#04 水面下の蓄積
エントランスの外へ踏み出した瞬間、景色が切り替わった
「っ!?」
街並みが消え、代わりに赤い空が視界いっぱいに広がる
吹きつける風に、足元のコンクリート。
「お兄ちゃん!?」
「…………」
屋上。
やっぱり、人も同じか。
建物から外へ出ようとしたものは、強制的にここへ戻される。
「……洒落になってねぇな」
目の前には、さっき俺が落ちた巨大な穴。
もう一度落ちれば、今度は出られない。床が戻るのかも分からないし、戻ったとしてまた消えない保証もない。
そんな場所へ、外に出ようとするたび強制的に戻される。
「お兄ちゃん?」
その声に顔を向ける。
こいつは公園で遊んでいただけなのに突然高負荷区へ飛ばされて、たまたま俺と出会った。
それを俺が大丈夫だと判断して、この道へ連れてきた。
――この解析屋、夜坂漣を信じろ!!
数分前の自分の声が蘇る。
「……っはは、参ったな」
「?」
――俺を信じろ、とか言っといてこのザマかよ。
いや、自分の格好悪さなんて今はどうでもいい。
「悪い」
子供へ向き直る
「俺の判断ミスだ。すまん、こんなことに巻き込んで」
「…………」
「……透真」
「ん?」
「仰木透真。僕の名前」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でもすぐに、初めて名前を聞いた時の返事を思い出す。
『……教えない』
「お兄ちゃん、ずっと『お前』って呼ぶから」
「だから、これからは名前で呼んでよ」
「…………ははっ」
「ありがとな、透真」
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
足元から、低い振動が伝わってくる
「お兄ちゃん! あれ!!」
透真が指差した先を見る。
「……マジか」
さっきまで屋上を大きく抉っていた穴が、ゆっくりと塞がっていく
床が、戻ってる。
「…………」
やがて穴は跡形もなく消え、目の前には何事もなかったかのようにコンクリートの床が広がった
「戻った……」
「戻ったね!」
ゆっくり近づき、戻ったばかりの床を確かめる
亀裂もなければ、消えていた痕跡すらない。
本当に、元通りだ。
消えて、戻った。
一度きりの現象じゃないなら、次もあるかもしれない。
「透真。ちょっと待つぞ」
「待つ?」
「ああ」
ポケットからスマホを取り出し、ストップウォッチを起動させる
「こいつがもう一回消えるか確かめる」
「また消えるの?」
「分からんってのが答え。でも、待ってみる価値はあると思う」
とはいえ、ただ突っ立って待つのも勿体ない。
足元に転がっていた小さな瓦礫を二つ拾い、戻ったばかりの床へ放る
一つは穴の中心近く。もう一つは、さっきまで残っていた床との境目付近。
これで次に消えれば、床の上にある物まで一緒に消えるのかも分かる。
あとは――待つだけ。
一分。
二分。
「…………」
「…………」
三分。
「…………暇だな」
「うん」
透真がその場に座り込み、俺も床の様子が見える位置で手すりに腰を下ろす
「あ、お兄ちゃん。あそこ雨降ってる」
「ん?」
透真が指差したのは、ここから離れた街側の一角
赤い空の下、そこだけに細い雨の幕が見える
「ああ。この辺で今ちゃんと降ってんの、あそこくらいだな」
「こっちは降ってないのに?」
「高負荷区なんてそんなもんだよ」
「へんなの」
「あっはは、透真もこの程度じゃ驚かなくなったな」
そういや、こいつについてまだ知らないことばっかりだな。
名前だって今知ったばかりだし……。
「……あ、そうだ。透真」
「なに?」
「お前の『追記』って何なんだ?」
「ついき?」
「…………あー、知らないか」
「なにそれ?」
「生まれつき持ってる能力みたいなもんだ。ほら、火を出したり、氷を作ったりする奴いるだろ?」
「あー! いるよ!」
「それ。人間が生まれつき持ってる、そいつだけの力。それを『追記』って呼ぶ」
「へぇー」
「お前にもなんかないのか?」
「あるよ!」
「あるんかい」
