#06 俺は俺だ
「っはは。ほら、そろそろ行くぞ。今度こそ帰らねぇとな!」
「うん!」
あとはこいつを、今度こそちゃんと家まで送り届けるだけだ。
「…………あ」
「ん?」
歩き出したところで、透真が何かを思い出したように声を上げる
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「追記」
「…………」
……あ。
「見せてくれるって言ったよね?」
「……やっぱ覚えてたか」
「ちょっと!! 脱出できたら見せてくれるって言ってたよね!!!」
「分かった分かった。見せるから」
とは言ったものの。
「先に言っとくけど、そんな派手なもんじゃないぞ?」
「いいよ! 見せて!」
「…………この石でいいかな」
足元の石を拾い、軽く上へ投げる
「追記:遅延実行」
そう言った瞬間――
石が、空中でピタリと止まった
「――解除」
コン、コンッ
何事もなかったように、石が地面を跳ねる
「っと、まあこんな感じだ」
「…………」
「…………」
「え?」
「な、なんだよ」
「……そんだけ?」
「うぐっ」
「もっとドカーン! ってなるのかと思った」
「いいんだよ!! 俺だって昔から思ってたわ!!」
「自分でも思ってたんだ」
「うるせぇ!」
透真がけらけらと笑い出し、つられて俺も笑う
ったく、人の追記を散々楽しみにしといて、見せたら見せたでこの反応かよ。
そんな他愛もない話をしながら、高負荷区を歩いていく
進むにつれて、頭上を覆っていた赤い空は少しずつ薄れ、いつしかその向こうから青空が覗き始めていた
周囲の建物も、さっきまでいた場所ほど酷くは壊れていない。
高負荷区の端が近い。
「……そういえばさ」
「ん?」
「お兄ちゃんの名前って、夜坂……れん? だったよね?」
「ん? ああ、そうだけど……」
「れんって名前は聞いたことないんだけど、夜坂って名字はどっかで聞いたことあるなーって、ずっと思ってたんだよ」
「…………」
足が、ほんの一瞬だけ止まりかけた
「それで、やっと思い出した!」
「……何を?」
「学校でやったんだ。夜坂って人、すっごく悪い人だったって!」
「…………」
学校で教えられてんのかよ。
「でも」
透真がこちらを見る
「お兄ちゃんは違うよね」
「…………」
「だって、いい人だもん」
あまりにも簡単に、透真はそう言った。
俺がどこの誰なのかも。
『夜坂』が何をしたと教えられているのかも。
そんなこと全部どうでもいいみたいに。
「…………」
「お兄ちゃん?」
「……ああ」
止まりかけた足を、もう一度前へ出す
そしてニッと笑って、
「そうだよな!」
俺は、俺だ。
――やがて、建物の向こうから巨大な壁が姿を現した
バグだらけの高負荷区と、人の暮らす『低負荷区』を隔てる防壁。
もっとも、壁一枚でバグそのものを止められるわけじゃない。バグは現象だ。高負荷区そのものが拡大すれば、あんな壁なんてまとめて呑み込まれる。
それでも、向こうから流れ込んでくる化け物や瓦礫、猛風なんかの物理的な被害は防げる。
ないよりは、ずっとマシだ。
壁に設けられた巨大な出入口では、制服姿の人間が何人か周囲を監視している
――『治安維持局』か。
高負荷区の監視から街の治安維持まで担当する、昔でいう警察みたいな組織だ。
その横を透真と二人で通り抜ける
「――よし」
見慣れた街並みに、人の声。道路には車も普通に走っている。
……ああ、帰ってきたなぁ。
ようやく低負荷区まで戻ってこられた。
「あ!! ここ、よく遊んでる場所!」
「家まで帰れそうか?」
「うん! ここからなら一人で帰れる!」
「そっか」
なら、ここまでだ。
低負荷区まで戻って、透真自身も帰り道が分かっている。
これ以上俺がついていく必要はない。
「……じゃあな、透真」
「うん!」
「もう二度と高負荷区なんか来るなよー」
「だから、僕のせいじゃないって!!」
「っはは、まあそりゃそうだな」
「じゃあね、お兄ちゃん!」
「おう」
透真が手を振りながら遠ざかっていく
俺も軽く手を上げて、それを見送る
やがて、小さな背中が人混みの向こうへ消えた
「…………」
『夜坂って人、すっごく悪い人だったって!』
『学校でやったんだ』
「…………学校、か」
ポケットからスマホを取り出す
画面には、前々から何度かやり取りしている取引相手との連絡欄。
少し考えてから文字を打ち込む。
『明日、取引をしよう』
続けて、場所を入力する。
『場所は――今回、あんたの依頼で調査した高負荷区。その中の俺の指定するビルの屋上で』
送信。
「…………」
今日、散々調べることになったあのビルを思い浮かべる。
「……まあ、あそこならいいか」
スマホをポケットへ戻し、歩き出す
――俺は『解析屋』の夜坂漣。
それ以外の何でもない。




