おっかない女房・トミ
第二幕:おっかない女房・トミ-和紙すきと、銀の眼玉の成形
おっかない女房・トミの怒号を背中に浴びながら、平八郎はまだ夜が明けきらぬ極寒の相模浜へと、ひとり歩み出しておりました。
肩に食い込む天秤棒の重みと、足元から這い上がってくる砂浜の冷気。
水道もガスも電気もない西暦一六三五年の冬の海は、容赦なく人間の体力を奪い去っていきます。現代の二〇二六年に生きる人々が「物価高」と嘆く生ぬるい世相とは違い、この時代、米びつが空になるということは、明日、五人の子供たちの誰かが冷たくなっているかもしれないという、文字通り「生きるか死ぬか」の冷徹な不条理そのものでございました。
丸木舟から引き揚げたばかりの生シラスは、朝の薄明かりのなかで、まるで打ち捨てられた泥のように、どんよりと濁って見えました。これらは、数時間もしないうちに自己融解を起こし、ドロドロに腐って一文の価値もなくなる「価格暴落の雑魚」です。
「鯛や鰺を獲れなきゃ死ぬなんて、そんな不条理があってまるか。誰も見向きもしねえこの雑魚に、圧倒的な保存性という付加価値をつけてみせる」 平八郎が目をつけたのは、かつて町へ出た際、職人が冷たい水のなかでリズミカルに木枠を揺らしていた「和紙をすく技術」の応用でございました。
これこそが、不便な時代における異分野からの「技術革新」のハッキングだったのであります。 彼はまず、井戸から汲み上げたばかりの清らかな冷水に生のシラスを放ちました。
手のひらの感覚がたちまち麻痺していくような極限の冷たさのなか、平八郎は特製の四角い木枠に、目の細かい「すのこ」を張った道具を水底へと沈めます。そして、水の中でシラスが一筋の乱れもなく、均一に、かつ薄く広がるよう、自らの手首の絶妙な加減だけで木枠を「ゆらり、ゆらり」と揺らしていきました。
少しでも厚みが偏れば、干したときにそこから腐ってしまう。
薄すぎれば、板にならずにバラバラに崩れてしまう。まさに、家族五人の命を繋ぐための、職人としての命を賭けた濾過と成形の営みでございました。
息を止め、慎重に水面から木枠を引き揚げたその瞬間、平八郎は思わず息を呑みました。
四角いすのこの上に、隙間なく、整然と敷き詰められた、シラスたちの無数の「銀の眼玉」。
それは、夜明けの太陽の光を浴びて、まるで透き通るような銀色の和紙のように、神々しくきらめいていたのです。
平八郎はそれを、畳の材料であるイグサ(ゴザ)の上へと、細心の注意を払ってそっと反転させて乗せました。あとは、相模湾から吹き付ける冬の痛烈な寒風と、お天道様の光に、すべてを委ねるだけです。
水気が完全に飛び、天日干しによって海の旨味が一枚の「板」へと極限まで凝縮されたとき。
これこそが、のちに西暦一六三八年の『毛吹草』に名産として載り、西暦一六四三年の『料理物語』で「肴によし」と大絶賛されることになる、世界初の【畳鰯】が誕生した、歴史的な瞬間であったのです。
「よし、これでカミさんの、あのトミのド肝を抜いてやる」 平八郎は、パリッと乾き上がった銀色の板を何枚も抱え、五人の子供たちが待つ、あの温かいおくどさんの残り火が待つ我が家へと、確かな足取りで急ぐのでした。




