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バグった世界で俺たちは  作者: Kaいト
世界の片隅より、まだ見ぬ世界へ

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#07 まともな取引

 取引の予定時刻まで、あと約一時間。


 昨日、透真と一緒に閉じ込められたビルの前で足を止める


「…………」


 見た目は昨日と変わらない


 だからって、中のバグまで同じとは限らない。


「さて……」


 バッグから細い紐を取り出す

 先端には、ここへ来る途中で拾った毎度おなじみの小石をセロハンテープで巻き付けてある


 紐を持ったままエントランスの奥へ放ると、小石は境界を越え、そのまま床を転がっていった


 カン、カラカラ……。


 よし。これで小石は完全にビルの中だ。


 あとは、ここから外へ引いても飛ばされなければ――


 紐を引く


 小石は境界を越え、そのまま俺の足元まで戻ってきた


「昨日の強制転移は消えてるか」


 二度も同じ目に遭うほど馬鹿じゃない。

 自分でも境界を跨ぎ、何も起きないことを確認してからビルへ入る


 その時――


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「……この音」


 階段を駆け上がると、屋上の中央は大きく消え、階段口の周辺だけが残っていた


「こっちは残ってんのかよ」


 スマホで時間を測る

 昨日なら約十分で戻ったが、今日は十五分を過ぎても穴は開いたまま


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「やっと来た」


 二十分を少し過ぎたところで、床がゆっくりと戻ってくる


「約二十分……倍か」


 入口の強制転移は消え、床の転移も周期が倍まで伸びている。

 バグが消える時は、こうして範囲や効果が少しずつ崩れることもある。


「半日くらい……かな」


 ただ、床の下は昨日出口を塞がれた部屋だ。今日は透真もいない。


「……落ちないようにしねぇとな」


 空を見上げると、何時間分もの雨粒が落ちないまま透明な層を作っている

 遠くでは、すでに普通の雨が地面まで落ちていた


 取引までの四十分で床はもう一度消えて戻り、雨の境界もさっきより近づいている


「…………ん?」


 降る範囲が広がったんじゃない。止まっている範囲が縮んでる。


 四十分でこの距離なら――


「二十分くらい」


 次に床が消えるのも、約二十分後。


「雨も二十分。床も二十分……すげぇ奇跡だな。茶柱が立つくらいの」


 まあ、都合がいいなら覚えとこう。


「使わないで済むのが一番だけどな」


 コツ、コツ……。


 階段から足音が響く


「…………来たか」


 現れたのは依頼人と、その後ろに三人。


「……三人も連れてきたのかよ」


「高負荷区だ。護衛くらい連れてくる。解析屋のあんたなら言うまでもないだろ?」


「にしても用心深すぎだろ」


 一番前は俺より頭一つは大きい男

 その後ろには鉄パイプを持った男がいて、もう一人は少し離れた場所からこっちを見ている


 誰一人、頭上の雨も足元の床も見ていない。


 見ているのは俺だけ。


「で、調査結果は?」


「あるよ。報酬確認したら送る」


「報酬?」


 依頼人が眉を寄せる


「……ああ。そういうつもりだったのか」


「…………」


「夜(・)坂(・)相手の取引を、まともな取引だと思ってたのか?」


 胸の奥が、少しだけ冷える。


 ……慣れねぇな、これだけは。

 何年経っても。


「そっか」


「データだけ取れ。夜坂のゴミがどうなろうが知ったことじゃない」


「…………了解」


「交渉決裂ってことで、いいんだな」


 バッグを肩から下ろす


「潰せ」


 三人が動いた


 最初に飛び出したのは、大柄な男


「追記(アペンド):瞬間加速(インスタ・レーション)」


「――っ!?」


 一歩踏み込んだ姿が視界から消え、次に見えた時にはもう目の前

 右腕が頭上から振り下ろされていた


「追記(アペンド):遅延実行(ラグ・コード)!」


 反射的に振り下ろされた右腕へ手を向ける


 男の身体全部じゃない。

 俺が狙った右腕だけが、顔のすぐ前でぴたりと止まる


「あっぶな……!」


 普通に見てからじゃ間に合わねぇ。


「なんだ、その追記」


「教えねーよ」


 次の瞬間、男が叫ぶ


「オモテ!」


「っ!?」


 大柄な男の後ろから、鉄パイプを持った男が飛び出してくる


 オモテ? って何かと思えば、こいつのコードネームか。


 振り下ろされた鉄パイプを腕で受けた瞬間、止めていた拳が再び動き出した


「――っ!?」


 身体を引くが、拳が肩を掠める


「なるほど。お前が強い衝撃を受ければ解除。それに発動する時は毎回こっちへ手を向けてる」


「……一発でそこ見る?」


「追記同士のやり合いは慣れてるんでな」


 男がもう一度床を蹴る


「追記(アペンド):瞬間加速(インスタ・レーション)」


 また消える


 初手は――右拳。


「遅延実行(ラグ・コード)!」


 止まった。


「確定だな。対象に手を向けなきゃ発動できない」


「初見相手に楽しそうだな、お前」


「十八番(おはこ)だからな」


 横からオモテの鉄パイプ


「解除!」


 自分からラグを解いて距離を取り、追ってきたオモテの攻撃を避ける


 やっぱり、こいつは遅いな。


 大柄な男とも十分離れた。ここなら、さっきの加速でも反応できる。


 今なら――


「瞬間加速(インスタ・レーション)――爆発(ブースト)」


「…………え?」


 ドンッ!!


 遠くで床を蹴る音


 聞こえた時には、もう目の前。


 右拳。

 また上から。


「ぐっ……!」


 何もできないまま拳を受け、身体が床を滑っていく


 痛っっってぇ……!!


 何だ今の!?


「距離取れば安全だと思ったか?」


 脚への負担と引き換えに、一瞬だけ限界まで加速する。見た感じそんなところか。


 無難にめちゃ強いな。


「先に言えよ……」


「敵に教える馬鹿がいるか」


 ……ちゃんと考えて距離取ったのに、普通にその上を出された。


「ウラ!」


「っ!?」


 次の瞬間、背中へ衝撃が入る


「いってぇ……!」


 振り返ると、さっきまで後ろにいた三人目がすぐそこに立っていた


「…………」


 なるほど。


 オモテが正面から注意を引いて、その隙にウラが背後へ回る。


 ――オモテとウラって、そのまんまかよ。

 分かりやすいな……。


「このまま潰すぞ」


「了解」


 三人がまた動く


 大柄な男は瞬間加速(インスタ・レーション)で距離を詰め、最初に右から来る。ラグで止めればオモテが入り、そっちへ意識を向ければウラが背後へ回る


 距離を取っても、さっきの爆発(ブースト)がある。


「ぐっ……!」


 速い。痛い。普通にキツい。


「解析屋ってこんなもんか?」


「専門外なんだよ、こういうの……!」


 何度か抜けようとして、そのたびに捕まった


 全部まともに食らってるわけじゃない。避けて、受けて、それでも抜けきれない。


 でも、だからこそ見続ける。


 大柄な男は加速した後に右拳、オモテは少し遅れて入り、ウラは俺が他へ意識を向けてから来る。


 何度繰り返しても同じなら、もう偶然じゃない。


 ――知れば、理解すれば、俺の武器になる。

『インスタ・レーション』の由来は、

「インスタ」ント+アクセ「レーション」。


……そうです。思ったより安直です。

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