#05 もう、ただの脅威じゃない
床がいつ動くかは分かった。
でも、乗ったところで俺たちだけ置いていかれる。
「脱出に使えるとしたら……この床か」
「床?」
「ああ。こいつだけが消えて、またここへ戻ってきて――」
そこで、ふと違和感を覚えた。
「…………ん?」
さっきまでなかったものがある。
戻ってきた床の表面に、薄い斑点が残っている。
しゃがみ込み、目を凝らす
「透真。これ、見覚えないか?」
「えっと……あ!」
透真も覗き込み、
「雨が降り始めた時の道路みたい!」
「だよな」
ところどころ、雨粒が当たったみたいに色が変わっている。
でも、この屋上に雨は降っていない。
「つまりこいつ、消えてたんじゃない」
「?」
「俺たちから見えない十分間、どっか別の場所にいたんだ」
この辺りで今雨が降っているのは――さっき透真が見つけた、街側の一角だけ。
そこへ飛ばされて、十分後に戻ってきたと考えれば辻褄が合う。
「床そのものが、雨の降る場所へワープしてる」
「雨の場所?」
「ああ。この辺で今、雨が降ってんのは一部だけだ」
「でもそれって、また家から遠くなっちゃう?」
「いや、少なくともここよりは街側だ。上手くこいつに乗れりゃ、面倒な場所を一気に飛ばせる」
「おお……!!」
「……まあ、行き先が分かったところで、俺たちまで乗っていけなきゃ意味ないけどな」
透真も床を眺めながら考え始める
「じゃあ……床にくっつくとか?」
「多分無理だな。俺も石も残されてる以上、それじゃ一緒には行けない」
「じゃあ、床の中に入る!」
「どうやって?」
「…………頑張る」
「俺は手伝わねぇぞ」
「じゃあ……うーーーーーん」
透真はしばらく唸っていたが、やがて床を見たままぽつりと呟いた
「やっぱり、床しか向こうに行けないってこと?」
「…………」
「まあ……そうなるな」
人も、物も行けない。向こうへ行くのは床そのもの。
だったら、このバグを利用して外へ出るには……。
「…………」
床に。
なる。
……ん?
「お兄ちゃん?」
さっき見た。
灰色へ変わっていく透真の腕。
『今は僕の手と、この石が一つになってる!』
「…………っ!」
「どうしたの?」
「……馬鹿か、俺は。答え、もう見てたじゃねぇか」
透真は、触れた物そのものと一つになれる。
しかも、誰かと手を繋いだまま使えば、その相手まで一緒に同化できるって言ってたよな。
なら――
「俺たちが床になればいい」
「…………」
透真が固まる
「…………え?」
「透真、追記使えば床と同じになれるんだろ?」
「な、なれるけど……」
「俺も透真に触れてれば、一緒に同化できる」
「できるけど……って、お兄ちゃん。床になるって……そういうこと!?」
「前にも言ったろ? 『法則さえ分かっちまえば、俺たちの武器になる!!』って」
それは、今回も例外じゃない。
「俺ら二人で見つけたろ? このバグの法則」
「え? 二人?」
「当たり前だろ。俺一人じゃ正直言ってここで詰んでた」
透真が目を丸くする
それから、さっきまで俺たちを閉じ込めていた床へ視線を落とした
「じゃあ、行くぞ」
「…………」
「透真?」
「……このバグはもう、僕たちの武器になったの?」
「ああ」
「絶対?」
「ああ。絶対だ」
――もう、ただの脅威じゃない。
「…………」
透真は一度床を見てから、
「じゃあ、やる」
そう言った。
「よし」
次に床が消えるまで、約二分
透真が床に手をつく
「追記:物体同化!!」
透真の身体が足元のコンクリートと同じ灰色へ変わっていく
まるで最初からそこにあったみたいに、透真の腕と床が一続きになる
「……よし」
床の一部になった透真の腕を掴む
「――侵食!!」
透真がそう叫んだ瞬間、掴んだ指先から俺の身体にも灰色が広がっていく
二人とも床の一部になったまま、次の消失を待つ。
床が向こうへ飛べば――俺たちも一緒に行けるはずだ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「なんか楽しそう」
「…………そうか?」
「うん、さっきからずっと」
「…………ふっ」
自覚はなかった。
……いや。
嘘だな。
未知のバグ。
分からなかったことが、一個ずつ分かっていく。
バラバラだったものが繋がって、なかったはずの道が見えてくる。
「……どうだ? ワクワクするだろ?」
「する!」
その返事にふっと笑いながら、床へ視線を戻す
やがて――
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
足元から、待ち続けた振動が伝わってくる
「……来た」
次の瞬間。
世界が消えた。
上下も、左右も分からない。
落ちてもいない。飛んでもいない。
ただ一瞬だけ、何もなくなって――
ドンッ!!
「っ!?」
透真が床から手を離した瞬間、身体の感覚が一気に元へ戻った
「うわっ!?」
二人揃って、その場に転がる
それと同時に、頬へ冷たい雨粒が当たった
「いってぇ……!」
「お兄ちゃん!」
「ああ、大丈夫だ!」
すぐに身体を起こし、周囲を見る
「…………」
赤い空。
吹き抜ける風。
濡れた地面。
そして背後には――
「……はは」
さっきまで俺たちを閉じ込めていたビルが、かなり離れた場所に建っている
「透真」
「…………」
「やったな」
「…………」
「俺たち――」
「出たあああああああ!!」
「うわっ!?」
透真が飛びついてくる
「出た!! 出た!!」
「っはは、分かった! 分かったから!」
「やった!!」
「ああ!」
透真が差し出した小さな手に、俺も手を伸ばす
「脱出成功だ!!」
パァン!!
乾いた音が高負荷区に響いた




