に掛ける余裕もなく、ルシトはその言葉の先を考え、間をおいてから発言する。
「ですが、付き合うというのは、無理みたいです」
「そ、そうだよね」
彼女を亡くして二ヶ月も経っておらず、ディアのことを想う気持ちが強く心に残っているルシトは、正直に胸の内を明かした。柚葉でさえ、再び誰かを愛するようになるまで、六年かかったのだから無理もない。
だが、告白もしていないのに勝手に振られたことは、少し癪に障る。だが、強がって変なことを口にしたくない。ここは、我慢することにした。
「もし、また誰かを愛せるようになったときは、そのときは、柚葉が良いです」
「そうだよね、どうせ私なんか――って、ええ!?」
一人ノリ突っ込みを入れる柚葉は、あんぐりと口を開ける。笑顔で言ってのけるルシトが、なんとも恨めしい。
「ダメ、ですか?」
「……だめじゃない。待つよ」
複雑な気分ではあるが、いつか気持ちの整理がついて、付き合うのは自分が良いと好きな人に言われれば、冷めた頬も再び染まる。
ルシトは鈍感であるため、自分がどれだけ我がままなことを言っているのか理解していないだろうが、それも彼の良いところであると認める。
柚葉も白い墓碑の前に屈み、手を合わせる。
(ルシトを、よろしくお願いします)
心話で、誰かが語りかけたのは、きっと気のせいではない。柚葉も心の中で、任せてください、と伝えた。
近い将来、二人が結ばれることは誰もが予想していた。だが、英雄とまで崇められたルシトが功績を讃えられ、アゼーレ超大国を統べる王位を継承するなんて、予想外の出来事だろう。そして、英雄はフェストであることを伝え、王位を断ることもまた、誰も知らない。
パルテノン帝国に支配された故郷を救うべく立ち上がったルシトたちは、その使命を全うし、何年かかるかわからない復興作業を手伝っている。柚葉も残り、恋人として、後に妻として、生涯をかけてルシトを支えていく。愛する人を亡くした者同士、寄り添いあって、生きていく。
その絆、どうか永遠に。