「こうするの!」
透真は近くに転がっていたコンクリート片へ手を伸ばす
「追記:物体同化!!」
「…………」
「いや発動の仕方は知ってんのかよ」
「これが追記って名前なのは知らなかった!」
「なるほどな……」
そう話している間にも、透真の指先が灰色へ変わり始める
指から手の甲、手首へと広がり、柔らかかったはずの肌がコンクリートと同じ質感へ変わっていく
それだけじゃない。
触れている指先とコンクリート片の境目が、少しずつ分からなくなっていく。
「……これ、くっついてんのか?」
「違うよ。一緒になってるの!」
「一緒?」
「今は僕の手と、この石が一つになってる!」
「…………へぇ」
透真が手を離すと、境目が戻るように灰色だった腕も元へ戻った
「見た目だけじゃないんだよな?」
「うん。ちゃんと同じになるよ」
「石なら石。鉄なら鉄?」
「うん!」
「どこまで変わるかは?」
「自分で決められるよ。全部でもできる!」
「服も?」
「一緒になる!」
なるほど。
見た目や材質を真似るんじゃなく、触れた物そのものと一つになる追記か。
面白い追記だな。
硬いものに触れれば身を守れるし、使い方次第じゃ他にも色々できそうだ。
「でもこれ、あんまり役に立たないんだ」
「そうなのか?」
「だって石になったら石になるだけだし、壁になったら動けなくなるし」
「ああ……なるほど」
同じになるってことは、都合のいい性質だけ貰えるわけじゃないってことか。硬さを得れば、その分身体も自由には動かなくなる。
「だからかくれんぼの時くらいしか使えないんだ」
「それって、見つかりようがなくね?」
「へへっ、負けなしだよ! この前は友達と一緒に隠れたんだ!」
「二人で?」
「うん! 手を繋いでたから、その子も一緒に石になれたの!」
「……へぇ、他の奴も一緒になれるのか」
「でも、手を離したら戻っちゃうんだよ」
「なるほどなぁ」
便利そうに見えて、ちゃんと癖がある。
でもまあ、追記なんて大体そんなもんか。
「お兄ちゃんは?」
「ん?」
「お兄ちゃんの追記!」
「俺の?」
「うん!」
「…………」
期待に満ちた目を向けてくる透真から、そっと視線を逸らす
「秘密」
「えー!」
「教えて! 教えてよ!!」
「んー……じゃあ、このビルから脱出できたらな」
「よし、じゃあ早く脱出しよう!」
「その方法を今探してるんだよ……」
そんなくだらない話をしながらも、スマホと床の様子だけは定期的に確認する
五分を過ぎても変化はなく、七分を過ぎても何もない。
九分を過ぎた辺りで、透真が完全に飽きて寝転がり始めた――その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「透真」
「!」
飛び起きた透真と一緒に、残っている床の端まで下がる
九分五十六秒。
五十七。
五十八――
消えた。
さっきまで目の前に広がっていた床が一瞬で消失し、巨大な穴が口を開ける
同時に、
カンッ、カンカンッ――
置いていた二つの瓦礫が、下の部屋へ落ちていった
「…………なるほど」
床の上にある物まで一緒に消えるわけじゃない。
俺自身もそうだった。床が消えた瞬間、俺だけ下へ落とされた。
なら、少なくとも一緒に消えているのは人間でも、その上に乗った物でもない。
――床だけ。
「お兄ちゃん、十分!」
「ああ」
多少のズレはあるだろうが、床が消えるまで約十分。
なら――戻ってくるまでの時間は?
「……もう少し待つか」
……。
……………。
「約十分……そろそろか?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
またしても足元から低い振動が伝わり、屋上を大きく抉っていた穴がゆっくりと塞がっていく
「やっぱり戻った……」
「だね!」
少なくとも、何の前触れもなく滅茶苦茶に起きているわけじゃないってことか。
「じゃあ、次に消えるのも十分後?」
「多分な」
「でも、これが脱出に使えるの?」
「…………それが問題なんだよなぁ」




